クリスマス短編:きらきらでふわふわなカフェテリア(変質者風味)前編
部屋の温度が、一気に下がった様アウラは感じた。
その原因であるクロスを見て、アウラは自分が明確な失敗をしてしまったのだと理解した。
冷たい怒りを体に宿し、心を黒く染め邪悪を滅ぼす正義となる。
今のクロスを見れば、多くの者が理解するだろう。
クロスは勇者の仲間であったと。
そして、勇者の仲間としてどんな血塗られた道を歩んできたかを――。
正義の、弱者の為、虐げられる者の為、戦い続けた。
より良き未来の為に、その身を血で汚し続けた。
だからこそ、クロスはその言葉を聞き昔を思い出していた。
完全に誤解を生んでしまった。
そうアウラは理解し後悔する。
女性が拉致されたとだけ聞けば、そう誤解しても本当に仕方がない。
アウラは誤解を解くために、一つ、大きく深呼吸をしいた。
話の流れはそう難しくない。
クロスとエリーはアウラを訪ね、エリーのリハビリ代わりに何か簡単な依頼はないかとアウラに相談をした。
そしてアウラは厄介事だけど危険性が少ないその事件を薦め、そしてその前振りとして女性が拉致されていると言葉にしてしまった。
それだけの事である。
「クロスさん。誤解です。クロスさんが思う様な女性が酷い目に合っている訳ではありません」
クロスは冷たい瞳のまま、アウラを見つめた。
「だが、望まぬ事をさせられているんだろ? 多少扱いが良くても許される事じゃ……」
「あんまり男性の前で言う事ではないですが、もう単刀直入に言いますね。女性の尊厳を奪われる様な事以前に、性的な事は何一つされていません。そして先に言っておきますが強制労働という話でもありません」
クロスはアウラの言葉を聞き、その言葉の真意を探る。
だが、意味がわからなかった。
「……どういうこと? 人体実験とか?」
「いえ。それもありません。基本的に誰も不幸になっていませんね」
「……どゆこと?」
「私にもわかりません。ただ、結果だけを言うなら、一切酷い事をせず一切迷惑をかけず極力不幸にしない様に、そこそこの女性が拉致されました」
「……ああ。蛮族の嫁取りの様な感じか?」
人間であった時、そういう部族がいた事を思いだしクロスはそう言葉にした。
女性を浚うけど乱暴にはせず、酷い事はせず、ただただ紳士的に求婚する。
そんな部族が人間にはいた。
「いえ。そうでもありません。何体か情報集めに行かせたのですが……こう……」
アウラはどう伝えたら良いかわからず困惑する事しか出来なかった。
三体程潜入させた結果二体は目的や意図がわからず同様に困惑する事しか出来なかった。
残った一体はその意図や目的を理解したらしい。
らしいのだが……彼が何を言っているのか、何を伝えたいのか、アウラにはわからなかった。
そこにいるだけで意味がある。
楽園を作る為の行為。
犯罪ではあるがその崇高たる使命は理解出来る。
そんな事をその男は言葉にしていた。
全くもって意味がわからなかった。
「という訳で潜入任務をお願いして良いですか? 特にエリーさんには女性達に混じって女性の意識調査をするのも含めて」
アウラの言葉にエリーは困り顔で微笑んだ。
「別に良いですけど……そんな簡単に入れますか?」
「あ、はい。大丈夫だと思いますよ。警備とかすっかすかなので」
「それ、脱走者でないんですか?」
「基本的に出ないみたいですよ」
「……ごめんなさい。全く意味がわかりません」
「はい。私もわからないです」
「……要点を纏めて良いですか?」
「是非お願いします」
そう言葉にし、アウラは部下達から聞いた情報を言葉にしていった。
この一週間位城下町で美形の女性型魔物が拉致されている。
数は確認されているだけで二十から三十位。
一切の酷い事はさせられておらず、簡単な仕事はさせているが長くても労働時間は一日二、三時間程度。
見張り等なく情報は筒抜け。
脱走は容易く、拉致された当日に逃げたという魔物はそこそこいた。
だが逆に何故か拉致されたままいつまでも逃げない女性もいる。
結婚等の関連は一切ないらしく、むしろ男性側の魔物がちょっとでも女性に色目を使えば集団に袋叩きにあうらしい。
「……と、エリーさんが纏めた感じだとこんな事になりましたが……わかります?」
アウラはクロスとエリーにそう尋ねる。
クロスとエリーはお互いじっと顔を見合わせ、そして首を横に振った。
「まったくわからん」
「クロスさん同様私も」
「そんな訳でエリーさんは内部調査に。クロスさんは部下の業務を引き継いでの調査をしていただけたらと――」
「業務って?」
アウラはすっと一枚の紙切れをテーブルに乗せた。
「それは?」
「招待チケットです。部下曰く、楽園の」
そう言葉にするアウラの顔には、困惑と疲れが見え隠れしていた。
「……ここか……」
クロスはそう言葉にし、拉致された女性がいるであろう場所を見つける。
裏路地を通り越した先にある、怪し気な下り階段。
複数体の魔物がその前に立ち道を封鎖しているそこに、クロスは向かい立ち止まった。
男の魔物達は一斉に、クロスを睨みつける。
それは怯えや緊張の類ではなく……明確な憎しみや怒りが宿っていた。
……まさかバレてたのか?
そんな事を考えながらも顔に出さず、クロスは睨みつける男達を敵意なく見つめた。
「てめぇ……何の用だ? ここはてめぇみたいなのが来る場所じゃねーぞ?」
そう、男達は威嚇する様クロスに声をかける。
クロスは無言で、アウラに渡された招待チケットを男達に提示した。
たったそれだけで、男達は衝撃を受けた様な顔になる。
いや、衝撃というよりも……悲しみを受けた様な顔だった。
男達からクロスへの怒りは消えていない。
だが、クロスに対する男達の感情は、明らかに憐憫に変わっていた。
「……そうかい。てめぇも客かい。行きな。ただし……女性に手を出したら即殺す。教えはわかってるな?」
クロスは頷いた。
意味はわからないがとりあえず頷いておく事にした。
階段の先にある扉の先は、また通路だった。
その通路を超えると男に体を探られ不審物がないか確認される。
無事、短剣を隠したままクロスはその先に入る。
そして更にその通路を超えた先には……また、扉があった。
ただし、その扉は今までの無機質な扉とは明確に異なる雰囲気を放っている。
彫り物が丁寧にされた木製のお洒落なドア。
こんな地下には踏み合いなそのドアを、クロスはそっと開く。
落ち着く様な香りが一気に顔にかかり、光り輝く世界が、そこにはあった。
「いらっしゃいませー!」
満面の笑みをうかべる女性達の声。
色とりどりの可愛らしい制服に身を包んだ女性達が、クロスをお客様として快く受け入れる。
どうやら、ここは喫茶店らしい。
「一名様でよろしかったでしょうか?」
やけにフリフリな衣装を身に纏った綺麗な女性はクロスにそう優しく声をかけた。
「あ、はい」
「ではあちらの席にどうぞ。……ふふ。もしかして緊張していますか?」
「あ、はい」
「大丈夫ですよ。怖い事は何もありませんから。後ほどメニューをお持ちしますね」
そう言葉にされ、クロスは店の端にある席に腰を下ろす。
先程まで綺麗な者を見ていたからなおわかる。
クロスが付いた席は、空気が淀んでいた。
クロスがいる辺りの席、店の端。
そこは、むさい男達のたまり場となっていた。
しかもその男達はクロスが来た瞬間、舌打ちをし睨みつけだす。
クロスはアウラやその部下達が『あそこは意味がわからない』と言ったその理由を、肌で感じていた。
クロスがいる席は店の向こう側と別ける様横に長いガラスが張られていた。
このガラスは何なのか、少し考えクロスは理解する。
これは区切りなのだと。
ガラスより向こう側には、誰一人男がいない。
ウェイターなんておらず、客も女性のみ。
そしてこちら側は、全てがむさい男……付け加えるなら、クロスを睨みつける男のみだった。
普通なら、ここまで潜入すれば全貌が見えて来るはず。
だが、何一つわからない。
その目的も、その意図も。
「……てめぇ、ここを勘違いしちゃいねーよな……あ?」
それが自分に対しての声だと気付き、クロスは後ろを振り向く。
そこには肌の色が緑色のスキンヘッドが、クロスに対しほぼゼロ距離に等しい位の位置からガンつけをしていた。
口臭がおそろしくフローラルなのが、逆に気持ち悪かった。
「いえ。そんな事は……」
「あ? わかってんのかてめぇ? ナンパでもしてこの世界壊してみろや。殺すぞ? 俺達全員でお前ボコだぞ? お? 糞イケメンが」
「いえ、そんな事ないです」
何故自分が敬語を使っているかわからないままクロスはそう反射の様に言葉を返した。
「……そこまでにしておきな」
やけにドスの利いた声。
その声が聞こえるとクロスの方を睨んでいた全員が、その男の方に目を向ける。
クロスもそれに合わせ、入り口から入って来たその男を見つめた。
筋肉隆々としたその男は……マスクをつけ顔を隠していた。
覆面と言えば良いのだろうか。
顔面全てを覆い隠すゴム製のマスク。
おそらく鼠であろう灰色のキャラ物マスク……の更にその上に、舞踏会で見る様な目元だけを隠す薔薇がモチーフらしい真っ赤なマスクをつけている。
そんな男の服装は、上下紺色模様なしのダボダボダサジャージだった。
クロスは何も言えず、息を飲んだ。
「兄貴!」
男達はそこにいる怪奇変質者をそう呼んでいた。
クロスは眉を顰めた。
「ああ。お前らの兄貴だぞ」
そう言って両手を腰に置き、胸を張る変質者。
その様子を男達は皆が好意的に受け入れていた。
クロスは自分が世界の異物なのかと本気で悩みだした。
「そんでお前ら、ダサい事するな。俺達は見た目で差別されてきたが、だからと言って俺達が見た目で差別して良い訳じゃないだろ」
そう、変質者は言葉にしクロスの方をちらっと見つめ、微笑んだ。
いや、覆面だからわからないが雰囲気的にたぶんそれは微笑みだったとクロスは考えた。
「だってよ兄貴……。俺達のパライソに。楽園にイケメンが……」
「こちら側にいる以上。仲間だ。それに……俺にはわかる。この魔眼を持つ俺にはな……」
「ま、まさか……つまりこいつは……」
ざわめいた雰囲気となり、皆がクロスを注目する。
こんな場所で注目を集めたくなかった。
「ああ。こいつは……チェリーボーイだ」
兄貴呼ばわりされる変態の一言で、男達のクロスに対する態度はもう露骨な程一気に軟化した。
「悪かったな。変に絡んでしまって。お前も俺達の仲間だ。俺は素人チェリーだからちょいと違うがな」
そう言って、さきほどからんでいた緑馬鹿はにかっとクロスに微笑んだ。
仲間判定されるのがここまで不本意だと感じたのは、生まれて初めてだった。
ぽんっと、肩を叩かれる気配を感じクロスは後ろを振り向く。
そこには……変質者が立っていた。
「安心しろ。かくいう俺も童貞だ……。だから気にしなくて良い。恥と思わなくても良い。俺達は……魂で繋がった友、ソウルメイトなんだから」
そう言葉にし、強く抱きしめて来る変態。
こちらが痛くない様出来るだけ心地よい様抱きしめるその気遣いが、吐きそうな程気持ち悪かった。
「自己紹介が遅れたな。俺はマスク兄貴。ただのナイスガイだ。気軽に兄貴と呼んでくれ」
そう言って男はびしっとポーズを取り自己紹介をした。
「あ、はい」
ナイスガイと認めたくもないし兄貴とも呼びたくないクロスは曖昧に返事で流した。
「何だシャイな奴だな。いやだからここにいるのか。困った事があれは遠慮せず俺に言えよ。ソウルメイトの俺にな」
クロスは自分の魂が汚染された様な気がした。
「すいませーん。メニューいる方は何名様でしょうかー?」
ちらっと顔を出しウェイトレスがそう声をかける。
それに合わせ男達の数名が手を上げた。
変態兄貴は両手を上げた。
「シャイなお前の分も、俺が上げてやろう。もちろん奢りだ。好きな物を頼みな」
キランと、白い歯を光らせそう言葉にする変態。
クロスは早退の理由に頭痛が痛いで通用するか本気で考えだした。
ありがとうございました。




