月明かり過ぎ、包み込む優しい悪夢
夜、テントのすやすやと穏やかに眠るパルスピカを見て微笑み頷いた後、クロスはテントの外に出て焚火の傍に移動した。
「ぐっすりだわ」
小さな声でクロスがそう言葉にするとエリーは微笑み、こくりと頷いた。
「はしゃぎ疲れたんでしょう」
「だな」
そう呟いてからクロスはエリーの傍に座った。
「夕食、パル君良く食べましたねー。何杯お代わりしましたっけ? よほど美味しかったんでしょう」
エリーが楽しそうに呟くとクロスは微笑んだ。
「満足いただけたなら良かったよ。かくいうエリーも結構食ってた様だが……」
エリーは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「美味しかったのでつい……」
「そりゃ光栄だ。気にせず幾らでも食ってくれ。足りない様なら少し増やすぞ」
「いえ、今でも十分ですから大丈夫です。それより……今日は蓬莱風ではなく普通の料理でしたね。何時の間に美味しく作れる様になったんです?」
エリーはそう尋ねた。
少なくとも蓬莱の里に向かう前まではクロスの料理は不味いとは言えないけど美味しいという程でもない程度の、そんな料理だった。
「ん? ガスターに料理本頼んでな、後はちょいちょいと一月読み込んで。こっちの世界の書物は読みやすいしわかりやすいから助かるわ。人間の時はこんな簡単に学べなかったよ」
「本を読んだだけで美味く作れるって凄いですねぇ。……って言ってもクロスさんの場合は分厚い下積みがあるからだと思いますが」
「下積み?」
「人間の時です。例え生まれ変わってもその手に付けた技術は消えませんよ」
「はは。……まあ……。下積みと言えば下積みか。……ただ……人間の時の料理は今思えば……うん……」
クロスは死んだ魚の様な虚ろな目でそう言葉にする。
それが当たり前だったからその時はどうも思わなかった。
だが、知ってしまった今ならば、その事実をはっきりと認識出来る。
人間だった頃美味しいと感じた食事は、仲間達が美味しいと言ってくれた自分の料理は、はっきり言って不味かったのだと……。
人間の料理を一言で表すならば、雑。
美味いとか不味いとか以前に雑だった。
味付けに困ったらとりあえず塩どばー。
煮るという単語の意味は長時間煮込む事のみ。
揚げれば何でも良いという様な感覚で、衣とかそんな事考えずどぼんと突っ込む。
大多数がそんな感じ。
それも、宮廷料理も含めてだ。
現にクロスも勇者達に用意した食事はぐずぐずに煮込んだ肉と野菜のスープとか焼いただけの肉が主で、そしてそれが実際美味しく感じていた。
「ま、料理に関しては期待しててくれ。正直美味い物作るのが楽しくなってるからこれからもどんどん上達する……はずだから」
「はい。期待してます」
そんなエリーの返事は主に対する社交辞令……ではなく、本気で楽しみにしているとわかる様な幸せそうな笑顔を浮かべてのもの。
社交辞令でなく本音だからこそ、クロスはその事がとても嬉しかった。
「にしてもクロスさんは本当……こう何と言いますか……向上心の強い方ですよねぇ」
「そうか?」
「はい。料理にしても戦闘にしても、どんな訓練も折れず勉強も嫌わず……あ、でもでも料理本以外はの本はあまり読んでない様ですね」
クロスはそっと顔を逸らした。
「本ってさ、眠くならない?」
「すいません。私読書好きなので」
クロスは居心地悪そうに後頭部を掻き苦笑いを浮かべた。
「ま、そういうのとか含めた難しい事はエリーに任せるよ。騎士の仕事かどうかはわからんが」
「お任せ下さい。……と、言いたいのですが、勉強はしておかないとクロスさんが困りますよ」
「そう言われてもなぁ……」
「いえ、生涯を共にするつもりですので私が手を貸す分は構わないんですが……魔法を習得するつもりならもう少し叡智を蓄えないと選択肢が……」
「……ああ、そうだった」
クロスは小さく溜息を吐いた。
クロスは魔法の適正自体は悪くなく、どの様な魔法でも覚えるだけの能力を持っている。
その反面相性の良い魔法は存在せず、また魔法の大多数は本人がどれだけ叡智を蓄えたか、どれだけ学んだかで魔法の性能が変化する。
故に、魔法を学び高めるという事は学問の道に入るという事とほぼ同意義である。
「なあエリー。勉強しないで使える魔法ってないのか?」
「うーん……。どうでしょう……私達精霊は魔法を使わずに魔法に近い事が出来ますが……それは種族的な物ですから……」
「ダメかぁ……。まあそりゃそうだよな。じゃないと世界が魔法使いだらけになるわ」
「一応一つ……知っている事は知っているのですが……クロスさんの好む内容ではないと思いますよ」
「と言うと?」
「又聞きなので詳しい事は知りませんが……筋肉で魔法を使う術式があると」
「……筋肉で?」
「はい。筋肉の質と量で魔法の威力が増減し、マッスルポーズを取る事で詠唱なく魔法を使用出来るそうです」
「ああうん。マッチョ的なのもカッコいいとは思うが……ちょっとというか何と言うか……俺の好みとは違うな」
「はい。むしろそれが良いという様でしたら私は迷わず命をかけて止めていました」
「そこまで?」
「そこまでです」
エリーはそう断言した。
筋肉を付ける事自体は決して悪くない。
むしろ、クロスが今のままトレーニングをしていたら必ず今よりも体格は大きくなるだろう。
だが、それはそれとして自分の主が筋肉隆々で半裸となり、ポーズを取る様になる事を良しと思う程、エリーの感性は飛びぬけていなかった。
ぱちぱちと焚火の木が爆ぜる音だけが響く静かな夜。
クロスとエリーは無言のまま、夜という時間を過ごす。
確かにクロスは話す事が好きであり、特に可愛い女の子との会話は大好きである。
だけど四六時中話し続けるという訳ではなく、こういう静かな時間も決して嫌いではない。
それが自分に靡かないとは言え綺麗な子なら、静かな夜も悪くないどころか最高な時間だと思っている。
クロスはエリーをちらりと見つめ、そんな事を考えた。
「どうかしましたか?」
目があった際、そう尋ねて来るエリーにクロスは首を横に振った。
「いや。綺麗な子に見惚れていただけ」
「はいはい。そういう事にしておきましょう」
「そういう事なんだけどねぇ……」
いまいち自己評価がおかしいエリーに対しクロスは苦笑した。
「……クロスさん。その……パル君は……」
「ん? パルがどうかしたか?」
「……いえ、何でもありません。大した事じゃないので。それよりクロスさんそろそろ寝られてはどうでしょうか? 夜前半は私、後半はクロスさんの当番じゃないです?」
「いや、ギリギリまでエリーと一緒にいたくて。とは言え……流石に寝ないとしんどいだろうしそうしよう。時間になっても起きなかったら起こしてくれ」
「わかりました。クロスさん。おやすみなさい。良い夢を」
クロスは微笑み、片手をあげ振った。
「ありがとう。おやすみ」
そう言ってクロスはパルスピカがいるテントの中に入っていった。
クロスは今の生活に非常に満足している。
そこそこの外見、そこそこ以上の地位と能力。
そして、誰にも馬鹿にされず親しくなれる状況。
人間の時では考える事さえなかった程、二度目の生は安らかで楽しい物である。
何と言っても、可愛い女の子に可愛いと言っても嫌な顔をされないのだ。
顔が違うからか、地位が違うからか。
それはわからないが、それは人間だった頃では考えられないもの。
しかも、それで悪くない雰囲気になればワンチャンすらありえるのだ。
楽しくない訳がない。
とは言え……そのワンチャンが叶った事は今のところ一度もないが……。
ただ、不満が全くない訳ではない。
流石に過去ともに冒険した彼らがいないからとは言わない。
それは言ってはならない事であり、あの時の終わり、結末を否定するという事はあの輝かしい冒険の日々を否定する事でもある。
だからそこは否定もせず文句も言わず、あるがままを受け入れる。
不満と感じるのはその部分ではない。
未だ生まれて一年経っていないから子ども扱いに近い為、買い物や移動に幾つも制限がある事や、賢者という名前が独り歩きし勝手に拝まれたり敬われたりする事。
そういう事、自分らしくない事がちょっとしたストレスとなっている。
とは言え、制限に関してはアウラやエリーが気を利かせてくれるから何とかなってるし、酒とかその辺りはグリュンと晩餐する時はこれでもかと美味い酒が飲める為困る事はない。
賢者という名前の尊敬に関しても、親しくなった相手からはそんな偉そうな存在じゃないと認識されているから気にする程でもない。
不満ではあるがそれは小さな不満でしかなく、我慢出来ないというものではなかった。
これもその我慢出来ない訳ではない程度の、ちょっとした不満の一つ……。
魔物になってから、何故かクロスは夢見が悪い日が多かった。
今回の夢は魔物になってからは初めてだが、人間だった時良く見た夢。
クロスが勇者パーティーとなってから三、四か月位立った時の事。
勇者の仲間として行動をしているクロスだがその能力が足りず。しょっちゅう足を引っ張っていた。
だから、クロスは良く人間達から馬鹿にされた。
貴族にも平民にも王にも馬鹿にされたなんて勇者の仲間でもクロス位だろう。
その事自体は別に気にしていない。
どれだけ馬鹿にされようとも、どれだけ誰かに何かを言われようとも、彼ら仲間から一緒にいてくれと言われたなら、クロスはどんな事をしてでも共にいられる努力をする覚悟があり、どの様な暴言も耐える覚悟を持っていた。
というか、赤の他人にどれだけ嫌われようとクロスにはどうでも良い事だった。
だけど……我慢出来ない事はあった。
『実は勇者って大した事ないんじゃね?』
顔もわからない誰かさんの、にやついた笑みでの言葉。
『あの程度の男すら切らないって事は……まあそういう事なんだろう』
『名前だけって奴だったんだなぁ。って事はあれか。今までの偉業も国の支援とかコネだったんだなぁ。幻滅』
見知らぬ奴らの、勝手な噂話。
自分自身が馬鹿にされるのは気にしない。
それが事実だからだ。
だが、自分の所為で、クロス・ヴィッシュという存在の所為で仲間達まで馬鹿にされ、勇者という存在が低く見られる事には、我慢出来る訳がなかった。
自分の所為で悪い噂が広がる事に、クロスは耐えられる訳がなかった。
クロード達は実は弱かった。
その名声は女共が王や兵達に体を売って得た物だ。
軍隊によるプロパガンダ。
実はクロードとクロスは出来ている。
最後は何か違う気がするが、そんな噂が人間の世界に流れ、広まった。
顔のない人達が一斉にクロスを……クロス・ネクロニアではなくクロス・ヴィッシュを見つめる。
そして、その取り囲んだ全員が、仲間達の悪口を繰り返した。
お前の所為だ。
お前の所為でクロード達の名声は墜ちた。
お前がいなければ彼らはもっと人々に称えられた。
お前が彼らの名声を奪った。
お前がいなければ、彼らはもっと幸せだった。
そんな事を繰り返し告げ、そして仲間達を嘲笑う様な声が脳に響き続ける。
耳を塞いでも、目を閉じても、それからクロスは逃げる事は出来ない。
それはクロスが人間だった時辛かった事、トラウマとも言える悪夢そのものだった。
普通なら耐えられない。
ただの悪夢であっても、この光景は心が折れ、戦う気を失い、全てを投げるだろう。
そんな悪夢だが……クロスはこの夢は、悪夢が実は嫌いではない。
ここまでならただの最低最悪で情けない悪夢だが……これには続きがあるからだ。
夢の場面が代わり、今実際の時間と同じ様な夜――。
噂がかなり広範囲に広がり勇者達が馬鹿にされる様になったある日、クロスは荷物を纏め彼らが寝静まったその時を狙い離れようとする。
自分がいる所為でこうなった。
だから、速やかに離れないと。
クロスはその事で頭が一杯になっていた。
自分の隠密技術で逃げられる訳がない事すら忘れる位――。
音を殺しながら静かに移動し、彼らのテントが見えなくなった辺りで、クロスは一息着いて汗を拭う。
ここまでくればもう大丈夫。
追いかけて来ないし、来れないだろう。
本当はずっと一緒にいたかったけど。
その気持ちをぐっと飲み込み、彼らの幸せを心から願い、クロスは一人で一歩足を踏み出した。
『それで、どこに行こうか? 行きたい場所ある?』
すぐ隣から、そんな声が聞こえクロスは慌てて横を見る。
自分のすぐ隣に、その人はいた。
メリー・ネピ・アドル。
勇者パーティーの一人で盗賊ギルド所属。
外見だけなら天真爛漫で素直な元気っ子。
フードを被ってだぼっとした服装が好みで、実年齢以上に幼く見える。
というか、誰もメリーの実年齢を知らない。
外見だけなら普通の明るい女の子。
だがその能力は勇者パーティーにいて誰も文句を言わない位に高い。
哨戒、罠探知、設置というシーフ本来の仕事に加えて戦闘能力も十二分。
対魔物だけでなく人間戦においてもその能力は十二分に発揮され、音もなく殺すその姿はアサシンそのもの。
というよりも、メリーは勇者達を狙う暗殺者を殺すアサシンキラーでもある。
そういった戦闘面以外にも諜報に索敵、情報収集とほぼ大体の事は一人で全部熟せてしまう。
つまり、悲しい事にメリーはクロスの完全上位互換という事だ。
『メ、メリー!?』
『はーい。メリーだよクロス。どうかした?』
『いや……どうしてここに?』
『どうしてって、私の大切な仲間がこっちに一人で来たからだよ。あっちは別にほっといても大丈夫だっろうし。というかさ、案外私達がいないからって三人でハメ外しちゃってるかも』
そう言ってくすくすと笑うメリーにクロスは困った顔をした。
『確かに彼らはそういう仲だろうさ。でも、そんな言い方は良くない。そんな事を旅でする様な人柄では決してないだろ』
そんなクロスの言葉にメリーは嬉しそうに微笑む。
『そだね。悪かったよ。旅の仲間にそんな事言うのは確かに失礼だった。彼らはそういう間柄だったとしてもね』
繰り返す様、メリーはそう言葉にした。
『それでクロス。どこ行くの?』
『……誰もいない場所に』
メリーは何も言えなかった。
言葉よりも先に、メリーはその小さな体でクロスを抱きしめた。
『ごめんね。私達の所為で苦しめた。辛い思いをさせた』
クロスはぎりっと歯を食いしばり、叫ぶ様にその言葉を否定した。
『そんな訳ない! 逆だ! 俺の、俺が弱い所為で皆が馬鹿にされた! 誇りある勇者が穢された! 俺なんかがいたから――』
メリーはクロスの唇に人差し指を当て言葉を遮る。
その後、微笑みながら首を横に振った。
『そんな事、誰も気にしてないよ。むしろ私からしたら嬉しい位』
『馬鹿にされて嬉しい事なんて……』
言い返そうとするクロスを黙らす様、メリーは微笑んだ。
少女が出せるとは思えない程邪悪で、冷酷で、悍ましい様な含みを持ったそんな笑顔で。
仲間にしか見せない部分、メリーの本性……いや、メリーの持つ側面の一つ。
その表情をクロスは怖いと思った事はない。
自分を信じて曝け出してくれた仲間の事を怖いと思う訳がない。
むしろ頼もしいし妖艶で素敵だ。
最初本性を明かした際クロスがそう言葉にした時、メリーは向日葵の様な笑顔で微笑んだ。
その時の表情は、高鳴った心臓と共にクロスは今も覚えている。
『クロス。私は当然、クロードもソフィアもメディールも、誰一人として人々の評判の為に戦っていない。それはわかるでしょ?」
『あ、ああ』
『そう。私達はそんな有象無象の為になんて生きてない。私達は……』
小さな声で、それでもどこか怒りを覚えたかのような、そんな声でメリーはクロスに聞こえるか聞こえないか位の声でそう囁いた。
『メリー。どうかしたか?』
『ううん。何でもないよ。だからね、クロスは気にしなくて良いの。それにね、敵が勝手に私達を見下してくれてるんだよ? 何の工作もしてないのにさ。百利あって一害なし、それはメリット以外の何でもないでしょ?』
『いや……それでも……』
その直後、メリーは大きく溜息を吐いた。
『ああ。もう気づかれた。せめてもう少しこのチャンスを生かしたかった……』
『ん? どうしたメリー』
『何でもないよクロス。それよりさ、クロスのその気持ちは杞憂でしかない。むしろ仲間である貴方がいなくなる事の方がそんな評判より私達には辛いの。と言っても、私だけじゃあ信じて貰えそうにないわ。だから……聞いてみなよ。貴方の大切な仲間達に』
そう、メリーが言葉にすると、タイミングを見計らったかの様に、後ろから三人が姿を見せた。
クロスの仲間である勇者達の三人が。
『移動するにゃあ早い時間だな。そんなに次の街が恋しかったのかい?』
クロードは剣を背負い旅支度を終わらせ微笑みながらそう言葉にした。
『夜間の移動は危険ですよ。幾らメリーと一緒と言えどもね。ですから、私達にも頼って下さい。クロスさん』
ソフィアは両手を組み、何時もと同じ様聖女の如く優しい笑みを浮かべた。
『馬鹿ねぇ本当。悩みすぎなのよクロスは。……次いなくなろうとしたら、本当に怒るから』
冷たい表情でメディールはそう言葉にし、後ろを向く。
その瞳には、背中には、心配していたんだという事が、仲間であるクロスには理解して見えた。
ただただ、優しい。
そしてそれだけでなく、本気で自分を必要と言ってくれている事がわかる。
それがクロスには何よりも嬉しくて、何よりも申し訳なくて……静かに、涙を流した。
『ごめん……。俺の所為で皆が馬鹿にされる事に、俺耐えられなかったんだ。……ごめん……』
ぽたり、ぽたりと涙を落としながらそう呟くクロス。
それを見て、メディールはくるりと振り向き呟いた。
『わかったわ。クロスを傷つけた馬鹿共を、私達を見下した屑共を皆殺しにしたら良いのね。幸いにも集団殲滅用の大魔術が今ここに――』
『あははははは! 冗談が上手ですねぇメディールさんは! あはははは』
そう大きな声でわざとらしく叫び、ソフィアはメディールの口を塞ぎもがもが以外何も言えなくした。
クロードはそんな二人をスルーした。
『クロス。俺達の事を考えてくれてありがとう。そしてごめん。俺の所為で、俺の! 名声が墜ちる事を気にした所為で傷つけて』
クロードは自分だけを強調しそう言葉にする。
『正直に言おう。確かに、今俺の名声はかなり下がっている。特にこの辺りではね』
そう言葉にした後クロードはメリーの方をじっと見つめた。
『だからこそメリー。名声が低い事を利用した作戦を立てられるか? 俺の為じゃなくて、クロスの心を救う為に。どうしたら良いのか、出来る事を教えてくれ』
クロードは真剣にそうメリーに頼み込む。
その言葉にメリーは頷いた。
『さっきもクロスと話していたけどね、名声なんて物低い方が得する位よ。動きやすくなるんだから。という訳でクロス。見せてあげましょうよ。皆が馬鹿にする私達がスペシャルでオンリーワンな事を』
そう言って、メリーはくるくると舞う様に移動しメディールの隣に移動し四人で横並びになった。
『クロスがいる私達勇者パーティーが本物な事を目の曇った皆に。ね?』
そう言葉にしウィンクをするメリー。
同意する様頷くソフィア。
むかついた様子ながらクロスの事を優しく見つめるメディール。
そして、お前はこちら側だと告げる様優しく手を伸ばすクロード。
気付いた時には涙は止まっていて、そして、クロードの手を自然と取っていた。
彼らがクロスの為に本気になった結果……一月で人類の生存圏は地図を書き換えないといけない程に広がり、民を食い物にする邪悪な国は軍隊ごと滅んだ。
多くの民を救ったクロード達は、真の勇者として前の様に……いや、前以上に崇め称えられる様になった。
クロスの立場は、扱いは変わらなかったが、それでもクロスは十分に満足だった。
「クロスさん。交代の時間ですよ」
そんな声を聞き、クロスは目を覚ます。
その時には既にうっすらと明るくなり夜が終わりそうになっていた。
「……すまん。寝過ごした。というか起こしてくれても……」
こういう時滅多に寝過ごさないクロスはやらかした申し訳なさで一杯になりぺこりと頭を下げた。
「いえいえ。楽しそうに眠っていましたので」
「楽しそう?」
「はい。起こすのが可哀想な位。そんなに良い夢だったんです?」
クロスはその言葉を聞き、遠くを見る様な眼差しのまま頷いた。
「そうだな。ちょいと悪夢に片足突っ込んでたけど……凄く楽しくて……良い夢だったよ」
クロスの目元に浮かぶ涙を見なかった事にしながら、エリーは優しく微笑んだ。
ありがとうございました。




