非合法情報集め
今回、メルクリウスがアウラから受けた命令はレースに参加し、出来る限り注目を集める事。
そして出来るなら優勝しレース開催者と顔を合わせる事。
一方クロスの受けた依頼はメルクリウスが目立っているその隙に、怪し気な場所に潜入し少しでも多くの情報を持ち帰る事だった。
一応メルクリウスがレースでトップになり、主催者と会うなんていう囮的な作戦もプランに入れてはあるが、そんな不確実な方法をアウラは好まない。
むしろメルクリウスが派手に目立っているその間にクロスが情報を集め、場合によってはその場で何等かのアクションを臨機応変に取る事の方が、作戦的な意味では本命だった。
どうしてこんな回りくどい事になっているのかと言えば……今回、アウラはこのバイクレースにアリス、並びにその派生の機械狂信者達との関わりがあるという明確な証拠を見出していない。
いや、それ以前にこのバイクレース自体無関係な可能性すら残っている状態だった。
趣味を同じとし、共に語り合い盛り上がり競い合うただバイクの楽しさだけをかき集めたこの場。
そこには何一つ裏がなく、今現在も事件らしい事件が発生したとは聞いていない。
本来ならば、このレースは事件とは無関係であると切り捨てて良い位は関係ないはずなのだが……アウラは証拠がなく事件も起きていないにも関わらず、この場で何かが起きているという確信があるらしい。
故に、クロスが受けた依頼は潜入任務となった。
何も起きていない内は見つからないよう行動し、ここで何が起きているのか、何が起きようとしているのかを調査。
そしてその調査結果次第で臨機応変に行動する。
それは本当にアウラにしては珍しい、行き当たりばったりで後先何も考えなしの作戦。
だが事態を把握できていない現状ではそれしか打てる手はなく、更に幸か不幸かそのアドリブ全開の無茶ぶりを実行出来るだけの能力が、クロスにはあった。
戦闘能力という意味で考えると、クロスはアウラフィール陣営中枢でそれなりに高い部類に入る。
流石にアウラやメルクリウス、グリュンとは比べられないが遊撃隊のトップや大隊指揮官等将と呼ばれる地位に立ってもおかしくはないだろう。
だが、逆に言えばその程度。
歴代魔王の中でもかなり戦力に乏しいアウラフィール陣営であってもクロスの戦闘力はトップクラスと口に出す事は決して出来ない。
だが、応用力の高さという意味でなら、クロスはアウラフィール陣営でトップクラス……いや、頂点に立っているとさえ言っても良い。
過去四人の仲間から教わったそれぞれの技能。
所詮模倣であり本職である彼らの半分も身にはつかなかったが……それでも、クロスは四人の仲間から多くの事を学び、それを伸ばそうとひたむきに努力し、そして決して忘れないよう体に刻み込んでいる。
劣化品であることに違いはないが、クロスは勇者として行動する為に必要であった、努力で習得出来うる技術を全てその身に叩き込んでいた。
当然、それは潜入や工作も含めてである。
クロスは足音を殺し、存在感を希釈させ当たり前の様に堂々と道を進む。
足音と気配を消し、逆に相手の気配を敏感に察知する。
今回の様に遺跡ではなく住居に侵入する場合、最も重要な事がそれ。
かつての仲間、メリーにそう習った事を思い出しながら、クロスは習った通りの事を実行していった。
今にして思えば、かつての仲間四人の中でクロスに最も多くの事を教えてくれたのはメリーだった。
人、魔物、獣等の気配の感知から罠の探知、解除。
そんな事から効率良く会話で情報を引き出す交渉術や暗殺術まで。
盗賊ギルドという場所で学べる事をわかりやすく、それでいて要領良く根気良く教えてくれたメリーには今でも若干の申し訳なさと多大な感謝という気持ちをクロスは抱き続けていた。
そんな事を考えている最中、クロスは誰かの気配を感じぴたりと足を止め気配の方角を探ってみた。
曲がり角の先十メートル、
二足歩行。
人型ではあるが人間体とは若干の異なりあり。
クロスはそのまま足を止め、しばらくその気配の行動を探ってみた。
気配の主はその場から動こうとしていない。
どうやら見張りか何かをしているようだ。
クロスはもうしばらく気配を消したまま、その相手の様子を探り続けた。
「ふぁー。交代まだかよ……」
そんな愚痴を吐きながら、気配の男は小さく溜息を吐く。
それを聞いて、クロスはその場からそっと立ち去った。
これはあくまで経験則や直感の類であり、確証があるという訳ではないのだが……。
相手の様子がいかにも普通で、なおかつやる気がすこぶるない辺りでクロスはこの見張りとその見張っている場所が外れだと考え、その場を迂回しながらもう少し建物の奥を目指し足を進めた。
今回、クロスは建物の見取り図を用意出来ていない。
とは言え、たとえ見取り図があったとしてもそれを全面的に信用するつもりはなく、やっている事は結局今と同じだろう。
こっそりと歩き回って誰かの気配がある場所まで移動し、そこで立ち止まって相手の情報を探る。
その繰り返し。
それがクロスが過去行ってきた潜入任務の攻略方法だった。
何も情報がないからこそ、そこにいる相手から少しでも多くの情報を集めていく。
その場の重要な物がどれかという目星を付けるのが苦手であっても、本や資料を読むのが不得意であっても、誰かの容姿、態度、話した言葉の内容なら、クロスでもある程度以上は正しく理解出来るからこその方法だった。
移動中また誰かの気配を感じ、クロスは足を止め気配を小さくしその相手に耳を傾けた。
「……ああ……レース見てぇなぁ……。ちくしょうどこの馬鹿だよ……」
そんな呟きと共にぶすくれる見張り役の男。
既に五度程巡回や見張りをしている男達と遭遇しているが、その全員がレースが見れないという愚痴や忙しいといった嘆きを零していた。
ここでもない。
そんな事を考えながら、クロスは次の場所に移動した。
「せんぱーい。どうして最近仕事が多いんです? 元々ここってこんな厳重じゃなかったですよねー」
ゴブリンらしき小さな男が大柄のトロルらしき男にそう話しかけている現場を目撃したクロスはいままでと同じ様に、足を止め会話に耳を傾けた。
「あん? そりゃああれだ。最近賊が出たんだとさ」
「族? なんです?」
「泥棒だよ」
「はぁ!? こんな場所に? わざわざ?」
「そう。こんな場所に。わざわざ」
「はぇー。まあ確かにここ高価なものはありますけど……一体どこのどいつっすか?」
「知らね。ただその所為でこれだけ見張りやらが増員されたって事だ。ま、それも今日までだけどな」
「あー。そうっすね。今日がレースの本番で、貴重品やらが集まるのは今日までっすもんね」
「そういうこった。ほれ。ちゃんと注意してろよ。ここにある物が盗られたら本当に面倒な事になるんだからな」
「ういっす。選手の貴重品保管場所っすもんね。ここの物が盗られたら次レースに来てもらえなくなるかもしれませんからね! ……そうなったら俺も本選に出れますかね先輩」
「……お前の腕じゃあ多少選手が減った程度じゃ無理だろ」
「ですよねー。好きなんですけどねぇ……バイク」
「……俺もだよ。……せめて今日のレース、見たかったなぁ」
そんな会話をした後、二体の魔物は仕事をこなそうときょろきょろと周囲を探った。
今まで見た魔物達よりは多少頑張っているが、それでもクロスを見つける事は無理そうである。
それはクロスが凄いという訳ではなく、単純に彼らが見張りや警備の経験不足であるからと言えた。
ここでもないな……次は下に潜るか。
クロスは道中見つけた階段を進み、地下の探索を開始した。
「……当てが外れたか」
地下二階、地下三階を探索し終えた後、クロスはぽつりと呟いた。
大体こういう時は地下深くの奥が怪しい。
どうせ悪い奴なんて地下か一番上の階かで待ち受けているもんだろ。
そんな事を考えながら探索してみたが、残念な事に結果は特になにもなし。
一階と同様少々多い位の巡回や見張りはあるが、逆に言えば一階と同じ程度しか警備がいない。
また、仕方なしにやっている感を出す彼らの意識が完全にレースに向いている辺りで、彼らがクロスが探っている事と何も関係ない事がわかる。
つまり、今のところ大きなヒントが一つもないという事である。
「ここで何もなければ振りだしに戻るんだが……」
そう呟き、クロスは足音を殺しこの建造物で探索していない最後のフロア、二階に足を運んだ。
ビンゴ。
クロスはぞくっとする様な恐怖と冷や汗を押し殺し、ニヤリと微笑んだ。
三十分程うろちょろし情報を集めているその最中、クロスは今までと明らかに異なる相手を発見した。
今までのだるそうにしているなんちゃって警備員ではあり得ない程圧を感じる相手が部屋の前で座り腕を組んでいる。
今まで違って本気で警戒をしており、周囲にこれでもかと殺気を飛ばしている。
その殺気は、間違いなく戦う者のそれであり、同時にある程度悪事に慣れた者が出す、鋭く研ぎ澄ませたナイフの様な殺気だった。
その男の後ろには『オーナー室』というネームプレートが取り付けられた扉があった。
とりあえず、クロスは無言でじっと待ち、何等かのアクションが起きるまでその場で待機した。
現段階でも見つかるかどうかの瀬戸際である以上こちらからアクションを取る事が出来ず、それしかクロスに出来る事が残されていなかったからだ。
とは言え、その時は意外と早くに来た。
待つ事大体二分位だろうか。
奥の通路から体調の悪そうな様子の魔物が一体、その部屋の前まで移動して現れたからだ。
「すんませーん。オーナーに会いたいんですがー」
ふらふらと気だるそうにしながらの言葉。
見張りの男はジロリと一瞥し、そっけない様子で首を横に振った。
「オーナーは今お忙しい。帰れ」
「帰りたいっすからちょっと連絡とって下さいよ。見ての通り体調悪いんですよー」
そう言葉にする気だるそうな男を、見張りの男は睨みつけた。
「煩い。良いから帰れ!」
「だからちゃんとオーナーに言わないと帰れないんだってー」
「……ちっ! 俺が報告しておいてやる!」
そう言われ、顔色が悪かった男は一瞬嬉しそうな顔をする。
だがその直後、見張りの男をジト目で見つめだした。
「本当にー? そう言って後回しにしてサボりにされたら嫌なんだけどー」
見張りの男は何かに耐える様なイライラした顔をした後、怒りをぶつける様な勢いでオーナー室の扉を乱暴に開き、自分だけ入ると扉を荒々しく閉め鍵をかける。
そして三十秒程経った後、見張りの男は戻ってきて休みたいという男に一枚の紙を乱暴に押し付けた。
「オーナー直々の帰宅命令書だ! これで良いだろ!?」
「帰宅命令書なんて初めて見たっすー。へー。こんなんあるんだー。んじゃ、お疲れ様でっす」
そう言葉にする男の足取りは今にもスキップしそうな程軽やかで、そして何時の間にか顔色も良くなっている。
どうやら、仮病だったらしい。
おそらくだが、仕事を休んでレースが見たかったのだろう。
「……元気じゃねーかよ。クソが……」
ぼやきながら見張りの男は腕を組み顔を顰めながら椅子に座った。
しばらく観察してみたが、それ以上は何も起きていない。
また多少の時間を待っても一切警戒の色が薄れる気配がない為、クロスは今後どう動くか考えてみた。
正直な話、ここを強引に正面突破するのも可能ではある。
相手の実力は高いがクロスより格上という事はなく、また相手の警戒も不意打ち出来ない程ではない。
だが……そうするだけの根拠とそうした方が良いという確証が持てない為、クロスはその案を実行出来ない。
オーナーとやらが被害者なのか加害者なのか、はたまた協力者なのかすらクロスには判明していなかった。
じゃあ強引にではなく見張りを無視して中に入るというのもまた、あの見張りの技量を考えると不可能である。
故に、ここは何もせず、素直に離れるという選択をクロスは取る事にした。
そのまま静かに一階に降り、受付がいる建物入り口付近まで戻った辺りでクロスは大きく息を吐き、潜入により強張った体と心の緊張をほぐした。
「ふぅー。さて……どうするかねぇ……」
そう呟き、クロスは外を見る。
叫び声混じりの歓声は一時間以上経った今もまだ続いている。
どうやらレースは一試合だけじゃなく何回かに分けて行われるものらしい。
「あっちは楽しそうだねぇ……」
「だな。お互い貧乏くじだな」
そう、ぼやいているクロスに受付の男が話しかけてきた。
鋭い目をして上から下まで全身真っ黒の服を着る細身の男。
完全な人型であるにもかかわらずどこか鴉を彷彿とさせる事から、鳥人の類だとクロスは想像した。
「ほれ。遠慮せず飲め同僚。奢ってやるよ」
その男はそっとクロスに真っ赤な色をした缶ジュースを手渡した。
「あ、ああ……。すまんな」
スタッフと誤解されている事がわかっていながらも怪しまれない為に訂正せず、クロスはジュースを受け取り一気に喉に流し込む。
炭酸が喉を焼き、同時に冷水が喉を冷やす。
潜入での疲れを癒すという程ではないが、リフレッシュして頭が柔らかくなったのは確かだった。
「あー。うめぇ……。炭酸ってどうしてこんなに美味く感じるんだろうな」
「不思議だよな。んで兄ちゃんは何の仕事をしてんだい? 受付の交代にゃあ見えないが」
「あん? 臨時のお手伝いだよ。特に所属は決まってない。今色々と忙しいだろ? 警備が増えたりで」
「そうだな。何かあったのか?」
「泥棒が出たらしいぞ」
「うげぇ。めんどくせぇなぁ」
「だよなぁ。その所為で俺もレース見に行けなくなっちまった」
クロスはいかにも本当にそうであるかのように悔しそうな演技をし、ジュースを思いっきり喉に流し込む。
その様子を見て、男はぽんぽんとクロスの肩を叩いた。
「ま、そういう事もあるさ」
「すまんな。という訳でどっか手が足りなさそうな場所知らないかい? サボりたいとこだけど……まあ給料分は働かないとオーナーにどやされちまう」
「はは。仕事は大切だからな。そうだなぁ……。食堂の方はもう行ってみた感じか? 年がら年中忙しそうだけど今日はなお忙しそうだ。……って考えりゃそりゃそうか。泥棒対策に警備員雇って、あんたみたいな臨時雇って、その上今日はこれだけのレース参加者、観客がいて、食堂は一つしかない。そりゃ忙しくならないわきゃないわな」
「確かにそうだ。んじゃ、特に行く場所も思いつかないしそっち行ってみるわ。ジュースと情報、ありがとな」
そう言ってクロスは空き缶をことりと置き、そのまま建物の外に行って――。
「おい兄ちゃん」
唐突に呼び止められたクロスはぴたりと足を止め、愛想笑いを黒い男に向けた。
「どうした?」
「食堂、そっちじゃねーぞ」
クロスはそっと、困った顔を浮かべた。
「すまん。食堂ってどっちだ?」
男は苦笑いを浮かべながら、今クロスが向いている方角とは逆の背中側に指を差す。
それを見て、クロスはぺこりと一礼してから後ろに振り向き、今度こそ食堂の方に足を踏み出した。
ありがとうございました。




