賠償カタログ
どの位遅れたのかはわからない。
だが、がっつりと遅刻をし相当待たせた事は間違いないだろう。
迷いに迷って挙句に到着した時のアウラの困った顔を見れば……それ位はクロスにも理解が出来た。
「すまん。迷った」
もうそれしか言えずクロスはそう言葉にする。
そう言葉にする事しか出来なかった。
「仕方ないですよ、広い場所ですから。それに時間は決めていないので気にしないで下さい。仕事もはかどりましたし」
そう言葉にして微笑むアウラ。
状況的に嫌味である可能性もあるのだが……おそらく素の発言だろう。
少し嫌な事があった程度でそれを吐き出すほど彼女が弱くない事位は短い付き合いのクロスでもわかっていた。
「とりあえず椅子に……の前に、少しお願いして良いですか?」
椅子に座ろうとするクロスを止め、アウラは席を立ちクロスの方に歩いてくる。
そして両手に抱える位の紅い水晶玉をクロスに手渡した。
「重っ。何だこれ?」
渡されたスイカ大サイズの水晶玉は見かけの何倍も重く、同サイズの鉄なんて目じゃない位の重量をクロスは感じていた。
「とりあえず落として割って下さい」
「はい?」
理屈も理由もわからないお願いに困惑するクロス。
「すいません。必要な事ですので」
だがアウラはそう答えるだけで、クロスは首を傾げながらわからないなりに水晶玉を手放し床に落とした。
カシャン。
ガラスほど甲高い音も鳴らなければ細かく砕けず、それでいて木よりも響く音で割れて破片が周囲に飛び散る。
それを見たアウラは満足そうに微笑み、同時に尖った黒い尻尾を生やしたメイドがそっとその破片を箒で掃いて綺麗にしだした。
「あー。何かの儀式だったのか?」
その言葉にアウラは首を横に振った。
「いえ。クロスさんにしか壊せない物だったので。説明する前にどうぞお席に」
その言葉に頷きクロスが席に座ると同時に暖かいコーヒーと甘いクッキーが出て来た。
腹が膨れているクロスはコーヒーをそのまま受け取り、口に含む。
――苦い。
だが、悪くない味だった。
「それで説明なのですが……先代魔王が呪いとセットで用意していたのが先程の水晶玉です。内容は呪いがかかって転生した相手を操作するというものでした」
「……俺?」
アウラは頷いて答えた。
「はい。しかも壊すのが非常に難しく……。抜け道として見つかったのが呪われた本人でしたらその親和性により破壊の概念が実行されるというものでした」
「あー、つまり?」
「非常に悪質な物がありまして、それを壊すのが難しく厄介でしたのでクロスさんに壊してもらいました」
「良くわからないが俺しか壊せないもので俺が不利益になる物だという事はわかった」
「それだけご理解頂けたなら十分です。さて、一日遅れですが賠償についてのお話をさせて頂きたいと思います。今回の事、先代の事とは言え我ら魔王が実行した罪状である事に変わりはありません。処罰については――」
長くなりそうな上に空気が重くなりそうな気配を察し、クロスは手を前に出しアウラの言葉を遮った。
「そういうのはもう良いさ。昨日十分謝って貰ったし。何かくれるらしいから貰えるものは貰っておく。そしてそれで全部チャラの恨みっこなし。それで良いってメイドに聞いたぞ」
「……そう、ですね。クロスさんがそれで良いならそれで。こちらとしてもクロスさんの納得を第一にしたいですし。ではそう言う事で宜しいですか?」
「ああ。もちろんだ。……んで、何貰えるんだ? 個人的にはこう……秘蔵の酒とか貰えたら」
「それは駄目です。まだパッチテストの結果が出ていませんから。ですのでお酒だけは用意しておりません」
強めの口調でのアウラの言葉にクロスは眉を少しだけ落とししょんぼりとした。
「……まあ良いや。んで、何が貰えるんだ?」
「何が良いかわかりませんでしたのでカタログを用意しました。選んでください」
そう言葉にするとメイドが料理を運ぶ際に使うカートを用いて、一冊の本をクロスのテーブル前に用意した。
その本は、辞典も真っ青になる位分厚かった。
「……多い……な……」
そうとしか言えない本の分厚さにアウラは微笑んだ。
「はい。何が必要かわかりませんでしたので。ああ。最初のページに品物選択のルールが載っていますのでご確認下さい」
その言葉に頷き、持ち上がりそうにない本の表紙を開いた。
項目Aは四つを中から選択。
項目Bは三つを中から選択。
項目Cは二つを中から選択。
項目Dは一つだけを選択。
そう書かれていた。
賠償というよりもカジノや大会の景品の様な書き方であり、クロスは意味もなく期待に胸を膨らませた。
こういった書き方をされたら小市民でかつそう言う遊びが好きなクロスとして盛り上がらない訳にはいかない。
当たりか外れかを自分の手で選ぶという何とも言えぬワクワク感を胸に、クロスはそっとページを開く――。
そこにはその『商品』がイラスト付きで長所短所おおよその値段込みで丁寧に記述されていた。
だが……。
「……あの、アウラさん? この……奴隷とは一体……」
クロスは何度もまばたきを繰り返しながら尋ねた。
しかも奴隷は商品名ではない。
項目Aカテゴリー奴隷欄と記されている様に、奴隷というカテゴリーになっていた。
「ご安心下さい。人間は入っていませんので」
ニコニコ顔で聞きたかった事と全く関係ない事を答えるアウラを見て、クロスは初めてアウラが魔王であるという事と同時にここが人間の世界でないという事を理解した。
人の世界にも確かに奴隷はいた。
だが、こんなカタログに商品として書かれるほど表立って広まっていなかった。
「……もしかして奴隷の運用方法がわかりませんか? でしたら誰かに指導させますけど。あ、裏切らない様にロックもかけられてますのでどの様な命令でも従いますから初心者向けですのでご安心を!」
「……いや、あまり奴隷が好みでは……」
「なるほど。単純に興味がなかったのですね。では二百ページほど飛ばして下さい」
――つまり……二百種類ほど奴隷のページが続くのか……。
クロスは困った顔のまま言われた通りにした。
恐らく最下級であろう項目Aの段階で、クロスの想像しうる全ての賠償が記されていた。
金は一生涯困らない程の金額が記され、土地はただただ広い土地から城付きのものや農地などの様な商売もすぐに始められるほどの選択肢の広さ。
武具に関しても知っている国宝級の物がぽんぽんと載っており、それどころか項目Aには人間の時自分が使っていた物と全く同じ剣が載っていた。
確かに自分はパーティーの中では微妙な存在だった。
だが、それでも曲がりなりにも勇者パーティーであり極力上質な物を装備していた。
そのクロスの装備した最も優れた剣ですら、このカタログでは最下層に位置する。
クロスは何とも言えぬ悲しさを覚えた。
その他にも魔法使い用の道具も色々と載っているのだが、魔法のまの字も知らないクロスでは幾ら説明を読んでもその価値も使い方も理解出来なかった。
「……んで、次の項目Bは……」
続いての項目を読み、再度クロスは固まった。
記載されていたのはまた奴隷だった。
「……アウラさん? 一つ尋ねて良いでしょうか?」
「はい。何でも聞いて下さい」
「どうして、また奴隷が出て来るのでしょうか?」
「そりゃ、奴隷と一言に言っても価値は違うからですよ」
「……あの、書かれている事が最初のAと全く同じなんですけど……」
「ああ。それは数が違うんですよ。えっと……その項目は……ワーウルフですね。ワーウルフはAだと二百匹、Bですと五千匹となります」
「わあ。思った以上に多いぞー」
「ええ。全く……ほっとくとすぐ増えますからねぇ……困ったものです」
「あはははは」
笑うだけ笑った後、クロスはそのまま奴隷の項目をさっさと飛ばした。
「駄目だ。情報量が多すぎて脳に入ってこねぇ……」
何ページか読んだ後にクロスはそう呟き、本から目を離し目頭を押さえた。
「一気に読まなくてもゆっくりで構いませんよ? それこそ、私達は何年でもここにいて頂いても良い様に考えておりますから」
「いや。俺が構う。それにそっちも嫌な事はさっさと終わらせたいだろ? ……というわけでさ、悪いけどちょっと協力してくれないか? どういうのが良いとかアドバイス程度で良いから」
「えっと……私の視点になりますけど……本当にそれでよろしいでしょうか?」
「ああ。頼むよ」
「……わかりました。ですが、あくまで参考程度にお願いしますよ? 大切な事ですからしっかりと考えて頂きたいので」
「ほいほい。んで、魔王様的にオススメはどんな感じですかね?」
「そうですね……私の所見ですが……とりあえず項目Dを選ぶべきかと」
「どうしてか聞いても?」
「単純に希少……珍しいからです。項目Dなら国宝級、または伝説級の品物で揃えていますし」
「それってクロードの……ああいや、勇者の持つ聖剣クラスって事か?」
その言葉にアウラは申し訳なさそうに首を横に振った。
「いえ……申し訳ありませんが違います」
「だよな。流石に聖剣クラスがそうそうあったら……」
アウラはそっと項目Cのページを開き、クロスに見せた。
『光の剣クラウ・ソラス』
そう記されていた物はグリーヴ国が聖剣と称え、勇者クロードに託した伝説の武器と全く同じ物だった。
「……は? ……え? 伝説の、剣じゃ……」
驚き声が出ない状況で絞り出す様な呟き。
その呟きに、アウラは申し訳なさそうなままぽつぽつと言葉を紡ぎだした。
「あまり言いたくありませんが……勇者の持つ聖剣は私達の知る伝説級と比べると少々物足りない位です。……だからこそ、我々は勇者を恐れていますが」
「……どうしてだ? もしこれが本当に聖剣ならそれより強い武具を使えば――」
「――それを使った上で我々は負けたんです。このカタログに載る事すらない最上位の装備を全身に包んで、歴代最強と謳われた実力を持っていたのが先代です。だからこそ、勇者という存在が我々は……いえ、私は恐ろしいんです」
そう答えるアウラの体はわずかに震えていた。
その姿を見て、魔王にとって勇者とはクロスの思う以上に特別な存在なのだと、クロスはようやく理解した。
クロスにとって、クロードは頼もしい勇者であり、親友である。
だが、アウラにとってみれば死神以外の何ものでもない。
それに気づいたクロスは即座に話題を元に戻した。
「んで、結局俺に対してのオススメってどんなのだ? Dがオススメらしいけど……それでも滅茶苦茶多いぞ。Dだけで千ページ位あるんじゃないか?」
「……いや、四百八十三品ですので四百八十三ページですね」
「四捨五入したら千だから問題ない」
「……四捨五入したらゼロですよ」
そう言葉にし、アウラは苦笑いを浮かべた。
ちなみに、無理やり話を変えようとはしたがクロスにはボケたつもりは一切なく、全て本気での発言である。
「うーん。そう言われましても……いつでも雨雲を呼べる杖とかどうです? 魔力なくても使えますよ?」
「いや。別にいらんな」
「んー……あ!」
アウラは何か思いついた様でぱーっと満面の笑みを浮かべた。
「クロスさん強くなりたいって言ってましたから強い武具を選びましょう。個人的に鎧もオススメですけど一点物の武器でも良いかもしれません。ですのでこの辺りの……」
そう言葉にしてページをめくるアウラ。
それを見て、クロスは溜息を吐いた。
「はぁー。アウラ。違う。違うんだぞ。俺はな……強くなりたいんだ。強い武具を身に着けたい訳じゃない」
「……へ? 何が違うんです?」
「全く違う。凄い鎧付けて、凄い剣持って、そりゃ強いだろうさ。だがな、そこに浪漫はない。そうじゃないんだよ……」
「えっと……すいません。わかりません……鍛える必要があるなら強い武具持っていても出来ますし……むしろ強い装備があった方が鍛えやすいですから別に良い装備ならあっても困らないかと……。最初からずっと同じ装備を使った方が慣れやすいですし」
「とにかく、俺は出来る限り一から強くなるつもりだから武具とかは必要ない。少し質の良い武具やちょっとした有能なアクセ位なら欲しいが……ここにはちょっとしたなんて物ないだろ?」
「……はい。そうですか。項目Aですら極一部の人にしか出回らない程希少な物ばかりです。……私にはわかりませんが……そのお気持ちは尊重します」
「ま、浪漫の話だから。ごめんな、せっかく考えてくれていたのに水を差して」
「いえいえ。むしろそう言う希望を言っていただけた方がありがたいです。選択肢を絞れますから。んー、では……これも別にいらないですかね……。武具は必要ないみたいですし。いえ、それ以前にこれを欲しがる人がいるかどうか……」
「これって?」
アウラはクロスにページを開きそのページを見せた。
『アタラクシア・ 』
そこにはそういった名前の短剣が描かれていた。
「あー。武器は別になぁ」
「ですね。それにこれ、正直欠陥商品みたいな物ですし」
「欠陥? ここに載っているのに?」
「ええ。希少性という意味でならレジェンドクラス最上級ですので載せてます。むしろ他の品物よりも遥かに珍しいですよ。ただ……正直あまり。成長して変化する剣なんて不安定な兵器誰に持たせれば良いのか……」
その言葉にクロスは耳をぴくんと動かし、その項目に目を通した。
リビングソードの一種。
生きている剣であり持ち主と共に成長する剣。
最初はナイフの形状で非常に弱い武器だが所有者の習熟、成長によって長さや能力が変化し、場合によっては剣以外の武具になる可能性もある。
無限の可能性を持つと同時に持ち主が成長しない限り一切成長しない。
また、持ち主の思い通りにならない可能性が高く非常に使い勝手が悪い。
更に一定以上の成長を果たすと必ず持ち主の魔力を勝手に吸いだす魔剣と化してしまう。
「ね? 微妙な性能してません? 場合に依ったら所有者を吸い殺してしまいますし」
読み込んでいるクロスにそう声を掛けた。
その時、クロスの顔は満面の笑みとなっていた。
「……あれ? クロスさん。どうしました?」
「……良いじゃん」
「へ?」
「いや……これ、良いじゃん」
「えっと……どの辺りが良いと……」
「カッコいいじゃん。己と共に成長する剣とかゼロからの出発の俺にぴったりと言うか……こう……浪漫がある」
「え、あ、はあ……」
「これ貰って良い?」
「は!? さっき武具は別にって……」
「最初から強くないならありがたいし……それに浪漫あるし」
「あー……、はあ。こちらとしても数千年単位で埃を被っていた物ですので……持っていかれるのならありがたい位ですけど」
「そっちもいらない。俺欲しい。……うん、良いじゃん……」
そう言葉にするクロスはじーっと記載された絵を少年の様な目で見続けていた。
――外見的に精神の若返りはそこまで強くないはずなのですが……。
アウラはあまりに幼い様子のクロスを心配した様子で見つめる。
それが元からの性格と知るまで、アウラは変に心配し神経をすり減らしていた。
ありがとうございました。




