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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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雷鳴(後編)


 大太刀を脇構えという刀の先を後ろに向ける構えを取る宗麟。

 本来の剣技に移行しづらい代わりにカウンターが行いやすく、またその身で刀を隠す為刀身の長さを測りにくい構え。

 その構えのまま、宗麟は正面に独り立つクロスに話しかけた。


「相談は終わりましたか?」

 宗麟がそう尋ねたくなるほど、クロスの瞳には力がこもっていた。

「おう。ま、後は雲耀にお任せって事で、俺はとりあえずその隙作りってな」

 そう言葉にし、クロスは壊れかけた大剣を毒の回った体で構えた。


「あの愚息にクロス殿が賭ける理由がわかりませんが……。クロス殿ならここから私に勝つ位何とかなるのではないでしょうか?」

「ああ。ぶっちゃけるけど何とかなるぞ。色々リスクはあるが……まあ、もっと早く勝てただろうしここからでもたぶんいけるな」

「では、どうしてその手段を――」

「宗麟が死ぬからだよ」

「……死ぬかもしれないのに相手に情けを掛けるので?」

 多くの戦を乗り越えた上で賢者と言われていたから期待していたが……どうやら無駄だったらしい。

 そんな感想を宗麟はクロスに抱いた。


「はは。何を考えてるかわかりやすいぞ。ま、そうだよな。宗麟から見たらそうだよな。ぶっちゃけ俺も同じ様な考えだし」

「では、今からでも遅くはありません。あの馬鹿ではなく、クロス殿が――」

「――舐めんなよ馬鹿が。俺らみたいな殺すだけの奴がな、刃を染める為に魂を捨ててきた奴が、あそこにいる魂を馬鹿で染めて来た奴を舐めて良い訳ないだろうが。良いから来いや」

 そう、クロスは笑いながら、怒りながら言葉にする。


 宗麟はクロスの心を受け取り、無言で大太刀に殺意を込め――振り払った。


 その横薙ぎをクロスは体を低く下げ、手を床に付きながら避ける。

 宗麟はクロスが攻撃する前に大太刀を手元に引き戻し、振り上げ、叩き落とす様に太刀を振る。

 クロスは上空に剣を構え、宗麟の刀を受け流した。


 クロスの持つ大剣は恐ろしく重く、宗麟の大太刀よりも重量自体は重たい。

 宗麟の持つ大太刀よりも刀身は短いのだが、その代わり刀身が非常に太く厚いからだ。

 刀と比べて普通の剣は切れ味は鋭くないが、代わりに恐ろしく丈夫で壊れにくい。


 その分だけどうしても重量は増し、鈍重な動きとなる。

 だからこそ、クロスはなかなか攻撃が差し込めずにいた。


 脇構えからの、薙ぎ払い。

 それが宗麟の最も基本的な攻撃だった。

 当てさえすれば良い宗麟にとってそれは剣術と呼ぶよりも効率的な毒撒き。

 だからこそ、点ではなく面の方が効率が良い。

 それも今度は、しゃがんでも避けられない程に低い機動での横薙ぎ。


 クロスは、その横薙ぎをジャンプで避けた。

 宗麟がそう望んでいるとわかっていた上で、それ以外に回避する方法はなかった。

 宗麟は横薙ぎを途中で止め、そのまま下段の構えから跳ぶクロスを狙い切り上げる。

 クロスの方もそれは読んでおり、空中で前転する様な曲芸じみた挙動をしながら全力で大剣を切りおとし大太刀に叩きつけた。


 金属が軋み、裂ける様な音。

 鋼の悲鳴が響き、クロスの持つ大剣がへし折れる。

 本来ならば刀という脆い構造の武器の方が折れるのだが――その大太刀は宗麟そのもの。

 そう簡単に折れる物ではなかった。


「――ぬ」

 宗麟はクロスが大太刀を蹴り飛ばしながら、こちらに来るのを見てそう呟く。

 その手には、酷く短い短剣が握られていた。

 どうやらそれがクロスの奥の手らしい。


 大太刀がクロスを斬る前に、クロスは宗麟に接近し、そしてその短刀を振るう。

 それを見て――宗麟はそっと口角を上げた。


 クロスと宗麟はそのまますれ違う様に交差し互いに背を向ける。

 そのまま、クロスはぱたんと倒れた。


 宗麟のその左手には小太刀と呼ばれる短い刀が握られ、それには赤い液体が付着していた。

「奇しくも、隠し札は同じだった様で」


 倒れたまま、クロスはごろんと転がりあおむけとなる。

 脇腹辺りに丸い血の跡が生じている。

 それでもクロスは笑っていた。

 笑って、その短剣を持ち上げた。

「はっ。俺の相棒を舐めるなよ」

「相棒とは、あの愚息の事ですか?」

「いいや。こいつが俺の相棒さ」

 そう言って短剣を手の中でくるくると回していると、その瞬間――宗麟の持つ小太刀の鍔が折れ、小太刀はバラバラになり宗麟の手から離れ、刀身は地面に刺さった。


「……お見事。受けた私の目でも一体何をされたのか、見えませんでした」

 その言葉に微笑み、クロスはそのまま気絶し動かなくなった。


 ここまで、一応でもクロスの予定通り。

 おそらく持っていたであろう詰め札を消し取り、雲耀に有利な状況を作る。

 それを毒で弱った肉体で行ったクロスに雲耀は多大な感謝と尊敬を寄せ――そして気持ちを切り替え、刀を握る。


 これから立ち向かうのは、雲耀の生きる意味。

 己を貫く為に、倒さなければならない壁そのものだった。




 剣戟が、鳴り響く。

 それは殺し合いと呼ぶには、あまりにも一方的だった。

 そりゃあそうだ。


 片や生涯を殺しに捧げた者。

 親を殺し、兄弟を殺し、己が意思も殺し。

 殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し。

 ただ殺す為に、全てを殺してきた鋼の意志そのもの。


 そして方や、殺し合いの最中でも殺さないなんて温い事を考えている。

 一方的とならない訳がない。


 刀と刀、魂と魂、意志の刃と意志の刃のぶつかり合い。

 その質量差により、雲耀は剣戟が鳴る度に刀が弾かれ、欠けていく。

 それでも、撃ち込まないと勝てない。

 打ち込んでいかないと、もっと一方的になる。


 だからこそ、雲耀はその隙を見つけるまで宗麟の大太刀を受け止めていた。


「……羨ましい物だ。私ならこれだけの重さの異なる刀を受け止めたら先に腕が駄目になる」

 そう、鬼の身である雲耀に告げた。

「俺からしたらあんたが羨ましいよ。なんだいその野太刀。派手で恰好良いじゃないか」

「……くだらんものさ。己龍家を継ぐのに不必要な力なんて」

「それでも、今はそれを振るってるじゃないか」

「それしかもう、残されていないからな。クロス殿に感謝するが良い。刀が折れていなければ貴様など、とうに切り伏せていた」

「ああ。感謝するさ。あんたを倒した後でゆっくりとな!」

 叫び、雲耀は宗麟の大太刀を紙一重で回避する。

「――ぬ」

 それは、宗麟にとって予想外な動きだった。

 クロスの時もそうだったが、自分が剣を振る前に、もう避ける動作に入っている。

 まるで自分の動きが分かっているかのようだった。


 これが、終わりか。

 宗麟は大太刀を手元に引き戻しながらそう思った。

 どう考えても、間に合いそうにない。

 だが、雲耀の刀は宗麟の思う何倍も遅く、避けきる事こそ無理だったが、その斬撃は精々服と薄皮一枚程度しか切れていない。

 しかも、腕辺りの。


 どうしてそうなったのか、それは簡単だった。

 殺すつもりがないから、殺さない様手を抜いての斬撃だったから、そんな事となった。

「だから……だから貴様は温いと言っているんだ! 何故敵を斬らぬ! 何故そんな下らぬ事で勝機を逃す! それとも未だ自分が格下であるという事すら分らぬほど愚かに育ったのか!?」

 恐らく、初めてだろう。

 雲耀は初めて、父親から怒鳴られた。

 だが、その怒りに、叱る声に、とても賛同は出来そうになかった。

「俺の敵はあんたじゃねぇ! あんたの敵が、俺なんだよ!」

 そう言葉にし、雲耀は刀を構えた。


「俺はあんたの生涯を否定する。意味のないもんだったと、下らない物だと、引き継ぐ必要のないガラクタだってな! その為に、俺はここに帰って来たんだよ!」

「ならばやってみろ! そんな夢物語を、その程度の実力で、私を否定出来ると思うのなら!」

「ああ! やってやるよ!」

 雲耀は、そう吼えた。


 冷たい、息子すら殺す事を躊躇わない冷たい刃。

 ただ殺す為だけに存在する、殺意の具現化。

 そんな大太刀に対し、雲耀の刃はあまりにも矮小である。


 ただ、足掻く事しか出来なかったその生涯。

 あまりにも大きすぎる相手と向き合う宿命を受け、他に何も出来ず、ただ、刃に足掻くという覚悟のみを込めるだけの日々。

 それが、雲耀という男の生き方だった。


 目的は、たった一つ。

 その、あまりにも重たい物を背負ってしまった父親を、殺されるだけが救いである父親を、本当の意味で救う為に。


 ただその為の足掻く刀こそが、雲耀の魂だった。


 ただ殺す為だけに、己が魂を捨てながら輝き、赤く染める鋼の刃。

 それと比べたら、あまりにも弱弱しく映る。

 しかし……足掻くだけとは言え、本当の意味で魂を込め強く輝くその刃は、決して劣っている物ではなかった。




 数度、魂をぶつけ合う。

 宗麟から見れば雲耀は決して負ける相手ではなく、はるか格下に過ぎない。

 それでも、勝ちきれない。

 自分が情に絆されているからか?

 いや、それはありえない。

 情に負ける程宗麟が弱ければ、とうの昔に死んでいる。


 ではどうしてかと言われたら、それは逆。

 宗麟の意志ではなく、雲耀の強い意志が、実力の差をはねのけているから。

 戦いには、えてしてそういう瞬間がある。

 実力よりも遥かに怖いのは、その意思。

 だからこそ、宗麟は何者にも負けぬ為、意志を全て殺意で塗りつぶした。

 それでも、何故か立ちふさがる男を、宗麟は殺しきる事が出来なかった。


 とんっと、雲耀が一歩踏み込む。

 それに反応し、宗麟は大振りの横薙ぎを行った。

 いや、行わされた。

 また前の様に、刀を振るつもりがなかったのに振らされた。


 その大太刀による横薙ぎの一刀を雲耀は敢えて刀ではなく、その腹で受け止めた。

「何を――」

 そう呟く宗麟だが、その大太刀は動きを止めない。

 今更、息子を殺す事に躊躇う事なんて、真っ当な事が許されるなんて生涯、宗麟は送っていない。

 だから宗麟はためらわず振るい、その大太刀はきっと息子の雲耀を真っ二つにするだろう。


 そう思っていたのだが――そうはなっていなかった。

 雲耀の腹に大太刀はめり込むもそこで止まり、腹に数センチ程食い込みんだ大太刀はそれ以上奥に進まなかった。

 その腹辺りを抑える雲耀の手には、宗麟が落とした小太刀の刀身が握られていた。


「無傷という訳にゃいかないが……まあ何とか肉を斬らせるだけで耐えられたな」

 毒と斬撃両方の傷みから顔を顰めながらも雲耀は笑って見せた。


 脇腹を貫くその傷が軽い傷である訳がなく、また毒も直接刃が触れ続けている為じわじわどころか一気に浸食している。

 それでも、これしかなかった。

 攻防一体の大太刀を止める方法は、馬鹿な雲耀にはこれしか思い浮かばなかった。


 腹に力を入れ、大太刀が抜けない様にしながら、雲耀は上段の構えを取る。

 最も得意で、最も基本的な斬撃。

 それを行う為、雲耀は刀を振り上げた。


 宗麟は大太刀から手を離し、後ろに下がった。

 下がりながら、その手を前に出す。

 小太刀がない以上、この状況で宗麟が取れる行動は一つしか残っていなかった。


 古願調龍一刀術奥義、無刀取り。

 それは雲耀に教えていない技であり、知り得ない技。


 だからこそ、まさか宗麟の最後の行動が素手で刀を掴むなんてことを、雲耀が知る訳がなかった。




 温いと、言われ続けた。

 雲耀の刀は宗麟より常にそう評価されていた。

 理由は単純で、殺す意志がないからだ。


 父に、家に、雲耀はその刀を否定され続けた。

 それでも、雲耀はそれを変えるつもりはなかった。


 何故ならば……もし自分が父の言う温さを捨て殺す為の刀となってしまえば、この意志を失くしてしまえば、きっと最後は父を殺す事になるから。

 だから、馬鹿にされ、貶され、見捨てられ、家の剣を捨てる事となっても、雲耀はその意思を貫いた。


 殺すよりもよほど難しい、殺さないという意志を雲耀は今この瞬間まで貫き続けた。

 その刀が、その意思が、その刃が、温いはずある訳がなかった。


 この瞬間の為だけに雲耀は生きて来た。

 そんな雲耀は、今まで貫き続けた己が意地を全て、その刀に乗せる。


 振り下ろす瞬間を、宗麟は見る。

 それは今までの雲耀とはまるで異なり、美しいとさえ感じる程堂に入った動きで……そして次に見たのは、刃先が下に向いた後。

 振り終えた後。

 音は、後から遅れて聞こえた。


 雲耀。

 それは最小の単位である秒の万分の一よりも更に短い時間を意味する。

 もし、それほどの早さで斬撃を放つ事が可能であるならば、相手は受け止める事も避ける事も叶わず、そしてどの様な鎧であっても貫く。


 だからこそ、それは全ての剣術家の理想であり夢。

 故に、宗麟は息子にそう名付けた。

 いつか、その境地に辿り着き我が後を継いで欲しいと願って。


 その刃は雷鳴の如き鋭さで痛みすら感じさせず体を駆け抜けた。

 だからこそ、宗麟も認めざるを得なかった。

 自分の生涯に意味はなかったと。


 そんな事せずとも、その壁を、乗り越える事は出来ると。

 強くなる事は出来るのだと。


 宗麟は、雲耀のその瞳を見つめる。

 その瞳には全く殺意や邪気は宿っておらず、ただ、力強い命の重さだけが乗っていた。


 その瞳を見て、宗麟は自分の原点を思い出す。

 どうして家族を殺し、自分を殺し続けて来たのか。

 どうして、こんな苦しい思いをしてきたのか。

 里を護る者となる為。

 甘えを消す為。

 いや、そんな理由ではない。

 宗麟の原点は、もっと単純で、もっとわかりやすい物だった。

 

 それは……ただ、褒めて欲しかっただけである。

 親に、ただ優しく褒めて欲しくて……ただ、その為だけに頑張り続けた。

 その事を、宗麟は今更に思い出した。


 宗麟はそっと、雲耀の頭に手を当てる。

 撫でようと思ったが、そこまで余力は残っていなかった。


「良くやった……」

 やっとの思いでそれだけを言葉に言い残し、満足そうな表情で、宗麟はその場に倒れこんだ。



ありがとうございました。



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