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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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善良さと欲深さを兼ね備え、最高なまでに色に弱い賢者様(笑)


 ぱたんと扉が閉められた後、メルクリウスは大きく溜息を吐いた。

「エリー。私を怖がるなとは言わん。だが、そこまで邪険にされると流石に少し悲しいぞ。共にご主人に仕える者じゃないか。私はこの城限定のなんちゃって従者ではあるが」

「いえそんな。邪険になんて……」

「怖がり過ぎなんだ。私がお前に何かしたか?」

 エリーは首を横に振った。

 そう、メルクリウスは別にエリーに何もしていない。

 ただ……。


「存在が強すぎるんです。ごめんなさい。わかっているんです。メルクリウス様に悪意がない事位……。ですが……アウラ様よりも強い方が傍にいると思うと……」

 エリーはそう言葉にし、メルクリウスに頭を下げる。


 ここにいるのは魔物の中でも頂点に限りなく等しい種族、ドラゴン。 

 そのドラゴンの中でも上澄み中の上澄みであるメルクリウスに対し、いるだけで恐怖を覚えるのは決してエリーだけではない。

 むしろ全く恐怖を覚えないクロスの方が異常だった。


「閣下より私が強い? 面白い冗談だ。だったら私はこんな場所でメイドなんてやってないさ」

「それは謀も混みででしょう? 単純な実力差なら……」

「それも踏まえての閣下の強さだ。むしろ実力で閣下の政を、謀を止められなかった私の実力不足以外の何者でもないではないか。それともあれか? エリーは私が『謀をするなんて卑怯な。実力だけで勝負しろ』なんて喉を引き裂き死にたくなるほどの恥を漏らす醜く間抜けな蜥蜴に見えたのか?」

「いえ! めっそうもない!」

 文字通り逆鱗に触れそうな気配を感じ、エリーは慌てて自分の言葉を撤回した。


 ドラゴンにとって同族が行って許せない事の一つ。

 場合によっては処刑にすらなりかねない行為。

 他種族が相手の時、力だけの真っ向勝負を申し込む事というのはドラゴンにとってそういった意味合いの行動だった。


 肉体面では魔物最強の自負があるドラゴンがそれを言葉にするというのは、弱者であり挑戦者である相手に対しハンデを求める事と同等である。

 弱い相手にハンデを押し付け、それで勝っても何の意味もない。

 むしろそれはドラゴンにとって赤っ恥どころか聞く事すらも堪えられない程の恥であり、そんな事をしたドラゴンをメルクリウスが目の当たりにしてしまえば、間違いなくその場で引き裂いているだろう。


「エリー。私はご主人だけでなく、エリーにも期待しているんだ。ご主人の騎士として、従者として、いつの日か私を打ち倒す一端となってくれる日を、ご主人が私を殺す為に自らの持つ全てを差し出し、私に向けてくれ、その剣が私の心臓を貫く日を、私は夢見ているんだ。だから……怯えないで欲しいんだ。いつか遠い未来、戦う事になると信じたいから……」

 それは、いつも自信に溢れ堂々としたメルクリウスにしては珍しい、悲しげな表情だった。


 その気持ちを、ドラゴンの種族的に求める物が何なのかをエリーは知ってはいるが理解出来ない。

 だけど、今本当に寂しい気持ちになっている事だけは、同胞であるメルクリウスが悲しんでいる事だけはエリーにも理解する事が出来た。

「……わかりました。ただ、一つだけ訂正させてくれませんか?」

「……何をだ?」

「遠い未来ではなく、近い未来です。私の主が、クロスさんがメルクリウス様みたいな美女相手にそんな待てるとは思えないので」

 その言葉を聞き、メルクリウスはくすりと笑い微笑んだ。

「ああ。ならばそう期待しておこう。……なあエリー。一つ尋ねたいのだが……私の事以外に、何かご主人は大きな目的を抱えていないか? 強くなる事に対しての」

「と、言いますと?」

「訓練していた時や、今もそうだ。私の事が欲しくて強くなろうとしている事は私にとって誇らしいのだが……だからこそ、同じ位別の何かに熱を注いでいる様に感じるのだ。私をモノにするのと同じ位の熱量の強くなる理由をご主人は持っている。ああ、別に嫌ではない。理由なんて沢山ある方が強くなれるのだから。嫌ではないのだが……少し悔しくてな」

 そう、メルクリウスは言葉にする。


 ドラゴンにとって戦いとは、多くの意味を内包している。

 戦いそのものを楽しんでいるのは当然として、誇りや情、怒りや喜び、喜怒哀楽の全てをドラゴンは戦いにて感じ取る。

 当然愛情もそのうちの一つであり、今そう語るメルクリウスの顔にはどこか恋する乙女の様な意味合いを含んだ表情がわずかながらに含まれていた。


 クロスが誰と付き合おうと寝ようと嫉妬する事はないのだが、強くなる別の目的に、メルクリウスは軽い嫉妬を覚えていた。


「……そう、ですね。思い当たるフシはあります。それなりに付き合いはありますので。ただ……教えられません」

「……私がお願いしてもか?」

 そう言葉にし、メルクリウスは威圧するようにエリーをじっと見つめる。

 先程までは震えていたであろう、強者がまっすぐ自分をぶつけてくるような強すぎる瞳。

 それでも、エリーは首を横に振った。

「はい。これでも騎士ですから。もう二度と、裏切りの騎士なんて呼ばれたくないので」

 その言葉を聞き、メルクリウスは微笑んだ。

「戯れで驚かして済まなかった。許して欲しい。エリーが言えないと言うのなら、もう二度と尋ねないと誓おう」

 エリーは虚勢ではあるが、微笑み堂々とした姿でぺこりと頭を下げた。




 クロスが強くなるもう一つの理由。

 クロスの好みどんぴしゃの美女を手にするのと同じ位大切な……いやそれ以上に大切な理由。

 それについて、エリーは一つ心当たりがあった。

 クロスはそれを決して口に出していない。

 だけど、そう匂わせる時はよくあった。


 それを言葉にするとしたら、生前のやり残しと呼ぶのが近いだろうか。

 ずっと仲間達の足を引っ張り続けた事、強くなりきれなかった事。

 それは生を終え二度目を始めたクロスの中に残った、数少ない前世の後悔の部分である。


 だからこそ、二度目の生である今のクロスがやりたい事、強くなる事の理由とは……『あの時のクロードと同等の力を身に付ける事』だと、エリーは推測した。

 今更で意味はないけれど……もしその時そうであったのなら、肩を並べ戦えていられたら……。

 そんな悔やみを、嘆きを、悔しさを胸に秘めるクロスをエリーはずっと見てきた。



「それで、私を引き留めた理由はその事を尋ねる為ですか?」

 エリーがそう尋ねると、メルクリウスはバツの悪そうな顔となる。

 少し……というか大分珍しい表情。

 ドラゴンとは他者に謝る事すら珍しい、傲慢さが服を着た様な存在が多い。

 そんなメルクリウスの色々な側面を見るエリーは少々以上に驚きを覚えていた。


「えっと……な。エリーはご主人の事をどう思っているのか聞きたくて」

「私はクロスさんの騎士。一振りの剣。望みを聞き騎士道と共に多くの方に幸せを届ける英雄の一端。そうありたいと願っています」

「英雄……か。やはりエリーもご主人の事を異性として好んで……」

「あ、それはないです」

 そう、エリーはきっぱりと切り捨てた。

「……へ? そう、なのか?」

「はい。ありませんね。クロスさんが望んだら付き合いますけど……私はあまりそういう風には……。私にとって尊敬すべきお方。メルクリウス様にとっての閣下みたいな感じですね」

「そう……なのか……。てっきり契約をしているからそういうものなのかと……」

 メルクリウスがもらした言葉。

 それにエリーはぴくりと体を震わせた。


「……契約……ですか?」

「ああ。従者としてではなく、強い繋がりのある契約。それを――」

「ちょっとまって下さい。()()私はしていませんよ?」

「……何?」

 メルクリウスは片眉だけを上げ、怪訝な表情を浮かべた。

「むしろ私はメルクリウス様が唾を付ける的な意味で契約をしているのかと……」

「いや。そんな事は断じてしていないぞ。する訳がないじゃないか」

 メルクリウスはわざとらしくそう言葉にする。

 その後、両者に沈黙が流れた。


 お互いがお互いをクロスと契約していると思い込んでいた。

 それはどうしてかと言えば、クロスが誰かと契約しているのを二人共確認したからだ。

 ではどうして確認したかと言えば……つまり……お互いがクロスと契約を試みようと思った事があるという事である。

 今回は口では違うと言っておきながらお互い契約をしようとしていたという事実を互いに確認しあった訳なのだが……この事はどう言いあってもお互いに不毛な言い合いになると考え、その事実を二体はそっと胸の中に仕舞いこんだ。


 そしてその事をなかった事にすると……一つ、謎が取り残された。


「では一体……クロスさんは今何と契約しているんでしょう?」

 そうエリーは言葉にするが、メルクリウスがその答えを知る訳がなかった。




 クロスはアウラの待つ執務室まで足を運び、静かにノックをした。

 ゆっくり、仕事の邪魔にならない様な控えめなノック。

 それに返事があった。

「はい。どうぞ」

 そんな許可を聞いてから、クロスはそっと扉を開いた。


「お邪魔するね。何か用があるって聞いたんだけど?」

 執務室に座ったまま、アウラは頷いた。

「あ、はい。すいません呼び出してしまって。クロスさんに任せたい依頼を幾つか見繕えたのでお渡ししようと思いまして」

 そう言葉にし、アウラは優しく微笑みながらその書類の束をクロスの方に差し向ける。


 そんな様子のアウラに、クロスは怪訝な表情を浮かべた。

「……あの、クロスさん。どうかしました?」

 これがメルクリウスの言っていたアウラが遠慮しているという事なのかどうかはわからない。

 わからないのだが……今のアウラが相当無理をしている事にクロスは気づいてしまった。


「何がしんどいんだ?」

「へ? クロスさん一体何を言っているんです?」

「顔色悪いぞ? ちゃんと寝てる?」

「へ? 別にいつも通りですよ?」

「仕事が多いのか?」

「確かに多いですけどいつも通りですよー」

 そう言ってアウラは苦笑いを浮かべた。

「じゃあ何か厄介事でもあったのか?」

「いつも厄介事だらけですよ。魔王って大変なんですから」

 そして、再度アウラは同様の苦笑いを浮かべた。


 それが、偽りの表情だとクロスは理解出来た。


「……何か厄介事があったんだな。話してくれ。俺で役に立てるかどうかわからないが……出来る事はするから」

 アウラはしばらく無言で微笑んだ後……誤魔化しきれないと思い小さく溜息を吐いた。

「どうしてわかるんです? 顔色も隠してますし表情も誰にも……いえ、お父さんとお母さん以外には見抜かれない自信があったんですけど」

「んじゃ、俺が家族を除いて最初に見抜いた奴って事だな」

 そう言ってクロスは微笑んだ。


 最初から違和感を感じていた。

 食事時に渡せば良い物をわざわざ呼び出し執務室で依頼書を渡してきた。

 それだけで怪しいのに、メルクリウスの発言に加えいつも通りの仕草なのにどこか無理をしている様な雰囲気。

 だから半分カマかけだったのだが、どうやらうまく当たってくれたらしい。


「正直巻き込みたくないですし間違いなく不愉快な話を聞く事になりますよ?」

「構わん。教えてくれ」

 アウラはどこか躊躇った様子の後、小さく息を吐きゆっくり言葉を紡いだ。

「……先日、奇妙な遺体が発見されました」

「奇妙って?」

「一体は血液を含む全てが抜き取られ、一体は体中の骨がバラバラ。そして最後の一体は全身一ミリ程度に平たくプレスされていました。……彼ら自身が死んだ事は、正直同情もしておりません。三体は主に弱者を……特に女性を狙い酷い事をする盗賊でしたので」

「……じゃあ、その話で気になったのは実行した方か」

「その通りです。彼女がしたという証拠はないんですが……彼女以外にこんな事出来る上にしでかす者はいないかと思いますので間違いなく、彼女の犯行でしょう。……その事件現場の近隣で、アリスの姿が確認されました」

 クロスは直接その姿を見てはいない。

 だけど、その名前はエリーが昔の名前の時に聞いていた。

「たしか……『都市喰らいのアリス』だったか?」

「はい。二十の都市を壊し百体の民を殺したと言われています」

「……何か、酷く少ないな。百人って。いや確かにすさまじい数だけど二十の都市を壊した割には少なくないか? 一都市五人?」

「まず、都市を壊した際に巻き込まれた方はカウントに入れていません。次に、軍や冒険者など戦闘職も入れていません。同時に降り掛かる火の粉の様に意味もなく散らしていった命もカウントしていません。その百体はわざわざ個別に狙う理由があり、殺した相手のみのカウントとなります。要するに、二十の都市を壊し数えきれない魔物を殺した殺戮者、それがアリスです」

 クロスは後頭部をぼりぼりと掻き、不愉快な表情を浮かべる。

「……それってさ、やっぱりあいつらと……機械狂信者なんていうイカれた野郎共が関わっているって事?」

「アリスと機械狂信者との間に直接的な関わりはありません。ただ……最近のアリスはそちら側のアプローチが多いのは事実ですので、その可能性は限りなく高いと私もクルスト元老機関も予想しています」

 アウラは二つの理由でこれをクロスに伝えたくなかった。


 一つは、あまりに相手が危険過ぎるから。

 少し前クロスが関わった女性獣人と同じ最上級指名手配をされているとはいえ、その内容は全く異なる。

 彼女、アマリリスは危険性が限りなく低い為指名手配ではあってもなあなあのままにされていた。

 一方アリスは、現段階で最高レベルの危険生物と認識され見かけた瞬間通報し即軍が動くレベル。

 というよりも、動かないと都市や小国なら軽く滅ぶ為否が応でも動かさないといけない。

 まさしく本当の指名手配、最重要危険生物である。


 そしてもう一つは、今回の騒動に機械狂信者が関わっている可能性が非常に高かった。

 前回ので色々嫌な目にあったクロスに、またあのイカれた機械狂信者共に関わらせる。 


 ただでさえクロスは魔王に呪われ人間から魔物に転生させられるという目に遭っているのに、これ以上不幸にするなんて……。 

 それではあまりにも酷いのではないだろうか。

 そんな事を考え、アウラはこの事を伝えないようにしようと思っていた。


「……あー。これかなぁ。メルクリウスが言っていた甘やかしって……」

「甘やかし……ですか?」

「うん。アウラは俺を甘やかしてるって」

「そんなつもりは……」

「わかってるって。アウラはそんなつもりないって。だけどさ、俺をアリスとやらに関わらせない様にしてるのって、実力で判断して?」

 痛いところを突かれ、アウラは少しだけ困った様な表情を浮かべた。

「いえ。でも……その……アリスと対峙するなら誰であれ、それこそメルクリウス程でない限り安心出来ないというか……」

「そか。んでさ、アウラ。アウラが自由に振るえる戦力の中でさ、俺って何番目位?」

「……余計なしがらみなく自由に動かせるという意味でしたら……間違いなく一番です」

「だよね。俺だけならともかく俺とエリーだったら結構上の方行くし、なんか政治やらバランスやらよくわからん理由で強い魔物使えないって聞いてたから、そんな気してた。んで、そんなフリー戦力の俺達を使わないのって、俺達に……いや俺に気遣っているって理由以外に何かある?」

 図星過ぎてアウラは何も言えなかった。


 少しでも割が良くて楽な依頼を探し、大変そうな依頼や危険度が高い物は避けて選び、それをクロスに渡していた。

 自覚こそなかったが、言われてみれば確かにその通りでしかない。

 確かに、アウラはクロスを甘やかしていた。


「……ですが……私には魔王としてクロスさんに迷惑をかけた事の責任が……」

「その謝罪は最初に終わってるでしょ」

「ですが……それは国としてであって心情という意味では……」

「それも俺の中では終わってる。……手が足りないなら言ってくれ。無理はしないが手伝える事は手伝うからさ」

 アウラは普段と異なって外見相応の様な、少女らしい落ち込んで泣きそうな表情となった。

 この姿を見て最悪の魔王と呼ばれた存在だと思う者はいないだろう。

「……前回の獣人の時も含めて……守ってあげられなくてごめんなさい。迷惑をかけてばかりで不甲斐なくて、ごめんなさい……」

「アウラ。そこは言う言葉が違うんじゃないかな? 俺がそんな言葉喜ぶと思う?」

 まっすぐ見つめるクロスの瞳。

 その瞳の色は、いつもと何も変わっていなかった。


「手が足りません。申し訳ないですが協力を、お手伝いをお願いできませんか? かなり危険な可能性が高いのですが……」

 クロスは答えを言葉にする代わりに、ドンと自分の胸を叩いて微笑んでみせた。

「ああ。でも、ガチで危険な時は逃げるからな。そこそこ危険でやりごたえがありつつアウラが俺の事尊敬出来る様な依頼を頼むわ」

 そんないつも通りのクロスの存在が面白くて(嬉しくて)、アウラはつい我慢出来ず噴き出して笑ってしまった。

ありがとうございました。

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