暴虐と凶暴性、高揚感の中にある小さくも焦がれる様な乙女心
グリュンの農場を手伝った後、クロスは自宅……ではなく、魔王城にあるクロスの為に用意された部屋でエリーとゆっくり休憩を楽しんでいた。
仕事が終わった後豪華な部屋で体を休める。
それも綺麗な女性と共に。
前世の自分に言えばきっと歯が擦り減る位まで嫉妬していただろう。
とは言え、前世も前世で美女とは縁があった。
自分と恋仲になる縁はなかったが、目の保養となる位には。
実際にそんな縁がなかったかどうかは、クロスの事を相手がどう思っていたかはどうあれ、クロスはそんな事を考えのほほんとした時間を過ごしていた。
「なあエリー」
「はい。なんです?」
「いやさ、農場の仕事今日で粗方終わったみたいだけどもう手伝い出来ない感じかな?」
「おや。畑仕事が気に入りました?」
「楽しかったのもあるけどタルトちゃんとまた会いたいなって。前世含めて内面外見共に新しいタイプで可愛かったから。……いやエリーに飽きたとかそういう訳ではないぞ。エリーも超綺麗だと思ってるし」
「一体何の言い訳をしているんですか……。それで、もう一度確認しますけど……タルトさんってあの水霊族と言っていたあの方ですよね?」
「ああ。面白おかしい感じでちょっと真面目な可愛い女の子」
「あの方を見てそう評価出来るのはクロスさん位ですよ。……それで……可愛いと……」
「引っかかる部分そこ? 可愛くない?」
クロスは不思議そうに首を傾げた。
当然だが、クロスが元人間である事をエリーは知っている。
そして元とは言えクロスの精神性は人間の頃ほぼそのまま。
つまり、クロスの好みは人間のそれに当てはまるという事である。
その為、蓬莱の翡翠といった外見だけは人間の彼女やホワイトリリィと言った翼がある以外は人である魔物の造形を好むのは理解出来る。
メルクリウスやアウラフィールなど化物側に振り切った相手の外見を評価するのもまあ、外見だけで捉え内面を考えなければ百歩譲って納得出来る。
だが、タルトと名乗ったあの子はそれらとはまるで意味が違う。
体は半透明一色で、少々どころでない位人から外れた外見となっているのだから。
確かに可愛いと言えば可愛いがその可愛さは人形とか絵とかそちら系であり、人の恋愛的嗜好に当てはめるのは可笑しすぎる。
人が絵画に恋をするのと同等位にレアなケースだとエリーは考えた。
千差万別の種類を持ち雑種が増えまくった魔物ですら自分と外見がまるで異なる相手を恋愛対象にする例は非常に稀である。
たまにスライムやゴーレムと結婚する人型の魔物もいるにはいるが、そんなのは極々の少数例。
しかも、クロスみたいにあれも良いこれも良いとは少々異なり異種族のみが恋愛対象となっている。
つまり……。
「クロスさんって……守備範囲異常に広いですね」
恋愛対象が、悍ましい位広い。
それが従者であるエリーの出した結論だった。
おそらくだが、何か深い事情があるとかそういう訳ではなく、ただクロスがそうであるというだけだろう。
我が主ながら度し難いなんて思いながら、エリーは小さく溜息を吐いた。
「そうか? タルトちゃん普通に可愛いじゃん」
「まあ……私にはそう見えますよ? 精霊ですからああいう水が綺麗な子とかやっぱり良いとは。でもクロスさんは……。ちなみにクロスさんはどこからどの位までが好みです?」
「と、言うと?」
「どの位人型から外れるまで恋愛対象に出来ます? 今後従者として活動する際の参考として教えて頂けたらと」
「んー。難しいなぁ。個人的にはあんまり外れてしまうと辛いとしか……」
「外れると辛いと……そりゃそうですよね。例えば、セントールとかの四つ足はどうです?」
「え? 全然余裕だけど。ガスターに紹介してくれって頼んだ位には。断られたけど」
「では一つ目系はどうです?」
「余裕。くりっとして愛嬌あるよな」
「じゃあ……スライムとかは……」
「あのつるつるぷにぷにぬるぬるぼでーはどうもいやらしい事考えてしまう。そんな自分が申し訳ない。つまりあり中のありだな。あと先に言っておくが農場で見た植物系の彼女達も女性型は皆ありだ」
「……むしろどれなら駄目なんですか一体……妖精……もどうせ小さいだけだからありですよねはぁ」
そう呟き、エリーはわざとらしく大げさに溜息を吐いた。
「逆に聞きますけど、誰なら駄目とかないんです?」
クロスは少しだけ考え込んだ。
「……あー。難しいな。……いや、一つだけ思いつくのがあったわ」
「お。何の種族です?」
「種族というか……この魔王城のメイドの過半数」
「ああ……」
その言葉に、エリーは納得以外の何も出てこなかった。
外見は耳があったり尻尾があったり羽が生えてたり程度の差で、ほとんどが完全な人間型。
それでも、クロスは彼女達にはそういう気持ちが一切宿らず、むしろを恐れを抱いていた。
最初は綺麗で可愛いメイドさん達にいやらしい気持ちは抱いていた。
だけどその瞳の奥に宿る情念を見てしまったクロスは、彼女達と恋愛をするのは……いやまともな交流をするのは無理だと理解してしまった。
「あの子達の望むままにしてたらさ、俺ってたぶん世話やき殺されるよな?」
「否定出来ませんね」
「……たぶん、相当幸せな死に方出来るから自殺したい時は頼めば良いかも……」
「彼女達の本質を知っていただいているその事実は、従者として嬉しい限りですね」
そう言葉にし、エリーは苦笑いを浮かべた。
この魔王城にいるメイドの大多数は従者としてでないと生きられない、誰かの世話を焼かないと生きていけないという種族で構成されている。
そんな彼女達は常日頃から自分の理想の主を、自分の為だけの主を探している。
世話を焼くという行動、感情が本能だからこそ、彼女達の行いには際限がない。
事実、もしクロスがメイド達に性的欲求を覚え彼女達にその世話を頼んだのなら……クロスは幸福の絶頂の中、幸せになりきった気持ちのまま、二度目の生涯を終えていたであろう。
そんな話をしている最中、ノックの音が響きそのまま扉が開かれた。
「何やら面白そうな話をしているなご主人」
そう声をかけてきたのは恐ろしさすら感じる程綺麗な長い銀髪に、冷たさすら感じる程整った顔立ちのメイドだった。
「メルクリウスか。そんな面白い話だったか?」
そうクロスが今だけ限定の自分のメイドにそう尋ねると、メルクリウスは楽し気に……少々意地の悪い笑顔を浮かべた。
「ああ。楽しいとも。ここのメイドとだけは恋仲になりたくないと」
その言葉の意味が、悪戯をしているらしいあからさまな笑みを浮かべるメルクリスの表情からクロスは理解して取れた。
「――いや、メルクリウスは別だぞ? 世話し殺されそうにないし」
「なんだそうなのか。あの約束は忘れ諦めたのだとばかり思っていたぞ」
そんな事微塵も思っていない様な挑発的な顔で微笑むメルクリウス。
その顔は酷く蠱惑的で、同時に惹きこまれる様な表情が浮かんでいた。
「忘れてないさ。メルクリウスの英雄になればメルクリウスが手に入れられるんだろ?」
「ああもちろん。身も心も、何なら魂も含めてだ。とは言え……そんな簡単な事ではないぞ? 私はドラゴンだからな」
「わかってるさ」
「それとドラゴン繋がりでもう一つ尋ねるが……私の本性はドラゴンそのものでご主人の思う何倍も恐ろしい化物だぞ? それでも、性的な意味で、肉体的な意味で私が欲しいか?」
「ああ。欲しいね」
そう、クロスは言い切った。
例えどうであろうと、目の前の美女に欲しいなら奪えと言われて引ける程、理性的で常識的な生き方をしているつもりはクロスにはなかった。
「そうか。ではその時を心待ちにしておこう。ただ、私はご主人の人柄や顔立ちに関心はない。好んでいるのはその戦い方、その魂に刻み込まれた傷位だ。つまり……」
クロスはその言葉に頷いた。
「わかってる。あんまり長く待たせないし俺の前で誰かに負けてそいつの物にメルクリウスがなっても諦めるさ」
「わかっているなら良いさ。それともう一つ。ご主人が思う以上に私は強い。急げとは言ったがしっかりと準備はしてきてくれ。落胆しながら嬲り殺すのだけは嫌だ」
「わかった。エリーは連れていっても大丈夫か?」
「従者も、仲間も、何なら金で雇った奴を連れてきても構わん。むしろご主人が持っている全てを私にぶつけて欲しい」
「わかった。ありがとう。それでメルクリウス。話は変わるのだが何か用事があって来たんじゃないのか?」
その言葉を聞き、メルクリウスはぽんと手鼓を打った。
「忘れていた。調べておいて欲しいと言われた事の情報が入って来たぞ」
メルクリウスの言葉にクロスだけでなくエリーもぴくりと耳を動かしメルクリウスの方に体を向け静かに聞く姿勢に入った。
メルクリウスに頼んでいたのは元老機関についてだった。
と言っても、元老機関全ての動きをメルクリウスの伝手やコネだけで見張る事など出来る訳がないし逆に利用されるに決まっている。
頼んでおいたのは、パルスピカ、アマリリスの両名に元老機関が関わった場合のみ。
そしてメルクリウスが報告に来たという事は、そういった動きがあったという事だった。
「結論から言ってやるが……全く意味がわからん。私は当然閣下ですらこの行動の意味は読み取れなかった。そこをしっかり考えて欲しい」
「……何があったんだ?」
「ご主人達が戻って来た後、パルスピカという奴の元に元老機関議員モーゼが向かった」
クロスとエリーは緊張と衝撃から体を強張らせた。
「……それで、パルはどうなった?」
切羽詰まった形相を隠そうともせずそう尋ねるクロスにメルクリウスは不審に思いつつ、続きを言葉にした。
「どうもなってないぞ。ご主人の案内をちゃんとしなかったから依頼報酬を返すよう請求してた」
「……はい?」
「ほら。元々パルスピカとやらはご主人を処刑するターゲットの相手に差し向ける道案内だったではないか。その時の依頼の前金だ」
「は、はい?」
「ちなみに三百ブルードだ」
「……安過ぎないか? そして……それに何の意図があるんだ?」
「だからわからんと言っているだろう。ちなみに言っておくが、本当にそれだけで他に大きなアクションは……ああもう一つあった。アマリリスの見舞いという事でハムとかソーセージとか燻製肉の詰め合わせを贈っていたな」
「……どういう、事なんだ?」
「だから知らんと言っておるだろう」
メルクリウスは吐き捨てるように、そう言葉にした。
わざわざモーゼがパルスピカのいる集落まで向かい、クロスの案内料前金として渡した金銭三百ブルームという受け取る必要もないはした金を徴収し、同時にその金額の倍以上のお歳暮らしき何かを贈った。
纏めて見てもクロスは当然、エリーにもまるで意味がわからなかった。
「メルクリウス様。その……」
「様はいらんと言っているだろう。ご主人のメイドである今は騎士であるエリーの方が身分が高いのだから」
「いえ。ですがそれでも……」
「まあ恐れは仕方ないか。それで、何だ?」
「繰り返し尋ねますが……他に何か動きはなかったんですか? 小さな物でも何でも構いませんので……」
「ない。本当にこれだけだ。その後一切両名に関わっていないぞ」
「……うーん……パル君を巻き込みたくないから……かなぁ……」
自分で言っていて苦しいが、エリーはそう言葉にした。
「どゆこと?」
クロスは尋ねた。
「えっとですね、依頼の前金を回収したという事で、見方によったら依頼を受けなかったという風にも出来るんです。なのでパル君が今回の依頼に関わっていないという風に……いえ、無理がありますね。モーゼ様が、元老機関がそんな理由で動く訳がないです」
そう、エリーは断言した。
だがクロスの考えは異なり、エリーの言葉を聞いた後にやりと笑った。
「ああ、俺わかったわ」
「ほぅ。ではご主人の御推測とやらを聞かせてもらおうか」
にやにやした顔で、メルクリウスがそう尋ねる。
それに反応し、クロスは自信一杯に自分の推測を説明しだした。
「パルに気を使っている。つまりパルが大切。んであの髪と耳。わかるか? 同じ髪と耳の形をしているんだ。つまり……パルの父親でアマリリスのいきずりの相手がモーゼ、あいつ。だからあいつはパルとアマリリスに平穏な暮らしをして欲しいって願ってる。どうこの推測」
「……私には何とも言えんな。エリーはどう思う?」
全く信じていない顔のメルクリウスはエリーの方をちらりと見つる。
エリーはその言葉に対し、首を横に振って見せた。
「あり得ません」
エリーはそう、断言した。
「ありゃ。駄目だった?」
「はい。二つの理由で」
「え? 二つもあんの?」
「はい。一つ目ですが……元老機関議員が遠くに暮らし内緒にしている隠し子なんて明確な欠点を残しているとは思えません。というかもしそうでしたら今頃アウラ様がパル君達を手厚く保護しモーゼ様を懐柔しにかかっていますね」
「そか。あり得ないかー。ついでにもう一つの理由は?」
「パル君のお父さんはモーゼ様ではありません。そんな繋がりは見えませんでした。むしろ……」
「むしろ?」
「……いえ。何でもないです。あの髪の色と耳は偶然でしょうね。少なくとも、モーゼ様はパル君のお父さんではありませんよ」
「そか。我ながら冴えてるって思ったけどなー。ま、俺みたいな馬鹿じゃあ考えてもわからない事か。すまんなメルクリウス。無駄足踏ませて。ただ……念の為もうしばらくパルとアマリリスの様子を見張っていてくれないか」
「任せてくれご主人。ご主人の憂いを取り除くのもメイドの務めだからな。……そろそろ良いか」
メルクリウスは壁にかけられた時計をちらりと見てそう呟いた。
「ん? 何がだ?」
「決して急ぎではないのだが、閣下が呼んでいる。あちらに顔を出して欲しい」
「アウラが? わかったすぐ行くよ」
「その前に尋ねたい事と頼みたい事がある。聞いてくれないだろうか?」
「メルクリウスが? 珍しいね。何?」
「まず尋ねたい事なのだが……ご主人は本気で私を物にしたいと思っているのか?」
「もちろん本気だ。メルクリウスが嫌じゃなかったらだけど」
「……求められるのは嫌ではないさ。むしろ誇らしい。ただ、もしそうなら閣下との関係を少々考えて欲しい」
「と、言うと? アウラに色目を使うなとか?」
「いや。そっちはどうでも良い。閣下に迷惑をかけないなら好きにしろ。そうではなく、閣下はご主人に相当甘い。砂糖漬けよりも尚な。どうしてかわかるか?」
「さあ?」
「先代のした事とは言え、ご主人にした魔王の所業により閣下の中には罪悪感が強く根付いている。それ故、閣下はご主人を嫌味な程に甘やかしてしまっている。少なくとも、私がご主人が成長する機会を妨げているとさえ思っている位にな。だから……閣下の為にも、ご主人の為にも、もう少しその辺りの歪さをなんとかして欲しいと私は願っている」
その言葉を真剣に聞いた後、クロスは微笑んだ。
「ありがとう。教えてくれて。わかった。俺もアウラにそんな気持ちを持たれたままってのは寂しいから少し気を付けてみるよ。それがもう一つのお願い?」
「いや。もう一つは……ご主人が閣下の元に向かう間、エリーを貸して欲しい」
「なるほど。どっちにしても俺だけで行くつもりだったしその間エリーは暇だろう。良いんじゃないかな。それじゃ、行ってくるよ」
そう言ってクロスは微笑むメルクリウスとエリーを背に部屋を飛び出していった。
この時両者共に微笑んではいるが、抱いている感情はほぼ正反対のものとなっていた。
似ているところは、どちらも愛想笑いであるという事位だろう。
メルクリウスは出かける主に対しての微笑み。
そこに深い意味はなく、気持ち良く出かけて欲しいという程度の考えである。
一方エリーの微笑みは……。
『クロスさん置いて行かないで……メルクリウス様超怖いんです……』
という気持ちを必死にクロスに伝えつつ、メルクリウスが怖いからそれを悟られぬよう愛想笑いをしてその背に助けを懇願する。
そんな意味の微笑みだった。
当然、背中向けであるクロスにそんな物は伝わってはいない。
代わりに……他者の恐怖に敏感なメルクリウスには全て筒抜けだった。
ありがとうございました。




