クリスマス短編:きらきらでふわふわなカフェテリア(変質者風味)後編
本音を言おう。
死ぬ程話しかけたくない。
兄貴と慕われる変態マスク野郎は当然、その兄貴を慕っているであろう周囲の男達にもだ。
彼らは皆一様にまるで麻薬でも決めているではないかというようなどこか恍惚とした表情を浮かべ、ガラスの向こうを見つめている。
ただ普通に喫茶店をしているだけであろう向こう側を。
クロスには、まるで意味がわからなかった。
任務上その目的、理由を知らないといけないのだが……それでも本能が聞きたくないとそれを拒絶し、用意されたクラブサンドをこれでもかと言わんばかりゆっくり味わって食べて時間を潰して……。
そうやって現実逃避をした末……遂に、皿が空になってしまった。
ここでお代わりを頼むオアこのまま帰るという選択肢を取りたい。
心の底から取りたい。
だが、そうする訳にはいかなかった。
悲しい事にこれは依頼である。
しかも、エリーはあちら側にいる。
こんな変態渦巻く場所にエリーを残していく事など出来る訳がなかった
クロスは勇気を振り絞り、変態マスクに声をかけた。
「なあ。ここって……一体どういう施設なんだ?」
その言葉を聞き、気のせいだろうかマスクはパーッと晴れやかな雰囲気を醸し出し始めた。
「そうか。見覚えないと思ってたが、紹介されて来たご新規様か。一体誰が……いや、野暮な事は言いっこなしだな。そのチケットがあるという事は、それ相応の男に信じられてきたという事だ。では、紹介しよう。考えるより、見た方が早い」
そう言葉にし、変態はクロスの肩に手を回し、そしてガラスの方を見る様誘導した。
「……今日は当たりだな。あっちを見てみろ」
そう言葉にし、変態はそっと気付かれない様ガラスの向こうにいる女性客とその対応をする女性を指差した。
その女性は他の女性達と少々衣装が異なり、ウェイトレス姿ではなくメイド服を身に纏っていた。
フリルが程良くついた可愛らしい恰好をする、どこか大人しく内気そうな少女。
そのメイドの少女は、客のすぐ傍でその相手の従者であるかのような立ち振る舞いをしていた。
「お嬢様。今日はどの様にいたしましょうか?」
そう、客に対し話しかけるメイドの姿は、どこか熱を含んでいる様だった。
それを聞く金髪ロングの強気そうな客は、メイドに対し驚く程優しい表情で微笑んだ。
「そうね……。今は甘い紅茶が飲みたい気分よ。用意してくれるかしら?」
「畏まりました。アッサムでよろしいでしょうか?」
「任せるわ。でも……」
「でも、何でしょう?」
女性客は、そっとメイドの手を握った。
「貴女と一緒に飲みたいわ。私にとってどんなお菓子よりも甘い物は……貴女だもの。一緒に時間を過ごしましょう。私のシュガーちゃん」
メイドは頬を赤らめ、俯きながら振り返った。
「……かしこまりました。お嬢様」
そう言葉にし、恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうにその場を去るメイドの後ろ姿。
それを、男達はときにガッツポーズを取り、時に涙を流し拝みながらその光景を魅入っていた。
「――な?」
分かっただろ的な態度のまま、変態はものっそいフレンドリーにクロスにサムズアップポーズを取る。
な? と自信満々に言われても、クロスにはさっぱり意味がわからなかった。
「……えっと、……どういう事?」
変態と男達はクロスを信じられない物を見る様な目で見て来る。
正直、全く同じ視線を返してやりたかった。
「……ソウルメイトは少々この世界に疎いらしい。とは言え、新規を拒絶するような、仲間を、親友を、最愛の友を拒絶するような真似を俺はしたくない。少々無粋だが、解説を入れよう」
何故か最愛の友までクラスアップしてしまったこの現実を破壊したい衝動を堪え、クロスは歯を食いしばり変態の話を待った。
クラブサンドが大変美味しかった事だけが、クロスの心の支えだった。
「まず、大前提だが……俺達はモテない。だろ?」
「あ、はい」
もはや前提から意味がわからないクロスはここに来て何度したかわからない曖昧な同意をした」
「うむ。その顔ながらチェリーなソウルメイトもそうであろう。故に、我らは皆が同士だ」
その言葉に、周囲の男達は全員が頷きクロスに対し戦友を見る様な目をしていた。
「あ、はい」
「うむ。照れ隠しであると俺にはわかってるぞソウルメイトよ。それで次だが……もし、仮に……仮にだが、俺達に女性から声がかかるとしよう。それはどういう時だと思う?」
「わかりません」
脳を極力殺し何も考えない事がこの場を生き抜くコツであると、ようやくクロスは理解した。
「基本的に、詐欺か罰ゲームだ。百歩譲ったとして、当て馬扱い。……皆、そういう経験があるだろう……俺はある。何度もだ」
二重マスク越しからでも見える程の涙を流し、変態はそう言葉にする。
後ろでは、男達があるあるという態度で頷いていた。
「故に……故にだ。これは絶対の真理……俺達に彼女は出来ない!」
「あ、はい」
「だけど、俺達だって女性との接点は欲しい。モテないなりで良いから接点が欲しい。せめて見るだけでも良いから欲しい」
「はい」
「だけど他の男といちゃつくとことかは絶許。イケメンとかならなお嫌。そんな現実見たくない。俺達がモテないのは自然の理だから受け入れるが、イケメンがモテるのだけは絶対に嫌だ」
「はい」
「故に……これだ。女性同士のきゃっきゃうふふを彼女達が楽しみ、そしてそれを暖かく見守る。これぞ我らが唯一許された女性を愛でる行為、究極のパライソである! これならわかってくれたかな。我がソウルメイトよ」
「うん。わかったー」
頭ハッピーシュガーになりながらクロスはそう言葉にする。
さっぱりわからないが、まあそういう世界を彼らが構築しているとだけは理解した。
「うむ。では……後は時間が許す限り堪能すると良い。あ、そうそう。二階には行くなよ?」
「どうして?」
「女性の宿だからだ。場合によってはいやーんな事になる事もあるが……あ、当然女性同士な? それを覗く様な野暮な奴はここにいらない。俺達が求め見る事が許されるのは健全な関係だ。手が触れ合って頬を赤らめたり、お姉様と呼んだりチョコを渡すのに恥ずかしがったり、そういうきゃっきゃうふふが見たいのだ。あ、でも恥ずかしそうに上から戻ってくるかっぽーを見るのは許される。むしろご褒美だ」
変態の言葉に、皆が流石と褒め称える。
一応だが、ようやく脳が腐りかけたクロスも理解出来た。
綺麗な女性が見たいだけ。
ただそれだけの理由だという事が。
ただその為だけに、女性を拉致しこんな色々な意味で規格外な場所を作ったのだという事が。
クロスはガラス越しの景色を、ぱらいそらしいそれを眺める。
楽しそうな女性が三割位で、残りが困惑している感じ。
気持ちは良くわかる。
むしろ三割もこの状況に適合したのは本当に凄いと思う。
だがその七割もただ困惑しているだけで、辛そうだったり逃げたいというそぶりは一切見られなかった。
「逃げないんですね。皆」
「あ? 当然だ。嫌々接客をする女性とか見たいか?」
「見たくない」
珍しくクロスは本音が言葉に出来た。
「だろ? つまりそういう事だ」
「……いや、捕まえて来たんじゃないの?」
「うむ。丁重に捕まえて……その上でメリットを徹底的に提示し、それでも本当に嫌がったら賠償金を渡して帰って貰ってる」
「……ふむ。……ふむ?」
「ついでに言えば彼氏持ちとか結婚後とかで相手がいる場合も即帰って貰っている。出来るだけ下調べをしてそういう相手は捕まえない様にしてるけどな」
「徹底的だね」
「ゆりんゆりんでくるんくるんな世界の為だからな。この世界を作る為なら、俺はどんな苦労も厭わないしどんな事でもやり遂げる覚悟がある」
そう、心の炎を燃やす変態。
クロスは一瞬考えてみて……これ、誰も不幸になってないんじゃないだろうかという結論に気が付いた。
確かに犯罪だが……あちら側にいる女性達は割と楽しそうにしている。
強いて言うとしたら……性的嗜好が少々変わってしまう位だが……素質がなければそうはならないと考えると……本当に誰も不幸になっていなかった。
「どうして喫茶店風なんだ?」
「俺達が客になれて、制服が可愛くて、それでいて色々な役職の女性が客や同僚とイチャイチャ出来る環境だからだ」
「あ、はい」
変態の暑苦しさに慣れて来たクロス。
それに気づいた時、少しだけ、悲しかった。
再度、情報収集と男共から意識を反らす為、クロスはガラスの向こう側に集中する。
やたらとみっちりくっついてくる野郎共と比べたら、爽やかな笑顔を浮かべる女性を見る方がよほど良い。
それはこの世の摂理であるとクロスも理解出来た。
ぐるんと全域を見合すと、クロスはたった一体だけだが、辞めたそうにしているスタッフを発見した。
黄色いウェイトレス服を着た、セミロング位の金髪美女。
それには良く見覚えがある。
エリーだった。
『あー。エリー。大丈夫か?』
アイコンタクトでそう尋ねると、エリーは困った顔で首を横に振る。
そしてエリーは周りに見つからない様、そっとクロスと自分の魔力を繋げ内緒話が出来る様にした。
『ここ、全く意味がわかりません。労働時間三時間も働けば一月で半年の年収位稼げますよ』
『まじか』
『それと、やけに同僚の方々が親し気なんですが……ちょっと怖い位』
『ああ。うん。そうなるわな』
『ついでに言えばボディタッチも多いんですが……』
『気を付けろ。二階に誘われたら要注意な』
『既に誘われてるんですが……』
『逃げろ。幸運を祈る』
エリーはジト目でクロスを見つめた。
『ちなみにだが、俺は変態覆面マスクに親友判定くらってつねにみっちり密着状態だ』
エリーの瞳が一気に同情のそれに代わった。
「おいおいソウルメイト。何熱視線送ってるんだよ」
まるで仲の良い学生みたいに、変態はクロスをつんつんと肘でつついた。
「だがわかる。わかるぞ! とりあえず一番綺麗な子に恋をしちゃうとかうむ。良くわかる。実にでぃーてーらしい考え方だ。だが……彼女は俺達の手には届かない。彼女の手を取るのは、美しい白百合なんだ。そうでなければならないんだ。故に、その気持ちを飲み込み、彼女の恋を祝福するのだソウルメイトよ」
「あ、はい」
クロスはエリーに仕事を頑張る様にだけ伝え、再び何も考えず考えない置物と化した。
基本的にクロスはポジティブかつ能天気である。
だが、今だけは、何も物言わぬ貝になりたいなんていう悲しい気持ちが……痛い程理解出来てしまっていた。
考えなくないが、クロスは考えた。
ここを潰す必要があるかないか。
答えは――ない。
少なくともクロスがどうこうする事はないし、おそらく報告をした上でアウラもどうもしないだろう。
強いて言えばスパイを忍ばせて、拉致の計画を潰す位。
上やら下やらに集中したり男達の行動やらを注意深く見たりしたが、本当に裏がない。
本当の本当に、ただ女性を働かせそれを見守るだけ。
そしてそれにより、女性達は全員が高給取りになれている。
要するに、大きな雇用を生み出しているという事だ。
その金の出どころであろう男達も、確実に搾取レベルの支払いをしているのにこれでもかと満足そうにしている。
正直、今の情報だけなら 拉致すら放置しても問題ないまである。
そう、クロスは結論付けた。
そしてそれ以上に、これ以上こことこいつら変態に関わりたくない。
早くアウラに報告してその場から去りたい気持ちで一杯だった。
いや、帰ろう。
そうクロスは心に決めた。
「俺、帰りますね。ご馳走様でした」
立ち上がり、クロスは変態にそれだけ言葉にし足早に立ち去ろうとする。
そんなクロスの手を、変態は強く握った。
「待ってくれソウルメイト。急ぎじゃないなら少し話を聞いて欲しい」
「急ぎです」
「じゃあすぐに済ませるから。頼むよ。親友の頼みだ!」
両手を合わせ、変態はそう言葉にする。
その脳内では自分がどういう立ち位置にいるのか、考えるだけでもおぞましかった。
「はい。なんでしょう?」
心の壁バリバリにクロスはそう尋ねた。
「うむ。ソウルメイトは身体能力に自信があるかね?」
「ぼちぼちですね」
「そうか。実はな……少々大がかりな計画が予定されていてその手伝いを頼みたいのだ」
「計画って?」
「うむ。ここを出て南に二キロ程いった先にな、ホテルがあるのだ」
「ふむふむ」
「そのホテルはこの時期カップルが良く来るのだ。というかカップル専用とまで言っても良い」
「ふむふむ」
「だからそのナイスかっぽーの男共に地獄を見せようと思ってな」
「……ふむふむ。……ふむ?」
「とりあえずエロプロマイドを野郎共のカバンに入れて関係をギクシャクさせたり、体に体がかゆくなる薬を塗りつけたり、夜通し力強く俺達が歌い続けたりしようと思ってるのだが……。あ、他にもカップル野郎を地獄に落とす様な計画を随時募集しているから思いついたら教えてくれ。予算は……ま、俺はそれなりに稼げているから安心しろ」
ふっと、何故か照れ臭そうに笑う変態。
「えっと……つまり、街に出て、王都周辺でカップルの男限定で襲い掛かろうと?」
「イグザクトリーだ! だって、モテる男って腹立つだろ?」
悲しかった。
その気持ちがほんの少しだけ理解出来る自分が、本当に悲しかった。
「オーライ。分かった。良かったよ。それを聞けて。計画書とかあるか?」
「お? 乗り気だねー。写しで良い?」
「もちろん」
クロスはにっこりと、満面の笑みを変態に向けた。
「お! 良い笑顔だな。これがその写しだ」
クロスはその計画書を手に取り、ぱらぱらとめくって見せる。
びっくりするほど読みやすく、それでいてわかりやすく書かれていた。
「……さて。俺から言いたい事があるんだけど、ちょっと良いかな?」
「何だソウルメイト。お前の頼みなら……俺は何でも聞くとも」
ふっとニヒルに笑い、鼻を掻く親友面の変態。
クロスはこれからする事に考えても、驚く程良心の呵責に苦しまなかった。
『あー。エリー。ちょっと良いか?』
『はい。何です? 注文ですか?』
『いや。ちょっとこっちで暴れるから女性達が巻き込まれない様避難してくれる?』
『どしたんです?』
『暴徒計画を立てていたから潰す……という建前』
『本音は?』
『早く帰りたい』
『了解です。是非お願いします。何だか一部の女性の私を見る目が虎の様になっているので、可及的速やかにお願いします』
その言葉を聞いた後、クロスはニコニコとした顔のまま、変態の肩をぽんと叩いた。
「魔王アウラフィールの密偵をしているクロスだ。建前はどうでもいいからとりあえず抵抗しろ。お前ら全員抵抗出来なくなる位ぼっこぼこにするから」
その言葉の後、クロスは文字通りその場にいた男全員をぶん殴りふん縛った。
最後の良心として、クロスは変態のマスクを剥ぎ取らなかった。
というかそれに触れたくなかった。
さっさと応援を呼び、後の事を任せた後クロスはエリーと共に帰路についていた。
大した事はしていない。
そのはずなのに、クロスは酷く疲れていた。
「……はぁ」
「大丈夫です?」
「ああ。大丈夫だ。何か……変なのに絡まれて疲れただけだから」
「そうですか……」
そう言葉にし、エリーは恥ずかしそうにちらちらとクロスの方を見つめた。
「……? どうしたんだエリー?」
「いや。そのですね……こう……私耳良いんですよ」
「うん」
「それで、上に意識を向けると聞こえちゃうので……出来るだけ向けない様にしてたんですよ」
「どういう事?」
エリーは真っ赤になった。
「聞かないで下さい」
「お、おう。それでどうした?」
「はい。ですので情報収集も兼ねて男性の方々の話し声に集中していたのですが……」
「が?」
「その……デートしたいとかイチャイチャしたいとか……そういう怨念の様な声が沢山聞こえまして……」
「だろうねぇ……。いや普通にしてたら問題なくデート出来そうだったんだけどねぇ。約一名以外は」
少なくとも、あの場で言う程容姿が悪い奴はいなかった。
「それで……その……男性の方はやっぱそうなんだなーと思いまして……」
「いや。あれを男性のスタンダートにしないでくれ。流石にそこまで世の男性は狂ってない」
「あ、はい。いえそうではなくてですね……クロスさんもその……デートしたいと思います?」
「したいね。超したい」
クロスははっきりと断言した。
クロスは今日の集団の気持ちがさっぱりわからない。
女性は可愛いし綺麗だと思う。
だからナンパをするし声もかける。
そもそもハーレム志望である。
未だ誰もその席に着いていないが。
例え上手くいかなくても、話すきっかけになって笑ってもらえたらそれで良い。
振られても自分が笑顔にしたというそれだけで割と嬉しい。
だからこそ、話しかけもせず眺めるだけというのが理解出来なかった。
「……私は、恋愛感情をクロスさんに持てません」
「うん。知ってるよ」
「ですが、クロスさんの事は本当に好きです」
「それも知ってる。俺もエリーの事好きだよ」
「ありがとうございます。……そんな私とでも、デートしてみたいですか?」
「もちろん」
エリーは微笑み、頷いた。
「……じゃ、今度デートしましょう。練習みたいな物かもしれませんけど」
クロスはにこっと微笑んだ。
「良いね。何しようか?」
「そう……ですね。お出かけをして、ご飯を食べて、楽しくお話しましょう」
「うん。楽しそうだ。だけどちょっと良いかなエリー」
「あ、はい。何です?」
「それってさ、俺達の何時もと何も変わらなくない?」
「……あ、本当だ」
クロスとエリーはそれに気づき、無言でお互いの顔を見あう。
そして、噴き出した後お互いを指差し楽しそうに笑いあった。
ありがとうございました。
次の更新はもう一つの話が終わった後になります。
申し訳ありませんが、お待ちください。




