前代未聞のVIPゲストが訪れた(後編2)
玉藍が一芸者の翡翠としてでなく、あくまで里長の玉藍としてヴァールに接触したのは少々以上に複雑で自身でもあまり言葉に出来ない感情によるものが理由となっている。
自分自身でも説明出来ない複雑な気持ち。
単純なようだけど決して単純ではない、あくまで玉藍の、翡翠の心の問題。
だが、芸者でもないのにでしゃばってヴァールの相手を務めているのには、ちゃんとわかりやすい幾つかの理由があった。
例えば、先程の様に演奏を披露する為。
長寿による苦痛と絶望を表現した唄があったとしても、それは唄う者がその感情を正しく理解出来なければ何の意味がない。
だからこそ、あの唄をヴァールに対して唄うのは、数千年以上を生きている玉藍以外にはいなかった。
それも非常に重要な要件だが、決してそれだけではない。
ヴァールを癒すという本題とは別に無視できない要件がある為、玉藍はわざわざヴァールと二体っきりという状況を作っていた。
玉藍の唄も一通り堪能し、酒の残りも少なくなってきたその辺り、酔いが回った宵の過ぎた時間。
そんなゆっくりとした時間に、ヴァールは微笑み呟いた。
「そろそろ、良いんじゃないでしょうか?」
「えっと、何がでしょうか?」
「私に何をして欲しいか、ですよ。ええ。愛娘のローザが楽しんだのは当然、私も恥ずかしながらこの場所を気に入ったと断言できる程度には、また来たいと思う位には楽しませて頂きました。ですので、もう大丈夫です。本題の、わざわざ私を呼んだ理由を教えて頂けたらと」
その言葉に微笑み、玉藍は呟いた。
「端的に申しましょう。この里は緩やかにですが、滅びの道へ走っています」
「……それは、昼間にあった多数の襲撃に関わるものですか?」
「間接的な要因にはなり得ますが、直接的な要因ではございません。それと……恥ずかしながら今日は特別な来賓者が来たという事が外に漏れたらしくそれも原因でいつもより襲撃が多かったですね」
「ふむ……では。滅びの原因は?」
「単純に里の力が落ちている事ですね。防衛能力ではなく、経済力や外部への影響力という意味で」
「……なるほど。良くある事ですか。では、私にどうして欲しいのでしょうか?」
その言葉に、玉藍は困った顔を浮かべた。
「実は私も知らないのです」
「知ら……ない? えっと、どういう事でしょうか?」
「企画者はクロスさんですので私の方も詳しくは……」
ヴァールは苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ、その企画者様から直接お話を聞きましょうか」
「ええ。そう言うと思いましていつでも呼べる様手筈は整えてあります。では、すぐに呼んで来るという事でよろしいでしょうか?」
「お願いします」
玉藍は頷き、音もなくその場を立ち上がり部屋を出る。
そしてすぐに、ニコニコ顔のクロスを連れて戻って来た。
「我が友よ。この状況は正直君の思惑通り過ぎて少々悔しさを覚えるよ。だがそれでも、君には心からの感謝を捧げよう。ローザは当然、私も存外に楽しめた」
「そうか。そりゃ良かった。と言っても、俺としちゃもっとはっちゃけたヴァールが見たかったけどな。女の子達に鼻の下を伸ばす様な」
「我が友である君みたいにかい?」
「そうそう。俺みたいなにやけ面になってな」
そう言って見つめ合った後、クロスとヴァールはお互いの顔を見ながら微笑み合った。
「君の様な楽しみ方は私には出来ないだろう。だけど……ここは私にとって十分大切な場所になり得るよ。……この刹那のひと時は、久方ぶりに心が震えた」
「ローザの時震えまくって泣きまくって鼻血まで出してのオンパレードだったじゃないか」
「同族の事は別ですから」
堂々と答えるヴァールにクロスは苦笑しながら両手を横に広げた。
「さて我が友クロスよ。君はこの後どういった思惑を抱えているのか、私に教えて貰えないだろうか? とは言え、予想は出来ているのだけどね」
クロスはニヤリと笑った。
「ほうほう。では俺がヴァールに何をして欲しいのか当ててみてくれ」
ヴァールはクロスと同じ様な挑発的な笑みを浮かべた。
「私にこの里への支援を求めているのではないかと愚考しておりますが? 嫌な言い方ですが、この里で最も必要なのは金銭であり、そして私はそれを少々余らせていますので」
吸血鬼の始祖でもある純血で、元魔王。
そんなヴァールは魔王の中でも有数の資産家であり、投資者として見たらこれ以上の適任はいない。
だから自分をまきこんだのだろう。
そう、ヴァールは推測した。
だが……。
「残念。外れだ」
クロスははっきりと、そう断言した。
「……それが最も効率良いと思いますよ。自分で言うのもなんですが、私あまり金銭に執着しないので結構出せますし。お金で解決したらそれが一番とも言うじゃないですか」
「はっはっは。そりゃありがたいしそれで解決したらそれが一番だろうなぁ。だけどな……ぶっちゃけ足りないんだわ」
「足り……ない?」
ヴァールは不思議そうな表情をした。
「ああ。足りん。百年位前ならそれで良かった。だけどもうこの状況じゃなぁ……」
国の経済というものには流れがあり、そして傾いた国家を戻すというのは決して簡単な事ではない。
足りない分をちょいと補充すれば元通りという訳には決して行かず、莫大な金額と長い時間が必要になってくる。
金額で言えば、普通に国を興すよりよほどかかり、現在の蓬莱の里を安定時にまで引き上げるにはヴァールの用意する金額では到底足りえなかった。
ちなみに、これらはクロスの考えではない。
というよりも……クロスにそんな複雑な事を考える頭などある訳がなく、それは全てエリーの考えた事である。
逆に言えば、エリーがクロスの為に考えた策であるからこそ、クロスは自分の事以上にその意見を、考えを信じていた。
「……ふむ。つまり、それ以上の物を私から引き出せる方法を用意している、という事ですか」
「ま、そういう事だな」
「ふむふむ。……面白いですね。では、お聞かせ願えますか。共犯になるのも悪くないと思えている今の内に……。私に、どんな支援を求めて、そしてどうして欲しいのかのを」
そう、ヴァールは芝居がかった様子で言葉にする。
その目には、どこか子供みたいな好奇心が宿っていた。
「ああ。というかな、ぶっちゃけるけど金銭的な支援はなくても良いんだ。もちろんあった方が良いんだけどな」
「君にしては回りくどい言い方だ。もっと君らしく、直接的に教えて貰えないかな?」
その言葉に、クロスは小さく息を吸い……ゆっくり吐き出す様言葉にした。
「蓬莱の里というより、ここ硬玉屋の特徴なんだがな。翡翠は、ここにいる皆男性を癒す事を至上としその為に日々たゆまぬ努力を重ねている」
「ああ。それは身をもって理解したよ。私にわざわざ合わせて玉藍さんが出てきて、素晴らしい演奏を披露してくれた様にね」
「うん。つまりさ……ここは、ピュアブラッドにとって傷付き苦しむ心を癒す場になり得ないだろうかと考えた。ヴァールとしては、純血の一体としては、どう思う?」
ヴァールはクロスの……いや、正しくはクロスの背後にいるエリーの考えを理解する。
それは元魔王のヴァールですら末恐ろしいと感じる程の視野の広さだった。
エリーのしたかった事というのは酷く単純なもので、端的に言えば要するに……純血に対して旅行先として蓬莱の里を勧めたかった。
ただそれだけである。
一時の心の癒しとなる場所の提供。
支援等やそれに準じた行為を求めるのではなく、ただ来て欲しいだけ。
ただし、魔物全体で見てもはるか上位にいる純血全体に対して来て欲しいという恐ろしい程に強欲な要求……。
つまるところ……蓬莱の里を純血全体から保護を受けさせる様な、そんな仕組みをエリーは考えていた。
ヴァール単独の支援ではない。
それでは足りないし、ヴァールだけに依存してしまえば何かあった時必ず崩れてしまう。
ならば……毒を食らわば皿まで。
どうせ純血の力を借りるなら、もう借りられる限り借り切ってしまえ。
そうエリーは考えた。
しかも都合が良い事に、純血が断る事を惜しいと感じる程度には、硬玉屋という存在はピュアブラッドにとって都合が良い。
乾き、苦しみながら塵となる様な生き方をするピュアブラッドのヴァールが、ほんの一瞬でも涙を流した。
その乾きが、僅かでも癒され心を震わせられた。
それはつまり、ピュアブラッドにとって延命が成功したとも言える事で、長命の苦しみを和らげられたという事そのものとも言える。
誰かの苦しみを癒す為、ただそれだけを使命とする硬玉屋は、翡翠の願いはピュアブラッド達に最も必要な物となっていた。
「……君達の目的はわかった。そしてその行動のメリットも把握出来た。ただ……純血種としてその考えを丸ごと肯定する事は出来ないかな」
そう、ヴァールは呟いた。
「どうしてだ? ヴァールも割と楽しんでたらしいしさ、他の純血にも効果あると思うんだが」
「そこは否定しないよ。ただね……純血というのは、基本的に他種族に関心が薄い。だから上手く行く保証がないんだ。それなら多少無理してでも私が支援した方が良いとさえ思える」
純血の他種族への無関心というのはただ興味がないだけでなく、ネガティブな意味も多く含まれている。
多少の差はあれど皆他種族に悪い印象を持ち、中には興味ないから関わるな、関わってくる位なら死ねと思う様な純血種も存在している。
身内に甘いからこそ純血は他種族に寛容になれず、自分達が不老に近い程長命であらゆる面で優れた種だからこそ、他種族を見下す事も多い。
そんな純血が蓬莱の里を旅行先に認定しても、正直ヴァールはトラブルを起こす未来しか見えなかった。
だけど……。
「わかるかな? 私は君達に好意を持っているからこうだけど、本来純血というのは疎まれる程度には面倒な相手と言える。それは内にいる私が思うんだからきっと周りから見れば相当だろう。その相手を招いて、トラブルなしに円満に満足させれると思う? 何かそういう方法があれば、上手く行くだろうが……正直あまり期待は……」
そう、ヴァールは言葉にする。
玉藍は何も言わない、何も言えない。
大いなる純血を利用するという事自体既に彼女の能力を超えた話で、話にすらついていけていない為、玉藍は無言を貫く事しか出来ない。
そんな中……クロスはぽつりと呟いた。
「ローザと一緒に居られるっていや、ピュアブラッドの動ける奴大体来るし問題なんて起こさないんじゃないか?」
「…………」
ヴァールは特に何も言い返せない。
実際、その通り過ぎた。
今言った問題は全て、ローザがいれば絶対に起きないと、ヴァールは自信を持って言えた。
「クロスさん。つまり貴方の目的は……」
「年に一月位さ、ローザにこの里に遊びに来てもらう。その時純血も一緒に招く。ローザとの交流のついでに純血達にも楽しい思いをしてもらって、硬玉屋の凄さを知ってもらう。硬玉屋のファン増える。この里生き残る。こんな感じ」
ヴァールは苦笑いを浮かべ、そして小さく拍手をした。
何も反論はない。
ローザが、最も新しい純血がここを気に入り遊びに来ているのなら例え暴れる事に定評のある純血でも借りて来たネコの様に大人しくなるのは間違いない。
つまり、クロスの目論見はほぼ確実に達成出来るとヴァールにすら思えた。
一つ心配なのは自分以外の純血が硬玉屋を気に入るかだが……自分が流した涙を考えると、そこは信じても問題ないだろう。
「この策を考えた者は悪魔か何かですかね。誰も損をしないのに、きちんと目標である里の救出を実行出来ています。誰も損しないからこそ、誰も邪魔が出来ないししようとも思わない。恐ろしい話です。……私が魔王だった時部下に欲しかった位には」
その言葉にクロスは自慢げに笑った。
「ははははは。俺の騎士様はめちゃくちゃ優秀だからね。……ぶっちゃけ俺の立場ないんじゃないかなって思う時ある位は。ま、それよりもさ、難しい話はここまでにしてとりあえず酒飲もうぜ酒。玉藍、誰か可愛い子ちゃん数名連れてきてくれよ」
「ふふ。クロスさんらしいですね。ではお邪魔にならない様私はそろそろ――」
そう言って立ち去ろうとするヴァールの手を、クロスは掴んだ。
「おいおいつれない事言うなよ。一緒に楽しもうぜ?」
「いえ。私はそういうのはあまり……」
「別にエロい事しろって事だけじゃないぜ? ただ綺麗な子と話したり楽しんだり、運が良かったらちょっとボディタッチがあるかもしれないが精々その位さ。な? 偶には良いだろ?」
そう言って嬉しそうにするクロスを見た後ヴァールは苦笑いを浮かべ、諦めた様な表情で座り直した。
「……良くわかりませんが、我が友がそこまで言うなら、少しの間だけですがお付き合いしましょう」
「そうこなくっちゃ」
そう言って、クロスは子供の様に満面の笑みを浮かべた。
その時、クロスもヴァールも気づいていなかった。
玉藍がどこか怒った様な、呆れた様な、そんな表情を浮かべているという事に――。
玉藍は無言で盃に酒を注ぎ、そっとクロスに手渡した。
「お。良いね。じゃ、始まりの一献という事でー乾杯!」
そう言ってクロスは盃を高く掲げ、一気に飲み干した。
ヴァールが飲んでいた物と同じ物を。
「ぶっ! ぐが……がはっ! げっほげっほ……」
咽る様に噴き出し、目を丸くし、クロスはばたばたと畳の上を転がりのたうち回る。
ヴァールは何事かと心配になりクロスを支えようとするその瞬間に……その所業を実行した玉藍の顔を見てしまった。
ニコニコとした笑顔の奥に、燃え上がる様な怒りを見せる玉藍の顔を。
女心など毛程もわからないヴァールだったが、それでも長年の経験からそれが触れてはならぬモノであるという事を理解して……ヴァールは、静かに苦笑しながら座り直し、クロスと玉藍の様子を見守った。
その数分後、一応は、クロスの望み通りとなった。
新しく呼んだ可愛い子ちゃんは皆がヴァールの方に付き、クロスの方に来たのは玉藍一名だけという、少々クロスにとって望んでいない展開だったが。
ただ……その時の玉藍の顔が何故か楽しそうなニコニコ顔だった為、クロスが文句を言う事は一度もなかった。
ありがとうございました。




