必然という名の偶然の積み重ね
数日程歩いた先で、ついに目的となるパルスピカやタイガー達の住む集落に到着する。
大きさもデザインも異なる家が適当にちりばめられたなんて感じの、規格も何も感じない恐ろしくアバウトかつ雑な作りとなった集落。
これまで見て来た集落も別に整っていたという訳ではないが、ここはとにかく酷く、まるで幾つもの集落が混合しぐちゃぐちゃになったような混沌さがある。
だけど同時にどこか楽しそうな、活力の様な物も感じられる様な、そんな集落だった。
「それで……あちらの方にお母さんがいます」
そう言葉にし、パルスピカは遠くを指差す。
クロスはその方角にある山を見つめ……じっと見つめ……目を凝らし……山の中腹付近に豆粒の様な家があるのを確認した。
「……何か、集落から大分離れてね? パルあんな場所に住んでんの?」
「いえ。僕は普段あちらの家に……」
そう言葉にし、集落内にある家を指差した。
基本一階建てで藁の家すら珍しくない中にある、三階建ての木製建築物。
集落の中で最も目立っているそれが、パルの家だった。
「……何か、うん。いや、集落の知恵者って呼ばれてたなら普通か。つまり村長みたいなもんだしな」
「そんな。僕が村長なんて……」
「いや。もしこの集落が村になるなら村長はパル坊かパル坊のおっかさんになるから」
そうタイガーが言葉にすると、付き従った獣人達やそれを聞いた集落の仲間達はそろって首を縦に振った。
パルスピカは酷く困った様な顔で苦笑いを浮かべた。
「えっとですね、あちらに住む事が不便なのはその通りなんです。ですがそれでも、お母さんはあそこから何故か離れませんでした。僕だけはこちらに住まわせる様言いましたが」
「ふーん。どうしてだろうな」
「たぶん……自分が殺される時に集落に迷惑がいかない様にだと思います」
そう言葉にし、パルスピカはクロスの方を見て、そして深く頭を下げた。
それはまるで懇願し、祈る様。
言葉にはしていないが、何を望んでいるかは誰でもすぐに理解出来た。
クロスもまた言葉の代わりに、パルスピカの頭をぽんぽんと撫で優しく微笑んだ。
集落から直線距離にして十キロ位だろうか。
見渡しの悪い山に入り、登山し……。
エリーとパルスピカ、タイガーだけを連れたクロス一同は、最終的な目的の場所である、その小さな家の前に辿り着いた。
緊張の所為か、それとも不安の所為か……皆の足取りはどこか重たかった。
それでも、歩けば前に進む。
先に向かう。
だから少々時間がかかっても、その家までは辿り着いた。
辿り着いてしまった。
「クロスさん。こちらが……」
パルスピカが重々しく、そう言葉にする。
ここまで来れば、もうそれ以上何も言う必要がなかった。
「……ここから先は俺だけで良い。人数が多いとあっちが不安になるだろうしな」
クロスは後ろにいる三体に、そう言葉にした。
「私もですか?」
エリーの言葉にクロスは頷いた。
「ああ。俺だけで構わない」
「……そりゃ俺らは構わないが……クロス。あんた相手が女だから自分だけで行きたいなんて思ってないよな?」
タイガーは疑う様な気持ちで、そう言葉にした。
「……そんな事、思う訳がないだろ! 何をこんな時に言っているんだ!」
きりっとした口調で力説するクロス。
だが何故だろう。
その言葉は、恐ろしく白々しくも聞こえた。
「全く……パルがこんなに悩んでるというのに……」
そう言いながらクロスは自分の髪型をそっと整え、ちらっとエリーの方を見た。
「大丈夫? 変なとこない? 髪型崩れてない?」
その言葉に、タイガーはジト目でクロスを見つめた。
「ちょっと待って下さいね」
そう言葉にし、エリーはクロスの傍に寄りぱっぱと服から埃を払う。
その後魔力を使用しクロスの汚れを取り払い……そっと顔を近づける。
唇が触れそうな位の位置でエリーはクロスをじっと見つめ、そして……優しく微笑んだ。
「はい。これで大丈夫です。行ってらっしゃい」
「あ……ああ。行ってくる」
そう言葉にし、クロスはどこかおぼつかない足取りでその家のドアをノックし、中に入っていった。
「……大丈夫ですよエリーさん。僕わかってますから。クロスさんが、わざとおちゃらけた態度を取って僕を安心させようとしてくれた事を」
クロスの背が見えなくなってからパルスピカはそう言葉にし、優しく微笑んだ。
わざとふざけて、わざと女にだらしない様に見せて、緊張し強張って怯えていた自分を安心させようとしてくれた。
そう、パルスピカはクロスの普段からの様子を踏まえて理解した。
そんなパルスピカに、エリーは困った様な表情を浮かべた。
「そう考えた部分がないとは言えないけれどたぶん、三割位で……あれ、ほとんど本気でしたよ」
「……え?」
「パル君の前じゃあ出来るだけ良い子ぶってましたけど……クロスさん、割とそういう方ですから」
「え? え?」
「まあ……どうせ振られるのでその可能性は限りなく低いですけど……クロスさんパル君のお父さんになるかもしれませんね。……この言い方が正しいかはちょっとわかりませんが」
そう言葉にし、エリーはどこか困った様な不安な様な、そんな不可解な顔をしてドアの方をじっと見つめた。
狭い家だからだろう。
家に入りダイニングルームに入り、目的の相手とはすぐに会う事が出来た。
見知らぬ相手が来たというのに堂々とソファで横になり寛ぐ、真っ赤な髪の犬耳をした女性。
結構な年齢らしいが外見だけなら非常に若々しく、人間でなら二十台後半位の外見である。
背が高くて、凛としていて、赤い長い髪が恐ろしく綺麗で……。
同時にパルスピカの面影もどこかにあって優し気な雰囲気も見られて……。
それは一目見たら忘れられない程の美女であり、獣人達の多くが口説き落とそうとした事も十分に理解出来る。
そんな美貌だった。
だからつい、クロスはその相手に見とれていた。
と言っても、それはただ相手が美女だったからだけではない。
それは……。
「どこかで会った事ある?」
そんなクロスの言葉に――。
「あんたとどこかで会った事あったっけ?」
相手の獣人は声がハモる位同時に質問を重ねて来た。
そのまま無言で二人は見つめ合い……そして首を傾げた。
「……だよね。何かデジャブっぽいよねー」
笑いながらクロスがそう言葉にし、そして深く考え思い出そうとする。
だが、何度考えても、その相手に見覚えは一切なかった。
「あのさ、この半年以内でどこか遠くに来た? 王都とか?」
「いいや。私はもう十年位この辺り以外に行ってないよ」
「そかー。んじゃ気のせいだよな。つか俺あんたみたいな美女見てたら忘れない自信あるし」
「ありがと。私の方も気のせいっぽいわ。だって半魔半鬼の知り合いは私にいないし」
そう言った後、お互い顔を見合わせケラケラ笑った。
「お互い会った事ある様な気がするって珍しいねぇ」
そう女性は言葉にし、優しく微笑んだ。
「もしかしてそういう運命だったんじゃないかな? 近い未来俺達はどこかで一緒になる様な」
きりっとした口調でそう言葉にするクロス。
それに女性は楽しそうに笑った。
「はいはい運命運命。ま、あんたで良かったかもね。それ位冗談が云える位の相手で」
「と、言うと?」
「ここまで来たって事は、あんたがそうなんだろ?」
「何が?」
「……あんまとぼけられるのも辛いんだがなぁ。あんた、私を殺しに来たんだろ?」
そう言葉にし、女性は全てを諦めた様な顔で微笑んだ。
「え? あ。あー……」
クロスは本来そうであったはずの目的を、今頃になって思い出した。
今になって思えば、最初から殺すつもりはなかったようにすら感じる。
パルスピカが何をしてもしなくても、タイガー達の妨害があろうとなかろうと、たぶん自分は殺せない。
こんな綺麗な女性が不幸になる事を、クロス・ネクロニアもクロス・ヴィッシュも望める訳がなかった。
クロスは自分の女大好きで現金な部分がずいぶんバカバカしい物で、そして同時に誇らしい物であると考えながら、自分の馬鹿さ加減に苦笑いを浮かべた。
「それについてはパルと話し終わってる。殺す気はないよ」
そうクロスが言葉にすると、女性は慌てた様な顔でクロスに掴みかかって来た。
「それってあの子が犠牲になるって事じゃないわよね!? そんな事になる位だったら今すぐ私はここで死ぬわ! 誰が自分の子供を見殺しにしたいと願うのよ!?」
吼える様、叫ぶ様、ヒステリー以外の何者でもない金切り声での絶叫。
それにクロスは慌てて否定した。
「すまん言い方が悪かった! 大丈夫そんな事しない! パルスピカが頼んで来ただけだ!」
「頼んで……?」
「そ。あんたを助けてくれって」
「それであんた頷いたの?」
「ああ。理由はパルが気に入っていたってのとあんたが美女だからなんていう程度のものだ。深い意味はないんだ。本当に。裏も何もない」
「……そう。……でも、それあんたは大丈夫なの? 魔王様に逆らってあんたが犠牲になるとかない? そもそもあんたが犠牲になった程度で国家反逆罪が解けるなんて思えないんだけど」
「大丈夫だ。とは言え無罪という訳にはいかんが……まああんたら親子が不自由しない程度になる様にはしようと思うからそこは本当に安心してくれ」
「どうして大丈夫って言い切れるの? あんた魔王の親戚でコネがあるとか?」
クロスは後頭部をぼりぼり掻いて、そして困った顔で微笑んだ。
「あんまこう名乗るのは好きじゃないんだが……魔王の名代、虹の賢者クロスだ。今回の事は全て、アウラから、魔王様から直々に任せられてる。だから、今回の事に関してなら俺は全ての権限を持っている」
その言葉を聞き、女性はぽかーんとした間抜け面をしてみせた。
茫然とした顔のままクロスを見つめ……その後、女性は大きな声で――笑った。
「あははははははははは! 虹の賢者って、あんた人間じゃなかったの? どうして魔物なんかに?」
「知らね。なんか魔王、ああ先代な。前の魔王に呪いかけられた後死んで魔物になったわ。とは言え、割と満足だけどな」
「そうか……あんた死んだのかい……。魔物ってあんたら人から見たら酷いもんだったろ。どうしてそれで満足なんだい?」
「イケメンに生まれて、ちやほやされてるから。これであんたみたいな美女がいたらもっと満足なんだけど……」
「ぷっ。軽いね本当……。はいはい。まあ考えといてやるよ。そうか。……いや、考えりゃ当然か。人間に裏切った魔物と、人間から裏切ったあんた。だから魔王様もあんたを選んだのかもね」
「お似合いという事で一晩のアバンチュールを……」
「考えてやっても良いけど……本気にして良いのかい?」
そう、女性は試す様な口調で言葉にする。
元から艶のある表情は更に色めいて……クロスは思わず生唾を飲み込む。
だが、すぐに首をぶんぶんと横に振った。
「駄目だ真面目に考えたら今の立場でそれはやばい。俺が権力使ってあんたを物にしたって思われる」
「別にそれでも良いじゃないかい。それだけの権力があるって事なんだから」
「いや駄目だ! それをしたらあんたを守りたいって願い頑張ったパルの心意気を溝に捨てる事になる。それだけは駄目だ。あの子の覚悟と意思だけは汚す訳にゃあいかん。という訳で死ぬ程惜しいけど我慢するから誘惑しないでくれ。溺れてしまいそうになる」
女性は少々黙り込み、そして小さく笑った。
「ふふっ。あんた真面目なのか不真面目なのか良くわかんないね」
「不真面目に決まってるだろ。だけどパルが、あんたの息子が真面目だからそれに少しでも合わせねーと」
「随分、あの子に気を使ってくれるね。気に入った?」
「おう。元々子供は嫌いじゃないんだが……何か、あの子は良いな。真面目で頭が良くて。きっとあんたの教育が良かったからだな」
その言葉に、女性は顔を曇らせた。
「……そんな事ないさ。実の子供なのにあの子を大切にせず、あちこちの問題に首突っ込んで寂しい思いをさせた。しかも私の所為で父親の顔も知らない。いつも我慢させて……」
「だけど、パルはあんたの事が本当に好きで、自慢に思っている。だからパルの為に、せめて自分のした事位誇って良いと思うぞ」
女性はじっとクロスを見つめ……そして、小さく溜息を吐き苦笑いを浮かべた。
「難しいもんだ。ま、そう言われたら少しは考えてみるさ。あの子の為に」
「そうしてやってくれ。ところで単純な疑問なんだがさ、パルの父親ってどんな奴? やっぱり頭が良かったりする?」
女性はケラケラと笑った。
「まさか。ただの馬鹿だったよ。いやただの馬鹿じゃあない。本当の大馬鹿者だったね。だからパルが頭良いのは私や父親じゃなくってあの子の自前」
「ほーん」
「私からも聞いて良いかい?」
「ん? 何だ?」
「その処刑代わりの私の罰って、何が下るんだい?」
「……あー。何が良い?」
「って事はあれか、考えてなかったって事かい?」
「一緒に考えようと思ってな。出来るだけ軽い罰が良いけど、ある程度以上はそれっぽくないといけない。そんな感じで何か良い案ある?」
「当事者の私に聞くなよ……」
そう言って、女性は苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、長くなりそうだからお茶でも淹れるか。少し待っておくれ」
そう言葉にし、女性はクロスの傍から離れる。
その際、クロスは女性の歩き方がぎこちない事に気が付いた。
「足、怪我してるのか?」
「ん? ――ああ。違うよこいつは。あれだ。無茶しすぎたから駄目になったんだ」
そう言って、女性は自分の足首を見せる。
そこは赤茶色という見るからに痛々しそうな色に変色し同時に古い切り傷が無数に残っていた。
「それは……」
「私の経歴聞いてるかい? 魔物を裏切り人類についたって」
「あ、ああ……一応」
「でもさ、人類側についた訳じゃあないだろ? 魔物を味方につける度量人類にある訳ないし」
その言葉をクロスは否定出来なかった。
クロスでさえ、魔物として生まれるまでは魔王はおどろおどろしい存在で魔王城は邪悪な感じだという謎の固定概念を持っていた位だ。
「だからさ、私はずっと、人間と魔物の両方に追われ続けた。後悔はないよ? そうしたかったからしただけだし。だけどまあ……しんどかったのは確かだねぇ。おかげでこの体は全身、あまり誰かに見せたい物じゃなくなったよ」
「そんな事ないさ。少なくとも、俺は見たい」
「……あんた、それ慰めにすらなってないよ」
「だって本音だし。その傷はあんたの生き方。名誉の負傷。だったらそれを俺は見苦しいなんて思わない。それ以上にあんたは綺麗だから見たい。俺は自分に正直だからね」
そう言って、クロスは堂々と胸を張った。
「あんたも馬鹿だねぇ本当」
女性は苦笑いを浮かべながら、お茶を一杯テーブルに置いた。
「さて、今更だけど座っておくれ」
その言葉に頷き、クロスは席に座りカップを受け取り熱いお茶を口に含む。
口の中にハーブの優しい香りが広がり、クロスは小さく安堵の溜息を吐いた。
「んで今更だけどさ……なんて呼べば良いかな?」
クロスの言葉に女性は微笑んだ。
「そうだね。わんころって呼べる?」
「……そういうプレイ?」
「冗談だよ。アマリリスって呼んでくれ」
そう言葉にし、アマリリスは幸せそうにクロスの顔を見つめた。
ありがとうございました。




