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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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暗躍の果てに(前編)



 憎悪と殺戮の中で生活し、冥府魔道を鼻歌混じりに歩き続ける。

 その言葉は呪いしか生み出さず、行う行動は誰かを煉獄に落とすものでしかない。

 生者全てを逆恨みし、冒涜し、奪い、穢し、壊し。

 故に、それを当てはめる言葉は容易となる。


 邪悪。


 それだけで、いやそれこそがアリスの本質。

 病に穢れたその外見以上に心は醜悪で、倫理や道徳という言葉を知っていながらさかしまに走る。

 正しい意味で、いてはならない者、存在を許してはならぬ者。

 だからこそ、アリスはこの世界のどの様な存在にも負けなかった。

 例え世界の敵となろうとも、その臆病さと醜悪さ、そして類まれなる生き汚さにより、彼女は今日も当たり前の様に生き続ける。

 ただ、生きる為だけに。

 明日を、その先を、未来を、永劫に生きる、その為だけに。




「……素晴らしい。やはり貴方は天才だ」

 研究所の持ち主であるその男は、しゃがれた老人の様な声をした少年という酷くアンバランスな男はアリスに対し心からの賛辞を贈る。

 アリスはそれに対して一切の反応をしない。

 自分が天才だなんてそんな当たり前の事を言われても何も思わない。

 それも理由の一つだが、それだけではない。


 発熱で体調変化を起こしている為、アリスは少しでも体力を温存する為に敢えて無視をしていた。

 発熱と言っても、別段何てことはない。

 高熱を出す事、逆に熱が極端に下がる事。 

 それは病弱なアリスにとってただの日常。

 二十四時間の内平熱であるのは精々五、六時間程度に過ぎないのがアリスの日常だった。


 慌てもせず額の汗を拭きとり解熱剤を飲み、そして続きを行う。

 時計人間の改造という、非倫理的な行為を。


「本当に時計を増やさなくて良いんですか? 十や二十位ならその辺りから連れて来ますしストックも三体位なら奥にありますよ?」

 時計人間のストック、命の時計、つまり魔物。

 男の言葉にアリスは小さく、それでいて見下す様溜息を吐いた。

「確かに命の数はそのまま強度に直結するわ。でもあんた、これはあまりにも命の質が低すぎ。雑種とは言え無駄使いしすぎよ腹立たしい。というか、これだけ(時計)が残っているなら質の方あげた方が効率良いに決まってるでしょ」

「その命の質を上げるなんて行為は他の誰でもなく、貴女位しか出来ないでしょう。アリス」

「当たり前じゃない。生きている価値がない有象無象のあんたらにわかる訳ないわ。ま、わかったなら殺すけど」

「……どうしてですか?」

「その知識を奪う為よ。有象無象が私の欲しい物を持っているという事は、私に献上する為にある。違う?」

 冗談でもなんでもなく、本気でアリスはそう思っている。

 だからこそ男は苦笑いを浮かべ両手を横に広げた。

「やれやれ。知識が乏しい事を今初めて幸運だと思いましたよ」

「そうね。あんたの知識は欠けた場所の多い文字通りの欠陥品。酷いもんよ。ま、その分情熱がある事は認めるわ。何割よ?」

「なにがですか?」

「あんたのその体で、本来のあんたの物の割合」

 アリスは男にそう尋ねる。


 似合わない声帯、幼過ぎる容姿、全身に埋め込まれた機械。

 同様の事を考えた事もあるアリスならわからない訳がなかった。

 男は延命目的で体を交換していると。


「どの位だと思いますか?」

「一割でしょ」

「どうしてそうお思いに?」

 アリスは高熱でしんどい中作業をしているのに話しかけられわずらしさと苛立ちを覚える。

 これが契約外であるならきっと殺していた。

 だが、それは出来ない。

 協力し、終え別れるまでアリスは男に手を出せない。

 そういう契約であり、この契約はアリスが立てた物である為アリスは絶対に破る事が出来なかった。


「……残ってるの脳位じゃない? ちぐはぐ過ぎるわ。せめてもう少しマシなのに換装したら良いのに」

 そうアリスに言われ、男は楽しそうに笑った。

「ふふ……ふふふ……。私は、今初めてアリスが間違えた所を見ました」

「あっそ。それで答えは? 何ならばらして調べようかしら?」

「いえ。それで答えなのですが、実は零です」

 その言葉を聞き、アリスはぴくっと眉を動かした。

 脳、記憶媒体、意志保管所、コア。

 それらに準ずる部位が魔物には必ず存在する。

 意思なき魔物であってもそのルールからは外れない。

 故に、全ての部位を交換する事など出来る訳がない。

 つまり……。


「あんた、名前は?」

 アリスは男にそう尋ねる。

 男は、楽しそうに微笑んだ。

「さあ? ()()()()()()ので。何者の物かすら知らない者の脳ですからね。過去の私がどんな存在で、何をしようとしたかなんて知りませんよ。まあ覚えてないという事は大した事じゃないのでしょうけど」

「……今、あんたへの感情が憎たらしい雑種から愚かで無価値な馬鹿に変わったわ」

 それはアリスの求める物とは正反対。

 それは延命でも何でもなく、別の何かに変わる行為でしかない。

 故に、アリスにとって男の存在は何の価値もなく、奪いたいと一ミリも思わないただの路傍の石、ガラクタへと変わり果てた。

「おや。貴女にそう言われるというのはまさしく幸運ですね」

 そう言って男は微笑む。

 全てが終わった後もアリスに狙われる可能性がなくなるのなんて幸運以外にどうも表現出来なかった。


 かかわるだけで地獄を招く厄災の少女。

 それがアリスを知る者皆の共通見解だった。


「ちなみに、アリスは本来の肉体の何割を現在維持しているのでしょうか?」

「十割よ」

「おや。奪い続けているので相当交換したと思ったのですが……」

「どうして至高の宝石をそこらへんの石と交換しなければならないの?」

「……なるほど。もっともです」

 男はそれに否定しないのは別におべっかを使ってではなく、アリスの肉体が至高である事は紛れもない事実だと認識しているからだ。

 肉体も、知性も、アリスは正しく極限に限りなく近い。

 病でさえなければアリスに勝てる存在はこの世界にいなかったであろう。

 そう、男は知っていた。


「さて……こんなものかしらね」

 アリスがそう声を出し、工具を投げ捨て機械人間から離れるのを見て男は歓喜の声をあげた。

「終わったのですか!?」

「ええ。約束通り、触媒としての性能はあんたの求めていた領域にはたどり着いたわよ。代わりに耐性は落ちたからこの前みたいにメルクリウスクラスの攻撃喰らうと壊れるけど……注文通りだから文句はないわよね?」

「ええもちろん! 協力に感謝します!」

 そう叫び、男は嗤いながら機械人間を抱きしめる。

 不気味で気持ち悪く、悲鳴が混ざる機械人間を恍惚とした表情で涎を垂らしながら抱きしめる少年。

 その絵面はとりあえず醜い以外にアリスは表現出来なかった。


「ま、がんばりなさい。応援しかしないけど」

 そう、邪悪なる者は邪悪に魅入られた者に言葉を贈る。

 ここにいるは、二体の邪悪とそれにより完成してしまった神の触媒。

 この二体の邪悪は、同じ様な立ち位置、アライアンスにいるが決して同じ方向を向いていない。

 互いに暗躍しているし、何ならそれもお互い想定の範囲内となっている。


 神なんて自分を見下す様な存在を許す訳がないアリスと、そのアリスを出し抜き真の神を生み出そうとする男。

 結局のところ、二体の間にある繋がりなんてのはアリスの契約という薄っぺらい紙程度の物だけだった。




 アウラからの要請を受け、クロスとエリーは魔王国外での空白地帯、誰も支配していない地域にある小さな村の方に向かっていた。

 作戦内容は事前通達通りの威力偵察。

 この地に現われた全身に時計が埋め込まれた異形の化物の正体を探る事。

 まあ、そこまで具体的な目撃例が出ている以上、ここが当たりの可能性は限りなく高い。

 だからこそ、クロスがその場に送り込まれた。

 罠である可能性もまた高いとわかっていながらも……。


「んでさー。罠なんだっけ?」

 魔王国を出て数週間経ち、目的地も近づいた頃のテントの野宿中の主クロスの言葉に、エリーは耳を疑った。

「え? 今更?」

「いやどうせやる事変わんないから良いかなーって」

「変わりますよ……全然……」

「そう? 機械人間ぶっ壊して逃げる。それだけだろ?」

「いや、罠だとしたら壊す事すら困難じゃ……」

「それ罠じゃなくてもそうじゃね?」

「まあそうですけど……」

「だろ? んで罠なの?」

「アウラ様がそうおっしゃってるんだからそうだとは思います。個人的には半々位の気持ちですが」

「ほうほう。どうして?」

「アウラ様は今まで痕跡すらなかったのに唐突に出て来た事からそう予測しました。私は出て来なければならない理由があった、もしくは出て来るつもりはなかったが出てしまった可能性もあると考えています」

「なるほど。さっぱりわからん」

「ま、基本的にアウラ様の考えに従っていれば良いんですけどね。ところで私からも尋ねて良いですか?」

「ん? ああ。何?」

「初動は具体的にどう動くつもりです? 近隣の村の情報収集に当たります? それとも目的ポイントに直行します?」

「あー。それなんだけどさ……誰にも見つからない様村に入る事って出来る?」

「ふむ? まあ出来ますが……」

「んじゃ隠密で村の調査をして欲しい。俺は目撃ポイント付近を調べるから」

 エリーはジト目でクロスを見つめた。

「……いきなり別行動の提案とか頭大丈夫です?」

「最近遠慮なくなってきたなエリー」

「お嫌いですか?」

「いいや。ありがたい話だ。相棒ぽいのも尚良し――って痛ってぇ!」

 いきなりクロスは胸元を抑えだした。

「どうしましたクロスさん?」

「いや。何か短刀がズレてぐりぐりと胸を押し出してきて……」

「……もしかして、嫉妬ですかね?」

「そんな感情あるのかわからんが……まあそうなら嬉しくはあるかな」

 そう言葉にし、相棒と呼んでいた短刀を持ち握り直し、鞘から出てないのを確認してから仕舞い直した。


「んで話戻しますけど、なんでいきなり別行動するんです? 村の調査はわかるんですが……」

「出来るだけ村を巻き込みたくない。同時に何かあった時村に被害を与えたくない。だから村の住民を護る用意をしておいて欲しいんだ」

「……いや、出来ない事はないですが……それをしたら時間が……」

「だから別行動するんだ。その間に俺は俺で調べるから」

「ああ、そういう事ですか……」

 エリーはある事実に気づき、小さく溜息を吐いて優し気な微笑を浮かべた。


「ん? どした?」

「いえいえ。なんでもないですよー。命令、承りましたっと」

 そう言って、エリーはクロスの事を嬉しそうに楽しそうにニコニコ見つめた。


 良くも悪くもエリーは元軍属の騎士である為、考え方の下地は軍の考える形となっている。

 そんなエリーだからこそアウラの命令を聞いて考えていた事は、それに従う事だけだった。

 クロスと共にアウラの命令に従い、威力偵察を行う。

 命令に入っていない村の被害や巻き込む事なんて一切考慮に入れず。

 それだけだった。


 だが、クロスは違う。

 クロスの魂は今でも勇者と共にある。

 だからこそ、クロスは命令に従う事よりも村の住民達の保護を優先して考えている。

 命令を守るのは当然で、住民達の命を、住居を、安全を、全てを護る事をも当然として考えている。

 わがままというよりも、それはただの強欲。

 だからこそ、エリーは自分の考えつかない程多くを護ろうとするクロスの騎士となれた事を心から感謝した。

 クロスに直接は伝えるつもりはないが。





 翌日、当初の予定通り別行動を取り、クロスは時計人間らしき存在の目撃ポイント周辺を出来るだけ気配を消しながら探索した。

 岩肌が露出した乾燥地帯。

 茶色だらけの世界、荒れ果てたそこはまさしく荒野と呼ぶにふさわしい場所。

 村の方はもう少しマシだろうが、暮らして行く事が難しそうだとクロスは思った。

 まあ……人間なら、だが。

 魔物であるなら、おそらく水が少なくとも生きていける種族であれば苦はないだろうし、逆に水が嫌いな魔物にとってはきっとこの辺りは楽園となるだろう。


 そんな何もない場所、何も見当たらない場所を探りながら、クロスは何度も経験した既視感に苦笑いを浮かべた。

 クロスは決して物覚えが良い訳でも勘が鋭い訳でもない。

 ただ、数多くの事を経験しただけ。

 その勇者時代の経験がクロスに既視感を与え、同時に警鐘を鳴らしていた。

 危険が迫っていると。


 張り詰めた空気と、死の香り。

 それはいつも感じ続けて来た、強敵との殺し合いの空気だった。


 それをひしひしと感じながらも、クロスは足を止めず、恐怖に屈さず平常心を保つ。


 絶対に殺さないといけないのは一つだけ。

 それは、己の恐怖。


 恐怖を殺し、飲み込み、胸の中で飼う。

 それこそがクロスという弱者が強者と相まみえて生き残って来た技術の一つだった。


「近いな……。これは……時計人間が発見されたポイントそのままかな。たぶん、逃げるのは無理。こっちが気づいたという事はそういう事だ。だったら……せめて情報を仕入れて後で考えるか」

 敢えて聞こえる様にそう呟き、クロスはその場所に足を進める。

 体に魔力を循環させ、駆ける様に走り、その場所に、岩山の頂点にある広場に到着した。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 そんなつもりで向かったクロスが見たのは、少女だった。


 ただし――その少女は……。

「あっちゃあ。鬼や蛇よりも、よっぽど恐ろしいや」

 そんなクロスの軽口を聞き、アリスは何時もの様に嘘っぱちの笑顔をクロスに向けた。


「こんにちはクロス。良い……いや、悪い天気ね。乾燥して砂が舞って、気持ち悪いったらありゃしないわ」

「そこは同意だな。こんにちは。アリス」

「挨拶出来るのは良い事ね。それで……さっそくで悪いけど、私の時間がもったいないから本題に入るわ。虹の賢者クロス。私と契約しない?」

「……内容は?」

「最悪の事態、化物の降臨を阻止出来る様にしてあげましょうか?」

 そう、アリスは邪悪としか言えない歪な笑みを浮かべながら舌なめずりして見せた。


 


ありがとうございました。

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