不器用過ぎた男のこれから(前編)
この状況を一言で表すのなら……とにかく、気味が悪い。
正直、そう表現する他に言葉が出て来なかった。
ツッコミたい部分はそれこそ、山ほどある。
果し合いという名前の殺し合いがあったのは昨日の今日で、なのにお前ら怪我はどこ行ったんだとか、どうしてここに俺まで参加させられているのかとか。
そんな感想をクロスは持つ。
だけど、それ以上に、やはりただただ……気持ち悪かった。
そう感じる位には、違和感が自己主張をし続けていた。
「こんなもんで、良いのか?」
そう言って自分の服装をクロスと宗麟に尋ねる雲耀。
ちなみにここが、気味悪いポイントその一である。
着崩していない着物に、袴というズボンみたいな服を合わせ、更に小さな上着を羽織るという着物の正装らしき恰好、宗麟と同じ様な服装。
そんな丁寧な見た目となった雲耀は、はっきり言って似合っていない。
普段ラフでボロを良く着る雲耀の所為だろうか、その雑ながら親しみやすい気質の所為か。
とにかく、あらゆる理由で違和感が服を着ている状態となっており、繰り返し気味悪いと思う位は酷く似合っていなかった。
だが、それ以上にこの現状の悍ましさを醸し出しているものがある。
それは……。
「お似合いでございます。御当主様」
頭を下げたまま、無表情のまま、宗麟はそう言葉にする。
昨日まであれだけ見下していた雲耀相手に。
それを見ているクロスが気持ち悪いと感じるという事は当然、それをされた雲耀も相応に嫌な気分となり、背筋が冷え込む様な震えを見せ露骨に顔を顰めた。
「まじでやめてくれ。昨日までのままで良いから」
雲耀はそうぼやく様に言葉にする。
宗麟はその言葉を聞き、深く頭を下げた。
「そうも行きませぬ。これよりご当主様となろうお方に私の様な者が気軽に話をする事など……」
「つか俺当主になる気がないしすぐ次に回すつもりなんだけど」
「御当主様のご随意に。ただ、ご当主様の目的である己龍家のしきたりを壊せるのは当主の座をおいてなく、また、次などと申しますが適任者はもうおりませぬ故――」
「いや。あんたに戻せば」
「それはつまり、しきたりも共に戻すという事になりますが……よろしいので?」
その言葉に、雲耀は顔を顰めた。
気持ちはよーくわかる。
ただでさえ昨日までのギャップで気味が悪く集中出来ない中で、そんな状況で正論を叩きつけられたら何も言い返せない。
言い返せないまま宗麟の口車に乗り続け、こんな似合わない正装をしてこれから新生御当主として親戚達に何やらお言葉を頂戴しなければならない雲耀には少々以上に同情を覚える位だ。
とは言え、それはそれとしてやはり気味が悪い。
偉そうにする雲耀とそれに平伏する宗麟なんてのは正直見たくない。
クロスですらそう思っているのだから雲耀はよりこの状況に苦しんでいるだろう。
「それでご当主様。当主交代の儀の前に一つお訊ねしたいのですが、どの様にしてしきたりを壊すおつもりでしょうか? 確かに当主にはしきたりを変える力も破る力もありますが、正しく執り行わないと何の意味もないかと」
宗麟の言葉に雲耀は驚いて見せた。
「……いやに協力的だな。しきたりを変える事に反対かと思ってたんだけど」
「反対などしようはず御座いません。私という存在は、己龍家のしきたりの中で生きて死ぬ様になっております。故に、しきたりが変わればそれに従うだけです。ただ、自分で変えようと思わないだけで」
「んじゃ、俺が家族で殺し合うのを止めたいって言えば手伝ってくれるのか?」
「御当主様のお言葉であるなら。ただ……その為にどの様な方法を用いてしきたりを壊す、ならびに変えるのか具体的な案が必要かと――」
「ああ。緑音式を取り入れるよ。要は里守の家でさえあれば良いんだからさ、それで良いだろ?」
「……意外と、考えておられたんですね」
「俺が何も考えてないと思った?」
「――失礼を承知で言うなら、そう思っておりました」
その言葉に、雲耀はしてやったりとした顔でニヤリと微笑む。
それに宗麟が何かを言おうとした直後――太鼓の音が鳴り響いた。
どうやら、当主の儀とやらが始まるらしい。
「……んで、これからどうしたら良いんだ?」
雲耀の言葉に宗麟は立ち上がり、奥にある大きな扉を開いた。
「この先に向かい、親族の方々に対し当主であると示せば宜しいです」
「……偉そうにするのは得意じゃないんだけどなぁ」
「時折、我の方が相応しいと申し勝負を挑まれるかもしれませぬが……」
「ああ、その方がわかりやすい。ぶっ飛ばして力を見せれば良いんだな」
「その通りです。それと余裕があれば……緑音式の里守育成を行う事を仄めかしておけばなお良しと」
「あいあい。んじゃクロス。ちょっと行ってくるわ」
「お、おう。というか今更だけど、俺がここにいる意味あったのか?」
明らかに親族限定っぽい待合室で、独り場違い感を覚えながらクロスはそう呟いた。
「ええもちろん。当主交代の果し合いに参加なさったのですから、堂々としていただけたら。この後当主が正式に引き継がれた事に対してのささやかながら宴の場も開かれますので、良ければご参加を」
「それって、参加した方が良い感じ?」
「個人的には……オススメ致しかねます。クロス殿にとっては特に」
「良くわからんが、参加しない方が良いっていうニュアンスは感じたから参加しないわ」
それに宗麟は頷いた。
「つかさクロス。お前がここに来なかったら、俺はこいつと二体だけになる。これと二体っきりになるのはさ、まじで辛いから勘弁してくれ」
そう言って、雲耀は宗麟を指差す。
宗麟はそんな扱いであっても、無表情でいつも通り。
ただ、当主に従う影の様に、ぺこりと、雲耀に頭を下げた。
「御当主様。それよりも、皆がお待ちです」
「おっと。しゃあない。ここまで来たらもう逃げられねーし、目標の為だ。我慢するか。んじゃ、ちょっと行ってくる」
そう言葉にして、雲耀はガニ股で袴の裾を踏みながらのっしのっしと歩いて行った。
「……本当、びっくりするほど似合わねーな」
「いずれ似合う様になりますよ……おそらく」
当主を見送る為頭を下げたまま、宗麟はそう呟く。
そして雲耀が奥に消えてから、クロスは一言、ぽつりと呟いた。
「宗麟。お前、半分わざとだろ。雲耀に対しての態度」
宗麟は頭を上げ、軽く、口角を上げた。
「あてこすりのつもりはないのですが……まあ、わざとな面もあったという事は否定しません」
「だよな」
そう言って、クロスは笑って見せ、それに宗麟も釣られて微笑んだ。
恐ろしい程不器用で、宗麟はただそうとしか生きられなかった。
ただただ愚直なまでに当主としての役割を果たす事以外、宗麟には何もなかった。
だからこそ、今までのふれあい方以外で息子と話せるのは楽しかった……んだと思う。
決して、気味悪がる息子が面白くていじった訳ではないのだと……クロスは思いたかったが……実際はどうなのか、クロスには聞く勇気がなかった。
儀とやらに向かった雲耀をどの位待てば良いのかなーなんて思っている最中に、宗麟は唐突に、言葉を紡ぎだした。
「クロス殿。一つ、お訊ねしたい事がありますがよろしいでしょうか?」
「ああ。良いけど先に俺の方から良い? これってどの位で終わるんだ?」
「そうですね。私の時は非常に早く終わったので……五時間位でした」
「それで早くなのか?」
「ええ。歴代でも最速だったそうです」
「……流石に待ってられねーなぁ。宗麟はぶっちゃけ雲耀の場合どの位かかると思う?」
「立ち振る舞いにて、当主と相応しくないと思われた場合は、非常に多くの果し合いを受ける事となります。ただ、果し合いを受けられる数に限りが御座いますで誰が当主に挑むべきかの相談が始まり、その相談を誰がするかで揉め――」
「わかった。良くわからんがめっちゃくちゃ時間がかかるってのはわかった」
「それだけわかっていただけたら十分かと」
「大変だなぁ。しきたりとか家柄とかって。んで宗麟。そっちは俺に何を聞きたいんだ?」
その言葉に宗麟は一息置き、ゆっくり言葉を紡いだ。
「変な事を聞いている自覚はあるのですが……私はこれからどう生きたら良いと思いますか?」
「……漠然としすぎてわからねぇ。もう少し詳しく話してくれ。幸い……と言って良いのかわからんが、時間は山ほど余ってるからな」
「そう……ですね。何と言いましょうか。……生きる理由がなくなったと、言葉にするのがきっと最も適切かと」
宗麟の言葉の重さは、クロスには絶対に理解出来ない。
ただ、どうしてそう思っているかは何となく理解出来た。
要するに、死に損なったからこれからやる事を見失ったのだ。
己龍家のしきたりに従い親兄弟を殺し、そしていつか息子の誰かに殺される。
そんな日々が来るのを漠然と待っていた宗麟だったが、もうそんな日が来る事はない。
雲耀が当主となった以上、家族同士で殺し合う事を許す訳がない。
その為だけに、雲耀は当主である強大な父に立ち向かったのだから。
だからこそ、殺される事で己が生涯を完結させる予定だった宗麟はする事がなくなって、困っていた。
宗麟は生きているというよりも、死んでいないだけ。
文字通り、今の宗麟は抜け殻の様なものだった。
「あー。何か楽しい事とかやりたい事とか……」
「そういった事は考えた事すら」
「だよなぁ。見るからにそういうタイプだもんなぁ……」
そう呟き、クロスは考え事をする。
そういう時は何をするのか、何をしてきたのか。
考えた末、クロスはぽんと手鼓を打った。
「良し! 時間はたっぷりある訳だし……飲もう! こういう時はとりあえず飲んでみて考えようぜ!」
「……飲む、とはお酒でしょうか?」
「おう。もしかして、飲んだ事ない?」
「はい」
「んじゃ、それから始めてみようぜ。使命とかしきたりとか家柄とかじゃなくって、自分のやりたい事探しの為に」
「……流石クロス殿は頼りになる。年ばかり重ねただけで右も左もわからぬこの老骨に、どうか生きるという事を伝授下さい」
そう言って丁寧に頭を下げる宗麟に、クロスは困った顔で微笑みながら頷いた。
ありがとうございました。
エピローグですのでこれから何か、という事はございません。
やりたかった事の一区切り、というよりも刀とかバンバン描写したかっただけなのですが……。
エピローグが終わり次第本編に戻りますが……。
その前に、感想や意見、気になるキャラ等ありましたら感想でもツイッターでもどこでも言ってください。
絶対に出すとは確約出来ませんが、参考にさせていただきます。




