咆哮なき鋼の獣
ローラン達のテントからクロスが戻って来た時には既に冒険者達は解散しており、残っていたのはエリーと宗麟の二体だけとなっていた。
元々騒ぐ時間も終わっていたのだからそれ自体は別段おかしい事はない。
そこではなく、可笑しいのは冒険者達が飲んで食って騒いで汚れていた周辺が綺麗さっぱり片付けられており、それと同時にエリーと宗麟の二体がテントにも入らずシートだけをしいた地べたで正座をし、しゅーんと落ち込んでいる様子となっている事が、おかしかった。
「ただいま……って、どした?」
二体を怪訝な顔で見ながらそう尋ねるクロスに、エリーはぽつりと呟いた。
「私達だけ楽しんで、主であるクロスさんに独りで全部ご飯作らせてた事に……終わってから気づきまして……」
「私もです。幾らクロス殿が料理に長けているからと言って、図に乗ってしまった事、どう詫びれば良いのかと……」
そんな二体の様子を鼻で笑い、クロスは残った鍋の方に向かい、鍋に火を入れた。
「気にするなよ。俺は俺で楽しんだし……って言ってもまあ、二体共真面目だから割り切るのは難しいよな。なあエリー、宗麟。料理を長く続けるコツって何だと思う?」
「……えと、何でしょう? 正直料理すら出来ないので良くわかりません……」
エリーは本当に申し訳なさそうにそう呟いた。
「……誰かを喜ばせる事を意識して作り続ける、でしょうか?」
宗麟がそう答えると、クロスは優しく微笑んだ。
「ああ。そうだな。誰かの為に作り続けられるとそれが一番だ。だけどさ、そう意識し続けて作るってすげー大変だぞ。少なくとも、俺は続かないわ」
勇者達と共に冒険をした時、他の事は何も出来なくとも料理だけはクロスがメインで作り続けた。
技量が凄い訳でも才能がある訳でもない。
それでも、料理はクロスの仕事であり、勇者達の仲間でいられる為の大切な役割だった。
そんなクロスであっても、仲間達の為だけに作り続けようとしていたら、きっと途中で嫌になっていただろう。
料理を続けるという事は、それほどに面倒で大変な作業だからだ。
「俺流ではあるんだけどな、料理を長く続けるコツ、嫌にならずに料理をし続けるコツってのは……」
そう言いながら、クロスは大きな器を、両手に一つずつ持ち、二体に見せた。
「自分の食いたい物を作るって事だ。見覚えないかこれ?」
エリーも宗麟は、それは蓬莱の里で食べた事のある料理だった。
「なんと……。ラーメンを作るとは……正直、そう簡単に作れる物とは……」
宗麟は驚きながらそう呟いた。
チャーシューにネギに卵に麺が中に入った濃い醤油と鳥ガラの香りのする麺料理。
それは正しく、ラーメンだった。
「意外と簡単だぞ? 時間めちゃくちゃかかったけど。あとチャーシューは焼き鳥流用の鳥チャーシューだったりと色々足りないから誤魔化してたりする。いるだろ? ……ああ、腹が苦しかったら遠慮なく残して良いぞ。試作だし美味くないかもしれないし」
エリーは泣きそうな顔で、宗麟は無表情ながら険しい顔で、それぞれ器を受け取った。
「ごめんなさい……じゃあおかしいですね。頂きます」
エリーの言葉に頷き、宗麟も手を合わせた。
「頂きます」
「はい召し上がれ。んで俺も頂きますと」
そうクロスも言った後それぞれ箸を手に持ち、三体は横並びで麺を啜った。
全く同じタイミングでずずずーと音を立ててすすり、咀嚼して飲み込み、そして、三体共同じタイミングで、ほぅっと小さく吐息を吐き、こくんと頷いた。
とても美味しい、とまでは言えない。
だけどそれは、確かにラーメンの味がした。
「うん。まあ美味いな」
クロスはそう呟いた。
人間の頃に出会ったらきっと泣く位美味いのだろうが、今ではまあまあという感想。
随分舌が肥えたなぁなんて考えながらクロスは苦笑いした。
「十分美味しいですよ。正直ちょっとびっくりしました」
エリーはそう答えて、目を閉じ美味しそうな顔で必死に麺を口に運んだ。
「うむ。鳥でのチャーシューも意外と合う。流石クロス殿。そして、星を見ながらの夜泣き蕎麦とはまた風流なものだ」
「蕎麦じゃなくてラーメンだけどな」
「うどんは異なりますが、広義の意味ではラーメンも蕎麦となりますので」
「まじか。蓬莱の作法とか言葉の意味とかめちゃくちゃ細かいかと思ってたけど意外と適当だな」
「ええ。意外と適当ですね我が里は」
そう答え、宗麟は麺を啜り、そして一言呟いた。
「次は、ネギを抜いていただけたら」
その言葉にクロスは小さく噴き出した後、頷き微笑んだ。
翌日、周辺の冒険者達とのお別れも早々に終えてクロスはさっさと移動を再開した。
次の街まで遠いというのも理由の一つだが、このまままったりしていくと今日も宴会騒動が始まりそうな予感がしたからだ。
別に騒ぐ事も交流を持つ事も嫌いではないし、料理を作るのも今は全く嫌ではない。
本に書かれた料理もまだほとんど試せていないし何なら練習したい料理も山ほどある。
ついでに言えば冒険者達が置いて行った酒やら金やらはいきなり増え、魔王城に帰るまで贅沢なホテル生活をしても尽きない位には稼げた。
ただ、それはそれとして、クロスは次の場所に移動したかった。
昨日騒いだ冒険者の内女性はエリーとハイネのみ。
エリーは移動しようと残ろうとどっちにしても一緒な上に恋愛感情についてはこれでもかと否定されている。
ハイネに至っては語る必要すらない。
そう、要するに、そういう事。
だからクロスは出会いと目の保養、可愛い女の子との楽しいおしゃべりを求め、ついでにそろそろ帰らないとアウラが困るだろうという気持ちから朝早くから馬車に乗り、次の街を目指した。
「クロス殿。次の街まではどの位の距離が?」
宗麟の言葉を聞き、クロスは地図を取り出した。
「んー、徒歩で一週間位だから……そうだな……この速度なら夜中か、または馬車で一泊して明日の朝位じゃないかな」
「ふむ……ありがとうございます」
そう呟き、宗麟は刀を抱えたまま俯いた。
がたんごとんと揺れ動く、小さな馬車。
馬は一頭、馭者は種族不明人型一体。
そして客は自分達三体だけという状況でまったりしている最中、クロスはふとある事を思い出し口にした。
「ああ、そいやさ宗麟」
「はい。何でしょうか?」
「自分の種族が何かさ、気にならない?」
「……私の……種族ですか? ええまあ、気にならない事はないですが……どうして今その様な事を」
両親の特徴を一切継がず、人型のままで特別な才は何もなく、そして種族的特徴を発現させようと必死に鍛えた末に生み出されたのは己が欲望、刀そのもの。
その為宗麟は自分の種族が一体何で、どんな能力が顕著に出ているのか良くわかっていない。
人間と比べるなら体力や回復能力は高く、そして体内から生み出される刀は大太刀と言える程大きく、そして毒を持つ。
特徴らしい特徴はあるのだが、それでは種族を特定する事など出来る訳がなかった。
「いや、エリーなら調べられるから。だよな?」
エリーは頷いた。
「はい。と言っても絶対ではありません。それでも魔力の流れから混ざった種族の一部位は見えるかと」
「……ふむ。それは確かに少々気になります。調べて頂いても?」
エリーは頷いた後、宗麟の肩にそっと手を触れ、目を閉じた。
「……あー。確かに混雑してぐちゃぐちゃしてますねー。二十か三十位は色々な種族のそれが混じって見えてます。典型的な混雑種って奴ですねー。その中でも一番強いのは……ああ、見えましたサーベルタイガーですね」
「さあべるたいがぁ? ですか?」
宗麟は聞いた事もない名前を聞き眉を顰めた。
「蓬莱でなら剣歯虎と言えば通じないか?」
クロスの言葉に宗麟はああと呟き頷いた。
「はい。名前位は。とは言え、その様な生物本当にいたのかと言われる位の物なのですが……」
「いたんじゃない? エリーがそう言ってるなら間違いないだろうし」
「なるほど。……いえ、言われて見れば納得出来るかもしれません。私のこの抑えきれない獣性は……確かに虎のそれかもしれませぬ。という事は、もう少しその因子が強ければ、私は剣歯虎の容姿に寄っていたという事ですか」
その言葉を聞き、クロスとエリーは噴き出した。
宗麟の容姿は灰色混じりの髪を後ろに固めた壮年の男性であり、わかりやすく言えば渋い叔父様だ。
そして二体の虎のイメージは、大きな猫。
つまり、その叔父様の耳が猫耳で、口から長い牙を生やし尻尾を付けて甘える姿を想像してしまったのだ。
違う意味でだが、割と破壊力高かった。
「うん。宗麟はその容姿で良かったんだよ。うん、きっと」
クロスは宗麟の肩をぽんぽんと叩き、さっきまでの自分の想像を振り払った。
「そう、ですか。クロス殿がそう言うなら、きっとそうなのでしょう」
そう呟き、宗麟は二体の様子に不思議そうに見ながら首を傾げた。
馬車に乗って四、五時間位経った頃、静かに俯いていた宗麟が急に顔を上げクロスの方を見つめた。
「クロス殿。何者かが後ろからこちらを追っている様です」
その言葉を聞き、クロスとエリーも臨戦態勢を取った。
「盗賊か?」
「いえ、気配は単独です。ただ……恐ろしく強い気配で、そして異常な程早い速度でこちらに……」
「ふむ……。エリー」
クロスに呼ばれ、エリーは頷き後ろの気配を魔力で探ろうとするのだが……。
「すいません。速度が早すぎる上にこっちも移動していて、しかも相手の魔力が濃すぎてちょっと読み取れません。ただ……十中八九問題ないかと」
「どうしてだ?」
「いえ、確証が付いている訳ではないので警戒は解けませんが……たぶん、お知り合いです」
「知り合い?」
そう言って首を傾げた後、姿が見えるまでクロスは馬車の背後を見つめ続ける。
そして現れたその姿は、確かに見覚えがあった。
追って来るその塊の形状だけで言うなら、それは馬車に近い。
だが同時に馬車である訳がない。
何故なら、本来馬車にあるべき物がないからだ。
それは、馬。
その車体を引いているのは馬でもセントール族でもなく鋼鉄の非生命体、つまり機械である。
バイクと呼ばれるそれに馬車の車体が引かれ、恐ろしい速度でこちらに迫ってきている。
そしてそのバイクを操る女性は、エリーの想像通りクロスの良く知る相手だった。
「宗麟、敵じゃないから安心してくれ。馭者! 悪いが止めてくれ。知り合いが来た」
その言葉に馭者は驚きながらも馬車を道脇で止めた。
その直後、すぐ横でバイクとそれを引く車体は止まり、搭乗者も降りクロスの方に移動する。
長い銀髪が特徴的な、涼し気な顔立ちの美女。
その美女は乱れた髪をさっと手ですいてまっすぐに戻し、クロスの方に目を向けた。
「久しぶりだなご主人。元気にしていたか」
クロスの元か今か良くわからないメイドのメルクリウスはそう言葉を放った。
「うん、久しぶり。こっちはまあまあかな。そっちも元気にしていた?」
「ああ。ふむ……何やら一体増えてるな。まあ良い。事情は後で話すからとりあえず乗ると良いご主人よ。馭者。すまんな仕事を奪って。とは言え魔王命令だ。許せ」
馭者の男は両手をぶんぶんと振った。
「いえいえとんでもございません! どうぞお気になさらず」
「ああ。そうさせてもらう。という訳で、三体共後ろに乗れ」
メルクリウスはそう言い放ち、バイクにまたがった。
「どしたメルクリウス? 焦ってるというよりも、何やらイラついている様だが?」
クロスはメルクリウスの露骨な程に隠しきれていない不機嫌そうな表情に首を傾げそう尋ねた。
「……こんな紛い物に乗る事が不愉快でな」
そう言ってメルクリウスはまたがっているバイクをこんと叩いた。
「いつも乗ってる奴じゃないのか?」
「ああ。あいつにはこんな物引かせたくないからな。腹立たしいが、引く力はあるんだこいつ」
そう言ってメルクリウスは三体が乗るべき馬車っぽい車体をコンと叩く。
バイクの引く車体は外見こそ木製の馬車だが、どうやらほとんどが金属で構築された戦車の様な物らしい。
「ああ。すまんな俺らの所為で」
「そう思うなら今度ドライブに付き合ってくれ。あの咆哮を聞かないと私は気分が上がらん」
「俺で良ければ喜んで」
そうクロスが答えると、ようやくメルクリウスはいつものニヒル混じりの挑発的な笑みを浮かべた。
ありがとうございました。




