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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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約束の意味(後編)


 もしも、もしも心が平常時であったのなら、きっと心を燃やしていただろう。

 ヨロイと機械の化物の勝負を見て、それに手を貸せるのだからクロスのテンションが上がらない訳がない。

 だが、今はどうだ。


 視界の隅で鋼がぶつかり合う。

 燃えるべき戦いを行っている。

 だが、心は冷たく凍ったまま。


 いや――違う。

 心が凍っている訳ではない。

 ずっと、心があの時をループしていて意識が前を向かないだけ。

 エリーの最後の笑顔を、頭の中で何度もリフレインしていた。


「……最後、エリーは一体俺に何を伝えようとしていたんだろうか……」

 泣けたなら、きっとすっきりする。

 切り替えられる。

 だけど、涙すら出てこない。


 エリーがいなくなったという実感すらない。

 いやむしろ、今でも傍に居る様な、そんな気さえしていた。




 エリーがいる世界、そこは地獄だった。

 異形の無数の瞳、とても言葉では言い表せない生物かどうかもわからない存在、重力を無視した建造物。

 宇宙と惑星、その境界線すらもあやふや。

 その全てが、エリーの心を狂気で狂わせようとしてくる。

 エリーの体に魔力はほとんど残っていない。

 ここに入った瞬間に、全て剥ぎ取られた。

 だからこそ、エリーは逆に生き続ける事が出来ていた。

 最低限の魔力、大いなる存在には認知されない程の魔力しか手元にないからこそ、エリーは生き延び、そして何年もの時間を使い、別の世界に移動する事に成功した。


 ただし、移動した先もまた、別の地獄でしかなかった。

 肉体の形を維持出来ない、精神体しか存在し得ない世界。

 そこでエリーは自分が消えなかった理由に気づく。

 物理的に遮断された距離、クロスとの間に繋がりが見える。

 その繋がりから魔力が供給されていた。


 こちらの世界でどれほどの事になろうと、消える事はない。

 クロスが生きている限り。

 それはエリーにとって強い励みとなった。

 諦めなければ、たどり着けるという希望となった。


 何年も何年も、エリーはその繋がりの元に帰る為、ただその為だけに生き続けた。




 数百年、エリーは絶望を覚えていた。

 クロスが生きている訳がない。

 だが、繋がりは消えていない。

 クロスとの繋がりと思っていたそれは、全然違う物だった。


 いや違う、クロスは生きているんだ。


 そう思いたい自分もいる。

 だが、何年も、何百年も成長も退化もせず同じ量だけ魔力を贈り続ける事など出来るのだろうか。

 そう思うと、この繋がりが酷く不気味な物に思えた。


 それでも、エリーは諦めなかった。

 戻ると決めたからこそ、エリーはただただ帰る為だけに足掻き続けた。




 世界移動を何度もくり返し、数千年という時が過ぎた。

 もう既に、思考なんて上等な物は残っていない。

 逃げる、動く、足掻く。

 そんな行動しか取れないプログラムの様。

 幾度の世界の移動で地獄を見続け、落胆を繰り返し体ではなく、心が摩耗しきっていた。

「……私の名前は、エレオノール……裏切りの騎士……いや違う。私は……賢者の騎士……。賢者って……誰……だっけ……」

 言葉を発している訳ではない。

 思った事が口に出る様になっているだけ。

 頭の中で考えるなんて上等な事すら出来ない。


 それだけ、これらの世界は地獄だった。

 すべての世界で真っ当な生物はいなかった。

 異形の存在が蔓延るか、全ての生物が死滅しているか。

 その二択のみ。

 名前すら忘れた彼女はいかに自分の元の世界が幸運だったのか理解する。

 だが、その幸運の世界の事すら彼女はもうほとんど覚えていない。

 もう諦めるとか心が折れるとか、そういう事すら出来ない。

 だけど、その足は止まる事はなかった。


「思い出せないけど……悲しい思いをさせたら……駄目、だもんね……」

 何がとか、誰が、とかわからない。

 自分以外に真っ当な生物を見ていない彼女は会話という行動の意味すらもう忘却している。

 それでも……例え心が忘れ、摩耗し、限りなく零に等しい存在になり果てようと……彼女の魂は決して忘れていない。

 その全てが消えるまで、彼女の足は止まる訳にはいかなかった。

 頑張らない訳には、いかなかった。




 更に千年、それはもう自分という存在の定義すら出来ない領域。

 世界とその他。

 世界とはこの世界にある全てで、別世界から来た自分はその他。

 世界移動を繰り返したそれは自分をその他とすら定義出来なくなっていた。


 もはやどうしてこんな事を繰り返しているのかすら覚えていない。

 無数の世界の中では比較的まともな世界があっても、それでもそれは延々と地獄を選び続ける。


 それはどうしてか。

 自分でもわからない。


 そんなある世界……砂漠しか存在しない世界……摩耗しきるその寸前で、自分(それ)は暖かい何かを感じた。

 物理的な意味ではない。

 精神的な意味での暖かさ。

 長い旅路の中で一度たりとも感じなかった物。

 それは、自分を心配する声。


 自分(それ)は無意識に、その声を探しだした。

 旅の中での、初めての寄り道。

 目的外の行動。

 自分(それ)は寂しいや恋しいという感情を思い出してしまった。


 砂漠の脇にある建造物に入り、その奥に向かう。

 まるで誰かに誘導されている様な気さえしてくるが、今の自分(それ)が疑問に思う訳がなく、抗う事など出来る訳がない。


 そして自分(それ)は、部屋の奥に辿り着く。


『良く頑張ったね。エリー』


 聞き覚えのない声が、どこかから聞こえ霧散する。

「ああ。……ああ。そうだ。私はエリーだ。……忘れたらいけない。本当の名前以上に覚えていないといけない。大切な名前。愛しい主に貰った、最初のプレゼント……。ああ……」

 自然と、涙が溢れて来る。

 感情が戻る。

 活力を見出す。

 自分という定義しか出来なかった自分(それ)は、エリーという本来の定義を取り戻す。

 それ故に、気が付いてしまう。

 もはや自分が限界であるという事を。

 心とか、体とか、もはやそういう問題ではない。

 存在が維持出来ない。

 あまりにも長く、世界を旅してしまった。

 何か、ゆりかごの様な、母体の様な、そんな何か身を護る物でこの身を休めないと……。


「諦めない。死ぬ訳にはいかない。例えどんな方法であろうと……私は……」

 そんなエリーは、声を聞いた。

 さっきの、優しい声ではない。

 もっとうるさくて、煩わしい声。

 だけど、その声は、まるでエリーを心配している様な……。


 エリーは声の主を探し、そして、それの入る箱を見つけた。

 磨いた様に煌めく、新品の剣。

 儀式用にも見える、短剣。

 何故か見覚えのある武器。

 だけど、その短剣には入っているはずの宝玉が入っていなかった。


「……ああ。そうか……そういう事だったのか……」

 それは本来、一生命体にわかる事ではない。

 だが、エリーは無数の世界を移り渡って来た。

 故にそれを……世界とは時間の流れる速度や方向、指向性が同じではないと理解していた。


 だからエリーは、それを信じ……眠りについた。

 短剣に迎え入れられ、次なる再会というそれを信じて――。




 クロスは、ようやく理解した。

 エリーの最後の言葉、音が聞き取れなかった笑顔での言葉。

 それは……。

「『し ん じ て』か。……そっか……。うん。信じてるよ。ああそっか。だから……寂しくないのか」

 そう、それは当たり前でしかない。


 クロスの傍にエリーがいる。

 それは、例えどの世界であっても変わらない。

 一時の別れすらもあり得ない。

 例えその様な運命だとしても、その運命すらもエリーは破壊し傍にいてくれる。

 クロスが望む限り。

 それが、当たり前。


 つまり……。


「……はは。ここにきて、ようやくお前の声が聞こえたよ」

 そう呟き、クロスは短剣を取り出した。

「お前は、ここにずっといてくれていたんだな。『アタラクシア・エリー』」

 理論なんてわからない。

 理屈なんて知らない。


 だけど、クロスにはわかっていた。

 エリーはクロスに会う為に、長い旅路から戻ってきてくれていたのだと。


 ぱきんと、短剣に付けられた宝玉が砕ける。

 そこには、いるべきはずの女性が当然の様に立っていた。

 純白の翼を背に付けて。


「……お帰り」

「……はい。貴方のエリーは、エリーは……貴方の元に、戻ってきました……」

 体感時間数万年、千を超える世界を放流し凍えさせた感情が爆発する。

 そんなエリーが最初に取り戻した感情は、愛しさだった。

 胸が締め付けられる様な……。

 苦しいけど辛くない……。

 そして、広がる様な幸せを痛い程感じられて……。

 それは、愛よりも尚強い、敬愛だった。




「あの。凄く良い感じになってるとこ悪いんだけどさー何か手ない? 相棒死にかけてるんだわ。誰かを助ける為に死ぬのなら良いけど誰かがいちゃつく為に死ぬのは流石に相棒が悲しすぎるんだがー」

 グラノスは、邪魔をする事に非常に申し訳なさを感じながら言葉にした。

 凄く大切な場面である事はわかっている。

 わかっているのだが……シンカは摩耗するヨロイに乗りながら必死に紛い物の神と戦っている。

 視野に入れるだけで恐怖に心が飲まれ、発狂する様な相手に必死に心を震わせ戦っている。

 正直、時間の猶予がなかった。


「悪い。すぐ行く。エリー。何が出来る?」

 クロスはそう尋ねる。

 何かがあって、成長したであろうエリーに。

 だが……。

「えっと……その……今現在この世界においての過去の記憶を発掘、構築中です」

「つまり?」

「前まで出来た事すら出来ません。旅の記憶も曖昧です。まあ簡単に言いますとー……たぶん前よりも弱くなってます」

「その思わせぶりな超綺麗な翼は?」

「えと……飛ぶ事は出来そうですよ」

 ばさばさ羽ばたき宙に浮かびながら、エリーは困った顔で微笑んだ。


「……まじで、弱くなってる?」

「はい。確実に」

「……まじかー」

「まじですねー。ああでも、こんな事なら出来ますよ」

 そう言葉にし、エリーは空中に歪んだ五芒星形の模様を描いた。

「……それは?」

「神話的恐怖に対する防護障壁みたいな物です。一目見て発狂とかそういう事はこれでなくなりますね」

「ほほー」

「でもたぶんチックタックマン相手には気休めにしかならないでしょうけど」

「……チック……なんだそれ?」

「何でもないです。とりあえず援護しましょうか」

 その言葉を聞き、クロスは頷いてシンカの援護の為巨大蜘蛛の方に走り出した。

「んで、これどうしたら良いんだ!?」

 クロスはエリーに叫んだ。

「えっとですねー。正規の召喚ではなく依り代ですのでこの世界の常識にがっつり縛られています」

「つまり?」

「殴れば死にます」

「なるほど。良い答えだ」

 頷き、クロスはその足に短剣やらブロードソードやらを弾かれながらも何度も叩きつけ脚をグラグラさせる。

 エリーは反対側の脚を魔力を使ってちまちまと炎で燃やした。

 戦闘手段を失ったエリーが出来る事はこの程度の事だった。

 どちらの行動も蜘蛛のサイズから言えばあまりに小さ過ぎて、とても有効打とは言えなかった。


「おいそこのふぁっきんかっぽー共! 地味に邪魔なんだが!?」

「大丈夫! 当たらないから気にせず暴れろ! 頑張れシンカ!」

 クロスはそう叫んだ。

「シンカさんがんばってー」

 クロスに続く様、エリーはニコニコし手を振ってそう声をかけた。

「死んでも恨むなよ!」

 そう叫び、シンカは二体の魔物に翻弄される蜘蛛に拳を叩きこんだ。


 クロスとエリーが足元で敵のヘイトを稼いでる間にグラノスも攻撃に参加しだしたが、四体の攻撃がどれも大した有効打にならない。

 それでもチクチクチクチクと嫌がらせの様に攻撃を重ね続ける。

 更に数時間経つと援護の兵や村からの手伝いがどんどん現れだし、遠距離で矢やら石やらが蜘蛛に放たれさらにチクチクとした攻撃が増す。

 どことなくマンモスを倒す原始人の様な戦闘になりながらの十数時間後……シンカがヨロイから脱出しその機体を派手に自爆させると同時に、その蜘蛛の巨体もようやく倒れ、靄の様になり姿を消した。


 あまりに長くかかった為、達成感の様な物は何一つなく、各自どうしようもない程の徒労感と疲労を抱えるだけだった。


「……ああしんど。泥の様に眠りたい」

 そうクロスは呟き。

「バイク壊れた……次のレースどうしよ……」

 グラノスはそんな余裕のあるのかないのかわからない心配をし。

「……ヨロイのテストデータ、回収するの、忘れてた……」

 本来の任務を忘れていたシンカは顔を青ざめさせる。


 そして同時に溜息を吐く三体を見て、日常に戻って来たと確認出来たエリーは零れんばかりの満面の笑みで小さく震えた。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ぽろっとでたクトゥルフ要素(続くとはいってない)
主人公の覚醒イベントじゃなかったか…… どっちかっていうとヒロインの覚醒イベントだった
[良い点] 良い展開だ。最高だ。 格好良くなって帰ってきたのに頼りにならないし倒し方もスマートじゃあないしなんだったらダサいけど戻ってきた感が最高だ。 [一言] 消えたまま引っ張られたらつらかったので…
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