アンジェリアさん
大胆不敵、独善的で傲慢。
乱入してきた少女の表情は、そういった物だった。
だが、見下しているといった悪意や敵意の様な物は感じられない。
威圧と言うよりも、それは自負だろう。
己が上であり、相手が下。
それが当たり前。
そういう上から押さえつける様なオーラが、扉の前にいる少女からは放たれていた。
最初気になるのは、その綺麗な髪。
エリーと同じ金髪だがエリーよりもかなり白に……いや、銀に近い。
イエローがかったシルバーとも表現出来るだろう。
そんな――淡い綺麗な色合いの金髪。
白という印象が強い、金。
そんな白というイメージの髪にも負けない様な、美しくきめ細かく真っ白な肌。
その肌は、触れるだけで穢してしまうような、初雪の様にすら感じる。
白百合の如き麗しさである制服にも負けない様な白づくめの少女。
その少女は、じっとエリーの方を見つめ続けていた。
「……貴女でしょ? この変な時期に来た転入生って。早くこちらにいらっしゃい。あまり私を待たせ――」
「お待ちなさいアンジェさん。私のエリーさんを虐めるつもりなら許しませんわよ?」
イラは机から立ち上がり、エリーにウィンクをした後赤い髪を靡かせ、その少女の前に立ちふさがった。
「……何かしら? 今日は貴女にではなく……」
「私のエリーさんにでしょ? 貴女の様な面倒なお方に絡まれてエリーさんの品格を落とす訳にはいかないので」
そう言葉にし、イラは挑発的な目でアンジェと名乗った金髪の少女を見つめた。
「……そう。貴女がそうなるって事はやっぱりそれ相当の力を持っているという事ね。だったら尚の事引けないわ。トップであるという私の誇りに賭けても!」
アンジェはそう叫び、イラの前に立ちふさがる。
二体の間に火花の様な物が散り合った。
「……あの、フレイヤさん。これは一体……。そしてどうして私はイラさんに『私の』なんて呼ばれる様な事になっているのでしょうか……」
エリーは隣にそっと来てくれたフレイヤにそう尋ねた。
「……思い込みの激しい子ですから……どちらも。イラさんは嫌な事は……あんまり……その……なさらないと思いますのでどうかお許しを……。ああでも、誰もいない場所でイラさんと会うのはオススメしません……」
酷く言い辛そうに、それでいて申し訳なさそうにそうフレイヤが言葉にする。
それで、何となくだがエリーは察した。
「……はい。そうしますね」
「そうなさってください。エリーさんを叱りたくはありませんので。それでもう一体の思い混みが激しいあちらの方についてですが……。あちらの方はスクルドクラスのアンジェリアさんですわ」
フレイヤはイラと挑発的な笑みを浮かべ合っている金髪ロングぱっつん少女の方を見ながらそう言葉にした。
「アンジェリア・ラプンツェルさん。うちのイラさんとは違う意味合いで個性的な方で、問題行動の多い方で……そして少々以上に思い込みの強い方ですが……」
「ですが?」
「アシューニヤ女学園高等部一年最優秀生徒です。特に単独戦闘では他の追随を許さない程でして……ルーンの誓いを結ぶペア相手であっても単独で圧倒し続けほとんど負けなしとなっています」
そうは見えないのだが、だがそう言われたらわかる気もする。
アンジェリアから感じる魔力量は生徒と呼ばれる様な集団とは格が違う。
魔王軍上層部やその辺りと同等か……下手すればそれ以上の様にエリーは感じた。
一応エリーの方が種族由来で抱える魔力量自体は多い。
魔力量が多くても出来る事は少ないが。
「それはまた凄いですね……。そのアンジェリアさんがどうして私に?」
そんなエリーの言葉を聞き、アンジェリアはエリーの方に目を向けた。
「そうよね貴女も興味あるわよね。ですのでお退きなさいイラさん。私はその転入生に興味があるの」
アンジェリアはイラに微笑みながらそう言葉にした。
「イラさん。このままでは終わりそうにありませんので……」
「エリーさんがそうおっしゃるのでしたら……」
アンジェリアだけでなくエリーにまでそう言われたらどうも出来ず、イラは不承不承という様な様子でその場を引き下がった。
「……エリーさん。どうかお気を付けてくださいまし。あの子から感じる貴女への目はどこか邪な物が……」
それは貴女でしょう。
そんな目をクラスメイト全員はイラに向けていた。
エリーは苦笑いを浮かべ、イラと交代する様アンジェの前に立った。
「やっと来たわね。まったく無駄な時間を使わせないで頂戴。その前に……ごきげんよう。私の名前はアンジェリア・ラプンツェル。アンジェと呼んで頂戴」
「あ、はい。アンジェさん。私の事はエリーと呼んで下さい」
「ありがとうエリーさん。これで自己紹介は終わり。本題に入らせてもらいますわ」
そう言って、アンジェはエリーに向けびしっと指を差した。
「エリーさん。貴女に決闘を申し込みますわ!」
「……は、はい? いえ、それは同意のはいではなくて……」
「困惑するのはわかりますわ。この私からの申し出なんで恐れ多いでしょう。ですが、受けて貰います。私は何としても、貴女より上であると証明しなければならないのですから」
そう、アンジェは堂々と言葉にした。
正直……全く意味がわからない。
だがその言葉からは、強い信念の様な物を感じるのは確かだった。
それこそ、断っても無意味であると思う位には。
「アンジェさん。その理由を尋ねても宜しいでしょうか? 私はここにきて一度も戦闘を行っていません。それなのに決闘を申し込まれるなんて……」
ゆっくりと、説得する様エリーはそう尋ねる。
その言葉を聞いて、アンジェは首を傾げた。
「はい? なんでここに戦闘が関係してるの?」
「なんでと申しましても……アンジェさんって戦闘部門で最優秀の生徒さんなんですよね? ですからそういう理由かと……」
「え? そうなの? ごめんなさい。私そういう事を評価されるのってあんまり興味ないから……」
「……え? え? 違うんですか?」
「違うわね」
「で、ではどういう理由で私に声を掛けたのです? 何故私なんです?」
「だって貴女、可愛いじゃない?」
アンジェの言葉に後ろでイラが全力で頷いた。
エリーは全力で、首を傾げた。
「は、はいぃ!?」
「ああそうか。貴女私を知らなかったのね。だから誤解したのねごめんなさい。私はアンジェ。可愛さトップ――つまり世界一可愛い女の子という事。だから私は可愛さを証明しないといけないの。わかる?」
エリーは首を傾げ、考え込み、そして……ゆっくりと息を吸い、吐いて囁く様な小さな声を声を漏らした。
「……さっぱり、意味が……わかりません……」
そんなエリーに対し、多くのクラスメイトは同情めいた瞳を向けていた。
話を纏めると、非常にシンプルな事となる。
可愛い子がいると聞くと、アンジェは突撃しマウントを取りに来る。
誰相手であっても。
ぶっちゃけた話ただそれだけの事であり、特に深い意味も難しい動機もない。
本当に、ただそれだけ。
恐ろしい程に純粋であり……だからこそ、面倒な程に本気だった。
「朝、貴女を見たわ。私程じゃないけどまあまあ可愛かったからね。だからこそ、私は貴女が噂の転入生だと確信したわ」
「……噂、ですか?」
「そう。週刊予言者新聞の」
エリーは再度首を傾げた。
「……週刊……何です?」
アンジェは一枚の紙をエリーの方に見せた。
「週刊予言者新聞」
「……私ここに来て初めて未来予知施設らしい物見た気がします。読んで良いですか?」
「別に良いけど話半分位の気持ちで読んだ方が良いわよ。そんな当たらないし」
「え? 予言なのに当たらないんですか?」
「そりゃそうでしょ。所詮占いに毛が生えた程度だし」
「え……えぇ……」
エリーは困った顔のままその一枚だけ裏表に記事の書かれた新聞を手に取った。
『速報! 転入生について!』
そんな見出しの次に書かれている文章が……。
『尚外れていても一切の責任は当方には御座いません。参考程度に御覧下さい』
そう書かれていた。
この学園に通う者なら誰でも知っている常識。
発行されている新聞の全てが生徒発行の趣味程度の物であり、あまり当てにならないという事を。
むしろ転入生が来る事を的中させたこの新聞は他の新聞よりも優れているとさえ言っても良いだろう。
世界崩壊を回避する為ノルニル達は常に予言の能力を高め、強化している。
魔力や資材、時間というリソースのほとんどを使って。
その限られたリソースを使った上で偶に生まれる僅かな余り……余剰分。
その一部を趣味に投資したのが新聞の正体である。
とは言え、娯楽の少ない学園においての数少ない学園側も認める娯楽である為、それなりに楽しむ者は多い。
あくまで少女的ゴシップを楽しむ為でありそれを本気にする者はあまりいないが……。
「あの……将来ビジュアルコンテストにて頂点に輝く未来が視えるとかアイドルとして世界を制覇するとか料理勝負でプロを唸らせるとか書いてあるのですが……」
転入生のここが凄いコーナーを読んでエリーは戦々恐々の気持ちでそう呟く。
もしこれを本気にされ料理をしなければならないという事になったとしよう。
下手すれば誰か死ぬ。
食した者を唸らせるとあるが……唸るは唸るでも苦しむ方の唸り声を上げる事となるだろう。
エリーは自分の料理で誰かを殺すなんて嫌な未来が視えていた。
予言でも予知でもない。
結果の先にある因果という方程式……つまり、自分の腕という自負で。
「うむ。であるから、私は来た。貴女がどれだけ凄くても……世界で二番目だという事を証明する為にね」
アンジェはドヤ顔でエリーにそう宣言した。
「はぁ。そうですか」
そんな気のない返事。
そのエリーにアンジェは不満そうな顔をした。
「そこはじゃあ世界で一番は誰よと聞く場面じゃない?」
「いえ。私自分の事そんなに可愛いと思ってませんので……。どっちかと言えば綺麗系になりたいですし……それに、可愛いという意味でならこのクラスで私一番下じゃないです? 皆若々しくて可愛いですし」
エリーの本音の言葉。
今更学校に行く様な歳でもない為かエリーはそう思わずにはいられなかった。
そんな本音を聞いて、アンジェは酷く不満そうな顔をした。
「鈍感系……こういう輩をわからせるのは大変なんだけど……ま、世界一の務めよね。しっかりわからせてあげないと……」
「いえ。もう十二分にわかったので……」
話をさっさと終わらせたいエリー。
だが、アンジェにその気はなく延々とエリーにイチャモンに近いちょっかいをかけ続けた。
「……懐かしいですわねぇ」
困った顔と不満そうな顔で、イラはそう呟く。
入学した時、イラは同じ様にアンジェにちょっかいをかけられた。
故にイラはそれがどれだけ面倒な事か知っていた。
「イラさんはその時どう対処なさったんですの?」
フレイヤに声を掛けられ、イラは少し考え込んだ。
「そうですわね……数度程勝負を挑まれそれを受けて差し上げてまして……悔しいですが負け越しまして。それ以来は特にちょっかいをかけられておりません。再戦はいつでも受けるとは言われましたが」
「あはは……わかりやすい方ですわね」
「まあ、嫌いではありませんけどね。本当に可愛らしい外見ですから。……外見や性格に似合わずガードが堅いのが偶に傷ですが」
イラは舌なめずりをしながらそう囁く様色っぽい声を出す。
それはどこか欲情を感じる様な、そんな声と表情だった。
「……その悪癖、どうにかなりませんの?」
「あら? 生存本能よりも強い本能を悪癖と称するのはどうかと思いますわ」
「表に出す事をどうかと申しておりますの」
その言葉の後、イラとフレイヤは巻き込まれて困惑するエリーの方を見た。
エリーが必死に自分が負けだと主張しているが、アンジェは一切それを受け取らない。
誰でもわかる結果が出ないと絶対に認めないからだ。
しかも、今回のアンジェはイラの時よりもなおしつこい。
おそらくエリーを相当可愛いと認めてしまっている事が理由の根本にあるのだろう。
「……んー。イラさん。関係ない事なのですが……少し相談をよろしいですか?」
フレイヤはそんな二体を見ながら、眉を顰めそう言葉にする。
その顔は、喉に小骨が刺さった様な顔だった。
「珍しいですわね貴女が私に相談なんて。どうかなさったんですか?」
「いえ、そのですね……エリーさんの昔の名前? フルネーム? 覚えていらっしゃいますか?」
「エレオノール・マスティックさんでしょう? それがどうかなさいました?」
「……そういう時だけ凄い記憶力発揮しますわね」
「私が可愛らしい方のお名前を忘れる訳がありませんわ」
「褒めてないです。ただの皮肉ですわ」
「知った上で言っておりますのでご安心を」
フレイヤは小さく溜息を吐いた後、本題の質問をイラに話した。
「……マスティックって、どこかで聞いた事がございません?」
「はい?」
「いえ、エリーさん以前にどこかで聞いた様な……」
「確かに……」
イラは少し考え……そしてアンジェを見た後ある事を思い出し「あ」と呟き開いた。
「エリーさん! ちょっと良いかしら!」
イラの大きな声に少しだけ驚きびくっとした後、エリーは振り向いた。
「はい。なんでしょうか?」
「アンジェさんとどこかでお会いになっておられますか?」
「いえ。その記憶はありませんが……どうしました?」
「アンジェさんの旧姓、マスティックとおっしゃいますので」
「へ?」
エリーは変な声を出し、アンジェの方を見た。
言われて見なければわからなかったが……そうだと思えば、納得出来る部分はあった。
アンジェが精霊であると、エリーは今初めて気が付いた。
「……何? エリーさんマスティックというファミリーネームに何か思い入れが?」
「いえ。私もマスティックでしたので。エレオノール・マスティックという名前でした」
「ふーん」
アンジェはそう興味なさそうに言葉にした。
「あれ? 何だかお互いあんまり感慨とかないんですわね。何か込み入った事情があるのかと思いましたが……」
イラの言葉にエリーは苦笑いを浮かべた。
「特にありませんよ。そういう種族ですので……。たぶん親戚ですけどどの位遠いかもわかりません」
実際言われてもエリーとアンジェは特に似ている部分も少なく、そしておそらくだが歳も相当違う。
ファミリーネームが同じで、そしてそのファミリーネームを名乗る者が少ないとしても何の感慨もない。
ただ、同じ場所で生まれ同じ種族、精霊であるというだけ。
マスティックという名はそれ以上の意味を持たなかった。
「……私は親の都合で名前変わったんだけど……エリーさんはもしかして……」
「はい。名を頂きました」
そう、エリーは微笑みながら言葉を返す。
精霊にとって名を貰うというのは、簡単な意味ではない。
一生涯を尽くすという言葉と同じであり、想いの強さはルーンの誓いに匹敵する。
そして精霊にとってそれは、何よりも光栄な事であり、そして羨望される様な事でもあった。
「そう。それにしてもその名前はちょっと――」
アンジェはチクリとする一言を言おうとして――言葉を止める。
白い顔だからこそ、誰が見ても理解出来る。
その顔はびっくりするほど真っ青になっていた。
マウントを取って自分を上に見せようとするだけの挑発。
『貴女の名前、ちょっと単調なんじゃない?』
そうアンジェは言おうとした。
言おうと思った。
だが、言う前にある事を思い出した。
それを思い出す事により、勝手に口が動きを止めた。
恐怖により、口が震えた。
ここは魔王国の中でも端の端。
故に、大した情報は入ってこない。
だから断片的な情報しかないのだが……それでも、同種族であった為アンジェは知っていた。
エリーという名前の精霊を。
エレオノール・マスティックという名前だった同族はエリーという名前となり、魔王アウラフィールに限りなく近い位置、直属の部下となっている。
そして、魔王より直接命令を受け、相棒と共に極秘任務を受けて活躍をしていると。
つまり……目の前にいるのがその彼女だとしたら……魔王国直属の騎士であり魔王国最高峰の一体。
能力的にも権力的も、最上位に限りなく近い。
格上でかつ逆らう事が許されない様な、そんな関係であると。
それを、アンジェは知ってしまった。
「あの……その……えっと……」
真っ青な顔のまま、がたがたと震えだすアンジェ。
その様子は、誰が見ても異常である事が明らかだった。
「アンジェさん。どうかしましたか? 体調悪いのなら医務室に……」
そんなエリーの言葉を遮る様、アンジェは一歩下がり、そして……膝を床に着き跪いた。
それは、負けを示す合図。
動物が服従を示し腹を見せるのと同じ事。
まるで王に対し忠誠を誓う騎士の様な……そんな構図となっていた。
「え? あの……アンジェさん?」
エリーが驚き慌てながらそう尋ねても、アンジェは反応せず頭をあげない。
ただ、震えながら跪くだけ。
その光景をクラスメイト達は見て……そして、格付けが出来た事を理解する。
今、この時、世界一可愛い(自称)の称号が譲り渡されたのだと――。
そんな死ぬ程要らない称号を手にした事などわかるわけもないエリーは現状の意味合いが理解出来ず、アンジェを跪かせたまま体調不良の心配をしながら首を傾げ続けた。
ありがとうございました。




