正しい意味での狂信者
魔王城にて、アウラはにこやかな様子のクロスを見て安堵を覚えた。
その様子がアウラの知っているいつものクロスであり、アリスと相対した事による恐怖を感じていなければトラウマも抱えていない、そんな様子だったから。
傍にエリーを従え、メルクリウスを立たせ姿を見せるクロス。
精霊とドラゴンを従えるなんて、まるで魔王の様。
流石にこの状況から不意打ちをされたら負けるだろうな、なんてアウラは考えた。
その可能性はクロスの性格上コンマ一ミリもないが。
「久方ぶりの休暇はどうでした?」
アウラが優しく尋ねると、クロスは笑顔を返した。
「おう。楽しかったよ。ちょいと予定とは違ったけどな」
「ふむふむ。どんな予定だったんですか?」
「可愛い子とイチャコラ」
「それで実際は?」
「ちびっこ共と大はしゃぎ」
アウラはくすりと微笑んだ。
「なるほど。クロスさんらしいです。……気合は入りました?」
「おう。覚悟と一緒にな。――アリスは俺が倒す。現れるなら俺の所なんだろ?」
「それはわかりません。ただ、クロスさんに危害を加える可能性は限りなく高いですね」
「そか。出来たら、アリスの事がわかったら俺に連絡してくれ」
「わかりました。――と、気合を入れて貰っておいてなんですが、アリスの事は今は捨て置いて下さい」
「……ほわーい?」
「現れるかどうかわからないからです。体調不良な上に臆病者ですので、アリスの出現頻度は非常に少ない。特に今回負傷した様ですので……万全に動ける様になるまでしばらく出てこないはずです」
「そういうもんなのか」
「はい。それに……アリスよりも今優先すべき事が御座いますので……それも、可及的速やかに処理しなければならない様な、超緊急事態的な問題が」
「アリスを放置してでも優先しないといけない様な事?」
「はい。もう片方の時計人間と称されたアレを連れた機械狂信者。その目的が推測出来ました」
「……ああ。女の子の事ばっか考えて忘れてた。本来そっちがメインだったはずなのにな」
クロスの心からの本音にアウラは苦笑いを浮かべる。
アウラは二重の意味でクロスに驚いた。
時計人間なんて衝撃でしかない化物を見たにも関わらず心に傷を負わず忘れていたなんてあっけらかんと言った事。
それと……アリスという化物を女の子扱いした事。
おそらく、そんな事出来るのはクロス位だろうとさえ考えた。
「それで、あの変なのの目的って一体何だったんだ? やたら頑丈なだけのアレ使って何かしたいんだろ?」
「……最初、他の機械狂信者と同じく体を全て機械とし生物としてより上位なる存在になる事が目的と思っていました」
「思ってたって事は違うんだな?」
「はい。狂信者と呼ばれる存在は幾つか種類があります。その中でも、今回は最悪に等しい相手だと想像しています」
そう、アウラは言い切った。
この世界には、神がいる。
人類を守護する女神が。
だが、その女神以外に神はいない。
つまり……魔物を護る神はこの世界に存在していないという事である。
理由はわからない。
どうして人間だけ特別なのかわからない。
唯一単独の神が、人間だけを贔屓にしているのか。
神の考えなど、わかる訳がない。
ただ、そんな状況だからこそ、魔物から狂信者が生まれてくる。
自分が神に至ろうとする者や、神という存在を創り出そうとする者。
そして……神を呼び出そうとする者。
機械に固執している事から判断が遅れたが、今回の騒動は機械狂信者特有である一つ目の案件ではなく三つ目。
最悪と言える案件だった。
「あの時計人間は、神をこの世界に呼び寄せる為の、交信機の役割を果たす様な物だと想像します。全て推測の域を出ません。ただ……推測が当たっている可能性が高く、そしてそうであれば、もはや一刻の猶予もありません」
アウラはそう言葉にした。
比喩でも何でもなく、本当に猶予なんてないとアウラは考えている。
あのアリスが手を貸すと契約した以上、遅くても一月以内には形になってしまうだろう。
そう思って行動した方が良い――いや、魔王としてはそう行動しなくてはならなかった。
「あのさ……ぶっちゃけ良くわからん事が多いんだけど。その、神とか。そもそも狂信者とかそういうのも良くわからんのに……。クロノス様を呼びだすのか? いやそもそもだけど、そんな状況で俺休暇貰って良かったの?」
「最後の質問だけならすぐに答えられます。急いでいるからこそ休暇を先に取ってもらったんです。働き詰めとなって頂く事になりそうなので。本音を言うとですね……クロスさんにはこれ以上騒動にかかわらず、しばらく休んでもらいたいのですが……」
そう呟き、アウラはメルクリウスの方をちらりと見た。
「私が頼んだ。ご主人なら絶対に関わりたいって言うだろうと思ってな」
「なるほど。出来たメイドを持てて嬉しいよ」
クロスの言葉にメルクリウスはニヤリと笑った。
「どうせご主人は関わるなって言っても勝手に飛び立って割り込んで来るだろ? それなら最初から関わらせた方がまだご主人の安全が確保しやすいと進言させていただいたからな」
「本当――良くわかってる事で」
「ご主人のメイドだからな」
ふふんと鼻を鳴らし、メルクリウスはアウラに発言権を帰した。
「事今回私は授業をしている余裕ないので端的にかつ簡単に説明します。あの狂信者がやろうとしているのは、別の世界にいる神の降臨です。そして……私ははっきりと断言出来ます。どうせ来るのが碌な神ではないという事を」
「何でだ?」
「自称神と名乗る力を持った存在。そんな存在を考えて……その方がマトモな性格である可能性はどの位あると思います?」
クロスは少し考えた。
考えたが、どう考えても碌なもんじゃないという位しか考えられなかった。
自分の欲望の為に国を作ろうとするならまだマシな方。
自分の正しさを他者に押し付け管理しようとする場合もっと最悪となる。
それがドラゴンや吸血鬼の様な思想だったら、正しく惨劇だ。
他にも、神に仲間がいて仲間を呼び寄せるなんて侵略者の可能性もあるだろう。
「真っ当な当たりの神様を引く可能性ななんて一パーセントもないでしょう。しかも、呼び出す媒体がアレですよ? あの時計人間。最悪でしょう? アレで招かれた神がマトモな訳ないじゃないですか」
「ああ。最悪だな。正しく最悪だ」
「しかもその最悪がある程度以上の形になっていて、アリスという天才――いえ、天災が手を貸してしまっている。ですので、クロスさん。申し訳ないのですが手を借ります。形式上は依頼ですが、命令と受け取ってもらって構いません」
「それは構わん。ところでさ、その神ってのがが降りたらどうなるんだ?」
「死ぬ」
メルクリウスは、端的にそう言葉にした。
「は?」
「死ぬ。私でもだ。過去、神の一片、欠片が降臨した事があった。その時は……全力の私が蹂躙されかけた。もしその神と同等の存在が完璧な形でこの世界に降りたなら、確実に世界が死ぬ」
「わーおー。メルクリウスですらがそうって事は、出て来ちゃったら対処方法なんてないって事でよろしい感じ?」
「宜しい感じだな。……業腹だが、降りてしまえばどうしようもない。それこそ、クロノスとかいう人間の神に縋る位じゃないか? 残された方法なんてのは」
「オーケーオーケー。それで俺は何をしたら良い? それなりに器用な方だとは思うが戦力になれる自信はないぞ?」
「申し訳ありませんが、威力偵察という名前の直接対峙を頼む事になるかと」
「ほぅ……」
予想外の言葉にクロスは驚きと、同時に頼られる事への満足感を顔に出した。
「どうして軍関係者ではなくクロスさんが重要なポジションに付く事になったのか、ご説明頂けますか?」
エリーの言葉にアウラは頷いた。
「もちろんです。とは言え、そこまで複雑な事情ではありません。今回の任務の適任者が少なく、そしてクロスさんはその数少ない適任者で、しかも今手が空いている。その程度の理由ですね」
「任務適正の基準はどの様に?」
「単独でそこそこの戦闘力を持ちつつ同時に器用で小回りが利いて生存能力が高く、いざという時ちゃんと逃げ帰れる者。そして逃げ帰った際に正しく情報を持ち帰る事が出来る者。以上です」
それはエリーすらも否定できない位、クロスが適任の役だった。
優れた技術を持ちながら驕る事がなく、同時に常に弱者でいたからこそ相手の事をより深く観察しようとする。
その上で、エリーと一緒なら確実に撤退する事が出来る。
エリーという殿がいる以上、クロスが先に死ぬ事は、絶対にあり得ない。
確かに、危険な任務だがクロスが適任だと言わざるを得なかった。
「わかりました。これ以上は詳しい任務を見てから考えます」
「そうしてください。ですがその前に……エリーは最低限の情報をクロスさんに教えて下さい。まだですよね?」
「了解しました。今日中で構いませんか?」
「はい。とりあえず今から三日、それがクロスさん達が行動する前の準備期間です。どうあろうとも、厳しい内容になるはずですので……しっかり備えて下さい。ではメルクリウス。行きましょう」
そう言葉にし、部屋主のアウラはメルクリウスを連れ早足で退出する。
その様子は嫌味とかではなく、本当に忙しいのだとわかった。
「とりあえず、俺らも部屋に戻ろうか」
クロスの言葉にエリーは頷いた。
エリーが依頼内容を紙媒体で受け取り内容を読み、クロスがその横でエリーにお茶を出したり掃除をしたりして世話をしている位の時間。
世界を変えようとする者と世界を食い物にしようとする者が手を組み最悪のロジックを作っているその最中。
そんな事は全く関係ない二体の男は、河原でぽつーんと、体育座りをして落ち込んでいた。
片方は人ではあり得ない程の小柄の、緑のゴブリン。
もう片方は外見は普通の成人男性の様な、狐目と称される位目が細い筋肉質な男。
二体の魔物、シンカとグラノスは共に、同じ理由で落ち込んでいた。
肝心の場面にいながら、何一つ役に立てなかったという理由で。
二体共、渦中にいた。
命を賭けたつもりだった。
そのはずなのに、何も出来なかった。
しかも、誰にも責められなかった。
いや、責められる者などいる訳がない。
活躍出来なかったと言うが、敵はアリスという最恐最悪の敵で、味方はドラゴンと元勇者の仲間。
違う世界に住む様な、そんな者達。
だから二体が何も出来ない事を気にする必要はなかった。
それでも、例えこの世界の誰もが責めずとも、彼らは自分達を責めずにはいられなかった。
「貴方は……気にしなくても良いと、思うよ? 僕はこれでも……軍属だけど、……グラノスは、違うんだから」
「いいや。あの場ではそういうの関係ないだろ。何か出来たはずなのに、何も出来なかった。それだけだ。俺も、お前も、何か出来たはずなんだ……」
グラノスの言葉に、シンカは何も返せない。
実際、何かあったはずだった。
勇気を出す必要があったはずだった。
だけど、気づけば全て元勇者、クロスが自分の怪我と引き換えに状況を引き戻して、メルクリウスというドラゴンが腹に傷を負って終わった。
誰も連れて行かれなかったし誰も死ななかった。
強いて言うなら脅迫されたとはいえオーナーがトラブルを招いた事により色々と面倒事にはなりそうだが、それでも、あの場所が再開出来ない程ではない。
だから、状況は決して悪くない。
むしろやばい相手と関わった割には最善に近い。
だが、そんな結果ですら、二体に取っては何も出来なかった言い訳でしかなかった。
「……俺さ、後悔するのって、嫌いなんだ」
「……好きだって言えるような変なの、いないと思う……」
「まあそりゃそうなんだが……それでもさ、俺は後悔したくない。後悔する位なら動きたいんだ。だから……何かないか? やるべき事が」
「……えと、どういう、意味?」
「まだ終わってないだろ? あの変な機械連れた主犯も、隣のアリスとかいうヤバイ奴も捕まってない。俺さ、後悔するの嫌なんだ。わかるだろ?」
わからない、とシンカは言いたい。
だけど、わかってしまう。
グラノスが何を考えているのか、何をしようとしているのか、何を頼もうとしているのか、そして、今どんな気持ちなのか……同じ状況のシンカにはわかってしまっていた。
「……あの、さ」
「おう」
「僕、ね。勇気がない……んだ。誰よりも、きっと」
「絞り出すのは得意みたいだけどな」
「ん。……そう。少ない勇気を、振り絞って、頑張るのなら、ちょっとは、出来る。だけど……さ、それじゃ……あの……」
グラノスはシンカにぽんと何を投げて渡す。
それを両手で受け取って、シンカは見た。
それは、ヘルメットだった。
「お前、バイクに乗ったら性格変わるだろ? 二人でちょっと走ろうぜ。その方が、お前も言いたい事伝えられるかもしれないしな」
「でも……僕……酷い事とか、失礼な事とか、きっと言っちゃうから……」
「気にしねーよ。お前の本音を見せてくれ。そして、その本音が一緒だったらさ、もう少し、足掻いてみようぜ」
シンカがこくりと頷くと、二体はレース場の方に向かう。
そして二体は存分にレースという形で存分に語り合った。
借り切っての二体だけのレース。
観客すらいないそのレースは、恐ろしくダーティーな内容になった。
叫び合い、怒鳴り合い、自分の方が早いと意地を張り合い……。
十時間以上ぶっ続けで走り合った後、二台のバイクはぶつかり合い、そのままクラッシュしてコースアウトし、壁に激突する事で終わりとなった。
魔導バイクによる障壁があっても、衝撃は決して軽くなく、お互い擦り傷と痣に塗れ服もボロボロ。
だけど、グラノスもシンカも笑っていた。
「シット! そこで当ててくんなよ下手くそが!」
シンカはそう叫び、グラノスを蹴った。
「あ、それまだバイク乗ってる判定なんだな」
倒れ横たわっているシンカを見てその隣でグラノスはそう言葉にし笑った。
「あん? 悪いかよ木偶の棒が」
「いや別に……んじゃこれならどう?」
そう言って、グラノスはシンカの足の上に軽く乗っていたバイクをひょいと退けた。
「あ、その……ごめんなさい」
「ああ。バイクに触れているかどうかで判断してるのか。おもしれー体質してんなシンカ」
グラノスは楽しそうに笑った。
「えと、その、ごめんなさい」
「謝らんでも良いさ。……悪いな、付き合わせて。少しすっきりした」
「ん。僕も……。……グラノスさん。あのさ……一つ、良いかな?」
「ん? 何だ?」
「えとね、そのね……えと……」
グラノスは話が進まないと思い、ひょいとシンカの足にバイクが当たる様動かした。
「おいお前、俺と一緒に地獄に落ちるつもりはないか?」
「は?」
「言葉通りの地獄だよ。ま、実際死ぬのは俺だろうが、それでもお前も安全じゃない。上手く行っても死ぬかもしれないなんて、そんな地獄だよ」
「……メリットは?」
「この前俺らを虚仮にしたあのイカレポンチ共にあっと言わせてやれる。勝てるなんて妄言は吐かねーぞ。敵も味方もやべー奴だらけ。俺らが無茶をした程度じゃどうも出来ん。だけど、お前が俺の無茶に付き合うなら、まあ驚かす位は、多少役に立つ位は出来るだろうよ。乗るか? いや、乗れ」
「……何言ってんだよ本当……」
「あ? 乗らねーのか? まさか口だけチキン野郎だったのか?」
「は? 乗らない訳ないだろ。地獄への片道切符だろ? 乗ってやんよ。死んでも後悔してやらないってのが俺の信条なんでな」
「ジョートーだよイカレ野郎が。だったら付き合ってみろ。本当の俺を見せてやる」
「本当のシンカ? バイクに乗ってる今の状態じゃなくて」
「いいや。言っただろう。俺は軍にいるって」
そう言葉にし、シンカはニヤリと笑って見せた。
ありがとうございました。




