馬鹿が来るリターンズ
エリーは主のわくわくしきった顔を見て、少々不思議な気持ちとなる。
一体この状況の何がそんなに楽しいのか、一体何にそんなに期待しているのか。
この後の展開を考えると嫌な予感しか感じないエリーにはわからなかった。
この頭の悪すぎる状況に、エリーはただただ困惑する事しか出来なかった。
歩きの旅のその最中、唐突に表れた獣人三体。
しかもその内の一体は、非常に認めたくない現実なのだが……タイガーと名乗っていたあの馬鹿である。
もうこの段階で、嫌な予感はただの確信でしかなかった。
「待っていたぜ!」
ドヤ顔で腕を組み、そう言葉にするタイガー。
エリーは頭痛に苛まれていた。
誓っても良い。
どうせ前回と同じで、下らない結末を迎えると。
だからこそ、エリーは時間を無為に割くこの状況に対して、酷く虚無的な感情を覚えていた。
「ほぅ。俺に用事とな?」
クロスの楽しそうな声、タイガーはふふふと含み笑いを見せた。
「ああ。俺様の自慢の爪をよくもやりやがったな。……どうして、あの時この俺様が一方的に負けたかわかるか?」
「さあ? どうしてだ?」
「人数が違ったからだ! そっちは三体、こっちは一体。だから負けたんだ!」
きりっとドヤ顔でそう言葉にするタイガー。
「いや、あの時クロスさんだけだったでしょう戦ったの……」
エリーがそう呟くが、タイガーだけでなくクロスすらその言葉は聞こえなかった事にした。
「だから……今回は俺達も三体にした。どいつもこいつも俺に負けず劣らずの無頼漢よ」
そう言葉にした後、後ろに控えていた二体はタイガーの両脇に移動した。
片方は黄色と黒の縞模様という独特の髪をして獰猛な表情の男。
おそらく、虎の獣人だろう。
もう一体は二足歩行ではあるが、かなり獣に寄っている。
ずんぐりむっくりの大柄で、二メートルは軽く超えていて全身顔含めて茶色の毛皮に覆われて。
こっちはほぼ間違いなく熊だろう。
というか熊以外の何者にも見えない。
ちなみに、やけに瞳がつぶらである。
「まずは俺! 孤高のロンリーウルフ! デンジャラスタイガー様!」
ばばーんと効果音でもなりそうな決めポーズでタイガーはそう言葉にした。
「……どこに突っ込めば良いかわからない位言葉の中に矛盾が溢れているのですが……」
エリーの言葉にクロスはケラケラと笑った。
「次は俺、漆黒の獣戦士、ブラックタイガー……」
そう呟き、ふっと笑う虎の男。
「いや貴方黒要素あんまりないじゃないですか。全体の一割位? しかもタイガーで被っているしあっちはタイガーじゃないしそれ以前にブラックタイガーだと海老になりますよ?」
そう突っ込むエリーだが、やはり周囲には声が届いていない。
まるで自分だけ違う世界に居る様な、そんな錯覚にエリーは陥った。
というか、違う世界に逃げたかった。
「……くま」
最後の獣人、熊っぽい外見のもふもふはそうとだけ言葉にした。
「あれ? 貴方は特に何もないんです?」
「……いや、だって恥ずかしいし……」
そう言って照れながらもふもふの腕を後頭部に当て恥ずかしがる熊。
「うん。貴方のその感性はとても普通です。是非大切にしてください」
エリーはしみじみと、そう呟いた。
「数はこれで五分と五分。そっちは女子供だけど関係ないよなぁ!」
何故かタイガーは唐突にいきりだした。
「ああ。構わんぞ? やるのか?」
クロスの言葉の直後、タイガーは慌てて手を前に出した。
「ちょっと待った! 今度は武器あり、武器ありでやろう!」
「ん? 別に良いけどどうしてだ?」
「だってお前素手が得意なんだろ? だからお前の得意を避けようっていう俺の知的な作戦」
「なるほどなるほど。別に良いぞ」
「お、すまんな。という訳で剣で勝負だ」
そう言葉にし、三体の魔物はそれぞれ武器を装備した。
タイガーは大きなブロードソードを。
デンジャラスじゃなくて黒い方のタイガーは草刈り鎌を。
そして熊は丸太を構え――。
「いやちょっと待って下さい」
エリーはいかにも戦いが始まりそうな空気を止め、間に入り込んだ。
「なんだ女? 何か文句あるのか?」
タイガーが不快そうにそう言葉にした。
「いえ、貴方は今回は大丈夫です。十分合格です。そっちの黒虎とくまさんの方です。まず……何となく理由わかりますがくまさん。どうして丸太?」
「剣……持てないんです……この手……」
しゅーんとした口調でそう言葉にする熊。
エリーはうんうんと頷き、背中をとんとんと叩いて慰めた後、合格と呟きタイガーの方に送り出した。
「そして本題の貴方。なんで草刈り鎌? 剣とかそういう話じゃなくて武器ですらないじゃないですか!?」
「いや、だってこれ位しか家になかったし……」
「最初に用意しておきましょうよそういう話だったんですから!?」
「だがなぁねえちゃん。良いか、良く聞け……」
「はい。聞きたくないけど聞きますよええ」
「俺が剣って言ったら、剣なんだよ。これは草刈り鎌に見えるけど剣なんだ。それで良いだろ?」
エリーはちらっとクロスの方を見た。
「面白いから剣という事で」
エリーは盛大に溜息を吐いた。
「はいはいどうぞ好きになさってください。でも先に言っておきますね。クロスさん素手より剣の方が得意ですよ」
その言葉を聞き、タイガーはぴたっと体を止めた。
「え? まじで?」
タイガーの言葉にクロスは頷いた。
「うん。まじで」
「……苦手な武器とか、ある?」
「基本的な武器は大体使えるぞ。強いて言えば……」
「強いて言えば?」
「素手が苦手かな」
「……作戦ターイム!」
タイガーはクロスの方を見ながら冷や汗だくだくのままそう叫んだ。
「認める!」
クロスの言葉を聞き、三体の魔物は円陣を組みぼそぼそと相談を始めた。
「……もう、放置して行きません?」
もうお腹一杯なエリーはそう呟くのだが……その主はエリーとは真逆で、わくわくと楽しそうな表情で首を横に振った。
十分程相談した後三体の獣人はバラバラに移動し……そして一時間後、三体は息を切らしながら戻って来た。
「という訳で、怪我するのが怖……怪我したら可哀想だからという理由で木剣での勝負とする! 勝負は正々堂々三対一! 異存はないな!?」
クロスはゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。
「おう! 良いぞ良いぞ。んで、俺はそっちの準備した木剣を持てば良いんだな?」
もう見るからに怪しい木剣を指差しクロスがそう尋ねた。
「ま、流石に素手というのは怖……可哀想だからな。貸してやっても良いぞ」
「俺木剣持ってるぞ? パルの訓練用に」
「貸して! やっても! 良いぞ!」
そう叫び、タイガーはドヤ顔で木剣を強引に押し付けて来た。
「はいはいオーケーオーケー。いつでも良いぞ」
「よし。十数えてから勝負だ。お前ら散れ散れ。男同士の真剣勝負に女子供が混じるな邪魔だ」
黒虎さんがそう叫び、エリーとパルを離れた場所に移動させた。
「よし。じゃあカウント始めるぞ。……十……九……八……七……六……五四三二一死ねぇ!」
事前に相談していたのか急にカウントを早口で叫び、更に三体はぴったりなタイミングでうぉおおおおと叫びながら突撃してきた。
クロスは一旦、渡された木剣を地面にたたきつける。
予め切れ目が入っていた……というか切断寸前になっていた為、持ち手の上あたりからその木剣は真っ二つにぽきりと折れた。
その持ち手を捨ててから、持ち手以外となった剣を掴み、クロスはぴったりと完璧に揃った動きを見せる獣人三体の振り上げる剣に、側面から木剣を叩きつけた。
パキンパキンパキン。
心地良い音が連続して響き、気づけば三体の木剣は綺麗に真っ二つとなっていた。
「……え? ……え?」
虎と黒虎はお互いの先のない剣を見ながら首を傾げ……少し悩むそぶりをした後……木剣を捨てクロスに襲い掛かった。
「こうなりゃヤケだ! やってやるよおらぁ!」
ゲラゲラと笑いながらクロスも剣を捨て素手で迎え撃った。
試合時間、合計約五分。
虎と黒虎合わせて十秒位で、残り時間は熊との壮絶な一騎打ちだった。
毛皮の所為かチキンな性格の所為か、熊は意外な程強かった。
「ちくしょう! 覚えてろ!」
よたよたとしながらお決まりの捨て台詞を吐くタイガー。
叫ぶ元気はあるらしいが歩く元気はないらしく、タイガーは熊の肩に担がれている。
そのまま熊は虎と黒虎を担いだまま、ゆっくりと退場していった。
「次は昼飯時に来いよー。一緒に飯食おうぜー」
そう叫び元気良く手を振るクロスに、エリーは溜息を吐く。
何故か熊は嬉しそうに、クロスにぶんぶんと手を振りながら後ろ歩きで去っていった。
「ところでパル。今更だけど……あの三体に知り合いいる?」
「いえ……さっぱり知りませんし……知りたくもありません」
パルスピカはエリー同様困惑し頭痛が走っている様な顔で、そう吐き捨てた。
のんたらのんたらと牛歩での移動。
まったりという言葉がとにかく似あう様な速度で和気あいあいと言った感じで移動する事しばらく、ようやく景色が少し変わり、小さな村が見えてきた。
色合いがやけに地味な木の家が二十程あるだけでそれ以外には何の設備も見えない、良く言えば牧歌的、悪く言えば殺風景な農村。
そんな場所が、獣人地区最初に見た村だった。
「とりあえず寄らせてもらって食料等旅に必要な物を補給させてもらいましょう」
パルスピカはそう言葉にした。
「……大丈夫か? 迷惑にならない?」
クロスは不安げにそう尋ねる。
割と厚かましいクロスが遠慮しようと考える程度には、その村は寂れた様に見えていた。
「大丈夫ですよ。見栄えは酷くても大丈夫な場合が多いですから。本当に駄目だったら……その時はその時で」
そう言葉にするパルスピカに不承不承ながら頷いて見せ、クロスはその村に入っていった。
村に入ったクロス達を出迎えたのは、なんと村の住民全員だった。
高齢の男性一割高齢の女性三割。
若い女性四割に残り子供。
そんな村民達は皆がクロス達をにこやかに歓迎して見せていた。
中央にいる高齢の男性獣人が一歩前に出て、ぺこりと頭を下げた。
「こんな名もなき村に良くお越し下さいました。ささやかながら歓迎の宴の用意も出来ております。どうかお楽しみに――」
「いやちょっと待ってくれ」
慌ててクロスはそう叫んだ。
「はい? どうしました?」
「いや。この歓迎ムード……何? どした? どういう事?」
「はて? どう……と、言われましても……貴方様かそちらの美しい女性のどちらかが有名な方なのでは?」
「は、はぁ……一応は……。というか、俺達が何か知らないのにこんなに歓迎してるのか!?」
高齢の男性は、楽し気に笑った。
「ほっほっほっ。そうですとも。我々は失礼な事に貴方が誰なのかも知らずに歓迎させて頂いています。というのもあれです。有名な方が来たからとりあえずもてなそうというのがこの村の総意で御座いますので。ささ、貴方様が誰で、どの様な事をしてきたのか、それをどうかこのおいぼれ達に聞かせて貰えないですかね? 飲みながらでも……」
「飲む……という事は……」
クロスの言葉に、村長はニコリと微笑んだ。
「ま、田舎の楽しみと言えばそれ位しかありませぬ。逆に言えば……それなら多少は自信がございますので」
「……という事でエリー、パル。こんな大勢の好意を無碍には出来ない。だろ? だからありがたく席に付かせてもらおうか」
きりっとした口調でクロスはそう言葉にする。
当然、顔には酒が飲みたいと書いていた。
「はいはい。わかっていましたよこうなる事は最初から。とは言え、失礼なのは本当ですし、パル君もそのつもりみたいですから構いませんよ」
そんなエリーのお許しも出て、まだ昼下がりにもかかわらず宴の席が開かれた。
内容で言えば、大した事はしていない。
酒を飲んで、つまみを食って、クロスが自慢話をするだけ。
ただそれだけにもかかわらず、獣人達は多いに盛り上がった。
クロスが思ったよりも大物だった事、そんな大物に村としてもてなし酒をふるまえた事。
それはとても素晴らしい事だったらしい。
元人間であった事も獣人にとっては大した事ではなかったらしく、あっさりと受け入れられた。
またクロスの語る話は大体がスケールの大きな話となる為、大雑把な事が多い獣人には概ね好評だった。
とは言え、それだけが盛り上がりまくった理由という訳ではない。
というかこれだけ盛り上がった一番の理由は……単純に村民が暇だからだ。
要するに、誰か来たらとりあえず理由をつけて宴を開くのがこの村の古くからの習わしだそうだ。
出て来た酒は甘目の果実酒で、つまみは塩っ辛い干し肉。
酒は文句なしに美味いのだが……干し肉は不味くはないがどうも大味である。
という訳でクロスは塩抜きしてちゃっちゃと加工してみたところ……獣人達からそれもまた好評となる。
というかここの村民は塩辛い味が苦手らしい。
じゃあどうして塩辛い干し肉なんて用意しているのかと言えば……作るのが楽で日持ちするからだ。
大雑把で楽をしたがる獣人の特徴が、料理の味を二ランク程落としていた。
そんなこんなで苦労もなく簡単に出来る干し肉加工のレシピをクロスは村長に幾つか残すと、村長はそれをサインでも扱うかの様に額縁へ入れ広場に飾った。
そんなはしゃぐ子供の様な楽し気な宴も少々落ち着きを取り戻し、少ししんみりし穏やかに楽しむ感じになった夜八時頃、クロスは唐突に村長に質問を投げた。
「ところで村長さん。一つ聞いても良いかい?」
「はい何でしょうかクロスさん。未婚の子ならあっちとそっちとこっちで……」
「ああいやそれに興味がない訳じゃあないがそういう事じゃあない。そうじゃないんだ。非常に惜しいが……」
「別に一晩の過ちでも良いんじゃよ?」
「止めてくれ。死ぬ程惜しいけど流石にいかん。パル連れてそれはちょっと教育に悪すぎる」
「獣人の子なんてそういうの見慣れてると思うんですがの。それでクロスさん。質問とは?」
「ああ。関係あるのかないか知らんが、どうしてこの村には若い男性がいないんだ? 何か事件とかまずい事とかが過去にあったか?」
クロスの質問に、村長は少しだけ困った様な顔をしてみせた。
「……悪い。答えにくい事なら言わなくても……」
「いや、非常に言い辛いんですが……何の理由もありません。強いて言うなら……我々種族の性ですかね?」
「さが?」
「はい。若い世代はとりあえず外に出てはしゃぎたい気持ちが強いので適当に遊びまわるんですよ」
「んじゃ若い女性が多いのは?」
「丁度酒作りの時期だったから集まってるだけですな。ちなみにこの村以外の者も結構いますぞ。私らは酒は女が作るって習わしがあるんで」
「ほー。酒は女が作るって何か理由でもあるのか?」
「男が作る酒と、女が作る酒、どっちが飲みたいですか?」
「ああ。良ーくわかったわ。確かに大切な事だわな」
そう言ってクロスは果実酒の入ったコップを傾け一気に喉に流し込む。
それを知った後だと、さっきよりも尚美味しく酒を味わう事が出来た。
「さて、まだまだ楽しんで下され。せっかく来てくれたお客様をもてなしきれなかったとなると他の村の者達に笑われてしまいますからな」
「はっはっは。そういう事なら遠慮なく楽しませてもらいましょうかね」
そう言葉にし、クロスは若い女性達から酒を勧められ、言われるままにコップを傾け潰れるまで酒を飲み楽しんだ。
ありがとうございました。




