ちょっとした日常(後編)
「おかえりなさーい。やっぱり、連れて帰って来るんですね」
エリーはクロスと共に現れる四体の人型魔物を見てくすくすと笑った。
「ただいま。やっぱりって何だよやっぱりって」
「そりゃあ、クロスさんですから」
クロスの方に近づき、そう言って微笑んだ後、エリーは後ろの四体にぺこりと頭を下げお辞儀した。
「初めまして。クロスさんの騎士、エリーです。我が主は少々強引ですが決して悪い様にはしませんのでご安心を」
そんな言葉を口にして、楽しそうに笑うエリー。
それを見て、ローランはぽつりと呟いた。
「……嘘、でしょう……」
「おや、どうしました? 何か困った事でも?」
当の原因であるエリーの言葉。
それにローランは言い辛そうに言葉を返した。
「えっとですね……私、以前の貴女を知っていますので、その……まるで違う方みたいで……」
ローランの知っているリベル・ナイトと言えば笑う事なく常に見下した様な冷たい表情で、そして冷酷なまでに苛烈な性格だった。
だが今のエリーはどうだ。
一緒なのは金色に輝く髪位で、後は全然違う。
血に染まろうとも表情一つ変えない冷酷な鎧姿が目に焼き付いているのに、今着ているのは真っ赤は真っ赤でも血ではない艶やかな色に染めた着物。
態度に至っては非常に柔らかくて愛嬌があって……まるで普通の少女の様。
正直、偽者だと言われた方がまだ納得出来る。
だけども、その顔はローランの知るリベル・ナイトそのものだった。
「ああ。服装が違いますもんね。これでどうです?」
そう言ってエリーは一瞬で着物から鎧に姿を変える。
白銀に輝く騎士の鎧を身に纏う金髪の女性。
それは、穏やかな態度以外ローランの知るリベル・ナイトそのままだった。
「いえ、最初から疑ってはおりません。ええ……やはり、変わられたのですね。賢者様の影響ですか?」
「そう……ですね。きっとそうです」
そう呟き、エリーはくすくすと笑った。
「エリー。四体追加で料理を作る。手伝ってくれ」
「え!? クロスさん。私に料理の手伝いをさせるのですか!?」
「いやいや。そんな恐ろしい事頼まないよ。配膳とかテーブルとか頼む」
エリーは眉を落とし、しゅーんとした。
「恐ろしいとまで言わなくても……。はーい。じゃあ準備してきます」
「あ、私も手伝いますよ」
そうハイネが声を出すとエリーは微笑み頷いた。
「お願いします。私の名前はエリー。貴女は?」
「ハイネです」
「ではハイネさん。とりあえず組み立て式のテーブル出しますのでお皿の配膳お願いしますね。クロスさん結構な量作ってくれると思いますので多目に」
「まあ。それはとても楽しみです」
「昼食食べた感じでは、クロスさんの蓬莱料理はとても期待して大丈夫だと思いますよ」
エリーとハイネは和気あいあいと言った様子で楽しそうに話していた。
そんな二体の様子を、楽しそうなハイネの様子をローランはぼーっと見ていた。
「ローラン、おいローラン。どした?」
「え、あ、ああ。いや何でもないですどうしました?」
「料理出来る?」
「……すいません。出来はしますがあまり上手では……実際それもあって、ハイネは楽しみにしていたんだと……」
「オーライ。作れるなら手伝ってくれ。大丈夫。簡単な事しか頼まないから」
「それなら食べた分が返せる位は手伝わせていただきます。なあお前ら」
その言葉に後ろの二体も頷いた。
「オーケー。んじゃタマネギみじん切りとくし切りにしといてくれ」
そう言い残し、クロスは鍋を見ていろと命じた宗麟の元に移動した。
「クロス殿。そろそろ良さげな頃合いかと」
「そかそか。助かったよ。ところで、悪いんだけどもう一つ仕事頼んで良いか?」
「何なりと」
「食い出が四つ増えた。ついでに言えばそん中に可愛い子がいる。せっかくきた可愛い女の子に、ちょっと贅沢な蓬莱風料理を食ってもらいたい。わかるか?」
「ふむ。わかりませんが……それで私に何をしろと?」
「今から急いで街行って食材買い漁るつもりだが、蓬莱風となると街だけで素材を集めるのが難しい。という訳で……狩り、頼めるか? 狙いは――」
宗麟は無言で立ち上がり、傍に置いていた刀を手に取った。
「それ以上言葉は必要ありません。五分で戻ります」
薄暗い空を指差しながらのその言葉は、今までの宗麟のどんな言葉よりも説得力のあるものだった。
ローラン達に野菜の処理だけ任せてクロスはエリーと共に買い出しに向かい食材を調達する。
と言っても、蓬莱の里は独特の文化、食材を使用する為代用品すら手に入らない物も多い。
そんな中なんとかそれっぽい物を集めて戻った時には、宗麟は既に戻ってきてクロスを待っていた。
「早いな宗麟。準備は出来たか」
そうクロスが尋ねると、宗麟はまな板の上にある丁寧に捌いた鶏肉の方を指し示した。
「……血抜きして羽むしってバラしてまでしてくれたのか」
「勝手な判断ですが、すぐに使うかと思いまして」
「ありがとう。超助かる。これで後アレがあれば完璧なのだが……」
そうクロスが言葉にすると、宗麟は細長い木の棒、串の束をクロスに手渡した。
「手慰みで申し訳ないですが、用意してあります」
「……パーフェクトだ。流石だよ」
「いえ。お役に立てたのなら」
「……というか、もしかして宗麟も結構楽しみにしてる感じ?」
あまりの準備の良さにクロスがそう尋ねると宗麟は少し考え込む様な仕草をしてみせた。
「……どうやら、その様ですね。自分の事ながら今の今まで気づきませんでしたが……どうやら待ちきれないからと先走っていた様です」
そう真顔で呟く宗麟に、クロスは優しく微笑んだ。
「それじゃ、手伝ってくれた宗麟にはいの一番に用意しないとな」
その言葉にぺこりと頭を下げる宗麟を見た後、クロスはそれの調理に入った。
それをただの焼いた肉と思うなかれ。
気軽にワンハンドでも食べられるというだけでなく、一つ一つ小さいという独自の形状に加え、濃い目の味付けがされたそれは、食べ過ぎない事が不可能という乙女の天敵。
味付けだけでなく素材の部位により味が変わるそれらが複数種類用意され、それを選びながら食えばいつまでも止め時を失う。
その上で、単品で完成しているのに他の料理にすらとにかくあう万能性。
だからこそ、それは蓬莱の里内で下賤で低俗な料理でありながら、食べた事がない者はいないという程の知名度を誇っていた。
解りやすすぎる程名は体を表しているその料理の名前は……焼き鳥。
クロスは用意する最初の料理に焼き鳥を選択した。
「とりあえずつまんで食っててくれ。他の料理も順々に出していくから。結構時間かかる料理もあるから出来たら腹空けといてくれよ。あ、夜更かし出来ないなら遠慮せず途中で帰ってくれ」
そう言葉にしてからクロスは大皿をローラン達の前にどんと置いた。
ちなみに、宗麟は既に自分用の焼き鳥を用意してもらいテントの影に隠れこっそり一人で楽しんでいた。
「えっと、クロスさん。私も良いんです?」
遠慮がちに聞くエリーにクロスは微笑んだ。
「もちろん。というか宗麟が用意した鳥の量が予想以上に多くてな。つーわけで次も焼いてるから遠慮せずに食ってくれ」
エリーはぱーっと満面の笑みを浮かべた後、どう食べたら良いかわからず戸惑っているローラン達の横から皿に手を伸ばし、串を手に取り肉を口に頬張り幸せそうな顔をする。
その美味しそうな顔を満足げに見つめた後、クロスは料理の続きに戻った。
「直接手づかみ……それはハイネには……ちょっと……」
そう呟くローランとは裏腹に、ハイネは躊躇いなど見せずわくわくした顔で皿に手を伸ばし……そして戸惑いながらも両手で串を持ち、小さくぱくりと一口、肉を串から口に移し、きゅっと肉を噛む。
ハイネはしばらく無言になった後、ほろりと、片方の目から涙を流した。
「ど、どうしました? 辛かったですか? お口に合わなかったですか!? お水用意してもらいますか?」
おろおろした様子でそう尋ねるローラン。
ハイネは涙をぬぐった後首を横に振った。
「いえ。とても……とても美味しかったです。それこそ、実家の料理にも負けない位。……昨日まで、この移動中の間私が食べた物が何だったのかと思い悩む程度には……」
ハイネの言葉は、四体の中で最も料理がマシだから料理担当となったローランには酷く刺さる言葉だった。
試しにローランも串を掴み肉を口にした。
ハイネが泣いている気持ちが、痛い程に理解出来てしまった。
「その、賢者様。知識が宝である事は良くわかっています。だからこれがどれだけ情けなくて失礼で、そして強欲な言葉なのかも重々承知な上で……この料理の作り方を、教えて貰えないでしょうか賢者様……」
ローランは申し訳なさそう……というより泣きそうな顔でそう言葉にした。
「別に良いから賢者は止めてくれ。と言っても醤油使えないから塩ダレの方だけだけど……えと、そっちの皿の左半分の方の味付けだな。それで良いならレシピ用意しとくよ」
「もちろんです。恩に着ます……。あ、その、もしかしてこの料理見た目の割に難しいという事は……」
「いや簡単だから安心して良いよ」
そういってすぐクロスは料理に戻った。
「良かった。これなら私でも……」
そう呟くローランの背後に、宗麟がぬっと立ち耳元で呟いた。
「確かに、焼き鳥は料理としては簡単な部類だろう。肉を切り味付けして串に打つだけなのだから。だが、クロス殿位の技量の物はそれでも相応に難しく、この料理が何時でも食べられると思うなら、後にきっと悲しい気持ちになるかと」
宗麟はそう呟くと大皿の焼き鳥を数本自分の皿に移すと、すっと姿を隠した。
その直後ローランが見た物は……さっきまで数十本とあった大皿の上にある焼き鳥が一本もないという悲惨な現実だった。
「私、一本しか食べて……」
「早い物勝ちですから」
そう答えるハイネの曇りなき満面の笑みに、ローランは敗北感の様な物を感じた。
続いての焼き鳥を出すついでにクロスは肉じゃがとライス、みそ汁を皆の前に用意し、再度料理の準備に戻る。
他の物も皆美味しそうに食べはしたのだがやはり一番人気は焼き鳥だった。
そんな中、ローランと共にいる男の一体が、今まで一言も言葉を発しなかった男が、ぽつりと一言、呟いた。
『これ、ビールやエールに合うんじゃね?』
焼き鳥を食いながらのその一言。
そう言った直後酒を飲みだすローラン組の名前を名乗ってない二体。
それを咎めるローランなんて知った事かと酒を飲むその姿と焼き鳥の香りに誘われ、寄って来たのは周囲にいた冒険者達。
しかも、頬が赤く酒を持ってという状態で。
『金は払うから俺達にもそれをくれ』
そう言葉にする冒険者達。
もうないからと断ろうとするクロスに対し、無言で刀を持って立ち上がる宗麟。
その数分後には既に解体済みの肉がクロスの手元に到着。
クロスは苦笑いを浮かべながら焼き鳥を串に打って焼いていく。そして焼き鳥を焼く度に周囲の冒険者達を更に吸い込んで行く。
そんな中宗麟は焼き鳥を食って、食って、そしてなくなりそうになったら鳥を捌いてクロスに渡して焼き鳥を食うという作業を繰り返す。
なくなるどころか増えていく鶏肉、増え続ける酒飲み冒険者。
調味料もどこからともなく補給され、串が量産され、気づけば皆の協力体制で焼き鳥の量産体制が完璧なまでに整って……。
そして気づけば、何故か知らないが数十体規模の大宴会場が形成されていた。
そんな中で大鍋を煮込みながら、クロスは一つある事実に気が付いた。
「おい宗麟。お前焼き鳥しか食ってないだろう」
そう言葉にするクロスの顔を見ようとせず、宗麟はそっと追加の生の鶏肉をクロスに差し出した。
宗麟が偏食というどうでも良いのか良くないのかわからない事実に苦笑いを浮かべながら、クロスはその鶏肉を受け取り、最後の料理の空き時間に串を打つ作業に入った。
飲んで騒いでの楽しい宴の時間、それはまあとにかく盛り上がった。
ほとんどの冒険者同士がお互い知らないはずなのに、何故かまるで無二の友と語り合う様な盛り上がりをあちこちで見せ、その所為で宴が終わるのに非常に長い時間を費やした。
クロスという恰好の話の肴があり、焼き鳥という絶好の酒の肴があるのだから、そりゃあ終わる訳がなかった。
と言っても、当のクロスは料理に夢中でほとんど会話に混じっていないが。
それでも、その場は誰かがお開きを宣言するその時までは、楽しいだけが続く時間に包まれた。
「何と言うか……すいませんでした……」
まるでお祭りの様な宴が終わってテントに戻ったローランは見送りに来てくれたクロスに申し訳なさそうに呟いた。
「あん? 何がだ。飯なら誘ったのこっちだし遠慮しなくても良いんだけど」
「いえ。幾ら誘って頂いたからと言っても五時間……いえ、六時間位はずっと料理をさせ続けたのはあまりにも失礼だったと……」
ローランのその言葉にハイネも同意し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「良いさ気にしなくて。俺も俺で楽しみがあるから」
「……あれだけ大変な思いをしても料理を楽しいと感じるのは……本当に凄いと思います」
少なくとも自分なら絶対に投げ出している。
そうローランは思った。
「コツがあるのさ。……あー。あのさ、ちょいと訊ねても良いか?」
クロスは後頭部を掻き、困った顔でそう言葉にする。
その言葉を、ローランではなくハイネが頷いた。
「はい。どうぞ。何でも聞いて下さい。と言いましても、きっと聞きたい事は、私達の事……私の事、ですよね?」
「……まあ、な。あまりにバレバレな冒険者のフリしてるから気になって……」
「……いつかそんな時が来るとは思っていました。確かに、ハイネは正直バレバレだと私も……」
そう、ローランが言葉にするとクロスは苦笑いを浮かべた。
「ぶっちゃけお前の方が分かりやすかったぞ」
ローランは驚愕としか言えない様な表情をしてみせた。
「……そんな馬鹿な。私は完璧に冒険者の生態を学び擬態したというのに……」
「むしろある程度自然体のハイネの方がマシだった」
クロスの言葉にローランは眉を落としハイネに申し訳なさそうな顔をした。
「まあそんな訳でさ、細かい事情や難しい事は別に良いんだ。俺が言いたい事はただ一点、困ってる事があるなら言ってくれ。ただそれだけだ。俺は可愛い子を助ける事が生きがいなんだ。もちろん、それが俺の物にならなくてもね。可愛い子はそれだけで守る価値があるものさ」
そう言ってクロスはハイネにウィンクをしてみせた。
「……クロス……さん……」
ハイネは、そう物悲しそうに、申し訳なさそうにぽつりと呟いた。
「……信用、しない訳には行きませんね。知りたいではなく、助けたいから教えてくれと言われたら。良いですよねお嬢様?」
ローランの言葉にハイネは頷くと、クロスはローランの顔をじっと見つめた。
「ただ、詳しい事情は別とおっしゃられたので避けさせていただきます。よろしいですね?」
「ああ。困ってる内容、俺にどうして欲しいか、それだけ言ってくれりゃそれで良い」
「では、少しだけお時間を頂きます。まず、おわかりかと思いますが私達の名前は偽名です。本当の名前はご勘弁を。とは言え……賢者様……クロスさんとならいつか正式な場で出会う様な気がします。その時は知らないフリをしてもらえたらと」
「ああ。本名はそういう時に出会ったら教えてくれ」
「ご配慮、ありがとうございます。それで、私はお嬢様の護衛であり決して夫などでは御座いません。お嬢様の名誉の為にそれだけは言わせて下さい。当然、後ろの二体もです」
「だろうな。正直見てわかる」
「はい。その上で、此度の私共の目的ですが……」
少し間を置き、ローランはそっと俯き悲しそうな表情をしてハイネをちらりと見て……そして、ゆっくりと答えた。
「お嬢様、しょっちゅう旅をしたいとダダを捏ねるのです。……はい、それだけの事なんです」
「……はい?」
「助けると願って下さったクロスさんですから、情けないながら本当の事を説明いたしております。先の答えですが、助けて欲しい事など実は何一つございません。強いて言えば……お嬢様を大人しくして頂けたら……それが私共の一番の幸せです」
ローランの顔は割と真剣でかつ切羽つまった、そんな悲痛な表情だった。
「だってーずっと家にこもるのって退屈ですもの。私は旅が好きなんです。だけど家がそれを許してくれない。だったらこっそり出るしかないじゃないですか」
そう言って、ハイネはぷくーっと頬を膨らませてみせた。
その言葉に対し、皆が一瞬の沈黙を見せる。
その後、ハイネの顔を見ながらクロスはゲラゲラと腹を抱え笑った。
「つまり何だ? やばげな事情があるってのは俺のただの勘違いで、特に不味い事とか困った事情とか、そんなんは一切ないと?」
「ええ。少なくともお嬢様は恐らく何にも困ってないかと。私共はお嬢様に困っておりますが」
クロスは再度ゲラゲラ笑った。
「オーケーオーケー。幸せそうで良いこった。ちなみに俺はかわいこちゃんの味方だからハイネの応援する側だから止める気ないぞ」
「さすがクロスさん。同じ渡り鳥同士。わかっておりますわね」
「もっちろん。いえーい」
「いえーい!」
そう言いながら、二人は仲良くパンとハイタッチしてみせた。
「ま、応援してるのはそっちだけじゃねーけどな。ハイネちゃんも大変だろうけど頑張れ。ああ笑った笑った。俺かっこつけるといつも碌な事にならねーなぁ」
そう言いながらクロスは背を向け手をひらひらと振り元の道を戻っていった。
「お嬢様にだけ、特別頑張れと言っておりましたが、クロスさんは一体何の事をおっしゃっていたのですか?」
ローランはクロスの背を見送りながらぽつりとそう呟いた。
「さて、何の事でしょうね?」
ハイネはローランの横顔をじっと見つめ、そしてくすりと小さく微笑んだ。
ありがとうございました。




