魔王の夢
これを武器と判断するのは非常に難しい。
それ位そのナイフの刀身は短かった。
解体用のナイフとしてみればまあ十分な長さがある事は幸いなのだが……ダガー等の短剣での戦闘経験に乏しいクロスが武器として使うにはいささか短すぎるだろう。
かつての仲間であるメリーならきっと問題ない。
シーフとして一流の腕を持つ彼女は一対一の決闘であっても相手の不意を突き背後を取れる。
極論ではあるが、メリーなら武器が軽く短い程に強いと言っても過言ではなかった。
逆に言えば、それ位の技量がない限りこのナイフで戦うのは難しいと思われた。
悪いとしか言えない使い勝手と性質に反して、そのナイフは非常に美しかった。
銀に輝く短い両直刃も機能美に溢れているが、持ち手に施された銀と金の加工に合わせられた真紅に輝く宝玉も色あせる事なく美しく、数千年放置されたとは思えないほどの芸術性を秘めている。
芸術品として見れば、間違いなく超が付く一品だろう。
そんな新しい武器を手にし、クロスは子供の様な眼差しでその武器を見つめていた。
使いにくい?
弱い?
そんなの関係ない。
これには共に育つ無限の未来がある。
共に歩み続けられるという浪漫がある。
そして、これは運命の出会いである。
それだけあれば、クロスが相棒と決めるのに十分だった。
「……今ならまだ間に合いますが……別のにしません? いえ惜しいとかではなく……在庫処理に使った様で申し訳がなくて……」
アウラが心の底から申し訳なさそうに囁く。
それを聞いてクロスは微笑んだ。
「良く考えたら大して不幸でもないのに国宝持っていくのってさ、俺の評判悪くならね? それなら不良品を渡された事にした方がそちらも俺も今後の評判的に良いと思うんだが」
そんな筋の通った屁理屈を吐き出すクロスにアウラは困った顔を浮かべた。
「一理ありますが……本音は?」
「これより浪漫のある品物あるなら考えても良い」
「……宝玉に貴方の血を捧げて下さい。それでその武器は生まれてから死ぬまで、何があっても貴方の物となります」
クロスはためらう事なくナイフで自分の指を数ミリほど傷付け、流れ出た血を宝玉に垂らした。
すると赤い宝玉は一瞬だけ強く輝き、白い宝玉に姿を変えた。
「……これで良い……かな?」
「はい。これでその無銘の剣は正しい意味で貴方の所有物となりました」
「ん? アタラクシアって名前じゃないの?」
「何と言いますか……それは種族名に近いです。その種族名もまた『アタラクシア・ 』と空白がありまして。空白を埋める銘を付ける事で、世界に一振りとなるクロスさんだけが所有する種族名となります」
「……これってさ、生きてるの?」
「その疑問は私にはわかりかねます。ただ……成長する剣の意思を確認した事はこれまでありません」
「名前って好きに付けて良いのか?」
「その質問も私にはわかりかねます。ただ……過去その手の類の所有者は皆剣と一緒に名前を『作り出した』と言っていますね」
「……もしかしてさ、この俺の持ってるアタラクシアって……何もわかってない?」
アウラはこくりと頷いた。
「類似品すらも情報は少ないですが、アタラクシア種のリビングソードに至ってはその一振りしか現存が確認されず、また過去の所有者も一人もいません。とは言え……類似品やその剣の調査結果にて恐ろしく使い勝手が悪いという事だけ判明していますが」
「話が出る度に浪漫要素上がるなお前……。良いじゃん。とりあえず銘がわかるまでアタラクシアって呼んでおこう」
そう呟き、クロスはアタラクシアをアウラに用意してもらった専用の革製の鞘にしまった。
「あくまで代用品ですがその鞘は用意させていただきました。ただ……成長した後は申し訳ありませんがご自分で鞘を用意ください。何分サイズがわからないと作り様が……」
「ああ……鞘の心配もあるのか。なかなかに困ったちゃんだなお前は」
そう言葉にしてアタラクシアをとんと叩くクロスだが、その顔に困った様子はなくただ笑っているだけだった。
アウラはそんな子供じみたクロスを見て苦笑いを浮かべた。
「これで賠償も終わった訳だし……俺の立場って平民になるよな? これからは魔王様と呼んだ方が良い?」
今まで魔王であるアウラ相手に偉そうに出来ていたのは自分が被害者という立場であったからに他ならない。
であるなら、それが終わった今は魔王の元に住まう民の一人となるはずである。
そう考えたクロスだが、クロスの予想と違いアウラは首を横に振った。
「いえいえ。立場的にも心情的にも今まで通りで構いませんよクロスさん」
「……立場的って言っても俺の立場どうなるんだ? 現状ただの無職だろ?」
「貴方の思う以上に虹の賢者、クロス・ヴィッシュという名前は重いですよ?」
「……個人的に気に食わない名前だがそれはまあ仕方ないとして甘んじて受けよう。だけどさ、所詮敵だった相手の名前だろ? 重いとか以前に身分とか関係なくないか?」
「逆ですよ。敵だったからこそ放置するわけにはいかないんです」
その言葉でようやくアウラの言いたい事が理解出来た。
逆に考えたらわかりやすい。
人間の社会に人間そっくりな魔物が混じる。
しかもスパイとかその類ではなく、ただ生活する為だけにだ。
それを放置する事などある訳がない。
もし逆であったなら、まず間違いなく初日に処断されている。
逆に言えば排除すらしようとしてしない辺りで魔王の良心をクロスは感じる事が出来た。
というより……知ればしるほど魔物と人間の世界の落差を感じ悲しくなってくる。
文化どころか文明単位で優れ、道徳すら圧倒的に上。
どうして人間が戦争に勝ったのかクロスは知れば知るほど理解出来なくなっていた。
「……オーケー。首輪付けるのなら早めにしてくれ。軍属でも冷や飯食いでも、何なら捕縛されても文句は言わんぞ」
その言葉にアウラは慌てて手を振った。
「そんな事はしません! 自由意志での行動を私達は尊重する事を約束します。強いて言えば……我らが怨敵となり先代魔王を打破した者の一人として勲章を受け取って頂けたらなと考えておりますが」
クロスは露骨に顔を顰めた。
勲章やら名誉やらそういう物に興味がないという事もある。
だが、それ以上にこの状況でわざわざ勲章授与を行おうとするアウラの意図が読めないからだ。
何らかの思惑がある事までは把握出来るのだが……。
「ま、好きにしてくれ。その位は信用してるさ」
思っていなかった返しに笑顔を凍り付かせ、アウラは困った顔を浮かべた。
「下手な返しよりもその方が辛い……。まあそういう話はまたいずれ。とりあえず今は……クロスさんの今後についてですね」
「ああ。それだけど俺はこのまま自由にして良いのか? それとも何等かの制限や見張りとか」
「それ以前の問題が一つありまして……」
「何だ?」
「魔王としましてはやはり民に法を守って欲しいと思うのですよ」
「……俺、何か違反してる?」
「いえ。今は違反していないのですが……あのですね……ある程度の自由意思を身に付けた魔物は最低一年は学校教育を受けるのが義務なんです」
その言葉が理解出来ず、クロスは首を傾げた。
より正しく言えば、教育を受けるのが義務という言葉の意味が理解出来ずにいた。
王国にも学園はあった。
貴族が大金を叩いて知識を学び、同時にコネクションを作る場であるとクロスは聞かされた。
外にも神学校や特定のギルドで学ぶ事も出来るが、やはり相当以上の金銭とコネが必要となる。
その教育を受ける義務というのはどういう事なのか、強制的に金銭を徴収する為なのだろうか。
クロスは首を傾げながら考えるがやはり理解は出来なかった。
「……別に行くのは構わないが……俺見ての通り一文無しだぞ?」
「生活費はこちらが負担します。それ位はしますよ?」
「いや。学費とかだ」
アウラは首を傾げた。
「義務ですから無料ですよ?」
「……俺別に貴族じゃないぞ?」
「別に貴族校ではないですよ?」
そこでようやく、クロスはもっと壮大な可能性に気が付いた。
「……もしかしてさ、全国民が無償で一年学べるって事か?」
「ええ、まあ。そうですけど……」
その言葉を聞いたクロスは、今までの比でない程に魔物を心の底から恐れた。
確かに魔物の方が人間より優れていると思っていた。
思っていたが……これはそういう次元ではない。
生物としてのランクが一回り以上異なっている。
教育が出来ているという事は、国民全員が戦闘員になる下地を身に付けているという事である。
兵士になるにしてもそれ以外にしても、成長する練度に大きな差が出て来る。
同じ戦力でかつ同じ人数を徴集すれば、必ず戦争に勝てるという事である。
もう人間が勝てるとか勝てないとかそういう話ではない。
魔物は人間が戦って良い相手ではないのだ。
「……なあ。真面目な疑問だが……どうして魔物って人間に負けたんだ本当に。知れば知るほど負ける要素がないのだが……」
「魔物同士の仲違いや人類の強さ。色々と考察すべき理由はありますが……もしたった一つに絞ればとある一点に他なりません」
「……それは?」
「勇者」
その一言でクロスは理解した。
人間が勝ったのではなく、クロードが勝った。
それならその理屈はわかりやすい。
傍にいたクロスはそれだけクロードという存在の異常さを理解していた。
自分を除く勇者パーティー四人は生物としてのランクが違い、神に近い。
クロスは本気でそう考えていた。
「それなら仕方ないな。つー事は魔王的にはクロード亡き後に人類に侵略する形にする訳か」
「いえ。私はどっちかと言えば引きこもってもう人間とかかわりたくないと考える派閥ですね。……出来るのならという夢物語の話で、しかも千年以上先の話になると思いますが……個人的な目標は人間と商売だけをする仲になる事です」
そんな遠くの事はクロスにはわからない。
だが、一つだけ確かな事があった。
「……良いじゃん。それ」
そう言葉にしてクロスは微笑んだ。
人間と魔物が争わない世界。
それは元人間現魔物のクロスにとって恐ろしい程都合の良い世界だという事である。
例え自分がそれを経験出来ないとしても……。
きっと生きている内には無理な話である。
それだけ、人間も魔物も血を流して来た。
だが……例えそうであっても……その日が来るとクロスは信じたい。
そんな崇高かつ浪漫のある未来を作ろうと動くアウラの事をクロスは心から尊敬した。
「うん。良いね。本当に良い……夢だ」
そう言葉にし、クロスは椅子を降り、アウラの元に跪いた。
「……クロスさん?」
「改めて、魔王陛下であらせられるアウラフィール……えっと……何だっけ?」
何をしたいのかを理解したアウラは優しく微笑み、自分の名前を紙に書きクロスに手渡した。
「はい、どうぞ」
「すまん。じゃ、今度こそ改めて……魔王陛下であらせられるアウラフィール・スト・シュライデン・トキシオン・ディズ・ラウル様に、心よりの忠誠を誓いその夢の実現の為の手助けとなる事を誓います」
それは心からの声だった。
その夢を、そんな夢を求める魔王を応援したい。
人間だった身でありながらも、魔物として、クロスは魔王に――いや、魔王の望む未来に我が身を捧げたかった。
「その忠誠を受けましょう。ですが……それはそれで少し寂しいですね」
「……はい?」
「気軽な魔王が目標ですので。もう少しフランクに応援してくれた方が嬉しいです」
クロスは立ち上がり、手を差し出した。
「じゃ。俺にも手伝わせてよ。そのすっげー夢。これで良い?」
「はい! お願いします!」
そう返し、アウラはクロスの手を取り握手をした。
外見は幼いが中身は立派な大人のアウラと、外見こそ成人しているが中身はどこか少年の様なクロス。
ある意味においてはお似合いの二人だった。
「んで、結局俺は何をしたら良いんだ? 一応目標は見つかったが……」
アウラの夢の手伝いをする為に強くなる。
とりあえずそれが今の目標となり、クロスは改めてそう尋ねた。
それに対し、アウラは申し訳なさそうな顔をした後、深く、深く頭を下げる。
それはまるで、顔を合わせるのを避けているかの様だった。
「すいません。その……一月で良いので……学校の様な場所に……」
「んー。いや、それ位は別に良いし学校行った事ないから気にしないけど……」
そう答えるクロス。
だが、アウラはそれでも頭を下げ続けたままだった。
そして、ぽつりと一言呟いた。
「……その……幼稚園の方に……」
その言葉の意味をクロスは知らないが、それでも字面で悲しい事態になっているのだと察してしまった。
ありがとうございました。




