ほつれ、ほどけて来た旅の理由
朝、目覚めたクロスが何よりも最初に感じた事は……二日酔いになっていない事への安堵、そしてそれに対しての心からの感謝だった。
割と良くない飲み方をして、記憶が半分潰れている。
にもかかわらず頭痛がしてない事は、本当に……心の底から嬉しい事だった。
やはりというか何と言うか飲みすぎて体に気だるさこそ残っているのだが……あの辛く苦しい頭痛に比べたらこの程度何の苦でもない。
そんな事を考えた後クロスはきょろきょろと周囲を見て、横で寝ているはずのパルスピカがどこかに行っている事に気づき、顔を顰めた。
「……ああ。寝過ごしたなこれ」
そう呟き、クロスは昨日の内に借りた寝る為だけの部屋を出て、一階のダイニングルームに移動する。
そこには、既に朝食を終えクロスを待っていたであろうエリーとパルスピカの姿があった。
「おはようございます。いえおそようございます」
エリーはにこやかにそう言葉にした。
「おそようございますほんとごめん。んで今何時?」
「大丈夫。まだ九時ですから」
「……夜九時とかじゃないよね?」
エリーはくすりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ翌日の朝九時ですから。それで……朝食はどうします? 食べられそうですか? と言っても私が作った物じゃなくって村の方が用意してくれた物ですけどね」
「それなら安心だな」
「……どういう意味か聞かなくてもわかるのが悲しいですね」
「ごめんごめん冗談だよ。今度ちゃんと料理教えるから」
ぷくーと膨れるエリーにクロスがそう宥めると、エリーはこくんと頷いた後クロスの食事を用意しだした。
出て来た朝食は少々風変りな物だった。
野菜のサンドイッチは普通。
干し肉もまあわかる。
だが、ベリー系の冷製フルーツスープというのはクロスとしても少々以上に不思議に感じる物だった。
「……このスープって……一体どういう理屈で作ったんだ? ジュースでもなく……スープか……」
そう呟き、クロスはそのスープをひとしゃく掬って口に運ぶ。
それは、想像以上に酸味の強い味だった。
おそらく酢が多く入っているのだろう。
ベリーの酸味に加えて酢の酸味が加わり、唾液が出て来る様な味。
と言っても決してまずい訳ではなく、むしろ美味いぐらいなのだが……それ以上にこれは目の覚める味で、朝食という意味でも食前のスープという意味でも合理的だと思える様な味だった。
「果実酒に適さなかったり残ったりした物を処理する為の工夫として作られたらしいですよ。特に料理名も決まってないらしいです」
全く同じ感想を持ち事前に村民に尋ねていたエリーは聞いた情報をそのままクロスに伝えた。
「なるほどねぇ。うん。材料も予想付くしこれなら真似出来そうだ。と言っても、たぶん作る事はないけど」
「どうしてです? 私は結構美味しいと思いましたけど駄目でした?」
「いやいや。ただ、果物と酢を常備出来る状況でかつ朝食にこれをゆっくり作れる環境ってのは移動中は無理でしょ。んで、城下町に戻ったら案外俺が飯作る頻度少ない。アウラの世話になったりぶらついて食事したりするからな」
「なるほど。てっきりすっぱすぎてって意味かと思いました」
「いや、この位なら大丈夫。……って、そいやパルはこれ大丈夫だったのか? 酸味強かったろ」
果物を使った割には子供の苦手そうな味だった為クロスはそう尋ねる。
パルは少し申し訳なさそうな苦笑いを浮かべた。
「苦手だったのでヨーグルトを足してもらいました」
「なるほど。そういう食べ方もありか……」
しみじみとそう呟き、クロスは再度スープを口に運び、そしてその酸味を誤魔化す様サンドイッチを大きく頬張った。
食事も終わり一呼吸を付いて、さて村を出発しようと考えた後、酒に飲まれた状態で何か約束をした様なしなかった様な……そんな曖昧な記憶が呼び覚まされ、クロスは悩む様な仕草をして見せた。
「……なあエリー。俺この村で何かやる事あったかな?」
というか見栄を張って俺がしてやる的な事を言った様な気がしたクロスはそうエリーに尋ねた。
「んー。そうですね……。クロスさん。もし女性の方が困っていて、男手が欲しいって嘆いていたらどう答えます?」
「そりゃ俺で良ければ何でも……あ」
そこまでエリーに言われ、クロスは昨晩の事をはっきりと思い出す事が出来た。
めたらく酒を飲んでいたある時、女性の集団がクロスの元に顔を出した。
『これ、私達が作ったお酒です。良ければどうぞ』
そんな事を言われ、クロスは喜んでおしゃくされがばがばと酒を飲む。
その時、その獣人の綺麗どころ集団を見つめニヤニヤしながら、クロスはこう呟いた。
『女の子ばっかで困ってない? 大丈夫?』
『やだ女の子なんて。もう私達良い年ですよー。でも……困った事は幾つかありますねぇ。やっぱり若い男性の方がいないのでどうしても力仕事とかそういう事が……』
『よっし! んじゃ俺が全部纏めて何とかしてやるよ。こんな可愛い子達が困ってるならそりゃ、動かない訳にはいかないもんな』
『本当ですか!? きゃー嬉しい! じゃあ今日はその分沢山飲んで下さいね!』
そうしてクロスはその言葉通り、これでもかと浴びる程酒を飲んだ。
「……ああ。うん、思い出したわ。すまんエリー、パル。出発遅れる」
クロスの言葉にエリーとパルスピカは微笑みながら首を横に振った。
「気にしないで下さい」
「悪いな。んでさ、俺何したら良いかわかる? それとも村長とかに聞いた方が良い?」
「いえ。こちらで既にリストアップしておきました。どうぞ」
「流石有能な従者様。いつも済まないねぇ」
そう言葉にし、クロスはその紙を受け取った。
書かれていた仕事内容は二種類。
木々や石等の故障で通りにくくなった道三カ所を拡張し馬車も通れる様にする事が一つ目。
これは近場で移動含めて二時間位で終わりそうである。
問題はもう一つ。
少々距離が離れている上に、内容も盗賊退治というもの。
これは急がないと今日中にすら終わらないだろう。
「……ああ。すまん。今日も泊まりになりそうだ。……ところで……これだけだった? 何か雰囲気的にはもっと沢山ありそうだったけど……」
「この村の中で出来る手伝いは私とパル君が分担して行いますのでご安心を」
「ああ……すまん。俺の見栄の所為で迷惑かけて」
「いえいえ。宴を楽しんだのは私達もですから。ねパル君」
パルスピカは満面の笑みで頷いた。
「はい! 僕にとってはご近所付き合いの一環でもありますから。なので出来たらしっかり手伝わせて欲しい位です!」
ふんすとやる気を見せるパルの頭を、エリーはわしゃわしゃと撫でまわした。
「……んー。なあ、この盗賊ってあのタイガーとかじゃないよな?」
そうクロスが尋ねると、パルスピカは首を横に振った。
「いえ。もっと真っ当な……盗賊に真っ当も何もないですが、普通に性質の悪い盗賊らしいですよ」
「オーケー。後腐れなくて良さそうだ。んじゃ、俺は今から急いでこの二つ終わらせて来るから、村の事はエリー、パル、任せたぞ」
二体が頷くのを確認し、クロスは最低限の武具と荷物だけを持ち村をさっさと飛び出していった。
「それじゃあパル君。料理関係お願いね?」
「はい。それは良いですけど……良いんですか僕が料理の方で? 絶対エリーさんの方が仕事多いし大変でしょう。変わりましょうか?」
「いえ。料理の方が私には大変なので……」
そう、エリーは絞り出す様言葉にした。
「いやそうはいっても小麦粉練ったりパン焼いたりのお手伝いですよ? そんな大層な事……」
パルスピカはそっと無言で顔を逸らすエリーを見て何かを察し、それ以上は何も尋ねない事にした。
その位の気遣いは、幼いながらもパルスピカは理解出来ていた。
道の修理はそこまで大がかりな物ではなく、大きな石や道にかかった木を切り倒す位で終わった為三カ所回っても大した時間はかからなかった。
盗賊は獣人以外の魔物の集団二十体位が地図にある洞窟を根城にしていたが、正直タイガーよりも弱い位で大した事なく、あっという間に捕縛……しようと思ったのだがどうやら本当に真っ当な意味で盗賊だったらしく、明らかに好き勝手やった跡があった為、クロスは迷わず根絶やしにした。
どちらの仕事も大して苦労もせず時間もかけず終わったのだが……それでも移動に時間がかかった為、クロスが村に戻って来た時には既に日は落ちており、また疲労したパルスピカの事もあってクロス達はもう一晩、その村に泊まらせてもらう事になった。
ちなみに村長は『幾らでも泊まっていきなされ』という優しい言葉を発し、昨日と同量程の酒をクロスに勧めてくれた為、クロスは翌日もまた気だるさを抱える事となった。
最初の村を出てしばらく移動をしていると、一目でわかる程の変化が現れた。
今まではゆるやかで移動しやすい道だったのが、ここにきてそれが一気に変化する。
明らかに増える崖や山。
砂利や石が転がり数少ない平地ですら馬車が通りにくい様な道で、またその道自体もぐねぐねとカーブが異常な程多く、それはもはや迷路に近く道というよりは未知である。
だからだろう。パルスピカがここからは道を間違えるかもしれませんなんて言うのも正直仕方がないとさえ思えた。
明らかに進みにくい道を迷い迷い移動し、原生生物や意思なき魔物、また盗賊山賊等襲う事を生業とする者達に襲われ……。
戦力的には別に過酷という事はなく、パルスピカを庇いながらでも何の問題もなく進めはしているのだが……やはり連日の襲撃に加え移動が難しく迷いやすい道の所為で進行速度は非常に緩やかな物となっていた。
そんな日が続いたある日の晩……。
ぱちぱちと焚火の中で小枝が折れる音が響く。
その様子を見てクロスが小枝を追加で投げ入れている際に、エリーはぽつりと呟いた。
「最初の村を出てから、何日位経過しましたかね?」
「ん? そうだな……えっと……二十五日だな」
指を数えながら、クロスはそう呟いた。
「……二十五日。大した進む事もなくそれだけの時間が経ったという事ですね」
「そうだな。まあ、そういう事もあるさ」
「クロスさん……。私、最初の方からこの旅に違和感が……」
「気のせいだろ」
切り捨てる様にそう言ってにこやかに微笑み、クロスは再度小枝を焚火に投げ入れる。
入れる傍から小枝は燃え、折れ爆ぜる様な音が響いた。
「クロスさん。やっぱりおかしいですよ。だって最近回り道が多いし……。まるで……」
そう呟き、エリーはパルスピカの方をちらっと見た。
『ごめんなさい。道間違えました。二つ前に戻って下さい!』
『ここは廃村で盗賊の根城になってました……。何時の間に……』
『この村は前の時良く歓迎してくださいました。少し休んでいきましょう』
そんなパルスピカの言葉。
その時はそうでもないが、後から考えると違和感の残る言葉。
そもそもの話だが……これだけの距離にもかかわらず最初から一度も馬車に乗らず来ている。
こういう道なら飛行便ですら良いだろう。
そう考えると、おかしくない訳がない。
「エリー。ストップ。それ以上は……」
「いえ。言わせてもらいます。怪しまない訳が……」
クロスは、慌ててエリーの口を手を塞ぎ、そっと紙を見せた。
『今すぐ、パルが寝ているかどうか魔力でこっそり確認しろ。起きていたら会話中断だ』
そんな文章を見て、エリーは驚きながらもこくりと頷き言われた通りにした。
「……狸寝入りではなく、本当に寝ています」
その言葉を聞き、クロスはほっと安堵の息を吐いた。
「クロスさん。そんな事するという事は疑っていないのではなくて……」
クロスは苦笑いを浮かべた。
「エリー。エリーは俺がパルの事気に入っているからパルを疑わっていないと思っていたな?」
「はい。違うんですか?」
クロスはエリーの返事を聞き、大きく溜息を吐いた。
「確かにさ、俺はパルの事めちゃくちゃ気に入っているぞ」
エリーは同意する様、しっかりと頷いた。
クロスは女性に対しては甘く男性に対しては厳く、そして子供にはかなり優しい。
だが、パルはそんなクロスの一般的扱い以上に贔屓している様エリーには見えていた。
強いて言うなら、弟子扱いに加えて大切な預かり子の様な、そんな扱いに近いだろう。
「だけどさエリー。俺がパルを自由にしていたのはそれだけが理由じゃないぞ。そもそも、パルが怪しいってのは始めからの話だし」
「そうなんですか?」
「ああ。モーゼの紹介の時点で怪しかっだろ? そして開幕でさ、馬車が嫌いだから避けたなんて幼稚な言い訳をした段階でもう文句なしに真っ黒だ」
「じゃあどうして……」
クロスは再度、盛大に呆れる様溜息を吐いた。
「あのなぁ……アウラがパルの事見逃すか? こんな幼稚で俺ですらわかる程甘いパルを見逃す程甘いタマかあの魔王様が」
「あ……」
その言葉で、エリーはクロスの真意が理解出来た。
アウラがパルスピカの情報を集めず放置している訳がなく、パルスピカというわかりやすい存在がアウラを出し抜けるわけがない。
にもかかわらずパルスピカが怪しいとクロスやエリーに伝えていないという事は……アウラが黒幕側のはずのパルスピカを放置している何らかの理由があるという事。
だからこそ、クロスは最初から怪しいとわかり切っていたパルスピカを気にせず、共に冒険をしていた。
「じゃあ、クロスさんはパル君が一緒にいる事に黒とか白とか以外の何らかの特別な理由があると……」
「そこまではわからんが……まあアウラが敢えて放置する様な理由はあるんじゃね? ちなみに俺はパルが黒なのは確かだが同時に大して悪い事は考えていないと思っているぞ」
「どうしてです?」
「やり口が幼稚なんだよ。パルの奴。だからさ同時に元老なんたらと目的が一致していないと考えてる」
「……ふむ。どういう……いえ、考えたら簡単ですね。元老機関のやり口とパル君の目的が一致していない可能性は非常に高いです。そもそも、パル君は元老機関の事を知りさえしないかもしれません」
「ああ。元老なんたらの目的は知らんが、パルの目的は今の行動を見ると俺達を遅延させ辿り着かせない様にする事だろう。もし、元老なんたらの目的がそれだったら、最初から俺らに行く様命じないはずだ。だから元老とパルの思惑は違うだろう。付け足すなら、元老なんたらの思惑を俺は考えない事にしている」
「どうしてですか?」
「考えてもどうせわからないからだ。素人判断の俺が考え込んだってどうせ下手な考えにしかならん」
「……それが正解かもしれません。アウラ様と対等に政治で渡り合う方々ですからね。どうせどう転んでも得する様な事しかしないでしょう」
「という事で……悪いんだけどもうしばらくパルに付き合ってくれない?」
「別に良いですけど……いつ位までですか?」
「パルがもう少しわかりやすいボロを出すまで。……このペースならそう遠くないと思うけどな」
最近焦りが見えつつあるパルスピカの事を考え、クロスはそう呟いた。
「わかりました。ですが……その……それが露見した時……クロスさんはパル君をどう……」
不安げなエリーの言葉を聞き、クロスは微笑んだ。
「最初から言っただろ。俺がパルが気に入っているって。とりあえず、どう転んでものびのび育つ様にアウラに頼むつもりだ。……もし親がいないとかロクデナシだったら、俺が引き取りたいなーなんて言ったら……どうする?」
「その時は私が母親ですね」
一切迷わずそう答えてくれたエリーに少し驚いた後、クロスは微笑みエリーに小さく頭を下げた。
ありがとうございました。




