失意と怒りの五日目(中編)
クロスが子供達を慰めてからしばらく経ち、襲撃者の気配がなくなって皆が後始末を始めた頃、タキナはクロスの元に戻って来た。
「……子供達の様子はどうでした?」
そんなタキナの言葉にクロスは困った顔で微笑んだ。
「今他の先生が治療してくれている。怪我自体はさほどじゃなかった。ただ……」
「……心の方、ですね」
クロスはその言葉に頷いた。
「それで、そっちは何かわかったか?」
「はい。とりあえずはですが」
「下手人は?」
「反魔王派の機械狂信者達が主犯の様ですね」
「……なんだそれ?」
「現魔王に反感を持っているグループの一つでして。簡単に言えば過激派機械信仰ですね。肉の塊は非合理的で存在する価値はない。だから理想は自分の体を全て機械に変えて国の代表を絶対に間違えない機械にする事です」
「……なんだそれ?」
聞いても言っている意味の何割も理解出来ないクロスはそう返す事しか出来なかった。
そもそも、体を機械に変えるという意味から理解出来ていなかった。
「まあこの際だ。わからん思想は考えない事として……本題を頼む」
一人足りないお友達、ゴーレム族ギタンの事を考えながらクロスはそう尋ね、タキナは頷いた。
「場所はわかりました。今回の襲撃者は機械狂信者本体ではなく金で雇われたならず者だった様で皆同じ指令を受けていましたから」
「それは?」
「『襲撃をして暴れまわれ。子供を拉致して来たら報酬を上乗せしてやる』」
「……拉致の理由はわかるか?」
「はい。一つは政治的な問題、もう一つは機械狂信者の特徴ですね」
「詳しく」
「魔王の支配が行き届いていないという事の対外的アピール。要するに反魔王派閥を盛り上げる為の現魔王派に対しての嫌がらせ。もう一つは……」
あからさまに顔を曇らせ言い淀むタキナ。
嫌な予感はしてきたのだが、ここまで来たら聞かない訳にはいかなかった。
「やばい事なら尚の事話してくれ」
「……機械狂信者は知識最優先である為戦闘能力が低い者が多いです。その為自らの身を護る存在、ペットを作ります」
「……作る?」
「はい。強力無比な人造サイボーグ。自らの意のままに操れる手足となる人形。それを彼らは『ペット』と呼びます」
「……材料は……いや。もう言わなくてもわかるわ。でもさ、それって成功するのか?」
「優れた技術者であっても三十回に一回程度の成功率らしいです。つまり被害者は三十回に二十九回は死ぬという事ですね」
クロスは顔を顰めた。
「……なあ。人間が攻めて来ていないこの時世ってさ、平和じゃないのか?」
その言葉にタキナは困った顔で微笑んだ。
「人間の国って幾つあります? どうして一つにならないんですか?」
その言葉でクロスは悲しい事実を理解した。
「……こればかりは……魔物も人間も一緒か」
「むしろ魔物の方が盛んですよ。多種族国家だからだと思いますけど」
タキナの言葉にクロスは溜息で返す。
誰が悪い訳でもないし、何か問題があるわけでもない。
だが、人類も魔物も一つに団結する事は出来ても一つになる事は出来ない。
だからこそ、争いがなくなる事はなかった。
「それで、ギタンの救援とかどうなってる?」
「要請はしました。ただ……後回しになるでしょうね」
「は? どうして――」
「合流地点が分散しているからです。職員は人の多い方に向かいますし警察は危険度が高い場所に向かいます。ギタン君は……そのどちらでもない場所で今の情報だと一人別個で拉致されているそうです。ですから……。あ、でも逆に言えば安全な可能性も高いですよ。単独での拉致という事はそこに狂信者がいる可能性は低いということでもありますから!」
タキナは慰める様にそう言葉にする。
それはクロスを慰めるというよりも、自分自身に対して慰めている様だった。
「……んで、その場所はここから遠いか? 出来たら地図とか用意してくれたら嬉しいんだが……」
そんなクロスの言葉にタキナは目を丸くする。
「一体何を……」
言わなくてもわかるのだが、それでもタキナは聞かずにはいられなかった。
「……あいつらとな、約束したんだ。血まみれで、全身痛くて、苦しくて。それでも、全員が自分の怪我よりもギタンの心配をしてた。他の誰でもなく……この俺に『助けて』ってあいつらは叫んだんだ」
そう言葉にし、クロスは立ち上がった。
自分が正義の味方であるなんて思っていない。
性根で言えば小市民であり、自分と関係ない場所での事件なら見て見ぬふりをする方が多いだろう。
だが……いや、だからこそ、そんな小市民に子供達は声をかけた。
助けてくれと嘆いた。
確かにクロス自身は小市民だが、嘆きを無視できるほどクロスの前世は軽くなかった。
「というわけでタキナさん。地図を一つ用意してくれないかな?」
「……無理だと、思わないんですか? そりゃ、クロスさんは強いと思います。でも……相手は防衛設備を揃えた機械狂信者。彼らの拠点は未知の機械による防衛網が存在します。本当に危ないですよ?」
「だろうな。だけどさ、やる理由があるんだ」
「……約束したから、ですか?」
「それもあるけどさ……ここでギタンを颯爽と助けたら、恰好良くないか?」
「……はい?」
「男ってのはさ、何時までもかっこつけたがりなんだよ。せっかく二度目の人生なんだ。ぞんぶんにかっこつけたいなって思ってたんだ。前世に文句はないが……何分引き立て役の三枚目だったものでね」
そう言葉にするクロスの言葉は本気か冗談かわからない。
だが、それでもその顔に蔭りはなく、クロスの虚勢に満ちた笑顔にタキナは微笑み返した。
「ふふ。じゃ、かっこつけてもらいましょうか。惚れ直す位に」
「そりゃあ良い。こんな美女の声援まで貰えるなんて三枚目冥利に尽きるね」
「ふふ。と言っても、私も大人しくしているつもりはありませんけどね。道案内は必要じゃないですか?」
その言葉にクロスは顔を顰めた。
「……危ないと自分で言ってなかったか?」
「ですね。ですが、軍には入れませんでしたが私も護られる様な弱い存在じゃないですよ? むしろ軍に入れないのは私の心の方に問題があったからですし」
「……そか。んじゃ、お願いして良いかな?」
「もちろんです」
そう言葉にしてタキナはくすくすと微笑み、クロスと握手をする。
そしてそのまま二人は、誰にも何も言わず幼稚園の外に出ていった。
幼稚園を出てそのまま路地裏に向かい、そしてそのまま広い都市の外。
郊外に出てから更に直進する事一時間、お互い息が切れない程度の速度ではあるものの、それでも結構な速度でまっすぐ走り続けていた。
二人はお互いに相手に対して尊敬を覚えていた。
全力ではないもののテイルフォックスという身体能力に優れた獣人の速度に平然とついてくるクロスにタキナは驚いていた。
ネクロニアという種族も身体能力は恵まれた方ではあるがそれでも獣人と比べたら各段に劣る。
それはつまり、クロスという存在が優れているという事に他ならない。
クロスの方も、自分の前に立ち風除けになりながら恐るべき速度で走り、同時にクロスの為に道を通りやすくしていくタキナの能力に驚かされていた。
少なくとも、先生にするにはもったいない身体能力は持っている。
そうクロスは考えた。
「……あの、クロスさん」
「どうした? そろそろ着くのか?」
「いえ。まだ大分あります。この速度で二時間位走り続けられますか?」
クロスは少し考え、正直に答えた。
「昔は無理だったけど……たぶん今ならいける。まだ体の使い方もわからない状態だがスタミナは多分にあるらしい」
「鬼が混じってますからねぇ。……一つ、お願いを聞いていただけますか?」
「なんだ? 正直時間的にも走り続ける事にも余裕はないんだし手短に頼む」
その言葉にタキナは決心が付いた。
「……嫌っても良いです。怯えられても構いません。だから、せめて取り繕わないって約束してくれませんか?」
その言葉の意味をクロスは全く理解出来ない。
だが、タキナの背中から悲しさと怯えの様なものが見える事からそれが本当に大切な事なのだろうというのは理解出来た。
「……良くわからないが、タキナさんの事が怖くなったら正直に言えば良いんだな?」
「はい。中途半端に気を使われるのだけは……もう嫌ですから……」
「そっか。うん、約束する」
「……賢者様の約束なら信じられますね」
そう言葉にし、タキナは足を止めた。
「……タキナさん?」
「時間がありません。本気で行きます。……あの……も一つお願いして良いです?」
「何だ?」
そう言葉にするより早く、タキナは自分の服を手にかけ脱ぎだそうとしていた。
ちらりと見える臍、それでも止まらず服は少し上がって行き、それに反比例して見えていく肌色。
同時にタキナは言葉を紡いだ。
「服を脱ぐので向こうを向いて――」
クロスは慌てて後ろを向いた。
「はい向いた! 何も見てません! 何も見てませんよ!」
おろおろとするクロスを見てタキナはくすりと笑い、また服を脱ぎだした。
しゅるりと聞こえる衣服のこすれる音と、周囲に誰もいないとは言えだだっぴろい野外という環境。
嫌な興奮と男性的興奮に困惑するクロス。
それでも、本能によりクロスは耳を塞ぐ事は出来なかった。
そして天国とも思える脱衣音が止まり、唐突にドキドキ幸せタイムは終わりを告げ――地獄の様な音が鳴り響く。
メキメキと何かが膨張する音。
それに加えて骨の砕ける音と肉が破裂する音。
そしてそれに混じって聞こえるタキナの悲鳴。
控えめに言って、恐ろしかった。
慌ててクロスが振り向いた先で見たのは、ナニカに変質しつつあるタキナの姿だった。
全身黒く獣毛に覆われた女性らしき何かが立っている。
それは吐き気を催す音と共に、更に人ならざる姿に近づいていく。
それに伴って鈴の様に美しく耳に残る優しいタキナの声が、獣の唸り声の様な音となる。
そして……金髪の美女であったタキナは二メートルを超える真っ黒い四足の獣に変わり果てていた。
形状だけは狐に近いのだが……それは狐という様な生易しいものではない。
棘の様に細く鋭い顔、常に涎を流す開いた口元から見える杭の様な鋭い牙。
だがそれより恐ろしいのは充血した目であり、それはまるで血そのものの様である。
その上で全身の体毛はハリネズミを彷彿とさせるほどに固く見える。
そこにいるのは呪われた魔獣と呼ぶに相応しい悍ましい姿だった。
それを見てクロスは……。
「……カッコイイじゃん」
「……ハ?」
獣は聞き取りにくい擦れた声を発する。
タキナの声の面影はないのだが……代わりにその声には理解出来ないという声色が多分に混ざっていた。
「良いじゃん」
「コワク、ナイ?」
悍ましい鳴き声の様な声だが、不安が混じった声。
それにクロスは迷わず頷いた。
「うん。別に」
「キモチワルイカオモ、ヨドンダメモ、オゾマシイコエモ、コワクナイ?」
「かっこいいじゃん。痛そうな変身はマイナスだけど、変身とか……良いじゃん浪漫じゃん。んでそれが本性?」
「ドッチモ、ワタシ。アチラモ、コチラモ」
「ほーん。そか。んで、その姿に何があるんだ?」
「……セナカニ、ノッテ、ッテイッタラ、イヤガル?」
「え? まじで? 乗って良いの? てことはめっちゃ速いって事? やべえ超楽しみ」
そう言葉にして、むしろまだかまだかという目でタキナを見るクロス。
それを見て何とも言えない困った気持ちのまま、タキナはクロスの方に背を向けた。
ただ……少なくとも悲しくはない。
この姿を怯えず気味も悪がらないというのは初めての事だった。
そこから十数分ほどという時間で、目的の場所に到着した。
周囲には平原しかない辺鄙な場所の奥にある山。
そこの三合目辺りにある金属製の不思議な遺跡入口。
そこが目的の場所だった。
「……うぷ……ちょいと……待って……」
髪が逆立ち真っ青な顔でクロスは何とかそれだけ言葉にする。
タキナの背中に乗るというちょっとしたドキドキ行為の感想だが……『思ってたのより何倍も速かった』となる。
具体的に言えば、脳味噌がシェイクされ過ぎて溶けるんじゃないかと思う位には酷かった。
「ダ、ダイジョブ?」
「ああ……。何とか。んで……タキナはどうするんだ。その姿で入るのか?」
四足の獣の姿は思ったよりも大きく、入り口の横幅を越えている。
入るだけなら何とかなるだろうが通路などでちょっと狭いと通れないだろうというのは考えるまでもない。
だからそうクロスは尋ねた。
そしてそれを聞き、タキナは悲しそうな顔をして……再度体の構造を変えていく。
ギリギリと骨がこすれ削れる音とひき肉を潰す様な音。
それらが混じり、四足の邪悪な姿をした獣は本当の異形に姿を変える。
二足歩行ではあるがやけに猫背で人の立ち姿とは遥かに異なり、また顔はさきほどの不気味に尖ったままで体の体毛も消えておらず全身に棘の様な硬そうな獣毛に覆われている。
さきほどのをそのまま小さく二足になっただけの姿。
だからこそ、人でも獣人でもないその姿は化け物と呼ぶに相応しい姿だった。
それを見てクロスは――。
「二、二段変形とかズルいぞ!」
何故か悔しそうにそう言い放った。
「……そのはんのうはよそうしてなかった」
さきほどよりも流暢だが不気味な声色でタキナはそう言葉にする。
その一瞬、クロスはタキナが微笑んだように見えた。
ありがとうございました。
申し訳ありませんが基本不定期更新となりますので更新が滞る事もあるかもしれません。
ただ……何だか思った以上に評価高くて正直驚いています。
期待して頂いていると考え、出来るだけ更新頻度を下げずこのまま続けていきたいと思いますのでどうかお付き合い下さい。




