暗躍の果てに(中編)
クロスの目から見て、アリスはどこか焦っている様な、そんな風に見えた。
雰囲気や笑顔は別に変ではない。
いつもという言い方は変だが、大体いつも通りの、唯我独尊のまま進むアリスである。
だけど、言葉の端々に急かしてくる様、クロスは思えた。
「……何が目的だ?」
うっすらとだが仲違いしているだろうという予想は付いているが、一応クロスはそう尋ねてみた。
「単純な話、私は自称神様なんて気持ち悪いの来て欲しくないし関わりたくもない。ただそれだけ。だから阻止するあんたらに手を貸したい。シンプルな理由でしょ?」
「ああ、そうだな。自分勝手だなとは思うけど理屈は通ってるな」
「そりゃ、自分の為なら何でもする私だもの。自分勝手なのは当たり前じゃない」
そう言ってアリスは優しく微笑んだ。
偽りの笑顔、愛想笑い。
綺麗な笑顔だからこそ、不気味さがあった。
「ま、理屈は通ってるけど……ただ通ってるだけだ。……目的はそれだけじゃあないんだろ?」
クロスはそう言葉にした。
確かに、嘘は言っていないだろう。
そんな雰囲気だ。
だが、同時に本当の事もまた話しておらず、何かを隠している。
そうクロスは今までの経験から確信した。
「……ふ、ふふ。ふふふふ……。何よ。ただの下半身に正直な馬鹿だと思ったけど、中々に賢しいじゃない。頭でも撫でてあげましょうか?」
「是非。是非お願いします」
クロスは前のめりにずずいっと進み頭をアリスの方に向けた。
「……冗談よ」
「えー」
割と本気で、クロスはがっかりする。
それを見てアリスは凄く不愉快で奇妙で不思議な感覚に襲われた。
「……毒気が抜かれそう」
「抜けてもいいんじゃない?」
「……あんたのペースに付き合ってたら時間がいくらあっても足りないわ。まあ、あんたが私をどう思ってるかとかそれはもうどうでも良いわ。それでどうするの? 私の手を借りたいの? どうなの?」
「契約の詳しい内容プリーズ。ただ助けるじゃなくって契約なんだろ?」
「……あんた、本当地味にだけど抜け目ないわよね」
「悪党との付き合いにゃ馴れてるからね」
「人間って本当、碌でもない生物ね」
「それは否定しない。でも良い奴も多いぜ」
「あっそ。契約の内容は単純よ。私があんたに、ゲートが開くなんて最悪のケースになった際、ゲートを閉じる事が出来る道具を渡す。それには魔物二体分の魔力が必要。だからあんたとあの女騎士様でやれ」
「ゲートって?」
「……あんたの馬鹿な頭でもわかる様に言うと、世界の穴よ」
「わからん」
「神とやらが通ってくる道」
「わかった。つまりこれは鍵みたいな物か」
「どっちかと言えば爆弾の方が近いかしらねよ。無理やり道を壊しちゃって塞ぐ感じ。次鍵を使っても開けない様にね」
「……ふむ。それで、契約というのなら何かこちらに対する制約とか条件みたいなのがあるのだろう? それは何だ?」
「ないわよ。強いて言うならゲートが開いた時に必ずそれを使えっていう位?」
「わかった。契約しよう」
「あら? もっと疑ったりしなくても良いの?」
「アリスの時間を使うのが申し訳ない。それと考えたところで俺に答えがわかる訳ないから乗るしかないしな。あと、ゲートが開くまでにあんまり時間がないんだろ? 雰囲気で何となくわかる」
「あっそ。ま、どうでも良いか。どうせ私はこの後すぐ逃げるし」
そう言葉にし、アリスはぽいっと手の平大位の何かを投げた。
それをクロスは丁寧に受け止め、そのゲートを壊す道具とやらに目を向ける。
それは、黒いどくろの形をしていた。
「……悪趣味だな。こういう形じゃないといけなかったのか?」
「いや別に。材料に魔物とか人とか使ってないし外見なんてどうとでもなるわよ」
「じゃ、この酷い見た目はアリスの趣味?」
「いや、ただのあんたへの嫌がらせ」
「……本当、良い趣味してるよ」
「誉め言葉として受け取っておくわ。もう少し詳しく説明しておいてあげる。あんたがゲート解放阻止するの失敗してゲートが開いた場合、それにそこそこ強い魔物二体分の魔力を入れ、起動したゲートの傍に寄る。オーケー?」
「オーケーだ。最後にサービスでもしてくれないか?」
「何? キスでもしてあげましょうか? 死臭がしていいならね」
「それも魅力的だが今回は止めておく、次は選ぶけど。肝心の舞台がどこか教えてくれたりしないかな?」
「……そうね。それ位はサービスしても良いでしょう。……と思ったけど、必要なさそうね」
そう言葉にし、アリスはそっと遠くの空を指差す。
直後、空に黒い雲の渦が発生した。
まるで竜巻の様に渦巻く雲はき持ち悪い程綺麗な正円形となり、そして徐々に広がって行った。
「……オーライ。わかった。ところでアレがゲートとやらか?」
渦の中央を指差しクロスはそう尋ねた。
「いや。儀式が始まっただけ。だけど急いだ方が良いでしょうね。私は巻き込まれたくないからこれでバイバイよ。後はよろしく」
「あいよ。またな。アリス。……キスの方選んでおけば良かった」
そう言葉にし、クロスはその渦の方に走って行った。
「……二度と会いたくないわ。ああ、怖い怖い。自分が真っ当なつもりな狂人が一番怖いわ」
睨む様、怨む様、呪う様、そんな顔でクロスの背を睨みアリスはそう吐き捨てた。
目的の場所に向かって走るクロスは同じ様急いで走っているエリーの姿を見かける。
いつでも恰好が変えられるからか私服の軽装、シャツとスカートという恰好で荒野の彼方を目指すエリーの姿は妙にこの景色とミスマッチしていた。
「エリー!」
「あ、クロスさん。良かった合流出来て」
「ああ。そっちは何かあったか?」
「いえ。まだ何も調査していません。村の周辺にちょっとした魔力防護作ってましたらあれが見えまして……。そちらは?」
「アリスと会った」
「は、はぁ!? それで一体何が……」
「後で話す。ただ一つ言うなら、アリスはどっかに移動しているから襲撃を待ち構える必要はないぞ」
「……信用出来るのですか?」
「出来る。だってアリスだぞ? 神様なんて不確定かつ危険で面倒な物に関わりたいと願う性質か? もう逃げてるに決まってる」
「悲しい程に納得出来る答えありがとうございます!」
エリーの言葉にクロスは微笑んだ後、エリーの横に付き並走する。
そして目的地付近に到着した時、二体は特に相談する事もなく、同時に足を止めた。
揺れる大地。
空には渦巻く暗雲の中心部が怪しく輝く。
そして二体の正面方向数百メートル程離れた先には、いくつもの時計の音を響かせる悪趣味な人間型オブジェの時計人間と、紳士服がやけに似合う少年が立っている。
今回の主犯である彼はクロスとエリーの方を見て小さく、それでいてめんどそうにそっと溜息を吐いた。
クロスは相手頭上の渦の中央、強い魔力を感じる場所をじっと見つめる。
魔力を帯びたからかそれとも違う理由からか。
人間であった時にはわからない感覚、魔力の流れの様な物がクロスには見えた。
それは魔力の奔流とも言うべきだろうか、本来自然の中に流れるごく少量の魔力が極限と呼べる程一か所に集まっていた。
だが、逆に言えばそれだけだとも言える。
魔力が渦の中に吸い込まれる様一点に集中しているが、それ以上特に変わった動きはない。
要するに、頭上にあるのはただの膨大な魔力であり、それをどうこう使っている様子は見えない。
「ゲートとやらはまだらしい。なら今の内にさっさと潰せばいけるだろ。エリー。助力を――いや、横に並んで戦ってくれ」
「それが望みであるなら……。まあ実際は私後衛クロスさん前衛になるんですけどね。適材適所的な意味で」
そう苦笑いを浮かべ、エリーは今にも突撃するクロスをいつでも援護出来る様、斜め後方辺りに付いた。
クロスはアウラに用意してもらったそこそこ強力な両手持ちの剣、ブロードソードを構え――前のめりの姿勢になって――。
「クロスさん! ストップ!」
飛び出そうとするその足を慌てて止め、クロスはその訳をエリーに聞こうとする。
するのだが……その前にクロスもエリーが止めた理由を理解した。
途方もない程の膨大な魔力がこちらに近づいて来るという、脅威以外の何者でもないその訳を。
それは、上からではなかった。
確かに上に渦巻く魔力も可視化出来る程強大だ。
だが、今クロスが感じているのはその比ではない。
十倍、百倍……いや、もっとかもしれない。
そしてそんな危険極まりない魔力は上からではなく……下、地下の方から感じていた。
その証拠に、それが近づくにつれて地響きは徐々に激しくなり、地震であるかのような揺れに変わる。
歩く事すら危ぶまれる程の揺れに変わった直後、地面からそれが轟音と共に出現する。
十メートルを超える巨大な石造りの構築物。
それが、地面から唐突に生えて来た。
長方形に近い形状で、ほぼ灰色一色で作られた明らかな人工物。
それは――門だった。
色褪せたり欠けたりとどこか古めかしい、固く閉じられた両開きの門。
それは眩暈を起こしそうになるほど強い魔力を帯び、同時に一目見るだけで存在してはいけない物だと魂が直接理解出来るほど醜悪な物だった。
アリスの邪悪さは生物としての邪悪さだった。
他者を食い物にし、自分の都合を全てにおいて優先する、徹底的な自己中心的思想。
自分が怪我をするよりも誰かを殺す方が良いなら迷わずそれを選ぶ様な、そんな邪悪さ。
だが、目の前にあるこの門はそれとは一線を画す。
これはそういった社会として許せない様な邪悪ではない。
例えるなら……世界を冒涜する邪悪。
存在を許したら世界が存在出来なくなる様な邪悪。
扉が開いた時は、死ぬことすら許されなくなる様な、そんな気さえしてくる。
これを見るだけで、クロスもエリーもこれがその邪悪だと、心から確信出来た。
ここから出て来る存在なんてのはどう考えても真っ当な神様である訳がなく、同時に弱っちい紛い物である訳もない。
ここから出て来る奴なんてのは、間違いなく最悪に位置する類の、邪神である。
「……これがアリスの言っていたゲートか」
クロスはそう呟いた。
「もう問い詰めるのは今度にします。アリスとどんな会話したんですか?」
「神が出るのは気に食わない。だから俺にゲートを閉じる道具をくれた。ただ……まだ、開いてないよな?」
「そうですね。開いてないですね。開いてないのにこの威圧感ってのが可笑しいんですけどね」
「だよな。正直エリーがいなかったらしょんべん漏らしてたわ」
いつもの軽口、いつもの冗談。
だけど、その笑顔は引きつり笑い。
それにエリーも突っ込む余裕はない。
一瞬たりとも、それから目を話す事が出来なかった。
「ふふ……ふふふ……ふはははははは! これだ! これなんだよ! 僕の、私が、俺を導いた御方は! 想像通り……いやそれ以上だ! この暴虐的なまでに絶対的な恐怖! そして理不尽とすら感じる力! これぞ正しく神だ! クロノスなどという人間を守護する紛い物ではなく、魔族を護る神、私はついにそれを見つけ出した!」
そう言葉にし、男は再度高笑いをした。
少年の声、男性の声、女性の声、老人の声。
様々な声で、男は門を賛美し、自分を褒めたたえ、悦に入る。
眼が血走り、狂気を怯え笑みを浮かべ、涎を流し……。
男は、ただ狂っていた。
「……ああくそ。これじゃあ話聞く事も無理だし聞いても無駄だろうなぁ……というかたぶん俺の声なんて聞こえてねーぞもう」
クロスはそう呟き角を掻く様に乱暴に触る。
さっきから角がピリピリを通り越し頭痛に近い痛みを放っていた。
男はどう見ても会話が出来る精神状況ではなく、そしてもう二度と戻らないだろう。
そりゃあそうだ。扉が出現したのは男のすぐ傍。
あの暴力的かつ冒涜的な魔力を直で浴びたのだ。
壊れても仕方がない。
「そんでエリー。次はどう動くと思う。あのでっかい扉さん」
「まあ……そりゃあ扉さんなので開く準備をするんじゃないですか?」
「ほうほう。つまり?」
「魔力と儀式のコアの様な物を取り込むと予想しています。魔力は……上。コアは……あれですよねぇ」
扉の傍で微動だにしない機械人間をエリーは見た。
「んじゃ、それまでに機械人間を壊すのがベターかな?」
「ええ。そうです――クロスさん! 障壁を張って下さい!」
「へ? 俺そんな事出来ないんだけど!?」
「正面全身を覆う様に魔力を作って! 早く!」
考える前に、クロスは言われた様体に纏う魔力を正面方向に全力で放出する。
その直後、奇妙な感覚にクロスは襲われた。
それが魔力を吸われているのだとクロスはすぐに気づけた。
「こ……これは一体?」
「あの門です。上からの魔力集めるついでに周囲の魔力も集めているみたいですね。念の為村に障壁作っておいて良かったです……。クロスさん。その三分の一でも良いですよ正面に回す魔力」
「あいよ。……これが障壁かぁ」
「いえクロスさんのそれはただ魔力を切り捨てているだけで障壁になっていません。今はそれ以上どうしようもないですけど」
「そか……。それすらもあんま器用にコントロール出来ないんだけど。三分の一ってこれ位?」
「……それで良いです。……帰ったら、その辺りの訓練しましょう」
「そうだな。ちゃんと無事に帰れたらな。作戦内容は時計人間の破壊で良いか?」
「はい。扉に近づくのでより魔力を吸われながらの状態でですけどね」
「しんどそう……ってエリー魔力吸われてたらやばいんじゃなかったっけ? あすとらるなんたらとかで」
「そう、ですね。少しやばいです。ですので……短期決戦でお願いします」
その言葉に頷き、クロスは巨大な扉の足元にいる時計人間めがけまっすぐ突っ込んだ。
ありがとうございました。




