少女達には持ち得ないもの(前編)
アシューニヤ女学園は普通の学園とは異なり、生徒の最終的な進路、その目的は予め定められている。
ヴァルキュリア……つまり、イディスにおいての未来予知機構の守護者。
それが、アシューニヤ女学園の……いや、イディス内のヴァルキュリア養成機関の目的であり使命である。
それ以外はごく一般的……かどうかはさておき金持ちお嬢様学園であるのだが……その一点により、存在意義は大きく異なっている。
なにせ養育における柱が守護者になるのだと定められているのだから。
生徒達の保護者等の方々により、少女達は多少と言えない程の我儘が許され、同時に外の世界ではあり得ない位の贅沢を享受する権利が与えられている。
アウラフィール魔王城城下町にすら極少数しか存在しない飲料の自動販売機が置かれている辺り、どの位贅の限りを尽くしたか理解出来る。
魔導機構と機械の混合という限りなく贅の極みであるその機械を、ただの飲み物の販売に用いる。
絶対に利益なんて出ないとわかっているのに、利便性のみの為に。
それが許されているのは、それだけこの学園に金が有り余っているから。
出資者が多いから。
それは同時に、それだけ金銭を支払っている保護者の権力が強いという事に繋がっている。
故に、生徒は学生らしからぬ自由を謳歌しているのだが……それでも、許されない事はある。
ヴァルキュリアになるという柱に繋がる部分。
そこがぶれる事だけは、許されなかった。
どれだけ我儘でも良い。
どれだけ無法者でも、どれだけ違反行動を繰り返しても良い。
ヴァルキュリアの中にはそういうどうしようもない連中を纏める存在もいるし、最悪外敵に対しての爆弾にでもすれば良い。
ただし、ヴァルキュリアを名乗る以上弱い事……それだけは許されなかった。
戦う者である以上、護るべき者の為に立ち上がる者である以上、そこだけは、絶対である。
ヴァルキュリアは弱ければ、存在意義がない。
兵士なら、真面目であれば弱者であっても好まれるだろうが、ヴァルキュリアの場合は別。
それ位なら不真面目な強者の方がよほど適正がある。
当然……真面目な強者が増える事が最も良いのだが、そうもいかないというのが現状ではある為その不真面目な強者がヴァルキュリアにはそこそこの頻度で見られる。
そういう存在を育成する学園だからこそ、我儘お嬢様であっても危険極まりない訓練も必要となってくる。
普通の戦闘訓練が完全模擬システムであり、そこでは怪我は精々尻もち程度で済むが、それだけで訓練は完結しない。
怪我しない模擬戦なんてのは、良くも悪くも訓練止まりでしかないのだから。
まあ……つまるところ……こういうお嬢様学校であっても、大きな目的がある以上怪我しない模擬戦で済ませるという訳にはいかないという事である。
クラスメイトと共に野外に出て、広大な自然を見ながら、エリーは隣にいるフレイヤに尋ねた。
「クラス対抗での模擬戦ですか?」
「はい。この様な野外演習場でクラスを部隊と見立てた模擬戦を行います」
その後、フレイヤはさくっと詳しい説明をした。
模擬戦のマップは学園の敷地内にある山岳森林地帯。
ただし、その自然は人工の物である為本来の物よりは荒れておらず、しかも地形や植林具合は教師がランダムで変更する為戦闘前に把握出来ない。
戦闘のルールは指揮官フラッグ式。
指揮官の制服肩のワッペンに大きなリボンを結び、遠目からでも指揮官であるとわかる様にする。
勝敗条件は指定した指揮官の戦闘不能、ならびに指定した指揮官以外全員の戦闘不能。
戦闘不能の条件は行動不能や骨折、流れると表現出来る程の出血。
それに加えて、自身での敗北判断。
そして当然の事だが、訓練場がイディス内である為、ハイロウ以外の武器の使用は禁じられている。
ちなみにこの模擬戦はノルニル見習い達がこっそりとどこかで見学をしており、そちらはこの試合の行く末を予知するのが授業の課題となっていた。
「大体こんな感じになります」
「なるほど。フレイヤさん。一つ尋ねても良いですか?」
「ええ。エリーさん、何でも聞いて下さい」
「これから模擬戦が始まるんですよね?」
「はい」
「クラス対抗という事でしたら結構大きな授業になりますよね?」
「はい」
「……どうして、こんなに緊張感がないんですか?」
そう言葉にし、エリーはフレイヤとレイ以外のクラスメイトの様子を見ながら呟いた。
授業の準備であり、これから戦闘というのにその空気は、半分ピクニック。
いや、実際にシートを広げて紅茶を楽しんでいるあたり半分どころかほとんどがピクニック気分になっている言っても良いだろう。
「……それはですね……その……」
困った顔で、フレイヤはレイの方をちらりと見る。
レイは理解したらしく困った顔で小さく溜息を吐いた。
「私達の所為……ですわね」
レイの言葉に、フレイヤは頷いた。
元々このヒルドクラスは一年クラス九つの中でも上位二位から三位に位置していた。
安定した戦力、クラスを纏めるフレイヤという存在、そして三組のルーンの誓いによる契約者。
だったのだが……単体ですら圧倒的な戦力を誇るエリーとレイという新たな契約者組が現れた。
当然、戦力差は変化する。
ヒルドクラスは一年生クラスの中で、圧倒的に強いクラスとなってしまった。
「正直、私としてもそこまで真面目にしなくても実際に勝ててしまうという状況だと思っています。なのであまり強く言えなくて……」
そう、フレイヤは苦笑いを浮かべ言葉を零した。
「……お姉様、どうします?」
本当にどうしたら良いかわからず、エリーはそうレイに尋ねた。
レイは、エリーに手を向ける。
慣れない土地だから歩くのを手伝って欲しいという無言の合図。
その合図を受け取り、以心伝心という精度でエリーはレイの行きたい場所に連れて行く。
そこは、腑抜けたクラスメイトのすぐ傍だった。
「あら? どうかしましたエリーさん、レイ様。ああ、ご一緒にどうですか? 丁度良いクッキーが……」
そんな風に、クラスの少女はにこやかで、気さくに話しかけてくる。
「皆さん。少し聞いてもらえるかしら?」
無言、無表情のレイ。
雰囲気から、決して怒っている訳ではないだろう。
だが、和気藹々とした中に混じるには、少々以上に冷たすぎる雰囲気を醸し出していた。
「私としてはこのクラスではこれが最初の野外授業でクラス単位の模擬戦ですので、先輩である皆さんに従うという気持ちはあります。ですが、その前に一言だけ、言わせて下さいませ」
レイは一呼吸置き、そして、自分の考えを言い放った。
「私が教師なら、対戦相手を二年生にします」
ぴたっと、場の空気が凍り付いた。
「レ、レイ様! 流石にそれはあまりに不平等では……」
フレイヤの言葉に、レイは頷いた。
「ええ。そうですね。ですが、私達もまた、現在はその不平等となっています。そして、私達はその不平等により貴重な学ぶ機会を失っています。このだらけきった空気を、腑抜けた皆様を、学園が放置するとは思えません。違いますか?」
誰も、何も言えない。
少女達は、そこまで考えてすらいなかった。
「私達が有利な不条理、不平等だと私達は何も学ばない。でしたら、私達が不利である方の不平等の方が学園にとってよほど都合が良いでしょう。その不平等は私達の糧となりますから。もちろん、これが答えとは言いません。あくまで私が教師ならですから。ですが……圧倒的有利を学園が放置すると思わない方が良いでしょう。その上でのんびりとするべきとお考えなら、私も従います」
そう言葉にし、レイはぺこりと頭を下げる。
当然、そんな空気ではない。
それは理に叶った内容だった。
叱りつける様な声ではなく、ただただ正論を吐いただけ。
だからこそ、少女達に緊張感が生まれた。
相手が格上かもしれないから油断だけはしない様にという。
少し遅れてだが、少女達は重くなっていた足を上げ、作戦会議を始めた。
その会議が始まってすぐに、ヒルドクラスの担任が姿を見せた。
「邪魔するわね。……良かったわ真面目になった様で。レイさんのおかげですね。感謝します」
そんな担任の言葉にレイは首を横に振った。
「いえ。皆様が真面目なだけですから」
「……それ、本気で言っています? 聞くだけでも白々しいと感じるんだけど」
「……言っていて、ちょっと無理があるなと思ってしまったところです」
「でしょうね。……さて! 一旦作戦会議を止めて皆こっちを見て頂戴。今から対戦相手の発表をします!」
ヒルドクラス全員が担任に指示に従い、顔を向けた。
「……よろしい。さきほどちらっと聞いていましたが……レイさんの予想は実は良いところを突いていました。最初私達は二年生に対戦相手となってもらう様声をかけたので。まあ……時間と都合と相手に対しての利が噛み合わず、結局お流れとなりましたが」
担任の言葉に、クラスメイトは安堵の息を吐いた。
だが、レイだけは顔色を変えない。
二年生を用意しようとして諦めたという事は、二年生以外でこのヒルドクラスとが苦戦する相手が見つかったという事だと考えたからだ。
とは言え、それをレイは言葉にするつもりはない。
担任同様、少し位怖い目に合った方が少女達の為になると考えたからだ。
少女達は伸び伸びと暮らした分、少々以上に楽観的となる傾向がある様に、レイは思えた。
楽観的である事が悪い事だという訳ではないのだが、実力がなく調べもせずに楽観的となるのは、それは楽観ではなく、ただの甘えでしかない。
「それで対戦相手ですけど……スルーズクラスが手を挙げて下さいました」
レイはちらっとフレイヤの方を見た。
「アンジェさんのクラスですわ。人型優等生クラス。私達とは違う意味で優秀……秀才で真面目な方が多いクラスですわ。ただ、うちとは異なり飛びぬけて強いのはアンジェさんだけで、しかも契約者が一組もいません」
フレイヤの說明に納得し、レイは頷く。
だが、担任の意図が理解出来なかった。
クラスメイト達は明らかに安堵の息を吐き、またさっきの様な浮ついた気分に近づく。
せっかく気を引き締めたのにそれすら台無しになる位、それはつまらない事だった。
だが……。
「それと、フェニヤクラスの方も」
少女達は、レイとエリーを除き全員がぴたりと動かなくなり、完全に固まる。
油断も笑みも消え、その顔色は、とても良いと呼べる物ではなくなった。
「……フレイヤさん。フェニヤクラスとは……」
フレイヤは、端的に答えた。
「二年生でのスルトクラスに位置するクラスですわ。流石にスルトクラス程酷くはありませんが……うちの問題児が可愛く感じる位にはこう……」
「なるほど、理解したわ。その二クラス混合を私達は相手にすれば良いのですね」
レイはそう、担任に確認を取る。
担任は、笑顔で首を横に振った。
「そんなつまらない事しませんわ。ご安心なさい。貴方達が不利になる様な条件ではありませんので。という訳で、今回は三クラスでのバトルロイヤル形式となります。では、頑張ってください」
そう言葉にし、担任は笑顔でその場を後にする。
その後ろ姿を見ながら、フレイヤは頭を抱え蹲った。
「……フレイヤさん。正直、バトルロイヤルなら別に問題ないと思うのですが……。二クラス対私達よりよほど楽だと。どうして皆そんな辛気臭い顔をしているのでしょうか?」
レイの質問に、フレイヤは自分の言葉を再確認するように、ゆっくりと説明をした。
フェニヤクラスというのは、早い話がこのクラスの問題児達を煮詰めて悪化させた様な集団である。
少女達に悪意がある訳ではない。
ただ、常識がないだけである。
フェニヤクラスの少女達は誰独り普通の人の姿をしておらず、最も外れたスライムから最も近い獣人まで、そういった人以外の外見をした存在で構成されている。
だが、外見が違う事など些細な事であり、少女達の中身の異質さに比べたら全くもって大した事ではない。
フェニヤクラスは、間違いなく強い。
個人戦では優れた結果を残している者も多く、この前の持久走で一位だった者もこのフェニヤクラスである。
だがその反面、フェニヤクラスはクラス単位での対抗戦では確実に敗北し続けている。
理由は三つ。
作戦という物がない事。
単独行動が多い事。
そして、クラスとして勝利する気が全くない事。
全員で一丸となって突っ込むか、全員バラバラに行動するか、はたまたゴロゴロと昼寝をするか。
フェニヤクラスでの対抗戦が大体こんな感じのパターンであり、どう動こうとも勝敗的に言えば全く苦にならない。
昼寝のケースに至っては全く起きる気配がなく一切の戦闘行為なしでの勝利となった事さえあった。
そんなフェニヤクラスの少女達だから、今回のバトルロイヤルも大した事がない。
そう、フレイヤ含む少女達は考えて……いない。
フェニヤクラスには、傾向の様な物がある。
それを大まかにまとめると、二つ。
一つは、個人戦以外での勝ち負けなんて一切気にしない。
一つ、楽しい事が、大好き。
バトルロイヤル形式の対抗戦なんてのは実は今まで一度もなかった初めての企画である。
フレイヤはフェニヤクラスの少女達はこれをきっと全力で楽しむだろうと考えていた。
なにせ見方を変えたらそれはお祭りの様な物なのだから。
そしてフレイヤが頭を抱える最大の要点はこれ。
『フェニヤクラスは勝敗に一切興味がない』
つまり何が言いたいのかと言えば……爆弾である。
一切の勝敗度外視、負担や怪我度外視の突撃部隊。
どこからどのタイミングで来るのかわからず、そして一旦来れば楽しみきるまで、味わいきるまで、絶対に引かない。
勝つ事を考えると、はっきり言って最悪の相手である。
全ての戦略が無駄になるのだから。
おそらくスルーズクラスの方もこの事を聞いて頭を抱えているだろう。
実力だけは高い集団がテンション上げ上げで全力全開で突っ込んで来る。
しかも、どこに来るかわからないから対策どころか作戦すら立てようがない。
今回のバトルロイヤルは、三クラス対抗と考えるよりもニクラス+災害と考える方がわかりやすい。
ヒルドクラス一強という状況を教師陣営は戦力バランスを整えるのではなく……ごっちゃごっちゃのちゃぶ台返しという方向性で読めない物とし、調整放棄をしたという事である。
「……とりあえず、作戦会議をしましょう。無駄だからと言ってやらない訳にはいかないでしょう」
レイの言葉にフレイヤが頷くのをクラスメイトは見て、絶望しきった顔のままよろよろとフレイヤの周りに集まった。
作戦会議の結果、戦力を守備寄りに配置する事に決定した。
ヒルドクラスにはなんだかんだ言って問題児がおよそ十体とそこそこ多く、そしてその大半が突っ込む位しか役に立たない突撃タイプ。
しかもそれを実行したらそれなり以上に戦果を出すのだから困ったちゃんという他ない。
当然と言えば当然だが、イラもこのタイプである。
だが逆にこのクラスに在する契約者四組は皆、戦闘において非常にバランスの良い万能型。
更にどちらかと言えば守備に重きを置いている傾向にある。
故に、契約者組を中心にした指揮官と守備隊。
斥候の役割を含めた遊撃隊。
そして少数の突撃暴走集団の三つに分けるのが適切だろうというのが、クラスの判断だった。
「という感じになりますが、指揮官は誰が良いでしょうか? 私としましてはレイ様を推したいのですけど……」
そう、フレイヤは言葉にした。
「私? どうしてかしら? 視力に難ありだから置物になれというのなら断ります、それなら突撃部隊に入る方が幾分マシです」
「いえ。単純にクラスメイトの士気が上がるからです。愛しのお姉様を護るとなると皆のモチベーションが……」
フレイヤの言葉に、生徒達の八割方が何度も首を縦に振る。
イラに至ってはそのまま飛び立ちそうな程のテンションの上がりっぷりを見せた。
「……そう。そういう事なら受けても良いのだけど……実は私にも一つ案があるの。良いかしら?」
フレイヤは頷いた。
「レイ様の案を聞かない訳がありません。是非ご教授下さいませ」
「ありがとう。……私はね、二年生の中でもそれなりに優秀だと自負しているわ。一対一であっても、二年集団の大半には負けないでしょう。だから当然、このクラス相手になら負ける気がしないわ」
それは嫌味でも何でもなく、ただの事実。
エリー以外相手ではレイ単体を捉える事など出来ず、エリーであってもレイを負かすには至らない。
レイという存在はそういう、化物じみたという言葉が適切な位の強さを持っていた。
魔力が少ないという欠点はあるが、それを未だエリー以外の誰にもレイは悟らせていない。
その辺りもレイの強さと言えるだろう。
だから、誰もレイの言葉に反論しなかった。
「ですが、私は完全無欠の万能選手という訳ではありません。欠点もありますし。私より凄い部分を皆さんが持っている事もまた事実です」
「そんなまさか……」
「少なくとも、視力という意味でなら私は最下位でしょう。……話が逸れました。私が言いたい事はですね……そろそろ、皆さんにもエリーさんの凄いところを知っておいてもらいたいと思いまして」
「いえ、エリーさんが凄い事は十分皆知っておりますが……」
「ですが、それは私の劣化品程度と皆さん思っていませんか?」
レイの言葉に誰も何も言えなかった。
優れたシューターを支える守護役。
少女達はエリーの真価を支える者、護る者であると考えていた。
そして同時に、レイには劣っているとも。
「……実はエリーさんはこの私何かよりよほど優れた部分を持っています。その事を今日は伝えたくて。というよりも……最近腑抜けきってしまったエリーさんに少し気合を入れ直して貰いたいんですね」
そう言葉にし、レイはわざとらしく溜息を吐いた。
「……レイ様の提案とは、一体どの様な物なのですか?」
レイはニコリと微笑み、エリーをそっと見つめた後、クラスメイト全員を見渡した。
「私は、今日勝つ為に指揮官役にエリーさんを推薦し、同時に本当の意味での指揮権をエリーさんに託す様提案致します」
その言葉に一番驚いたのは、エリー自身だった。
ありがとうございました。




