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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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約束の意味(前編)


 アリスにとって契約とは絶対である。

 破るなんて考える事すらなく、己の命の次に大切な物、命が大切だからこそその為に絶対遵守しなければならない物。

 だからこそ、例え気に食わない相手、内容であっても邪神降臨のサポートを全力で行った。

 例え失敗しても第二の矢が放てる程度には。

 そして、アリスはそれをついでに利用する事にした。

 自分にとって最も都合が良い現実を導く様にする為。




 黒い球体は、みるみる内に大きくなり一定範囲内のあらゆる物を吸い上げる。

 地面がなだらかな曲線で抉られている程度には、物体を取り込む力は強い。

 それは、まるで小型のブラックホールの様だった。


「エリー……あれ……」

 答えはわかっている。

 わかっているが、クロスはそう尋ねずにはいられなかった。

「アリスの言う、ゲートですね。それも、解放間近の」

「だったら今何とか閉じたら――」

「いえ。もう、間に合いません」

 そうエリーが呟いた瞬間、クロスは見た。

 その球体の中に浮かぶ、無数の眼を。

 緑色に輝く多面結晶体を瞳とする、人や魔物とはまるで異なる存在。

 それがその球体の中に――いや、球体の向こう側の世界から、瞳だけでこちらの世界を観察していた。


 その瞳は、まるで嗤っている様にも見える。

 壊す為、穢す為、蹂躙する為――いや、違う。

 向こう側の瞳は、ただこの世界に存在する事を許すだけで、世界が蹂躙される。

 あれらは一体、一匹、一人たりとも、存在を許してはならない。

 あれこそが、本当の敵。

 勇者とか、魔王とか、そう言う内輪的な話ではない。

 正しく世界の敵。

 だからこそ、現われてしまえば自分ではどうしようもないのだと、クロスは理解した。


 頭痛が走り、胃液が逆流し、恐怖に背中が凍えつく。

 ほんの一瞬で最悪の体調と化し、クロスは地面に膝を落とし口元を両手で抑えた。

「クロスさん!?」

 慌てて寄ってくるエリーを見て、クロスは片手を開けて動きを止め、微笑んでみせた。

「大丈夫……。大丈夫だ……」

「とても大丈夫そうな顔色には見えません……」

 心配そうなエリーの顔。

 それでも、クロスは大丈夫という事しか出来なかった。

 顔面蒼白で震えを抑え込もうとしているエリーを見て、意地を張る以外にクロスは出来る事を知らなかった。


「こうなると、アリス様様だな。俺達だけならどうしようもなかった」

「……そう言えばアリスからゲートを閉じる為の何かを渡されたと言っていましたね」

「ああ」

「……思惑が読めませんが……嘘……の可能性は……」

「アリスは契約に関して嘘を付いた事はない。そういう情報ない? たぶんそうなんだけど」

 クロスの言葉にエリーは少し驚きながらこくりと頷いた。


 敵であれ味方であれ、アリスが契約と言葉にし紡がれた約束は守られなかった事はない。

 それ故に、アリスは色々な組織と細い繋がりを持っていた。

 機械狂信者や、今回の様な邪神狂信者の様な話が出来ない様な狂った相手とも。


「クロスさん。知ってたんですか?」

「いいや。ただ、それこそがアリスだからそうなんだろうなって。その方がアリスにとって都合が良いからおっと。……ゆっくりおしゃべりしてる時間はなさそうだ」

 球体の吸い込みを受けよろけ前のめりに倒れそうになったエリーを支え、クロスはそう呟いた。


「ありがとうございます。そうですね。幸か不幸か……。世界としての格が違うからかゲートを通じてあちらからこちらに来る事はまだ当分なさそうです。今の内に何とかしましょう。アリスの用意した道具は一体どの様な物です?」

 クロスは露骨な程の残念そうな顔でエリーに黒い髑髏を見せた。

「これ」

「……悪趣味極まりないですね。流石アリスと言いますか……」

「これ俺への嫌がらせでこの見た目にしたんだって」

「……良い趣味してますね。……もちろん皮肉ですが」

「俺も同じ事アリスに言ったよ」

 苦笑いを浮かべながらそう呟き、クロスは髑髏に己の魔力を注ぎ込む。

 そうすると瞳があるべき場所、眼球を収めるべき孔が赤一色に光りだした。

「うへぇ。本当に趣味わっる。エリーも」

 そう言葉にし、クロスはエリーの手に慎重に髑髏を握らせる。

 ゲートの吸い込む力は予想よりも強くなっており、クロス達の髪や服は台風時の様に強く靡いていた。


「……何か、ほのかに生暖かいのがより気持ち悪いですね」

「たぶんだが……嫌がらせの為だけだろうな」

 不快感を示しながら、エリーは魔力を込めるその前に、魔力を軽く通し髑髏の構造把握を試みた。

 アリスの思惑がわからないエリーの、最期の抵抗。

 そしてエリーは……それを知ってしまった事をほんの一瞬だけ後悔し、同時に自分の選択が間違いではなかった事に強い安堵を覚えた。


「……なるほど。……そういう事ですね……」

「ん? エリーどうかしたか?」

「いえ。何でもないですよ」

 そう言葉にし、エリーは髑髏に魔力を流し込む。

 髑髏の両目は赤く輝き、カタカタを咢を震わせ震えだし……そして静かになった。

「……もはや何も言うまい。それで、ここからどうしたら良いかエリーわかる?」

「……はい。わかりますよ。ただ……もう少し孔が大きくならないと駄目ですね」

「ゲートの大きさが?」

「はい。そうですね……推測で三分位待てば良いでしょうか」

「そうか……三分ってあっという間だけどいざ待つと長く感じるよな……」

 そう退屈そうに呟くクロスにエリーはくすりと微笑んだ。

「私にとってはあっという間の三分になりそうですけどね」

「ん? そなの?」

「はい。クロスさんと一緒ですから」

 そう言ってエリーはここ一番の笑顔をクロスに向け放った。

「……やばいね。胸がきゅんとなった」

「……クロスさんって知らない方しょっちゅう口説く割に言われ慣れてないですよね。少し心配です。ハニトラとかハニトラとかに」

「モテなかったからな。……いや、うん。何でもない」

「あはは……。吸い込みが怖いので少し離れて、座りましょうか」

 エリーの言葉に頷き、クロスは一、二メートル後方に移動し地べたに座る。

 そのすぐ横、体が密着するかどうかの位置にエリーは座った。




「色々聞きたかった事あったんですけど……いざこうなると出て来ませんね……まあ普段からしょっちゅう話してるからもあるんですけどね」

「ふむ……。何でも聞いて良いならスリーサイズとか……」

 エリーは、じっとクロスの方を見つめた。

「本当に、聞きたいんです? それならお伝えしますが」

 普段なら笑いながら怒る部分だが、怒る気配がない。

 それは、少しといわず大分変だとクロスは勘づいた。

「……いや。それよりもっと聞きたい事が出来た。……何があった?」

「……何が、とは?」

「はぐらかすな。何かあったんだろう?」

 エリーはしばらく無言になった後、微笑を浮かべ首を横に振った。

「いえ。何もありませんよ。……ああそうだ。いつか聞こうと思っていた事が一つありました。失礼過ぎて尋ねられませんでしたが」

「……気にしないで聞いてくれ」

「クロスさんならそう言うと思ってました。では……昔の仲間に会ったら、クロスさんはどうしたいですか?」

 その質問を聞き、クロスは目の中に火花が散った様な、そんな衝撃を覚えた。


 それは、クロスが本気では絶対に考えない様にしていた事。

 もし出会った時はなんて妄想は、何度も頭に浮かんできた。

 何度も何度も、再会を望んだ。

 だが、今のクロスは魔物である。

 例えそれを忘れそうになったとしても、それはもうどうしようもない決まりきった事。


 人と魔物が共に生きる世界なんて物は存在しない。

 それは絶対の真理。

 愚かなクロスですらわかる、不可侵の事象。

 だからこそ、クロスはその質問を敢えて考えない様にしていた。

 今の今まで。


「……どう、したら良いんだろうか。俺も……それは知りたい。どうしたら良いのか、その答えを……。結果は決まっているんだけどな」

「そう、なのですか?」

「ああ。俺が殺されて、終わる。クロードは人の世を護る王になっている。その守護対象に、俺は入っていない。あいつはそういう高潔な奴だからさ」

 クロスの言葉にエリーは同意出来ない。


 勇者パーティーで高潔と称せる人物などクロス以外にいなかった。

 それは魔物の共通見解である。

 だが、それをエリーは言葉にしない。

 クロスがそう信じているから、そして例えそれが間違いだとしても、その結果はきっと変わらない。

 何故ならば、クロードはクロスに、人類の未来を託されたから。

 クロードがクロスの言葉を裏切る事など、あり得る訳がない。

 故に、きっと結果は変わらないだろう。


 クロードはクロスと再会した時、魔物と人類との戦いとなった時、きっとクロスを殺すだろう。

 その心が壊れる事になろうとも。


「クロスさんは、どうしたいと考えていますか?」

「……会いたくない。少なくとも、アウラが人と魔物が交流できる社会を作るまではね。単純に、誰も思いつかない事をやろうとしたから尊敬している部分もあるが……そういう打算的な部分もあって、俺はアウラを尊敬しているんだ。命を賭けるに値する位ね」

「……その気持ちは、わかります。あの方は本当に、視野が広く、清濁共に飲み込める魔王の器、偉大なるお方ですから。……少々濁った部分の方が強いですが」

「そうか? 俺からみたらとても綺麗に見えるぞ? 中身も外見も」

「ノーコメントでお願いします」

 そう真顔でエリーが言葉にすると、二体は無言で見つめ合う。

 そしてどちらともなく、くすくすと楽しそうに笑いあった。


「クロスさん。私の質問はどう逃げたいかではありません。どうしたいかです。会いたくないではないでしょう? 本当は」

「ああ。そうだな。本音を言えば、またダチになりたいと思ってる。あいつら皆と、また一緒に笑いたいと思ってる。だけど……」

 そう言葉にし、クロスは片角に触れる。

 その姿は人とそこまで遠くない。

 だが……クロスは魔物だった。

 その身は、人の物ではない。

 人であった頃の事は、ファミリーネームと共に墓の中に置いてくるとクロスは決めていた。


「……出来ますよ。クロスさんなら。諦めず、色々な人、魔物に手を伸ばし続ければ。賢者とは、限りなく正解に近い解を導き続ける者の事を言う名前です。……本当は、その助けをしたかったのですが……」

 エリーは優しく、穏やかに微笑む。

 クロスは、その顔に、その表情に見覚えがあった。

 それは、別れを覚悟した者の顔。

 死にゆく事を受け入れた顔だった。


「エリー! 待て!」

 叫び、手を伸ばすクロス。

 その手を、エリーの腕をクロスが掴む事は出来なかった。


「何があった! おい!」

「時間が……必要だったんですよ。あのゲートが私が通れる位大きくなるまで」

「何故だ! どうしてそんな事をする必要が……」

「……クロスさんを信じて、伝えます。アリスの用意した道具を使うには、更に二つの条件を満たす必要があります。一つ、起動する直前まで魔力を送り続ける事。もう一つは、ゲートの反対側に向かう事。つまり、そういう事です」

 それが、アリスの企み、その目的だった。




 アリスにとって最も脅威なのはアリスを恨まないでいられるクロスというありえない存在。

 だからクロスを排除する事はアリスにとって最優先事項の一つだった。

 だが、アリスにとっては別にクロスを排除する事だけがクロスを無効化する事ではない。

 クロスが、アリスを恨む様になれば良い。

 恨みを持たず能力が発動し辛いからこそクロスが怖いのであり、どんな事であれ恨みさえ持ってしまえば、アリスにとってクロスはそこらにいる雑草の一つに成り下がる。


 だから、どっちでも良かった。

 クロスがゲートの外に向かって死んでも、エリーが死ぬ原因となり恨まれても。

 どっちに転んでも、アリスの目的は達成していた。




「だったら! だったら俺が行けば……」

「そう言うから今まで言わなかったんですよーだ」

 そう言って、エリーはいたずらっ子の様に舌を出し、眼の下を伸ばす。

 その手は、小さく震えていた。


「……信じていますよクロスさん。クロスさんなら……アリスを恨まないでいられるって」

 エリーはそう言葉にする。

 自分が犠牲になりつつ、アリスをクロスが恨まない。

 それが、エリーの考える最上の未来だった。


「無理に決まっているだろうがそんなの!? 俺の騎士なんだろ!? 俺の未来のガキ共を可愛がるんだろ!? それなのに……」

「クロスさん……」

「行かないで……いや、行くな! これは命令だ。主から騎士への……だから……」

 そう言葉にするが、クロスにはわかっている。

 エリーがここで行かないというような、そんな選択をする訳がない。

 なぜなら、エリーはクロスを敬拝しているから。

 友情と尊敬。

 故に、それが必要なら、エリーは迷わずそれを選ぶ。

 そんな事、考えなくてもわかる事だった。

 何故なら、クロスはエリーの友で、そして主だから。


「……ごめんなさい。その命令は聞けません。クロスさんの事、大好きなので」

 例えそれに異性愛が入っていなくとも、エリーの思いは間違いなく愛だった。

 誰かを守りたいと心から願う、強い、強い……。


「……嫌だよ。エリーに会えないなんて……そんなの……俺は……」

 自分がその立場になり、クロスは気づき……そして後悔した。


 クロスがクロード達を仲間だと思った様に、クロード達もきっと仲間だと思ってくれていた。

 少なくともクロスはそう信じている。 

 それなのに、クロスは生きる事を諦めた。

 あいつらなら大丈夫なんて思って、流れに身を任せた。

 そんな訳ないのに。

 残される立場となり、クロスは今初めて、死んだ事を後悔した。


「……はぁ。しょうがないですねぇクロスさんは。わかりました。では……いつかまた会いましょう。約束します」

「そんな……どうやって……」

「ま、死ななければいつか会えると思いますよ? 別世界とは言え世界なんですから。私は早々死にませんから。魔力さえなくならなければ。幸いあっちの世界は豊富そうですからねぇ……。良くも悪くも。何年、何百年、何千年経つかわかりません。ですが……必ず、貴方の元に戻りましょう」

 そう言って、エリーは微笑んだ。

 クロスは何も答えない。

 答えられない。


 既に思いを決め、守ると誓うエリーの信を裏切り行くなと言う事も出来ず、かと言って行ってくれと伝える程の勇気もなく。

 無言で俯くクロスに、エリーは優しく微笑んだ。

「ですので、沢山子供を残しておいてくださいね。奥さんに刺されない程度に、クロスさんが生きた証を残してください。じゃ、行って来ます。帰りは遅くなるかもしれませんが……また、会いましょう」

 とん、と、エリーは軽く跳び、孔に吸い込まれる。


 無数の宝石の瞳が待ち受ける地獄、冒涜しか存在しない世界。

 エリーの最後の笑顔を、何かを伝えようとするその顔を見た直後――クロスはゲートが閉じるのを確認した。


 現実が、追いつかない。

 今でも、クロスはすぐ近くにエリーがいる様な、そんな気さえしている。

 だが、その姿は当然見える訳がなかった。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ん?そこで狂ってるやつの中にねじ込んで無理やり魔力が供給されるように神経を繋げて穴に蹴り込めばいけるのでは……
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