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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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クルスト元老機関の思惑


 メルクリウスは車体にクロス達を乗せ、バイクを走らせる。

 いつものバイクに比べて幾分静かで大人しい挙動の、前と比べて非常に乗りやすそうなバイク。

 バイクに跨るメルクリウスは非常に不愉快そうな表情のまま、そっと口を開いた。


「ご主人。適切に説明する代わりに酷く長く難しい説明と簡略化してわかりやすくなった代わりに雑な説明、どっちで聞きたい?」

 クロスは迷う事なく答えた。

「簡単な方で。というかメルクリウス。俺が理解出来るとはなから思ってないだろ」

「うむ。ご主人ならきっと理解出来ない内容だと信じてるぞ。そもそも、政治的な話題かつ複雑怪奇で面倒な話で私も良くわかっていない部分が多々ある。後長ったらしい話をするのも面倒だ。という訳で簡単な説明を始めるのだが……その前に、ご主人はクルスト元老機関を知っているか?」

「えー……何だっけ? 聞いた様な聞いてない様な……名前的には元老院なんだろうけど……」

 クロスの言葉に、横でエリーが小さく溜息を吐いた。

「クロスさん学んであるはずですよ」

「あはは……。まあ要するにアウラに協力する……ああいや、違うな。協力しているし便利だしないと国が運営出来ないけど潜在的にはアウラにとって敵、だったかな」

 ない頭を絞って思い出しながらそう言葉にするクロスに、メルクリウスは感嘆の息を吐いた。

「ほぉ。ご主人にしては冴えてるじゃないか。概ね正解だ。ちなみに、我らが閣下すら関わるのを嫌がる程ねちっこく面倒な集団だからご主人はかかわらない方が良い」

「正直関わりたくもない……って訳にもいかないんだろどうせ」

 メルクリスはニヤリと笑った。


「閣下がピュアブラッドと交流した事により閣下とクルスト元老機関のパワーバランスが一気に傾いた。その流れを調整し戻す為、元老機関は閣下に離間工作を仕掛けて来たというのが大筋の内容だな」

「離間って……ようするに裏切れとかそういう内容?」

「そこまではいかない。どちらかと言えば閣下とその魔物との間にある友好関係に罅を入れる事が目的だ」

「……そういう心を掴んだり折ったりするのって、アウラの得意分野だよな?」

 クロスはエリーの方をちらっと見た後そう呟いた。

「ああ。得意だな」

「防げなかったの?」

「わかっていても効果があるだろう内容だからな」

「んで、その離間工作の相手って誰?」

 メルクリウスは鼻で笑った後、クロスを指差した。

「残りの詳しい内容は閣下に尋ねたら良い」

 それ以上、メルクリウスは何も言わなかった。

 冷たい、というよりもイライラしている様子のメルクリウス。


 どうやら、バイクがいつもと違うのはメルクリウスにとって相当ストレスと感じる事らしい。





 メルクリウスに大きめの街まで運んでもらった後、クロス達はメルクリウスを残して飛行便に乗り、更に大きな都市に移動する。

 その都市にある転移の魔法を行う施設に向かい、クロス達三体は魔王城城下町に転移し、そしてクロスとエリーは此度の騒動とは無関係の宗麟と別行動を取りアウラの元に向かった。




 丁寧な四度のノックをエリーは行い、返事を待つ。

「はい。どうぞ」

 そんなアウラの声を聞いたエリーは扉を開き部屋に入り、すぐに深々と頭を下げた。

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい。クロスさん、そしてエリー。その様子ですと、上手くやれてる様ですね」

「はい。魔王様のお陰で」

 エリーはそう返した後、ちらりとクロスの方にアイコンタクトを送った。


 普段なら……。

『只今。楽しかったぞー。これ土産』

 と軽い口調で話しかけるのだが、今はそうもいかない。

 明らかに愛想笑いをしてピリピリしているアウラと、いつも以上に大物感を出して座っているグリュン。

 それに加え、もう二体、知らない魔物がそのテーブルに着いている。


 片方は銀色の狐耳をして優し気な微笑を浮かべる好青年。

 だけど、その笑顔は心からの笑顔にはとても見えず、顔に張り付いた様な違和感を醸し出している。

 そしてもう片方は、その青年に似た耳を持ち、同じ髪の色をした子供だった。


 ふわふわした銀色の髪の愛くるしい子供。

 酷く緊張した様子をすると同時に困り果てた様な、そんな表情を浮かべているその子はこの場には酷く浮いて見える。

 外見だけならアウラと同じ位なのだが、雰囲気があまりにも異なりすぎている。

 この子の場合は外見同様中身も幼いらしく、この場にいるのには……まるで戦場の様な空気が漂うこの部屋にいるには少々以上に不釣り合いな様子をしていた。


「貴方様が虹の賢者様ですか」

 狐耳の男はクロスの方に気づくとそう言葉にし、立ち上がり小さく会釈をした。

「そう呼ばれてるな」

「おおやはり! 私は閣下の忠実なる助言機関であるクルスト元老機関の議員、その末端に席を置くモーゼと申します。以後お見知りおきを」

 ニコニコしたまま、モーゼはそっと握手の為に手を伸ばす。

 クロスはそれに答え、手を握った。


「ありがとうございます。そして、虹の賢者様に謝罪を。クルスト元老機関として恥ずべき事であるとわかっているのですが……どうしても我々では手に負えない事態が発生してしまいまして助力を頼む事態になってしまい……」

「ほぅ。手に負えないと」

「ええ。虹の賢者様でなければとてもとても……」

 クロスはモーゼの言葉の後、そっとアウラの顔色を伺う。

 アウラは申し訳なさそうにしながらも、小さくこくりと頷いた。


「俺なんかが役に立てるかわからないけど、まあやれるだけはやってみるよ」

「ありがとうございます! 詳しい内容は閣下に伝えてありますので後の事はお願い致します。それと……パルスピカ・アークトゥルス!」

 名前を呼ばれ、隣に座っていた子供は慌てて席を立ち、おたおたしながら慌ててクロスの方に頭を下げた。


 青みがかった綺麗な銀色の髪はふわふわとボリュームがあり、ショートカットながら非常に長く、片方の目は完全に隠れ切っている。 

 その耳はぴんと上向いており、狐の様でもあり、同時に兎の様でもある。

 そして誰が見てもわかる程の美形……なのだが、完全にてんぱっていて表情が全てを台無しにしていた。

 

「ぱ……パルスピカ・アークトゥルスです! あ、アークトゥルスまで全部含めて名前です」

「そんな事は説明しなくても宜しいパルスピカ・アークトゥルス。賢者様に何を伝えたら良いか、事前に説明しませんでしたか?」

 モーゼの言葉にパルスピカは慌てた様子で再度クロスに頭を下げた。

「えと……えと、今回のお願いの道案内に選ばれましたので、どうかお傍においてください……?」

 そう、不安げにパルスピカは呟きモーゼの方をちらっと見た。


 モーゼはわざとらしく溜息を吐いた。

「……はぁ。どうかこの者を道案内に付けてやってください賢者様。もちろん、それ以外でも役に立つ事があれば何にでも使ってください。この子はそれを望んでいますので」

 モーゼの言葉に同意する様、パルスピカはおどおどしながらも何度も首を縦に振った。


「……何にでも、ねぇ」

 その言葉に、モーゼは微笑んだまま頷いた。

「はい。文字通り、何にでもです。どの様な事であれ、賢者様が良しとすればそれが最も正しい事ですから。それでは閣下、ハーヴェスター、虹の賢者様。私はこれで失礼します。後の事は申し訳ありませんがお願いします。当然、かかった費用はこちらで払わせて頂きますので後でご請求を。では」

 そう言ってモーゼはアウラとクロスに深く頭を下げた後扉を掴み……開く前に、再度振り向きクロスの方を見つめた。

「すいません。虹の賢者様、最後に一つ宜しいでしょうか?」

「ああ。何だ?」

「虹の賢者様って、この呼び方嫌ではなかったです?」

 クロスは無表情のまま、ぽつりと呟いた。

「お前は嫌だって知っていながらそう呼び続けていたのか?」

 モーゼは今まで薄っぺらい愛想笑いではなく、ニタリとした不気味な笑みを浮かべた。

「失礼しましたクロス様。二度と、そう呼ばない様気を付けさせていただきます。では」

 そう言葉にし、モーゼは今度こそ本当にその場を立ち去った。


 そしてしばらくしてから、クロスは盛大に、大きく息を吐く。

 明らかに何等かの政治的駆け引きがあったらしいこの雰囲気。

 それが、クロスにはあらゆる意味で本当に苦手だった。

 横を見ると、同じ様にパルスピカが長い息を吐いていた。

「あんたもこういう雰囲気は苦手か」

 パルスピカはこくりと頷いた。

「は、はい……。ぼ、私はその……話すのが苦手ですから……沢山の魔物に囲まれるだけでも緊張します……」

「何か大変そうだな。……とりあえず、エリー。別の部屋でこの子の事頼む。何か美味しい物でも用意してやってくれ」

 エリーはぺこりと頭を下げ、パルスピカを宥める様部屋から連れ出した。


「という訳で、とりあえず追い出したけどこれで良かったよな?」

 クロスの言葉にアウラは頷いた。

「はい。ご配慮ありがとうございます。それで……詳しい話をする前に……」

「前に?」

「――お帰りなさい。クロスさん」

 そう、アウラは優しい笑みを浮かべ言葉にした。

「ああ、ただいまアウラ。土産も土産話も山ほどあるけど……それは後にしよう」

 その言葉にアウラは頷いた。


 グリュンは空気を読み……というか部屋を娘とクロスだけにする為音を殺しそっとその場を後にした。




 アウラは静かに紅茶を入れ、クッキーを用意し事情説明に入った。

 その表情はさっきまでの冷たい顔ではなく、明るく、それでいてとても楽しそうな笑顔だった。

「それでですね、メルクリウスからは何と聞きました?」

「俺とアウラの離間工作を元老なんたらが始めた」

「あはは……色々と雑な説明ですね」

「おう。でないと俺が理解出来ないからな。だから俺に理解出来ない話だったら無理に話さなくても良いぞ。こうして欲しいって言ってくれたらそれで良い」

「そうもいきません。……クルスト元老機関はいつも罠を二重三重にも重ね、真実を罠で隠します。ですので、正しい目的を知る手段は私達にはありません。ですので、これはあくまで推測なのですが、私にとって自由な手足となってくれているクロスさんの事を疎んだ可能性があります」

「ふむ。――むしろ俺さ、アウラの手足として自由過ぎてアウラ困らせている様な気もするが……」

「あちらから見れば、クロスさんのした功績は全て私の命令に見えるんですよ。実像よりも姿を大きく見せていた弊害ですかね」

 アウラは苦笑いを浮かべた。


「俺はアウラに恩も義理もあるしアウラも俺の扱いがめっちゃ良い。他の魔物ならこうも俺を自由にしちゃくれないだろ。しかもアウラは可愛い女の子。よほどの事がない限り俺はアウラ陣営から離れる事はないんだがなぁ」

「たぶん、踏み絵の意味もあるのかと。それと、クロスさんの私に対するその信頼を崩す意味も」

「……これ、そんな厄介事なのか?」

「いえ、内容だけなら実はそんなに難しくないです。クロスさんやエリーに任せる様な内容ですらなくて、移動を考えなければ兵士一体だけでも十分解決出来ます。本気で解決させるだけならガスターに行って来いだけで一週間もかからず終わるでしょう」

「んで、どうしてそんな簡単な仕事をあいつらはわざわざ俺に、いや、どうやって俺が受けなければならない流れにしたんだ?」

 クロスから見る側面のアウラは可愛くて有能な魔王。

 だが、他者から見たアウラは恐ろしい策略の魔王。

 そんなアウラが隙を見せクロスを他者から利用できる状況にする事を簡単に許す訳がない。

 そうなると、そこに相当以上の面倒な謀の応酬があった事は想像に容易かった。


「……クルストからクロスさんへの依頼内容は、魔物一体の処刑です」

「意志なき魔物?」

「いいえ。意志のある、私達と同じ魔物です」

「強いのか?」

「いいえ。戦力で言えばクロスさんやエリーが戦うに値しない程の相手です。しかも怪我の後遺症も残ってます。ほぼ非戦闘員と考えても良いでしょう」

「……刑って事は、何か、したんだよな?」

「裏切りです」

「ふむ……。アウラってさ、裏切りとかそういうのむしろ積極的に使うから、あまり相手の裏切りとか気にしないんじゃなかったっけ?」

 元敵であるエリーを自らの騎士にするなど、離間工作を多々行って来たと聞いているクロスはそう尋ねた。

「良く知ってますね。クロスさん私の事」

 アウラは少し驚いた口調でそう言葉にした。

「うん。可愛い子の事は何でも知りたいからね」

 そう言ってクロスは冗談っぽくウィンクをして、アウラはくすりと微笑んだ。

「久しぶりの再会ですからちょっとはっちゃけてますねクロスさん」

「かもね」

「ふふ。話を戻しますが、全くもってその通りです。私は相手に裏切らせる事が非常に得意な魔王……と、皆に記憶させています。ですので、よほどの相手に与しない限り私は裏切りを許容する方針で生きています。裏切るという事は条件さえ良ければこちらに付けられるという事ですので、私にとって利になりますから」

「元魔王陣営すら許したアウラが許せないって……一体そいつはどこを裏切りどこに付いたんだ?」

「……処罰対象のコードネームはプロキア。彼女は獣型の魔物ですが人よりの姿をしています。彼女は先代魔王が健在時先代魔王陣営についていましたが――私達魔物を裏切り、人間に有利となる様動いた為先代魔王より処刑の命が下りました。どうやってか知りませんが今日まで生きてきて、そして今回、クルストはその居場所を私達に告げてきました」


 クロスはどうして狐耳の胡散臭い野郎が賢者を連呼したのか、アウラが踏み絵でもあると言った理由を理解した。


 元人であるクロスに、魔物の裏切り者を処断出来るのかという疑惑。

 そんなねちっこい感情を向けられている様な錯覚にクロスは一瞬だけ陥った。


「……ちなみに、今回は依頼内容こそ処刑ですが、それを実行する権利も、中止する権利も、何なら別個に刑罰を決定する権利すらクロスさんに与えられています」

「は? 中止する権利?」

「『虹の賢者様なら人の味方をした事を正しく判断し、そして正しい処分を下してくださるでしょう』という建前をクルスト元老機関は言ってます。本音はたぶん……選択権を敢えて与えて、全てが終わった後どっちに転んでも私やクロスさんにいちゃもんを付ける為ですかね。たぶんですけど」

「……めんどくせぇぇぇぇ。心から、めんどくせぇぇぇぇ……」

「ええ、全くもって……同感です」

 アウラとクロスは同時に、盛大な溜息を吐いた。


「とは言え、まだまだわからない事も沢山あります。元老機関としての目的はきっと踏み絵、クロスさんへの離間工作の下準備、私に対してのネガティブキャンペーンの準備辺りだと予想します。しますが……」

「が?」

「元老機関も一枚岩ではありませんので……別の思惑が介入している可能性も……いえ、モーゼの意志がどこかに介入していると私は思っています」

「ふむ? アウラは何か今回の話で特殊な事情とか背景とか知ってるのか?」

 アウラは悲しそうな表情を浮かべた後、決意を込めた瞳をクロスに向けた。

「殺しても、殺さなくても構いません。後の迷惑とかも気にしなくて良いです。私との事もクルスト元老機関の事も、無視して良いです。殺せとも殺すなとも言いません。その答えをクロスさんが見つけ、そしてクロスさんの心の赴くまま実行してください。きっとそれが一番の答えとなるでしょうから」

「……そうは言ってもさ……殺さないと結構な迷惑を被るだろ?」

 アウラはそれに何も言い返さない。

 言い返さない。

 ここで殺さなければ、間違いなくクルスト元老機関は嬉々としてアウラの勢力を削り取りアウラの力を下げて来る事が目に見えているからだ。

 それでも、アウラは殺せなんて、とても言えなかった。


「なあアウラ」

「あ、はい。何ですか?」

「そのターゲットってさ、女性なんだよな?」

「はい」

「もしかして、綺麗?」

「……私は美醜の評価をするのが苦手なのですが……それでも、相当に綺麗な方だったと私は記憶しています」

「だよなぁ……。何となくそんな気がしてたよ……」

 クロスは眉を顰めながら、後頭部をぼりぼりと掻きむしった。



ありがとうございました。

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