互いに存在を許せない親子(前編)
本当の金持ちの家というものは、ただ大きいだけではない。
大きいのは当然であるのだが、それに加えどこか風格というか趣きというか……そんな、言葉にはとても表せない何かがある。
そう、クロスは目の前にある雲耀の家を見てそう思った。
とは言え……それでも、風情なんて物が良くわからないクロスが思った感想は結局『でかい家だなぁ』だったが。
「……でけぇな。お前の家」
入口と呼ぶよりも正門と呼ぶ方が適切そうな場所で、クロスはそんな呟きが口から洩れていた。
「そうか?」
「いや。でけぇだろ。他の家と比べて三回りは大きいし、庭とか含めたら五軒分位はあるんじゃね?」
「あー。まあなぁ。そう言われたらでかいか」
「でかいって。ま、普段暮らしてりゃ当たり前になって良くわからなくなるか」
「いや、俺ここで暮らしてねぇぞ。ここに来るのは……たぶん……十年ぶり位か?」
「え? そうなのか?」
「ああ。もうその位になるかなぁ……」
「ほーん。……んで、その久方ぶりに実家に戻る事が、雲耀のやりたい事に繋がるのか?」
「……後で説明するから、とりあえず付いて来てくれ。……いや、ここでなら、まだ引き返せるから言うべきはそうじゃないな。俺の馬鹿な都合で危険な目に合わずに済むんだから、もう少しちゃんと考えて」
クロスは手をぱたぱたと振り、雲耀の言葉を封じた。
「俺は馬鹿で良いさ。というか、ダチが助けてくれって言ってるのにびびって手を出せない位なら、俺は一生馬鹿のまま馬鹿らしく生きる方がよほど幸せに生きられる」
そう、クロスは心から思い口にした。
どうせ二度目の人生……いや、生なんだから、思うがままに、我儘に、堂々とかっこつけて生きてやる。
クロスは魔物として生まれた時、そう心に決めていた。
「……悪いな。全部終わったら良い酒飲もうぜ。奢るよ」
「おう。だけど雲耀。お前金あるのか?」
クロスが笑いながらそう言葉にすると、雲耀は自分の財布を取り出し見せる。
その中には、何も入っていなかった。
その財布を中心にお互い顔を見合い、そして、クロスと雲耀は同時にゲラゲラと大きな声で笑って見せた。
雲耀は門を開けさせる為ノックや挨拶をしようとする。
だがその前に、門の後ろにいる若い女性が雲耀に気づき、そして、大きな声で叫びだした。
「坊ちゃま! 坊ちゃまじゃないですか!?」
その髪の長い女性は玄関を開いて雲耀の方に近づいて来る。
その様子は半狂乱と言っても良い程だった。
「うん。久しぶり。家、上がって良い?」
雲耀はやけにぶっきらぼうな態度でそう言葉にすると、女性は何度も何度も頷いて見せた。
「もちろんです! 坊ちゃまのお家なんですから! 少々お待ち下さい!」
そう女性は叫び……唐突に首を伸ばしてみせた。
「うおっ!」
少々以上に予想外なその光景にクロスは目を疑い、ついそう叫ぶ。
いきなり女性が首をうにょうにょ伸ばし、頭を家の方に飛ばすその光景は、クロスにとってちょっと以上にショッキングなものだった。
「……あー。誰だっけこれ? 名前出て来ないや。ただ、慌てた時つい擬態解いて頭だけで行動するお付きは昔からいたわ」
雲耀はさほど興味なさそうな様子でそう説明した。
「ほーん。つかこんな魔物もいるんだなぁ。初めて見た」
「一応蓬莱固有の種らしいぞ。……ああ。戻って来たな」
しゅるしゅるしゅると首を縮め元の人の姿に戻ると女性はにこにこと微笑み、雲耀とクロスに玄関を方を示した。
「どうぞ。おかえりなさいませ。坊ちゃま。それで、そちらは……」
「俺のダチだ」
その言葉に、女性は渋い顔をしてみせた。
「あの、申し訳ありませんが例え坊ちゃまでもこの家に資格なき者は……」
雲耀は露骨に不機嫌となり、その場でぺっと唾を床に吐き捨てた。
「そんなしきたり下らねぇ……って、あんたに当たってもしょうがないか。大丈夫だ。こいつは資格がある。俺が保証してやるよ」
「ですが……」
「これ以上言うと責任問題になるぞ。こいつ俺どころかこの家の誰よりも高い地位にいる奴なんだから」
「はは。そんなご冗談を――」
「門番長の名に賭けて良いぞ。というかあんた、クロスという名前に聞き覚えないのか?」
女性は黙り込んだ後、そっと横に避け雲耀とクロスに道を譲った。
「失礼しましたクロス様。どうぞ奥に――」
それに返事をする事なく、雲耀は開かれた門をくぐった。
「クロス。早く行くぞ」
「あ、ああ! 待ってくれ」
事情が良くわからないまま、クロスはその雲耀の背を追い掛けた。
「ありゃークロスの事知らなかったな」
丸い敷石道を進みながら雲耀はそう呟いた。
「そうなのか?」
「ああ。魔王名代が来たなんて知ってたら普通尋常じゃない程驚くだろ。けど、あいつそんなそぶり見せなかったし。つかあれ俺の名前にびびって黙って通しただけだわ」
「まあ、そんなもんじゃね? 俺そんなに有名な訳じゃないし」
「有名だろ。魔王名代で里長代行で、四聖門門番長全てと同じ権限持ってて、この里に救いの道を見せたんだから。まあ確かに世間一般での知名度はさほどかもしれんが……少なくとも、この家で知らないってのはまじでまずい。ありゃ近い内にクビになるわ」
「ここってそんなに厳しいのか?」
「尋常じゃない程厳しいぞ。俺が寄り付くのを嫌がる程度には」
「いや、雲耀は厳格とかそういうの関係なくって、普通の場所でも嫌がるじゃん」
「まあな。ぶっちゃけ朱雀街位さっぱりして困ったら殴り合える様な場所の方が好みだわ」
雲耀は楽しそうにケラケラと笑った。
「喧嘩が好きなだけだろ」
「それもある!」
「威張るな威張るな。にしても……遠いなぁ」
そう言ってクロスは目的の場所であろう玄関に目を向けた。
流石に見えないという事はないのだが……それでも、その場所は豆粒位にしか見えてない。
距離にして十キロ位はありそうだ。
当初は普通の家五軒分位だろうと思ったが、この様子なら十軒は固そうである。
「無駄に広いよなー。まあしょうがない部分もあるんだけどな」
クロスはその言葉に頷き、周囲を見渡した。
ただ見る為だけに用意された庭に、赤やら白やら変に鮮やかな魚がいるため池。
それはクロスから見たら良くわからない文化ではあるが、それでも非常に洗練されており、それが芸術の類であるという事は見て取れる。
そして、これらが決して安い物ではないという事も、何となくではあるがクロスは察する事が出来ていた。
「……ここで走ったら……怒られるよなぁ」
遠い玄関を見ながらそう呟くクロス。
その言葉に、雲耀は目を丸くさせて驚いた。
「……どした? やっぱり変な発言だったか?」
クロスがそう尋ねると、雲耀は首を横に振った。
「いやさ……俺ここにガキの頃ずっといたからだろうけど……その発想はなかったなーって思って。良いなそれ。良し! 走ろう!」
そう言って駆けだそうとする雲耀を、クロスは無理やり静止させた。
「いや駄目だろ。ここそういうふざけて良い雰囲気でもないし、わざわざ綺麗に整理されたこの玄関通りの道も砂利とか飛んでぐっちゃぐちゃになるじゃないか」
雲耀はその言葉を聞き、にやりとした笑みを浮かべた。
「俺さ、実はこの家ぶっ壊すつもりでここに戻って来たんだ」
「は? それは一体どういう――」
そうクロスが尋ねる前には、雲耀は玄関目掛けて走り出していた。
わざとらしく砂利を散らし、道を酷く汚しながら。
「あ、おい! 待てって! ……ああもう!」
わしゃわしゃと自分の頭を搔き乱した後、クロスは罪悪感を胸に雲耀の背を見つめ、自分も勢い良く走りだした。
客間らしき室内。
静寂の広がる場所。
…………かこん。
…………かこん。
…………かこん。
そこでは、野外から定期的に気の抜けそうな音が繰り返し響いていた。
それが何なのか、クロスは非常に気になっている。
なっているのだが……ちょっと見て来るとかこの音何とか、ちょっと気軽に尋ねられる様な雰囲気ではなくなっている。
畳のしかれた部屋で、異様な程豪勢かつ高そうな着物の女中がこれから良さそうなお茶とお菓子を持ってきていて、偉い方々が集まりそうな感じの、やたらと堅苦しい空気で……。
これがどういう事情でどういう家柄なのか、それすら良くわからないクロスでさえ、その雰囲気に流され座布団の上で小さく、出来るだけ丁寧な感じに心がけて正座をしている位には、その場は堅苦しくなっていた。
そんな空気にもかかわらず、雲耀は堂々と胡坐を掻いて座っている。
それは自分の家だから気を抜いているとかそういう風には見えず、ただ、敢えて、場の空気にそぐわない行動を取っている様な……いや、そうとしか思えない態度を雲耀は取り続けていた。
だからこそ、余計冷たい空気が流れ場が冷え込む。
良くわからないなりにだが、クロスは雲耀が家族と仲違いしてるんじゃないかという事位は、この痛い空気で程理解出来た。
それからしばらく、客間で正座を続け、若干足が痺れだした頃、着いていた女中はそっと静かに、ふすまを開く。
その奥から現れたのは、袴を含めた着物正装をし、大きな刀を腰に携える中年の男性だった。
強さというものは非常にわかりにくいもので、初見で相手の強さを把握するなんてのはクロス位経験があっても滅多に出来る事ではない。
だけど、今回の場合は別で……クロスは即座に理解出来た。
目の前にいるこの男は、自分よりも遥かに格上の存在であると。
歩を進め歩いても一切乱れずぶれず動きが見えない上体。
刀とあまりに馴染みすぎるその風格。
そして、敵意を向けてきている訳でもないのにピリピリと肌にくる強者特有の威圧感。
それは自分よりもはるかに格上の存在であり、アウラやヴァール等、完璧にあちら側の、壁を越えた存在であるとクロスは理解出来た。
その男はゆっくりと歩き、クロス達とは平机を挟んだ向こう側に座ると女中はさっとお茶を出し、一礼をしてその場から立ち去りこの場にその男とクロス、雲耀だけが取り残された。
袴に着物、そして羽織。
それは、クロスの知る着物の着方よりも遥かに気品のある様相をしている。
そしてその男は、そんな気品ある服装に負けない程、一つ一つの所作が美しかった。
ただ歩いて、正座をして、こちらを見ただけ。
それだけなのに、その動作の一つ一つが、背筋が凍える程美しく感じる。
そんな動き方を、その男は常にしていた。
男には角もなければ尻尾もなく、擬態している様子も見えず人間そのものであり、人間だとしたら五十位の歳に見える様な外見をしていた。
オールバックに近い後ろにまとめられた短い髪は色が綺麗に抜け落ち、白と灰色の間位となっている。
齢を重ねた老人の様な外見。
ただし、老人特有の弱さなど微塵も見せない程に、その動きは、風格は、気配は力強かった。
例え今自分が武器を構え、魔力を体に巡回させ、すぐに戦える様な最大限戦闘の準備をしたとしても、ただ正座をしているだけのこの男には、きっと勝てない。
クロスは、勝てるビジョンが全く見当たらず、斬り殺される未来しか見えなかった。
この男は、きっと何時いかなる時であっても戦う覚悟を持っているだろう。
そう思われる様な目を……いや、生き様を貫いているのだと、他者でしかないクロスは感じ取れた。
「……良い目だ。戦を重ね、その上で絶望を乗り越えた、戦う者の瞳をしておられる」
唐突に、目前の男はそう口にする。
それを聞いて雲耀は、酷く驚いた表情をしていた。
「は、はい?」
「お客人。名を尋ねても?」
その言葉にクロスは出来るだけ綺麗になる様正座をただし、ぺこりと頭を下げた。
「あ、クロスです。クロス・ネクロニア」
「なんと。かのクロス様か。その様な御仁とは知れず失礼を」
そう言葉にし、男はクロスに向かい、深く深く、床に頭が付く位まで深くお辞儀をしてみせた
「いえ、俺なんて大したものでは……」
「魔王様の名代であり、この里の救世主である御仁を丁重に扱わねば誰を扱えと言うのでしょうか。我ら里守一同、クロス様には心より感謝をしております」
「いや、あまりそんな――」
「丁重にされるのが苦手なんだよクロスは。俺とつるんでいるんだからそれ位わかれよ。気が利かねーな」
雲耀は男の言葉を遮り、冷たい声でそう言葉にした。
「……失礼。では、御仁の好意を受けただのお客人として扱わせていただく。それでよろしいかなクロス殿?」
男は雲耀にではなく、クロスの方を見てそう言葉にした。
「そうしてください。ああ。ちょっと良いです? 幾つか気になる事が出来たので訊ねても?」
「うむ。何でも聞いた下さい」
「うぃ。まずは、お客人の『ジン』って人の字ですよね? どうして人って使ってるんです?」
そう、クロスは言葉にした。
クロスが幼稚園やエリーから『人』という字を避けるのがマナーだと習っている。
理由は単純で、我らは魔物で人ではないから。
魔物に対して人という字を使うのは侮辱の意味になる場合が多いと聞いている為、クロスはその疑問を男に尋ねてみた。
「ああ。これは失礼した。未だ古い常識に縛られる無知で愚かな事、深く謝罪する。我ら古い者はどうも世間の常識に疎く。いや、その様な礼儀作法がある事は知っている。知っているのだが……私の知る礼儀作法とそれは少々異なっており……」
そう、男は無表情で言葉にしていく。
悪気がないといよりも、表情を表すのが苦手なだけで申し訳なくは思っている様な、そんな雰囲気にクロスは感じた。
「いえ。俺は気にしてませんので謝罪は良いです。そもそも、知ってると思いますが俺は元人でしたし。だから気にしないで呼びたい様に呼んで下さい」
この男なら知っていると思い、クロスはあまり表ざたにするなとアウラに言われたその情報を口にする。
それに、その男は頷いた。
「かたじけない。語彙の少ない身である故、失礼であるかもしれぬがそうさせていただく」
「そうしてください。ただ、失礼とかそういう事ではなくて、どうして人という字を使うのかその理由を尋ねても良いです? 俺達魔物なのに」
「別に人という字を意識して使っている訳ではない。そもそも、我ら蓬莱は元々自らが魔物であるという意識が薄いのだ。自らを魔物と定義したのも、魔王国に付き従うと決めてからでそれまでは別の名を持っていた位である」
「へー。じゃあ、それまで自分達を何だと思ってたんです?」
「妖、怪異。我らは昔、己を妖怪と呼称していた。その頃は、我らは自らを一人二人と数える程には、人に近い何かと仮定していた」
「なるほど。教えていただきありがとうございます。他にも聞きたい事ありますが良いです?」
その言葉に、男は微笑だが微笑み頷く。
それは、クロスが見た男の初めての笑顔だった。
「どうぞいかなる質問でも」
「どうもどうも。じゃあ、里守って何です?」
「……それから何も聞いていませんか?」
そう言って、男は雲耀を指差した。
「いえ何も」
男は、呆れた様な顔をしてみせた。
「……失礼。それに期待する事自体が間違いだった。里守とはその名の通り里を守護する者達の事です」
「それって門番達とは違うの?」
「ええ。門番勢の様に里長玉藍様を主とする表側の者共とは異なり、我らは守り人様を頂点とする日陰者の集団となります」
「日陰者?」
「左様。我らはよほどの事がない限り戦わず、例え我らが命をかけ戦っても我らは名誉も何も与えらず、受け取らない。ただ、役割のみに生き、役割のみに死ぬ。里を護る剣と言い換えても結構。そういう者達の集まりです」
「なる、ほど?」
クロスは良くわからず首を傾げる。
その様子を見て、雲耀はケラケラと笑った。
「相変わらず説明下手過ぎだろあんた。要するにクロス。こいつあれだよ。最終防衛装置なんだよ里守さってのは」
「あ、それならわかる」
そう言って納得するクロスを見て、男は無表情のままだが少しだけ困った顔をしてみせた。
「……それってさ、もしかして貴方がたが忍者と呼ばれる方々ですか?」
その言葉に雲耀は驚いた様子を見せ、同時に男は無言で首を横に振った。
「いえ。我らはあまり表だって話題にならない存在ではありますが、作り話でしかない彼らとはまるで異なります。彼らはおりませんし、我らは存在しておりますから」
「……だけどさ、俺、見てるんだ。つい最近、忍者がやったと思われるその現場を」
その言葉に、男は眉を顰めた。
「……詳しく尋ねても?」
「あ、はい。街の外で、ヨロイ含めた一個部隊が、血の一滴も流さず立ったまま全員が絶命していた。その時門番は誰も動いていなかったんだ。一応聞くけど、貴方がたじゃないよね?」
男は頷いた。
「うむ……。先程も申したが、我らは里守。里の外には決して出ず、里の内部に入り込んだ敵を始末するのが我らの使命。である故、それは私共の仕事ではありません」
「……じゃあ、やっぱり……」
「私は忍者を絵物語と思っていましたが……クロス殿程の御仁が言うのであれば……きっと、忍者はこの里にいるのであろう。……まだ、我らも知らぬ事が多くあるという事だな」
そう、男は勝手に独り納得する。
この時、ここにいるのが雲耀ではなく、ハクだったなら、それを迷わず否定するだろう。
そこそこ以上の政治力があり、情報を纏めるとそれを行ったのがヴァールであるとわかるハクならば、それが間違った情報だとわかるからだ。
だけど、ここにいるのは腕力でしか物事を解決出来ない、頭喧嘩野郎の雲耀である。
知るべき立場、知っている立場でありながら、雲耀はそれらの話を聞いて『へー忍者っていたんだ』なんて感想を持ってしまった。
それはいるとかいないとか、正しく知っている者はほとんどいない。
だけど、今この場では、魔王名代と、有力な里守と、青竜門門番長。
彼ら三体はその存在が、闇を駆け、御国を守る伝説の隠密集団忍者は本当にいるのだと、誰も誤解を解かないまま、心の底から本気で信じてしまっていた。
「……忍者か。……かっけぇなぁ」
クロスがそう呟くと、男はこくりと、小さく頷いた。
「共に里を護る者として、絵物語となる程の伝説を為し、にもかかわらず姿を誰にも見せないその姿勢、見習うべきものがある様だ……」
男はそう、自分を戒める様呟いた。
「忍者からころっと話変わるけどさ、最後に一つ、聞いても良いです?」
「……口の回らぬ私で良いなら、喜んで」
雲耀に馬鹿にされて拗ねてというよりは、本心で口下手な事を悔やんでいる様な口調で男はそう言葉にしている様だった。
「えとさ、名前を聞いても?」
「……これだけ言葉を交えたのに、名を名乗り忘れるとはなんという非礼を。失礼した。己龍一刀羅刹宗麟。剣位しか取り柄のない不器用で矮小な身であるが、己龍家の主を務めております」
そう言葉にし、宗麟は軽くお辞儀をした。
「……ああ。やっぱり親子だったのか」
そう言ってクロスは雲耀と宗麟を見比べる。
雲耀と違って宗麟は角も生えておらず、外見も雰囲気も全く似ていない。
だけど、どこか親子の様に見える部分がある様にも確かに見えていた。
雲耀も宗麟もクロスの言葉を聞いてから互いに顔を見合い、同時に、相手に対して露骨といって申し分ない程の強い嫌悪を見せあった。
ありがとうございました。




