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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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最高の財産、その価値を知らない少女達


「――と、予定外の乱入とトラブルによりエリー様の交流会は説明不十分のまま終了し食事の時間となりました」

 そう、青い髪をしたメイドはいつもおどおどしてとても主らしくない主に報告をする。

 全身もふもふで常に目を隠した羊混じりの女性。

 彼女こそが、彼女達の――いや、イディスの主であり王である泉守、ミューだった。


「……そう、ですか。それでその後はどうです?」

「はい。食事に関してもどこか困惑する様な様子で食べていたと」

「困惑、ですか?」

「はい。マナーに関してどうも怪しい部分がある様でしたので……」

「ですが……エリー様はアウラフィール様と良く会食をなさっていたのでは?」

「アウラフィール様はクロス様エリー様が混乱しない様極力わかりやすくかつあまりマナーを気にしないで食べられる様配慮していたそうです。クロス様はそういうの好まなかったらしいですし」

 そう伝えた後、もう少し詳しいエリーの食事風景をメイドは説明する。


 大量に並べられたナイフとフォークを使うコース式料理。

 それに困惑しながらも見様見真似と過去魔王の騎士であった経験で乗り切るエリー。

 少々ぎこちないところはあるものの所詮学生レベルのマナーである為、そこまで重要視されない。

 むしろ食堂にいるクラスメイトやそれ以外の生徒達はエリーのおっかなびっくりといった様子を皆は微笑ましい目で見ていた。


 というよりも、エリーより酷いのが何体もいる為エリーが思うよりも目立った様子はない。

 基本マナーにのっとった食事をするが一部手づかみで食べる様な魔物もいるからだ。


 だからあまり気にしなくても良いのだが……エリーは楽しく食事が出来たかと言えばそうでもなさそうな様子だった。


「……丁重にと思いアシューニヤ女学園に入れたのですが……もう少し違う場所に入れた方が良かったかもしれませんね」

 困惑し苦労しているエリーに対しミューはそうぼやく様に呟いた。

「どうでしょうか。疲労度合いや生活水準という意味で言えばアシューニヤ女学園は令嬢の方々も混じる為最高の環境かと思いますが……窮屈そうにしているのは確かですね」

「……と言えども……私の眼で見た未来ではこうなる様になっていましたので……」

「それは良き未来だったのですか?」

「いいえ。そうではないです。でも、ギリギリまで視た物を変えたくないんです。私みたいな未熟者は本来の未来から外れれば外れる程制御が効かなくなりますので」

「なるほど。過ぎた事を言いました」

「それでも……本当にエリー様が困っている様でしたら手を貸したいので報告は出来るだけ細かくお願いしますね」

「かしこまりました」

 そう、メイドが頭を下げたそのタイミングで部屋にノックの音が響き、メイドと同じ顔、同じ服の女性が入室する。

 その女性に、ミューとそのメイドは目を向けた。


「失礼します。報告ですが特にありません。失礼しましたごきげんよう」

 それだけ言い残し、新たに入って来た青髪のメイドはそこを立ち去ろうと――。

「ちょっと待ちなさい! そんな報告認められる訳ないでしょう!」

 そう、もう一体のメイドは出て行こうとする同じ顔のメイドの手を取った。

「……何か用があるのかしら妹よ」

「何かも何もマトモな報告をしてる私が馬鹿みたいだからちゃんと報告しなさい!」

「……やーいやーいばーかばーか」

 無表情ながら煽る姉に怒りを感じながら泉守の前だからと抑え、引っ張り姉をミューの前に立たせた。


「……しないと駄目?」

「駄目です」

「……やれやれ煩い妹だ。では泉守様。報告を始めさせていただきます」

 ころっと切り替え真面目な態度となるメイド。

 そうしていると、二体が姉妹であるという事が非常に良くわかるとミューは思い苦笑いを浮かべた。


「はい。お願いします。それでクロスさんの様子はどうです?」

 ミューがそう尋ねるとメイドは少し黙り込み、考えながら言葉にした。

「試練開始から未だ一度も発見されておりません」

「……一度もですか?」

「はい。一度たりとも」

「どの位の戦力が動いていますか?」

「昨夜は見習いグンを中心に動きました。それで、今朝からは手の空いたヴァルキュリアほぼ全員が参加し同時に高位能力持ちのノルニルも探索に手を貸しています」

「……予知能力まで使用しているのですか?」

「はい。例え逃げ切られるとしてもこのまま逃げ切られるのはイディスの恥であると……外部協力者より兵站等の支援も込みで言われ」

「……外部協力者とは?」

「クルスト元老機関のロキ様です」

 ミューはロキの事を考え、小さく溜息を吐いた。

「……狂信が過ぎますね本当」

「泉守様何かおっしゃいましたか?」

「いえ、何でもありません。報告ありがとうございました。これからもお願いします」

「はい」

 二体の同一の容姿となるメイドは声を揃え、頭を下げ、シンクロする様な仕草で部屋を退出していく。

 そして外で何やら口喧嘩を始めた。


「仲が良いですね本当。少し羨ましいです……」

 独りっきりとなることが多いミューは寂しそうにぽつりと呟く。

 泉守という地位の所為ではなく、昔から。

 昔から、ミューは孤独となっていた。

 話しかけられず上手く話せないという内向的な性格が完全に足を引っ張っている。

 それがわかっていても……どうしようもない。


 そんなミューにとって唯一の例外すらも、泉守となってからはほとんど会えなくなっていた。

「……どうして、私を独りにするのですか……お師匠様」

 弱弱しい声。

 故に、それは呪詛の様に周りを、自分を蝕み続ける。

 孤独がそのまま妬みに変わり、ない者に恋い焦がれる。

 要するに、寂しいのだ。

 魂が震える程に。


 先代の泉守で、憧れの存在。

 長い事二体だけで過ごしていた、そんな家族の様な相手――だった。

 そのはずなのに、彼女はミューに泉守を継承させ、姿を消してしまった。

 ミューは今でも、彼女の事を大切な家族で先輩で師匠だと想い続けている。

 だが、もしかしたら家族と思っていたのは、自分だけなのではないか。

 その考えが、ミューを苦しめていた。




 食事の時の事を思いだし、エリーは一喜一憂と安堵を繰り返す。

 予想以上に困惑したが決定的な恥を見せずに済んだ。

 それは本当にありがたい事だった。

 優秀な成績を残すことに食事の作法が影響するかどうかはわからないが、恥はあまり掻かない方が良いだろう。


 だが、せっかくの豪勢な食事を味わえたかと言えば正直あまり……。


 特に、茹で卵には苦戦した。

 まさか専用の卵を割る道具があるなんて。

 そして茹で卵をスプーンで食べるなんて。


 実際はただの半熟卵だったが。

 だがそれに気づくのがもう一歩遅かったらいつもの癖で卵を机の角にごんとぶつけ――そのまま大惨事となっていただろう……。


 そんな事を考えながらクラスメイトであるフレイヤの隣を歩きながら通りかかる生徒達にごきげんようを返していくエリー。

 正直、未だこの挨拶にはあまり馴染めない。

 しかもやたらと話しかけられる様な気もしていた。


「エリーさんの人気は凄いですねぇ」

 そう、フレイヤは言葉にし微笑んだ。

「ああ。やっぱり普通じゃないんですねこれ」

 かなり遠くの生徒もわざわざエリーの傍に移動し頭を下げに来るこの状況はやはりおかしかったらしい。

 もしかしたらそういう挨拶絶対遵守のルールでもあるのかとも思ったが……。

「皆エリーさんとお話したいんですよ」

「そう、なんですか。やっぱり転入生って珍しいんですね」

「それもあるんですけどそれだけじゃあないですね。……まあそれでもしばらくは平穏だと思いますよ。番犬がいらっしゃいますから」

「番犬?」

「――がるるるる。ですわ」

 そんなおちゃらけた声が聞こえ、エリーは後ろを見る。

 そこにはイラが立っていた。


「……イラさんがいるとそれだけで一年の学生は基本寄って来ませんから」

 フレイヤが酷く疲れた声で、そう言葉にする。

 その声には強い苦労がにじみ出ていた。


「ええもちろん。エリーさんをお守りするのはクラスメイトとして当然ですわ。ふふ……」

 そんな事を口にしやけに近い距離となるイラにエリーは苦笑いを浮かべながらぺこりと頭を下げた。


「ところでフレイヤさん。午後からは何をするんですか?」

「この後は身体能力の基礎上げ……早い話が長距離走ですね。その後に戦闘訓練になるかと」

「あらあら。それはエリーさんもまたご不幸ですわねぇ。いきなりの授業で走らないといけないなんて……」

 イラは本気で同情を見せ、そう言葉にした。

「? どうして走る事が不幸なんです?」

「だって大変じゃありませんか。あんまり役に立たないのに」

 エリーはイラの言葉に首を傾げた。

「役に……立たない?」

「だってただ走るだけでどうしますの? 逃げる位しか役に立たないでしょうに……」

「イラさん。何度も言っているじゃないですか。走る事も立派な訓練ですと」

 そう窘めるフレイヤの言葉にも、あまり熱は籠っていなかった。

「フレイヤさんもそう思うのではないですか? それならスタミナ向上の為戦闘訓練の時間でも伸ばした方がよほど役に立つと。違いません?」

 フレイヤは何も言葉にしない。

 イラの言葉を否定出来なかったからだ。


「……なるほど。良くわかりました」

 そう言葉にし、エリーはにっこりと満面の笑みを浮かべる。

 その笑みの意味がわからず、今度はイラとフレイヤが首を傾げた。


 自分もそういう時があったなぁ。

 軍に入り立ての頃位に。

 そしてその後、徹底的に走らされ苦しめられその上で足を動かす事がどれだけ強い事なのかを理解した。

 そんな過去の事を思いだし、新兵であった頃の自分に向ける様な……。

 エリーの眼はそんな暖かく微笑ましい物だった。




 おそらくだが、一年生全員揃っているだろう。

 三十体前後を一組としての組が九つ。

 これだけの数の同じ服装の少女達が揃うというのはなかなかに壮観だった。


「エリーさん。ちょっと良いかな?」

 制服とは異なる服装女性、おそらく教師であろうセントール族に小さな声で声を掛けられたエリーは反応を見せ彼女に目を向けた。

「あ、はい。何でしょうか?」

「いえ、転入したばかりで皆と同じ距離を走れるかなと思って……。もし不安なら半分位からで行きません? あ、遠慮はしないで下さいね」

「そうした方が良いですわ。エリーさんが息を切らせ悶える姿を見たくもありますが無理をして倒れる所なんて見たくありませんから」

 いつも通りのイラの頭をセントールの女性はぺしんと叩いた。


「言っている事自体は正しいです。エリーさん。無理はいけませんからね」

「先生……ですよね? 質問なのですがどの位の距離を走るのですか?」

「今回は五十キロです」

 エリーはたったそれだけという言葉を飲み込んだ。


「それならたぶん大丈夫です」

「そう? 無理なら早めにギブアップしてくださいね? 一応先生気を付けて見ていますので」

「あ、もう一つ質問して良いですか?」

「はい。何です?」

「制服のまま走るんです?」

「ええ。その服装は学園生としてのユニフォームでもありますので。見た目よりも防御力あるんですよ?」

「いえ、私は大丈夫なんですが汚れとかどうするのかと……」

「その辺りは予備の制服とクリーナーの方々がどうとでもしますので。ではエリーさん初授業頑張ってくださいね」

 そう言葉にし、セントールの女性は別の生徒に声をかけに行った。


「あの……エリーさん。一つ、良いでしょうか?」

 フレイヤが少々以上に言い辛そうにそう声をかけてきた。

「はい。何です?」

「言い忘れていた事がありまして……。詳しくはこの後話しますが、魔力の使用は例外を除き学園では禁止されています」

「そうなんですね。了解です」

 そう、あっさりと答えるエリーにフレイヤは驚いた様子を見せた。

「あれ? 魔力を使用するから長距離でも大丈夫だとおっしゃったのではないのですか?」

「いえいえ。ちょっとだけですがまあ走り慣れているだけです。後不安なのは道位ですよ」

「それなら他の生徒について行けば大丈夫ですわ。何なら私の後に付いてもよろしいですよ?」

 イラの言葉にエリーは微笑んだ。

「そう出来そうならそうさせていただきます」

 イラはにやぁとした、いつもと異なる攻撃的な笑顔を浮かべた。

「おやおや。エリーさん、もしかしてさっきのは挑発か何かでしょうか?」

 エリーはくすりと微笑んだ。

「意外と機微に聡いのですね。ええ、どうとらえてもらっても結構です」

「……走るのが楽しみと感じるのは久しぶりですわ」

 そう言い残し、イラはエリーの傍を離れ自分の持ち場に戻った。


「大丈夫ですかエリーさん。あんな事おっしゃって……」

 フレイヤの言葉にエリーは頷いた。

「まあ、たぶんですが……」

 新兵同士良くある事、所謂ただのじゃれ合い。

 喧嘩ですらないやり取りとエリーは思っているし、おそらくあっちもそう思っているだろう。

「負けたら何か酷い命令をされるのでは……」

「まあその時はその時です。私の見る目がなかったというだけで」

 そう言葉にし、エリーはイラに目線を向ける。


 やっぱり、嫌いじゃない。

 イラの様な直情的で負けず嫌いで、それでいてさっぱりした性格は。

 そんな事を思いながら、エリーは走り出すその瞬間を今か今かと待ちわびた。




 全員一斉にスタートし……エリーがゴールテープを切ったのは、二番目だった。

 ただ走っただけ。

 それも平坦で舗装された道を。

 正直何の苦労もなかった。


 だが、ゴール前にいる先生や救護員らしき魔物はエリーの方をあっけにとられた表情で見ていた。


 クラスメイト全員を抜き、背中を追い抜き続け、そしてそのまま獣人らしき魔物の背を見ながら二番でゴールをした。

 一応最後には抜こうとは思っただが、少々足りなかった。

「エ、エリーさん。大丈夫ですか? 無理をしてはいませんか?」

 救護員らしき相手からそう声をかけられ、エリーは微笑んだ。

「はい。全然大丈夫です」

「……いや、汗も掻いていない様な……」

「搔いてますよ? 軽くですけど」

「いやいや。そんな。学生でそんな走れる訳が……」

「私昔軍にいたので」

 その位は言っても良いかなと思いエリーはそう言葉にした。

「……それを、先におっしゃって下さい。わかりました。エリーさんは次回から持久走の時間は教師側に回ってもらいましょうか」

 それだけ言い残し、救護員はゴール前待機に戻る。

 だが三位以降の誰かは当分来そうになかった。


「あんた、すげぇな。私達と違うのにそんな早いなんて……」

 一位であった生徒はそうエリーに声をかけた。


 一番気になる部分をあげるとしたら、耳となるだろう。

 少女の頭には猫の耳にが付いていた。

 どこか野性っぽい雰囲気で制服とミスマッチしている少女。

 赤と緑のオッドアイ、黒ベースで白色の模様が入った髪。

 その少女は特徴的な八重歯を見せにこっと微笑んだ。


「あ、ごきげんようです」

「ごきげんよー! んでなんでそんなに早いんだ? 私はこれだから早いけどそっちはそうじゃないだろ? 私の仲間達よりも全然早いじゃん」

 耳をピコピコさせながら少女はそう口にする。


 それは、この学園らしくない言葉遣い。

 だけど全然嫌味に感じない。

 むしろこんなごきげんようの世界だからこそちょっとした清涼剤の様にさえエリーは感じた。

「今まで沢山走ったからですね。私はそこまで成績が良かった方ではありませんけど、それでもこの程度は当たり前でした」

「ほーん。要するに凄い早い魔物しかいない場所から来たって事か」

「いえいえ。ぶっちゃけますけどここの皆がまだまだ訓練不足なだけです。このまま卒業したらきっと将来苦労します」

「まるで知っているみたいな言い方だなぁ」

「似た様な場所を知っていますから」

「ほーん。なるほどねぇ。あ、そだ。私の名前は……えっと……」

 猫の少女は服に仕舞っていたペンダントを出しそこに書かれた名前を見た。

「パロット・リオット・ライオット。……覚えにくい名前でこみゃる」

「あ、あはは……。私の名前はエリーです。よろしくお願いします」

「覚えやすいし綺麗だし良い名前だなエリー。よろしく!」

 そう言葉にしパロットはエリーの手を取りぶんぶんと手を振った。

「はい。よろしくです」

「あ! 危険が危ないにゃ! じゃ、みゃーはこれで!」

 そう言葉にし、パロットはその場を脱兎の如く逃げる。

 その直後、言葉遣い、態度の指導を行わんとする先生達との追いかけっこが始まった。


 木に跳び、乗り越え、左右に動き。

 さっきまで走っていたとは感じない程俊敏に動き回り教師陣から逃げ回るパロット。

 それを見て、エリーはある事に気が付いた。

「もしかして、これがパロットさんが早い理由?」

 その言葉を否定する声はなく、同様追いかけっこを見ている救護員や教師陣は苦笑いを浮かべた。


 それから十五分程後に耳や足が少々異なる獣人らしき集団がひぃひぃ言いながらゴールをし……そこから更にしばらく。

 酷く苦しそうにしながらエリーのクラスメイト達がゴールをしだすのはエリーがゴールしてからおよそ一時間程後だった。


「……ま、負けましたわ……」

 いまにも倒れそうな様子にもかかわらずわざわざエリーの傍まで来て、悔しそうにしながらもそれだけ言葉にするイラ。

 やはりエリーはイラの様なタイプが嫌いではなかった。


ありがとうございました。

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