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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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秀才なはずなのにそうは見えない位抜けているのが良いところ……らしいです


 教室での席順において、ルーンの誓いを行った契約者のペアは最後尾にするという暗黙の了解がある。


 別に学園側からそういう決まりが出た訳ではない。

 ないのだが……どうしても契約者とは魂単位で繋がった者達である為、その行動は非常に、これでもかと親しく見えてしまう。

 ……要するに、その他大勢にとってそれは酷く目に毒である。

 羨ましいという意味でも、眩しいという意味でも、胸が痛くなるという意味でも。


 故に、どのクラスであっても契約者の席順は最後尾であるという暗黙の了解が生まれ、そして暗黙の了解は長い時間を経て伝統へと昇華した。


 ちなみにだが、契約者は一クラスに一組か二組程度しかおらず、全くいない組も珍しくない。

 四組というのはかなり稀であり、五学年あるアシューニヤ女学園であっても現在一年ヒルドクラスのみとなっている。


 そんな理由で前の方であったエリーの席は最後列に移され、そこでほんの少し前までレイと共に質問攻めにあっていた。


 ルーンの誓いに憧れを持つ生徒は多い。

 そういう条件がある訳ではないのだが、成績優秀である場合が多く、そしてその繋がった者は汚してはならない聖域の様な雰囲気を醸し出す。

 皆、自分がそうなりたいと思い、そうある相手を欲しいと願い、そうなった自分を夢想する。


 そんな少女達の前に、出会ったその日に契約なんていうセンセーションな事件に巻き起こした契約者が現れ、しかもどちらも全く異なるタイプではあるが容姿端麗。

 興味を引かれない訳がなく、質問をしないでいられる訳がない。

 そんな訳でつい数分前までは、もみくちゃという表現が似合う程の質問攻めにあっていた二体だが、今は誰も彼女達に質問をしていない。

 クラスメイト全員、ただ……二体の様子を見守るだけ。


 まるで、触れてはいけない様な……儚く、美しい、その契約そのものの空気を纏ってしまっている為、あのイラすらも空気を読み、話しかけずただ見惚れる事しか出来ていなかった。


 その柔らかい髪に、そっと櫛を通す。

 優しく、緩やかに、愛でる様に、そっと……何度も、何度も……。

 エリーが動作を繰り返すその度に、まるで燃え尽きた痕の様なレイの灰色の髪が命を吹き返していく様。

 丁寧に、丁寧に。

 そんな繰り返しの動作の為か、髪が息を吹き返している様な……そんな気さえしてくる。


「……ごめんなさいね。こんな事させて」

 レイの言葉にエリーは微笑みながら首を横に振った。

「お姉様の為に何か出来るのは嬉しいですよ? でも、もう少し痛みとか気にした方が良いと思います。私が言うのも何ですけど」

「本当にそうね。貴女がそれを言ったらいけないでしょう。朝もギリギリまで寝て、髪の手入れも何もかも適当。それでその美貌なんですから他の女性に恨まれても仕方ないと思いますよ」

「えへへ。ついでに言いますと一旦ちゃんと着さえすれば制服も一瞬で着脱可能汚れいらずで洗濯物も最低限。精霊様様ですね」

「本当……便利な種族ね。……まあ、あまり私が言える事じゃあないわね。正直髪の手入れとか面倒に感じていますし。……いっそばっさり切りましょうか」

「絶対駄目です」

「……でも、こうしてまた迷惑をかけてしまいますし……」

「何度迷惑をかけても構いませんので駄目です。というか、そんな事許されませんよ。周囲を見て下さい」

 エリーの言葉を聞き、レイは頭を動かし周りを見る。


 レイの視力は極端に悪い。

 そんなレイでわかる程、見渡す少女達全員が首を横に振っていた。


「……良く、わからないけど髪を切るというのは撤回するわ。ここまで否定されるって事はきっと私にショートカットは似合わないという事でしょうし」

「ええ、そうしてください。似合う似合わないはあんまり関係ないですけど……っと。こんなものでどうですかお姉様?」

 レイはさっと髪を指で梳き、靡かせ……。

 サラサラの長髪はふわりと浮き、朝日に反射し輝く。

 まるで、生まれ変わった様に美しくレイの魅力を更に引き立てていた。


「……ええ。悪くないわ。ありがとう。エリーさん」

「いえいえどういたしまして」

「……また、お願いするわ。……さて、フレイヤさん。いらっしゃいましたら返事をお願い出来ますか?」

 レイの言葉にその光景に、レイの髪に見惚れていたフレイヤは慌てて返事をした。

「は、はい! ここにいます」

「ありがとう。少々相談がありますのでそちらに伺いますね」

 そう言葉にし、レイは独りでフレイヤのすぐ傍に歩き隣の席に座った。


「リリアさん、少し席を借りるわね。この事について相談が……」

 本を開きそう呟くレイにフレイヤは驚いた様子で見つめた。

「レイ様、エリーさんの補助なしでまっすぐ歩いて……」

「ん? ああ、昨日でこの辺りの地形は大体暗記したわ。よほどの事がない限りもう独りで大丈夫よ。それで、ここの事なんですが……」

 そう言葉にし、レイは本を開き戦闘訓練についての質問をした。

「……。ああ、レイ様が挑戦なさるおつもりです?」

「まあ、あの子の目的的にやらざるを得ませんから」

「なるほど。では……」

 そんなレイとフレイヤの会話をエリーは遠くで楽しそうに見つめた。


「……嫉妬、しませんの?」

 イラがぽつりと、エリーに対しそう投げかける。

 エリーはその意味が全く理解出来ず、首を傾げた。





 授業が始まり、とある生徒の顔色が真っ青になる。

 その生徒の名前は、エリー。


 エリーは、ハイロウの問題さえ何とかなれば自分が優秀になれると考えていた。

 アシューニヤ女学園がヴァルキュリア養成機関の一つと聞いた時から、軍と相違ないだろうと……いや、軍ほど厳しくないだろうと考えていた。

 だから、軍教育を全て優で卒業した自分なら、基本的に秀才で器用な自分ならな、困る事はないと思っていた。


 だからこそ、それはエリーにとって絶望以外に表現出来なかった。


 現在エリー達ヒルドクラスがいる場所は教室ではなく、調理実習場。

 つまり、そういう事である。


「……お姉様」

 縋る様な瞳のエリー。

 それを見て、レイは顔に手を当て俯き、盛大に溜息を吐いた。




 調理自習。

 要するに、料理。

 それはエリーにとって数少ない鬼門。

 料理上手という主を持っていながら……いや、持ってしまった所為で全く上達しなかった要素。

 まったく出来ないという訳ではない……とエリー自身は思っているが、正直出来るとか出来ないとか、そんな生易しい話は既に通り越している。


 パンにはさむとか、混ぜるとか、そういう作業ならばまだ良い。

 被害は最小限に抑えられる。

 だが、煮込むとか焼くとかそういう工程が入った瞬間、未知が爆誕する。

 エリーが調理場に立つという事は……それはもう、未知が来るとしか言いようのない事象だった。


「では、四体一組となって下さい。あ、契約者の組は契約者で組んで下さいね」


 そんな教師の一言により、エリーとレイは自分達と同様の、二年生混じりのルーンの誓い組と組む事となる。


 二年生、ラウ・ディストピア。

 クラスで最も背が低く初等部の生徒に勘違いされてもおかしくない容貌の生徒。

 ショートカットの黒髪で、前髪で目元を隠した様子は泉守ミューの様に内気さを感じさせられる。


 一年生、ファリエル・コミュール。

 ラウとは真逆の性格と言って良い程、明るく活発な少女。

 ピンクのショートカットに制服のタイの様な白い大きなリボンを付け、はきはきとした様子。


 二年が大人しく、一年が活発という意味で言うなら、レイ、エリー組に似ていた。


 その契約者一組とレイ、エリーは見つめ合った。


「よろしくお願いしますレイ様。あ、ラウ様はあまり誰かと交流をするのが得意ではないのでその辺りは……」

 ファリエルはそう言葉にする。

 おどおどとしつつ目が見えていないのに更に顔を反らし、ぎゅっとファリエルの手を握るラウ。

 その様子を見て、レイはこくりと頷いた。


「構いません。シャイな方に無理しろとは言えませんから。ただ、挨拶だけはさせてください。ごきげんようラウさん。本日はよろしくお願いします」

 そう言葉にし、レイはにこりと微笑を浮かべる。

 ラウはこくりと首を縦に動かし、蚊の鳴く様な声でごきげんようとだけ返した。


「ご配慮ありがとうござますレイ様。さっそくですが、何を作るか決める前にお二方がどの位料理が出来るのか教えて頂いても良いですか? ちなみに私は恥ずかしながらそこまで得意ではなくて……卵とか良く焦がしちゃうんですよ。えへへ……。あ、ラウ様はめっちゃくちゃ料理上手なので期待して良いですよ」

「そうなのね。了解です。ラウさんはまあ当然出来そうですが……ファリエルさんも口で言う程酷くなく、十分出来そうね。安心したわ。ちなみに私はまあ……そこそこは出来るから安心して頂戴。……私は、ですが」

 そう言葉にし、レイはエリーの方を見た。

「食器出したり皿洗いとかなら自信あります」

 そう、エリーは開き直った。


「……姉としての所見だけど……料理をやらせたらいけない存在というのは、確かにいると思うの」

「それは……少し残念ですね。エリーさんの料理なら皆欲しがると思いますのに」

「……食べる事自体が危険行為だとしても欲しがるかしら?」

「適材適所で行きましょう!」

 ファリエルはにっこりとそう言葉にする。


 基本的にだが、レイはクラス内や授業中は自己主張が弱い。

 二年生である事やクラスの部外者であるという思いの所為だろう。


 そのレイがエリーに料理させる事をそこまで言う辺りで、ファリエルは十二分にやばさを察した。


「では、何を作るのか相談しましょうか。……いえ、作りたい物を各自一つ紙に書いて行きましょうか。エリーさんはまあ……食べたい物を書きなさい。私が作ってあげますから」

 その言葉に三体は頷き、それぞれ自分の好物を書き記す。


 だが、実際に書かれたのは『チーズスフレ』『トマトパスタ』の二つだけであり、残り二枚には綺麗な字で『何でも』と書かれていた。


「……ちなみに、トマトパスタは私です」

 エリーは手を挙げながらそう答えた。

「あ、チーズスフレは私の好物です」

 そう、ファリエルが言葉にし、エリーとファリエルはそれぞれ自分の姉の方を見つめた。


「……いえ、三つも作れば十分かと思いまして譲ろうと……」

 レイは申し訳なさそうにそう言葉にした。

「うちのラウ様も同じ風に考えたそうです」

「……そう、ふふ。私達気が合うのかもしれないわね。まあ今日は私に先輩面するのを譲って頂き、何か食べたい物を書いて下さいませんかラウさん」

 微笑みながらレイはそう尋ねる。

 それにほんのわずかだけ頭を動かし、ラウは慌てて紙に字を書いた。

 弱弱しく、それでいて優しい文字。

 ラウの性根を示す様な文字。

 それには『野菜のソテーとスープ』と書かれていた。


「……それ、好物というよりも料理のバランスを考えて書きませんでした?」

 レイの一言に、ラウはこくりと頷いた。

「……でも、好きなのは本当」

「なるほど……。では、皆で手分けをして全部作りましょう。ラウ様はデザートをお願いしても宜しいですか? ファリエルさんのリクエストですし、私はデザートそこまで得意でありませんので」

「……わかった……」

 ラウはそう言葉にし頷いた。


「……驚いた。ラウ様が私以外の方と話したの初めて見ましたわ」

 ファリエルは口をあんぐりと開きながら、そう呟いた。

「それが私のお姉様ですから。それで、私は何をしたら良いでしょう?」

「大きな鍋を幾つか持ってきて頂戴。まずはエプロンを付けて手を洗ってからね」

 レイがそう言葉にしエプロンを付けると、皆それに習いエプロンを付けだした。




「失礼します。レイ、エリー、ラウ、ファリエル組、出来ました」

 そう言葉にし、レイはトレーを持ち教師に作った物を見せた。

「早いですね。それで、貴女達は何を作ったのかしら?」

「はい。パスタ……」

「なるほど。そこそこ手軽で食事になるというのは良いチョイスです。速度も速いという事は簡易的な物で――」

「と、ピザ……」

「……ん? まあ、パーティー用の食事を自分達で作るのも学生らしいですね。後で楽しむ物を作る余裕があるのは良い事――」

「にカルパッチョとソテーとスープと……」

「……ん?」

 教師は、首を傾げた。


 そして直後自分の元に出て来るフルコース+α的な一式を見て、再度首を傾げた。


「……レイさん。これは一体……」

「まあ……興が乗ったと言いますか……調子に乗ったと言いますか……。ああ、デザートもありますよ。九種のケーキにチーズデザートの詰め合わせアイス仕立てなんて割ととんでもないデザートが」

「……すみません。私、合わせて六組の分食べないといけないのでこんなに食べられません……」

「了解です。ではこれだけお願いします。冷めても美味しい様に作ったので後でも構いませんよ」

 そう言葉にし、レイはトレーにスープ以外の料理を戻した。

「……ふむ。スープですか?」

「ええ。審査をするのならこれで十分と……無理やりお腹に詰める様な無理をなさらない物だとこれが一番適切かと皆で相談しておりましたわ」

「参考なまでに尋ねたいのですが……その残った料理類はどうなさるのですか?」

「エリーさんが食べますのでご心配なく」

「……エリーさんの胃袋の心配は?」

「この程度なら必要ありませんね。きっとエリーさんでしたらこの後昼食も食べるでしょう。では、失礼します」

 そう言葉にし、レイはぺこりと頭を下げカートを下げ自分の組の元に戻っていった。


 教師は手元に残ったスープを、そっとスプーンに救い、口に流し込む。

 野菜を中心にした半透明のスープは、びっくりするほど透き通った味がした。




「……レイ様。参考までに尋ねたいのですがどうやって短時間でこんな美味しいスープ作るんですか?」

 作った物の残りを処理する……というか早めの昼食を調理場の端で取りながら、ファリエルはそう尋ねた。

 作った物は全てとても美味しいが、それはある種当然でもある。

 高い材料を使い丁寧に作ったら美味しいに決まっている。

 だが、スープはそうではない。

 大した食材を使っておらず、その上豪勢で味の強い物も避けた優しい味の茶色かかった透明な野菜スープ。

 短時間では誤魔化しが効かず、本当に美味しい物を作るのは難しい。

 だが……そのスープはまるで長時間煮込んだ様な、そんな絶妙な味がした。


「……そうね。色々とコツはあるわ。野菜の端材を使うとか。でも一番は……憎む事かしら」

「憎む……ですか?」

 その言葉を、ファリエルは哲学的な意味かと考えた。

 だが、そうではない。

 それはある種の答えであり、とてもシンプルで誰でも知っている結論でしかなかった。

「ええ。灰汁を憎むの。これでもかってくらい憎んで憎んで、とにかく丁寧に僅かでも残らない様散らさない様気を付けて取り除いて……。ただそれだけを心掛けるの。それだけでもまあ、それなりの味になるの」

「なるほど。そうなのですね」

 ファリエルは予想外の答えにぽつりと呟いた。

 レイの調理風景はこれでもかと力を抜いてかつ楽々行っている様に見えたから何か簡単な技法や裏技があると思っていた。


「料理に、答えはないし……簡単な解決策もない。とにかく……手間を惜しまない事が……一番の秘訣」

 ラウの言葉にレイは頷いた。

「そうね。私もそう思うわ。その手間を惜しまない事を、愛情と呼ぶと私は思っているわ」

「じゃあ……この料理は……愛情たっぷり……だね……」

 そんな冗談を、ラウは言葉にした。

「かもしれませんわね」

 そう返し、レイは微笑を浮かべた。


「……私のラウ様が誰かとこんな談笑をするなんて……嬉しいけどジェラシーを覚えずにはいられません……」

 ファリエルは悔しそうにそう言葉にする。

 それを見て、ラウはよしよしとファリエルの頭を撫でた。


「まあ、お姉様はそういう方ですからね」

 エリーはふんすと満足そうにそう言葉にし、それが当たり前であるかのようにレイの作る料理に手をかけ続ける。

 恨みがましそうに見つめるクラスメイトの視線を無視し。 

 それに見かねたレイが次いで調理を開始するのに、そう時間はかからなかった。




ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
相棒をNTRてひとり黙々とスネークしてるクロスが不憫だわ
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