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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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悩める魔王と悩まぬドラゴン


 ことり、とテーブルにお茶が置かれる音がする。

 それに気づいてようやくアウラは書類から目を離し、我に返って壁の時計に目を向ける。

 あと一枚、あと一枚を何度も繰り返し、気づいた時には三時間程過ぎ去っていた。

「……ありがとうメルクリウス。悪いわね。せっかくご主人様が出来たのに無理やり引き離してしまって」

 そうアウラはお茶を用意してくれたメイドに声をかけ、書類を置いてカップを手にした。

「いえ。今現在私の正式な主は閣下ですので采配に不満や不平などある訳がありません。それよりも、閣下はもう少しお体をご自愛くださいませ。最近寝てすらいないのではないでしょうか?」

「そんな事ないですよ? さっきも寝ていましたし」

「仮眠ではなく正式に寝てくださいと私は申しているんです」

「大丈夫です。私はそんな華奢ではないですから」

「閣下が丈夫である事は私も良く存じております。それでも、魔王ともあろう方が先に倒れる様な事になればそれこそ国の恥であり危機となります。どうぞ国の為に、ご自分の事を優先してくださいませ」

「……ありがとう。と言っても、私がやるのが結局一番早いから。権限の問題もあるし」

「忌々しくはありますが、元老機関に頼る事は……」

「無理ね」

 アウラはそう断言した。

「理由を教えていただけませんか?」

「もし彼らに出来る事があるなら既に恩を売りに来ている。そうしていないという事は、現在は頼っても役に立たないという事です。幾つかパターンは思いつきますが……二番目に最悪な事態を言うならば彼らが今回の騒動に絡んでいる可能性すらあります」

「……それで二番目ですか。では最悪なパターンは……」

「彼らも忙しくて手が離せない場合。今回とは関係のない、魔王国の危機に直面してしまって」

 クルスト元老機関は決してアウラの味方ではない。

 だが、魔王国の味方ではある。

 そんな彼らが静かという事は、アウラの知り得ないところで面倒事になっている可能性が悲しい事に非常に高い。

 だからこそ、アウラは自分から元老機関に接点を持とうとしない。

 手が貸せるなら絶対貸しに来るし、手が必要なら絶対要請を出してくるから。

 同類であり同族嫌悪を持っているからこそ、アウラは元老機関を信用していた。

 信頼ではなく、あくまで信用ではあるが。




「閣下。実は、私は劇を見るのが好きなんです」

 メルクリウスは、唐突にそう言葉にした。

「ん? そうなんです?」

「はい。物語が、それも戦場を舞台にした物が好きです。狡猾な者が主役でも、悲劇のヒロインが主役でも、シンプルに魔王様が主役の物でも、闘争や戦争というテーマであれば私はそれを好みます」

「そのチョイスは確かにドラゴンらしいですね」

「私もそう思います。そういった物語で世界の危機に直面した場合、全兵力を以って皆で協力しそれに当たるのがよくあるパターンとなります」

「まあ鉄板で王道ですね」

「はい。ですからこそ、やはりそれは物語だけの話なのだと思い知らされます。全兵力を投入し、共に戦うなんて物語以外の何ものでもないのだと。単刀直入に、今回の機械狂信者による神――いえ、邪神降臨。その対処にご主人を除いてどの位の兵力を割く事が出来ましたか?」

「予備兵力の一割。たったそれだけ」

 そう、アウラは言葉にする。


 全兵力ではなく、余らせていた予備兵力の一割。

 全権限を持つ魔王ですら、今回の事件で動かせたのはたったそれだけ。


 軍には普段からの役割がある為そうそう数を割けない。

 いやそれだけでなく、命令系統の再調整やら休暇の変更やら部署配属の移動やらその他諸々がある為こうして睡眠時間を捨ててまでアウラが仕事をして、それでようやく予備兵力の一割を動かせた。

 命令系統上位、軍上層部で動ける魔物が少ないからアウラに負担が行っているという理由もある。

 あるのだが……最大の理由はもっとシンプル。


 魔王国にとってこの程度の危機は特別でも何でもなく、良くある事でしかないからだ。

 世界の危機かもしれないなんてのは、魔王国としてはちょっとした異変程度の話。

 だから過剰に兵力を割り当てられない。


 世界の危機になりえる可能性のある事態など年単位で見れば十位は起きる物であり、今回のそれもその一つに過ぎない。

 とは言え、その対処に予備の一割も割いたのだから今までより相当頑張っているとさえ言えた。

 調査、連絡、付近に住民がいたら避難といった仕事をするのに一割もいれば

十全とは言わずともそれなりにこなせる。

 更に言えば、面倒事を兵達がこなしてくれた後なら、少数で十分事件を解決に導ける。

 具体的に言えば、アウラ、グリュン、メルクリウス等が暴れれば済む話となる。

 と言っても、地図の更新が必要な程の地形変化が起きる手段はあらゆる意味で最終手段としなければならないが。


 魔王国の基本的な対処は大多数の兵による状況把握、調整。

 その後に少人数での威力偵察。

 そこで解決出来そうなら少数精鋭で事件を解決させ、不可能なら情報を持ち帰り地形ごと殲滅も含めた次の策を講ずる。

 これが現魔王国の一般的な小規模高脅威に対する方針となっていた。


 普通の国家なら逆なのだが、地形ごと殲滅出来る広範囲火力持ちはアウラ含めそこそこいるのに対し、威力偵察班は現在非常に少ない。

 状況判断出来、場合によっては逃げるという選択が取れるマルチ技能持ちの戦闘班。

 そういった有能で小回りの利く手駒の数が揃っていない事が現魔王国のボトルネックとなっていた。


 そして幸か不幸か、それに適した高次元能力者が現在、アウラの元でフリーとなっている。

 であるならば、魔王としてそれを使わないという手はなかった。

 だが、アウラは未だその自分の選択に納得していなかった。


「メルクリウス。私は本当に、クロスさんを私情抜きで任務に当てたと思いますか?」

 もう何度聞いたのかわからないその質問。

 アウラの後悔。

 それに、メルクリウスは確かに頷いた。


「はっ。閣下の選択に私情が入り込む余地はないと思います。そもそも、もしご主人を投入しないのであれば、最も効率の良い対処法は私が周辺地形ごと灰燼と化すという事になりますので事後処理を考えますとそれはオススメしかねます」

「……四将軍を頼って――」

「彼らは彼らで重要度の高い案件に関わっているではないですか」

「そちらの中で危険度の少ない案件をクロスさんに就かせて――」

「その方が私利私欲に溢れているかと。そしてそんな急に任務交代などしては書類作成にどれだけの労力がかかると?」

「……ですが……」

「閣下は十分――いえ、十二分にご主人に気を使っています。使いすぎている位です。そも、ご主人は閣下の為に働きそれで死ぬとしても後悔はないと先に言っております。それで使わない方が不義理では」

 もう何度言ったかわからないこの言葉。

 それでも、アウラは納得出来なかった。


 クロスはアウラの夢を素晴らしい物と認め、その為の礎となるのも悪くないと考えている。

 人と魔物が争わない世界を目指すなんてクロスすら考えた事のない夢を考えるアウラの為に何かしたいと、クロスは願っている。

 だからクロスを使う事は決して間違いではない。

 エリーが共にいれば滅多な事では死なない上に、能力も兵と比べ遜色ないどころか十二分にあるのだから。

 少数による威力偵察でのクロスの価値はオンリーワンでトップだと言い換えても良い位だ。

 それでも、アウラは納得しない。


 魔王の利として考えると、クロスという存在は毒物でしかない。

 前魔王の罪の象徴であり、失敗の象徴。

 だからこそ、無意識の内にクロスを排除しようとしているのではないだろうか。

 そう、アウラは何度も自問自答していた。


 そんな訳ない。

 クロスという存在を友と思っているのだから、そんな事考えている訳ない。

 アウラという情の部分ではそう思っているが、魔王としての利までそう思っているか、自分の事ながら自信がない。


 だからこそ、アウラはクロスに対し負い目と罪悪感、友情と信頼という矛盾した感情を持ち合わせてしまっている。

 そんな感情が複雑に入り交じり、どうしたら良いか正しく判断出来ずにいた。


「……もう、他に手はないのでどうしようもないですが、やはり、私はクロスさんを作戦に関わらせる事を好ましいとは思えません」

「ではご主人を使わず直接私を使いますか? 私はそれでも構いませんが?」

 そうメルクリウスに言われ、アウラはそうなった時の光景を頭に思い浮かべる。


 どこに潜伏しているかわからない。

 だが、どこに潜伏していたとしても、その周辺地区が都合百年は復興出来ない程になるのは確か。

 メルクリウスの全力とは、ドラゴンの力を使うとはそういう事だからだ。

 それを考えると、アウラはメルクリウスにやれと命じる事は出来なかった。


「……メルクリウス。元将校として尋ねます。どうすれば今以上に優秀な魔物を軍に引き込めますか? たとえ今は無理でも今後クロスさんに任せる頻度を減らせるよう、そうしたいのですが……」

「はっ。失礼な言動となりますが、はっきりと答えても宜しいでしょうか?」

「ええ。何を言っても不問としましょう」

「では。歴代の魔王と比べ閣下はマイナスイメージがあまりに強すぎます。政、謀の類において閣下の右に出る者はいないでしょうが、それが完全に足を引っ張っており軍への入隊が限りなく少なくなっております」

「……確かに、私は悪辣非道な手を使ってきた自負はありますが……そんなにですか?」

「そんなにですね。元々軍は強大ではありませんでしたが、新規入隊が少ない一番の理由はそこだと私は考察しております」

 アウラはずーんと一気に落ち込んだ気分となった。


「……どう、すれば良いです? これでも取り返す為に色々評判稼ぎしたのですが……」

「もう閣下が何をしても評価が裏返る事はないかと。少なくとも、あと十数年は」

「……何か、手段、ありません? 多少無茶でも良いので私のイメージアップ……それが無理でも軍の増強の」

「後者ですぐ行えるものはございません。というか出来る事は既に軍は行っているはずです。前者なら一つ、とっておきの方法に心当たりが」

「ほう……。教えていただけますか?」

「はっ。ご主人と婚姻を結べば」

「何を言って――って、ああ。冗談ではないですねそれは」

「はっ。ハーヴェスターもそれがわかっていらっしゃるから冗談めかしてはいますが閣下とご主人の仲を時々冷やかしているのだと思われます」

 その言葉を聞き、アウラは小さく溜息を吐いた。


 クロスと結婚する。

 それはつまり、虹の賢者という称号をそっくりそのまま魔王国の政治に取り込むという事。

 その名前は本当に強く、たとえこれまでどれだけアウラが恐れられていても一気にリセットできるだろう。

 それこそ、ほぼ間違いなく軍に応募が殺到する位には劇的に改善される。

 ついでに言うなら、クロスを重役とする事により危険な任務に就かせる可能性も少なくなるだろう。

 そう、選択肢としては確かに至上であった。

 文句が付けにくい位には。

「ええ。金言ありがとうございます。そのつもりはありませんけど」

「おや。国の為なら全てを捨てる閣下らしくない発言ですね。やはりご主人は好みではありませんか?」

 メルクリウスはニヤリと微笑み、そう言葉にする。

 それに対し、アウラは盛大に溜息を吐いた。


「もし私がクロスさんと結婚したとしましょう。貴女が自分を殺す相手の最有力候補としているクロスさんと。そしていざその時が来れば、貴女はどうしますか?」

「もちろん、負けて生きていれば私は彼の物となります。妾でも、道具でも、どの様な形でも私はそれをよろこんで受け入れるでしょう」

「その前段階ですよ。貴女、クロスさんと戦う為に間違いなくこの国に反旗を翻すでしょう?」

 その言葉を聞き、メルクリウスはニヤリと笑う。

 その笑顔はどの様な言葉よりも強い肯定に満ちていた。


 そう、メルクリウスという存在は、ドラゴンという種族はそういう相手である。

 現在はアウラが手綱を握っているが、それは絶対ではない。

 龍にとっての愛しき怨敵が現れた時、その全てを敵に回し全力で暴れるだろう。

 もし、国の中枢に相手がいるなら国家ごと敵に回して。

 その方が派手に戦えるからだ。

 そんな怨敵候補と結婚するというのは、治世を行い民を護る魔王としてありえない選択肢でしかない。

 今頭を悩ませている脅威よりも、メルクリウスを敵に回す方がよほど怖い存在であるとアウラは考えていた。


 アウラは再度、溜息を吐いた。

「魔王になっても、世の中って思い通りにいかない事ばかりですね。本当……」

「だから面白いのではないですか」

 そう言って楽しそうに笑うメルクリウスをアウラは冷たい目で見て、再度書類に目を通す。

 どうしようもないとしても、少しでもクロスの生存確率を上げる為に。



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