平穏な園児生活二日目
二種類の魔物の見分け方。
そしてその感知方法。
それに対してクロスは非常に苦心していた。
子供達が当たり前に出来るそれが何なのかすらわからない。
そもそも……どうすればうまく行くのかその道筋すら見えない。
先行きの見えない暗闇の道。
だからこそ困惑する事しか出来ず、努力する方向性がわからず、悩んで悩んで……その結果クロスは、ようやく今の幼稚園児達と同じ位には理解する事が出来た。
覚えるべき事は二点。
魔物は二種類いて元々の魔物は意思を持たない存在であり、それは生物としての機能を持っているが感情や意思の面では機械や道具に近い存在である事。
そしてそんな意思なき魔物は意思を持つ魔物と外見上の区別が一切付かない事である。
判別方法は非常にシンプルであり、はっきり言ってしまえば『何となく』である。
これがクロスが最も苦労した部分である。
超能力や第六感、特別な技能。
そんな何かとは一切関係ない。
全ての魔物が元々持っている器官に探知する機能があり、一目見れば何となくそうなんだと理解出来る。
それを理解するのに時間がかかった理由は二点。
人間にとって意思があるかないかなんて違いどうでも良いから。
人間には意思なき魔物とそうでない魔物を判別する感覚が備わっていないから。
要するに、元人間だったからこそクロスは自分が魔物であると理解するのに手間取った。
たったそれだけの話だった。
「ありがとうタキナさん。お陰で何とかちびっこ共に迷惑かけずに済む様になれたよ」
そう言葉にし、クロスはわざわざ時間外まで付き合ってお勉強に付き合ってくれたタキナに心から感謝を捧げた。
クロス一人では絶対に成し遂げられていなかった。
暗闇の道であっても、常に灯として寄り添ってくれたタキナがいたからこその結果である。
「いえいえ。一応クロスさんも私の教え子ですし……それにクロスさんも色々大変ですからね。これ位はしますよ」
そう言ってにっこりと微笑むタキナ。
現在は幼稚園入学二日目の始業前なのだが、初日は他の子が帰った後の夕方から夜まで。
今日は朝早くからずっと付きっ切りで手伝ってくれた。
元人間に感覚を教えるという難問をあの手この手で色々知恵を絞り試行錯誤を繰り返して。
知能が高い事は当然として、よほどの根気がない限り出来ない事であるのは間違いない。
だからこそ心から感謝を捧げつつ……同時に何か恩返し出来ないかクロスは考えた。
ついでに美人だから少しだけ下心を持って。
だが、魔王城に世話になっている金銭ゼロ社会的地位ゼロの男では何一つ出来ない。
強いて言えば幼稚園での力仕事を手伝う位だろう。
「と言う訳で、何か手伝う事あるかな? 世話になってるしお礼をしたいんだが……」
「いえいえ……と言いたいのですが……宜しければお願いして宜しいでしょうか? 如何せん男性の少ない職場ですので力仕事とかそういう事が溜まりやすくて」
「そりゃもちろん。雑用は前世からの特技ですので」
「ふふっ。では今日子供達が帰った後お願いしますね」
そう言葉にした後、タキナはニコニコと嬉しそうな顔をしながらお茶を注ぎ、クロスに手渡した。
「あ、どうも」
そう言葉にし、クロスはその湯気の出ている暖かいお茶を飲む。
茶色のお茶はほんのりと甘く、それでいて癖が強い。
そんな今まで飲んだ事がないお茶だった。
「これ何ですか? 随分変わった味がしますが。前飲んだ麦茶の様な甘さはありますけどそれとも全然違いますし……ましてや紅茶とも違う。不思議な味です」
「ええ。子供達の為に用意したんですけど……どうです? 私は嫌いじゃないですが……」
「ええ。俺も結構好きですね。それで結局何のお茶です?」
何故かタキナは頬を赤らめて嬉しそうにしながら答えを出した。
「人参のお茶です。野菜嫌いの子の為に、と思ったのですが中々受け入れられず在庫になっていまして……健康には良いですよ」
「なるほど。それで大人が在庫処理を」
「そうなんですよ。まあ私は……好きなので良いですが」
「そうですね。美味しいと思いますが子供が苦手な味かもしれません。……ところで話変わりますが一つ尋ねても?」
「え? はい。何でしょうか?」
「えっと……フォックステイルという種族についての質問なんですが……もし失礼な事があれば教えてください。常識知らずな者でして」
「いえいえ。国が違えば常識も違いますよ。是非気にせずおっしゃってください。……あんまり失礼な事だったら他の子と同じ様な扱いをしますけど」
クロスは顔を顰め心底嫌そうな顔をした。
ただでさえ恥多き状態で中々男アピール出来ないのにそうなったらおしまいである。
美人に子供扱いされるというのも悪くはないが……やはり男としてクロスはその状況を避けたかった。
「えっとですね……フォックステイルって他の獣人と同じ様な耳を持つはずですが……タキナさんは違いますね」
クロスは尻尾以外は人間……訂正、尻尾以外は人間の美人にしか見えないタキナを見ながらそう呟いた。
それを聞き、タキナは少しだけ困った顔を浮かべた。
「あー。それはですね……その……」
「何か種族的な問題です?」
「いえ。私個人の問題です」
「あ、じゃあ踏み込まない方が良いですね。すいません失礼な事聞いて」
怪我をしたのかそれとも痣とかあるのか。
理由はわからないがそれを隠したいのだと理解したクロスは即座に話を打ち切る。
だが、敢えてタキナの方が話を戻した。
「実はですね……恥ずかしいんです」
「……はい?」
「恥ずかしいんです。こう……他者と違う様な気がして……」
「ふむ。どうしてです?」
「わかりません。特に理由はないはずなのですが……何となく恥ずかしくて。だから……コンプレックスなんですよ」
「なるほど。それは尚の事失礼を言った。ごめん。悪気はなかったんだ」
「いえ謝らないで下さい。それで……クロスさんにしか頼めない事が一つあるんですが……」
もじもじとしながらタキナはそう話を切り出した。
「はいもう色々迷惑かけっぱなしでこんな駄目魔物で良ければ弾避けでも肉壁でも何にでも使って下さい……」
へへーと頭を下げクロスはそう言葉にした。
「そういう事じゃなくって……私の耳を見て、正直に教えてくれませんか? その……他種族の方がどう感じるのかずっと気になっていまして……」
「え? いやそれは良いですけど……俺の感性は自分でもあまり信用が」
クロスの感性は未だ人間のままである。
だからこそ、その基準がわからないクロスは意味がない様な気がしてそう言葉にする。
「いえ。それで良いんです。正直……嘘偽りなく答えてくれる異性の知り合いが私いないんですよ……。だから……嫌じゃなかったら……」
そう言葉にして、タキナは真っ赤な顔のままもじもじと尻尾を指でいじりだす。
どこか煽情的なその仕草にクロスは生唾を飲み、きりっとした顔を作って頷いた。
「お任せ下さい。そう言う事なら是非」
「あ、はい。じゃあ……今擬態解きますね……」
タキナは真っ赤な顔を下に向けて表情を隠し、クロスに頭を向けて、自分の本当の姿を見せる。
ぽんっと音が聞こえ、タキナの耳に立派な狐耳が生えた。
「……その……どう……でしょうか?」
恥ずかしそうに震える声。
どこか虐めたくなる様な被虐的な様子にクロスは悪い妄想を考えない様に首を振り、その耳をじっと見つめた。
そして、クロスは首を傾げる事しか出来なかった。
「えっと……正直に言うけど……普通です。他のフォックステイルと何ら違わない狐っぽい耳で、猫や犬より少し毛が固そうで撫で心地良さそうな、そんな耳に見えますが」
「ほ、本当ですが!? 変じゃないですか!?」
慌てた様子でそう尋ねるタキナ。
クロスは良くわからないままに、頷いた。
「うん。前見たフォックステイルよりも手入れが行き届いて綺麗な色しているなー位しか違いはないかな。いやまじで」
「そんな綺麗なんて……えへへ……」
そう言って耳をピコピコ動かすタキナ。
それはまるで動物みたいでさっきまで生まれていたドキドキした気持ちはどこかに霧散し、クロスはほんわかした暖かい気持ちになった。
「ありがとうございます。少しだけですが、自信が持てました」
ニコニコしながらタキナは耳を隠し、クロスの方を向いてからぺこりと頭を下げた。
「ああ。それでも隠すんだ」
「はい。自信は出ましたけど……やっぱり何か恥ずかしいので」
「そか。まあ……役に立てたなら良か――」
ガラガラガラ!
強い力でドアが開かれる音を聞き、クロスはその扉を見て、タキナはびくっと体を竦ませる。
だが、開いたドアから誰かが入って来る姿は見えなかった。
いや、姿が見えないのではなく背が低く見えないだけだった。
「おはよーございまーす!」
そう元気に返事をしたのはコウモリ族のエンフだった。
「ああ。おはようエンフちゃん」
そうクロスが答えるとエンフは驚いた顔を浮かべた。
「あれ? 何でクロス君がいるの?」
「お勉強だよ。皆に追いつく為に」
「ふーん。クロス君は頑張り屋さんなんだね」
そう言葉にするエンフを見てクロスは苦笑いを浮かべる。
それを見てタキナは小さく微笑んだ。
「でもでも、本当は二人でイチャイチャしてたんじゃないの?」
そう言葉にするとタキナはぴしっと固まった。
思い当たるとは言えなくとも、否定する事は出来ない。
そう言う状況だった事が数度あったからだ。
元々男性に対して接点が少ないタキナはどこまでがイチャイチャになるのか良くわからなかった。
「あはは。俺なんかじゃタキナさんに失礼だよ。ただお勉強していただけ」
そう平然と言い放つクロスにタキナは少しだけ感謝し、同時に少しだけ恨めしい気持ちを覚えた。
「そっかー。じゃあさ、クロス君にそういう相手がいないなら私が立候補しようかなー」
「あはは。そっか、そりゃありがとう。君にそういう相手がずっといなかったらそれも良いかもね」
「あー! 子供扱いしてる。同じクラスの友達なのにー」
そう言葉にして、エンフはぷんぷんと口で言いながら頬を膨らませた。
「ごめんごめん。ほら、教室に行こうか」
「えー。もう。しょうがないなぁ」
そう言ってエンフはニコニコ微笑みクロスの手を掴んだ。
クロスは背を丸め小さくなりながらタキナに会釈をし、そのままエンフに引っ張られ教室に向かう。
タキナはそんな二人にニコニコしながら優しく手を振った。
「……クロスさん子供に慣れてるし懐かれてるなぁ。流石賢者様と呼ばれた人だな。私も頑張らないと」
そう言葉にし、タキナはぐっと両手でガッツポーズを取り子供達の為の準備に取り掛かった。
ありがとうございました。




