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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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愛したからこそ愛された者


 タイガーを含むパルスピカの集落から来た十二体の獣人達は、クロスを信用しなかった。

 元々敵でありパルスピカの母親を殺そうとしているなんて情報から入っているのだから信用しないなんてのは当たり前の事でしかなく、集落の頭脳であるパルスピカがどう言っても暖簾に腕押しで、パルスピカと違い警戒心を解かず彼らはクロスの旅に付いて行った。

 その動向を探る為、そして何かあった時この身でパルスピカの母であるアマリリスを護る為に。


 そんな日の夜。

 そこには、肩を組み合いゲラゲラと笑うクロスとタイガーの姿があった――。

 警戒心? 不安? 敵?

 そんなネガティブな感情は既にどこにもなく、そこにいるのはまるで無二の親友の様な姿だった。


 パルスピカの集落にいる獣人達は幼いパルスピカが頭脳となる程度には考えなしの連中であり、下手な考えは休むより質が悪いという事を良く知っている。

 自分達が酷い馬鹿であるという事を、誰よりも良く知っている。

 要するにだ……クロスと同類という事である。

 馬鹿と馬鹿が集まって、馬鹿騒ぎして……仲良くなれない訳がなかった。


 ゲラゲラと肩を組み合い、酒を交わすクロスとタイガー。

 そしてその周りにいる集落の獣人達もまた下品に笑い、歌い騒いでいる。

 その輪に入り切れないエリーとパルスピカは少し離れた位置で苦笑いを浮かべていた。


「ところでさ、あんたの名前クロスって言うのか?」

 肩を組み、酒を交わした今更の質問にクロスはきょとんとした。

「そうだけど……あれ? 自己紹介してなかったっけ?」

「してないな。パル坊とかそっちの綺麗なねーちゃんがそう呼んでたけどそれが名前で良いの?」

「……俺ら名前すら知らない相手とこうやって騒いでるのか」

 そう言って無言で見つめ合った後、クロスとタイガーは大笑いをした。


「あははははは! これこそ酒の魔力だよな! 名前より時間よりもわかり合える。まったくお酒様様だわ」

 クロスの言葉にタイガーは頷き、笑いながらグラスを天に掲げた。

「おうよ! 俺らみたいな馬鹿で何も出来ない奴らでも、頭が悪くて難しい事知らなくても、酒造りだけはガチ中のガチでやってるからな。こればかりはパル坊に任せる訳にゃあいかんしなぁ」

「そりゃそうか。今更だが、俺の名前はクロスだ。色々な意味で有名だからもしかしたら聞いた事がある名前かもしれんが……」

「知らんな。というかさ、俺らが見た事もない有名な奴の名前覚えてると思うのか? 俺は魔王様の名前すら覚えられないぞ」

「おいおい流石に魔王様は……と思ったけどありゃしょうがないわ」

「あん? どういう事だ?」

「長いんだよ。名前が。アウラフィール・スト・シュライデン・トキシオン・ディズ・ラウル」

「……なんだそれ? 呪文?」

「アウラの、今の魔王様のフルネーム」

「まじかよ何かかっけぇな。呪文みたいで。も一回言ってくれ」

「アウラフィール・スト・シュライデン・トキシオン・ディズ・ラウル」

「……あうらふぃーる……ぶり、さくらえび……はまち?」

「魚を食いたいという気持ちは伝わったぞ」

 その言葉を聞き、タイガーと周囲の獣人はゲラゲラと笑った。




「今更ですけどクロスさん。昼間説明しようとしていた事ですけど……これです」

 獣人達をかき分け入ってきたパルスピカはクロスに向かいそう言葉にした。

「ん? 何の話だ?」

「僕がどんな妨害をしたかという話です。タイガーさん含め色々な方に協力してもらいました。道を封鎖したり隠したり、商会の振りしたり……」

「ほほー。なるほどなぁ」

「ついでに言いますと行く先々の集落……村や町で盛大に歓迎されたじゃないですか?」

「ああ。寄った所は大体歓迎されたり仕事回されたりした……ああ、もしかして……」

「はい。終わった事なのでぶっちゃけますがあれも仕込みです。この辺りの集落全てが僕に協力してくれていますので」

 クロスは少しだけ真面目な顔になり、考え込む仕草を見せた。


 パルスピカの集落が、タイガー達がパルスピカに協力をするのなら理由はわかる。

 パルスピカが集落の頭脳であり、同時に集落の民は馬鹿で気さくな奴ばかりだと聞いたからだ。

 だが、所詮それだけでしかない。

 ここまで歩いてきた道のりは結構な距離があり、その間に幾つもの獣人集落を見て来た。

 数で言えば千でも済まない位は暮らしているだろう。

 そしてその大半が協力する様な理由をパルスピカが持っている様には見えない。

 という事は……パルスピカに皆が協力していた訳ではなく……。


「なあクロス。疑う訳じゃないんだが……本当に、パル坊のおっかさん助けてくれんだよな?」

 タイガーは不安げにそう言葉にした。

「ん? あ、ああ。出来るだけの事は……」

「もし殺さないといけないなら……死体が必要なら俺の妹がいる。外見は似てるし既に髪の色も同じ色に染めて身代わりになる準備も終わってる」

「お前……それ……本気で……」

 クロスは少々怒りと不快感を顕わにし、タイガーを睨む様に見る。

 だが、タイガーはそんなクロスの怒りすら気にもしない程、本気で、心の底からそう言っていた。

「もちろん。俺の最愛の妹だ。殺したい訳じゃあない。ぶっちゃけ俺の命で済むのならそれの方が望ましいからそうしてくれ。ただ……必要ならその用意があるという事だけ覚えておいて欲しい。もし、奴隷が必要なら獣人三百体までなら俺達がなるし、それ以上が必要なら頑張って出来る限り用意する。俺達はどんな事でも、どんな汚れ仕事でもする覚悟がある。犠牲になる覚悟がある。だからさ……あの方を絶対に助けてくれよ……頼む……」

 そう、タイガーは祈る様に言葉にし、平伏し地に頭を付ける。

 その意思に皆が従う様、パルスピカを除く全員が、クロスに向かい地面に頭をこすりつけた。


「……止めてくれ。そんな事俺は望んでもないしそんな事する気もない。一緒に楽しくやった奴らにそんな顔されるのは嫌だ。代わりに一つ聞かせてくれ。どうしてお前らはそこまでするんだ? パルの母さんって一体何なんだ?」

 タイガーは頭を上げ、微笑み様な顔で一言呟いた。

「俺達全員のおっかさんみたいな存在かな」

 その言葉を、後ろにいる獣人集団は誰独り否定しなかった。




 この辺りの獣人集落はほんの数十年前まで酷く荒れ果てていた。

 そりゃあそうだ。

 文明を否定し好き放題生きる獣同士でお互いの物を奪い合う様な生活をしていたのだから。


 文明が苦手で野性に生きる者が集まった。

 そう言えば聞こえはまだ良いだろう。

 しかし、実状は文明的に生きる事が出来ない、愚かなならず者の集まりでしかなかった


 誰かの物が欲しい。

 だけど努力したくない。

 だから暴力で奪おう。

 その上、そんな事を町でやらかして捕まっても、一切悪びれず反省もしない様な。


 はっきり言えば、自分が愚かな事にすら気づけない馬鹿がこの集落に生きる者の大半だった。

 タイガーも元々はそんな愚かな、街でやらかして追放され流れ着いたその一体に過ぎなかった。


 自分には鋭い爪があり、牙があり、言うなれば力がある。

 なのにどうして力なき者に従わないといけないのか。

 奪い奪われる弱肉強食の世界に生き、そしてそれに死ぬ。

 それが獣人の正しい在り方だ。

 そう、本気で思っていた。


 その在り方が変わったのはほんの十数年前。

 アマリリスと呼ばれる赤子連れの獣人の女が現れてから。

 それから、全てが変わった。


 アマリリスは滅多に力を振るわなかった。

 牙や爪を見せるのは生きるのに最低限必要な時だけで、暴力で誰かを脅す事などせず……逆に脅されても歯向かわずさっさと逃げだすだけ。

 だから最初、アマリリスは皆から馬鹿にされていた。

 弱虫の弱者だと。


 そのはずだったのに……一日一日と日を追うごとに何故かアマリリスの元に向かう獣人の数が増え、そしてその獣人達は笑顔に満ちていた。

 タイガーの妹もその一体だった。

 ただ守られるだけだったタイガーの妹は、いつしか満面の笑みを浮かべる様になり自らで仕事を見つけ自立しタイガーに頼らずとも生きられる様になっていた。

 それが、タイガーは何故かわからないが酷く不快だった。


 嫌な気分になって、憎たらしくて……。

 だからタイガーは、何時もそうしている様に嫌な物を自分から排除しようとした。


 戦いに行った。

 逃げられた。 

 それでもしつこく戦う様要求し続けた。


 戦う気がない奴を襲いたくない。

 だけど貴様が気に食わない。

 だから俺と殺し合え。

 そんな馬鹿馬鹿しく理屈も通らない駄々。


 アマリリスはずっと戦う事を拒否していたが、そんな会話を繰り返している内に意見を切り替えた。

『それがきっと、貴方の為になるね。だったら良いよ。戦おう』

 その意味がその時のタイガーにはわからなかった。

 ただ、ようやくこれで妹を奪った女を殺せると喜んだだけで……。

 そして結果は、惨敗だった。


 自慢の爪も、牙も、力も、全てが通用しなかった。

 獣人としての力すら使われず、誰が見てもわかる程圧倒的な大差を付けられて負けた。


 悔しかった、情けなかった。

 だけどそれ以上に、恥ずかしかった。

 負けるなんて思ってすらいなかった。


 そんな惨めな敗者に、アマリリスは声をかけた。

『勝者の言う事は何でも聞くんだよね?』

 楽し気に、優しく笑いながらの言葉。

 それはタイガーには嘲っている様にしか見えなかった。


 喚きちらし、叫び、負けを認めず、逃げ出したかった。

 だが、それは出来なかった。

 今までタイガーはそうやって、勝った者が正義で負けた者が悪と断定し生きて来た。

 それに逆らう事だけは、自分の生き方に逆らう事だけは出来なかった。


 そしてアマリリスがやらせた事は……何てことはない、ただの狩りだった。

 獣を狩って、鳥を狩って、食える意思無き魔物を狩って。

 言われた様に、言われるままに決められた数だけを狩り、タイガーはアマリリスにそれを見せた。

『おおー! 凄いね君』

 まるで自分の事の様に、アマリリスはそう喜んだ。

『こんな事、誰にでも出来るだろう』

 本当にそう思い、タイガーはそう言葉にする。

 弱い獣を一方的に狩るなんて、皆が出来ると思っていたからだ。

 だけど、アマリリスはそうは思わなかった。

『そんな事ないよ。それは君の力。君だから出来た事。君のその胸に秘めた強い獣の力だよ。さ、次はこれをこの場所に持って行ってね』

 そう言ってアマリリスはタイガーに地図を渡した。


 何故かわからないが、アマリリスの命令を聞く事が、タイガーは前より苦痛ではなくなっていた。


 言われるままに持っていった先でタイガーは狩った獲物を渡すと、知らない獣人に毛皮を剥がれ、肉に分解され、そしてタイガーはその代わりに少々の金銭を受け取った。

 金なんて誰かから奪うか戦利品のオマケ程度にしか考えていなかったタイガーはそれをどこか拍子抜けした気持ちで受け取り、そして戻ってアマリリスに渡した。

 これがアマリリスが欲しかった物だと考えて。

 アマリリスはその内の一割程度だけを取った後、残りをタイガーに返した。

『君の手間賃だよ。また明日もおいで』

『明日もやんのかよ……』

「あれ? 言う事聞くんでしょ? ほら。それとも明日も戦って勝ったらにする?』

『……ちっ。明日は俺が勝つ!』

 そう言ってタイガーはふんぞり返ったまま、自分の家に戻った。


 そして翌日からしばらく、タイガーはアマリリスに負け、また命令を受けるという日々が続いた。

 そこから、大体一月位後だろう。

 アマリリスにもう大丈夫と言われたのは。


 気付いた時にはタイガーは既に手遅れと言える程、周囲から猟師として覚えられていた。

 アマリリス関係なく狩りの仕事依頼が舞い込む様になり、皆から猟師として尊敬され、金銭で物を買うという文明的な暮らしが出来る様になり……そして巡り巡って妹からも尊敬される様になった。

『やっぱりお兄ちゃんは恰好良いね。』

 そんな事を少し疎遠になっていた妹に言われ、ようやく気が付いた。


 手に職を付けて貰い、欲しかった名声と妹からの尊敬を貰い、生き方を教えて貰い……そこまでされて、馬鹿なタイガーはようやく、理解出来た。


 自分が、本当の意味で馬鹿過ぎた事。

 どうしてアマリリスが皆から好かれていたかという事。

 そして、生きるという事は好き放題して良いという事では決してなく、知らない誰かと折り合いを付け、共に仲間として手を取り合い共存していくものだという事を。


 それは全体で見たら小さな変化でしかない。

 一体のゴロツキが馬鹿なゴロツキのまま、ただ真っ当に生きられる様になっただけ。


 だが、その小さな変化を幾度も幾度も飽きる事なくアマリリスは繰り返し……そして、気づいた時にはその繰り返しの小さな変化により、この辺りの集落群は文明に馴染めなかった獣人達の正しく救いの場となっていた。


 俺達が救われたから今度は俺達が逃げて来た奴らを救ってやる。

 そんな意思を持った獣人の手によって。


 その最初の一歩を、レールを敷いてくれたのが、この集落群の救いの主が、アマリリスという名前の獣人だった。




「つーわけで、この辺りって平和だろ? 酒飲んで肉食って寝ても生きていられる。まあ色々雑だし不便ではあるが……それでもせせこましく生きなくて良い。それをしてくれたのが……パルのおっかさんなんだよ」

 そう、照れ臭そうにタイガーは言葉にした。

「……なるほどねぇ……。ま、俺も女性に酷い事したい訳じゃあないから安心してくれ。泣かせるのは寝床だけにしたいからな。それに……そんな凄い奴を……いや、この辺り一帯を敵に回す様な事をする程俺もアウラも馬鹿じゃない。だから……いや待て。エリー、もしかしてモーゼはこれが狙いか?」

 クロスの言葉にエリーは眉を顰めた。

「零ではないですけど……可能性は低いかと」

「どうしてだ?」

「それなら私達やパル君を絡める理由がないからです。アウラ様からの暗殺者とでも言って差し向けた方が早いです。ですので、モーゼ様の思惑はたぶん逆にそのアマリリスさんの名声を利用する方かと」

「……うーむむ……。やっぱ俺にはわかんねぇや。とは言え、やる事は見えたな」

「何だ? 俺は何をすれば良い?」

 タイガーは前のめりになりながら、酒に酔った赤い顔でクロスに近づいた。

「何もせんで良い。後する事はあれだ……。後から来た他の奴にぐちゃぐちゃにされない様、俺がパルの母さんに直接会って、少し話してどうしたいか相談して、そんなパル母が困らない様な出来るだけ軽い罪を決めて守ってもらう。そんだけだ」

「……そうか。無罪は無理って言ってたもんな」

「ああ。悪いがそれは無理だ。出来る限り軽くするよう約束はするが……」

「いや。パルが納得してるなら俺は何も言わん。これ以上は何も言えん。だけど、関係ない事を一つ尋ねても良いか?」

「何だ?」

「いや……パルのおっかさんに会うのさ、ちょっと楽しみにしてない? 下心とか男女の出会い的な意味で」

 クロスはそっと、顔を反らした。

 逸らしたまま、タイガーに尋ねた。

「……パルのお母さんって、綺麗?」

「おう。俺はそうはならなかったが……この辺りに住んでる奴らにめっちゃくちゃ言い寄られた。特に、パルがいきずりの相手って聞いてるからな。チャンスがあるんじゃないかと思った奴らが現れまくってとにかく求婚されまくった。パルの事も気に入ってパルのおっとおになりたいって奴もそこそこいたしな」

「んで、結果は?」

「パルのおっとおの話が出てない辺りで、わかってるだろ? そういう事だ」

「……チャンスはなさそうだが……まあ目の保養にはなりそうだな。楽しみだ」

 そうぽつりと呟くクロスを見てタイガーは沈黙し……そしてゲラゲラ笑った。

「あんたうちの集落来いよ。その阿呆さ具合獣人じゃないが俺達にお似合いだわ」

「それも悪くないだろうなぁ。まじで」

 そう言葉にし酒を酌み交わすクロスとタイガーの姿は、周囲にはまるで義兄弟の様に仲が良く見えた。


ありがとうございました。

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