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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第九章 灰色
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4

 




 その後、私は一度家に戻った。

 獅子鷲の人達が今後どうするのか?ということを考える時間が必要だったので、時間切れになったとも言う。私もまたたびを仕入れたかったので丁度良かった。


 獅子鷲の人達は、ダリアさんの父親で元長かもしれない終極の魔物と戦うか否か、戦うとしたら身内を殺す覚悟を、戦わないとしたら逃げるのか、ということを一族の人達で意思統一を図るんだって。


 王子とシスルは一度巣を出て、外で待つことにしたらしい。確かに獅子鷲の人達の鼻の良さは特別みたいで、種族の違う王子たちが近くに居ると落ち着かないから、どこか落ちつける場所を探して野営するんだとか。

 因みに、獅子鷲の巣の近くは彼らの縄張りなので、命が危険にさらされるような魔獣はいないみたい。あのミミズもどきが、ここいらで一番近い大きな魔獣の住処なんだそうだ。

 王子から、またたびのついでに芋切干の追加を要求された。現在貰った種芋で栽培中で、加工出来た分を根こそぎ持ってきたけれど、今日までに大分食べてしまったからだって。


「出来る限り獅子鷲達の意向に沿いたいと思う。だが、食料の限界もあるし、終極の魔物も迫って来ているからな……」


 そんなことを言っていたけど、そんなに気に入ったんだ、芋切干。あれ甘いからかな?王子は確実にお子様味覚だよねぇ。芋切干の他に、ホットケーキミックスの粉でも持ってきてやろうかな。あれだったら、水だけで焼いてもそれなりの味になるよね。



 で、私は相も変わらず会議室で仕事をしていた。お昼休みの電話番も免除されて……というか、事実上隔離されている噂の渦中の人物であるから、要らぬ好奇の目を避けて会議室で食事をしているおかげで、とりあえず私の周りは静かだ。

 課長はずっと飛び回っていないんだけど、芳賀さんも今日は忙しいらしくて食事は一人だけ。コーヒーを淹れてサンドイッチをぱくつきながら、スマホでマタタビの事を調べた。

 一口にマタタビと言っても、いろんな種類があって、どれを持っていけばいいか良く分からないんだよ。部位によって効き目が違うんだってさ。


 粉末→実→枝→葉っぱの順で強くなるらしいんだけど、自分じゃ試せないし、猫の飼い方サイトを見てもやりすぎ注意って書いてあるし。

 私のせいで誰かが亡くなったなんてことになると、非常に寝覚めが悪いから……いっその事、ごく少量ずつ小分けにした部位全部を持って行こうかな。チャック付きのビニール袋を三重にすれば臭いも少ししか漏れないから、袋から出さないで効果を確認してもらえるよね。


「……あ」

 スクロールして行った先に、またたび酒なるものが載っていた。猫用なのかと思ったら人間用のお酒らしく、梅酒みたいにまたたびの実を漬けたものだって。どっちかって言うと薬酒に近いのか、効能が書いてある。

 疲労回復、鎮痛、強壮、強心、利尿作用、その他色々。

 ……これ、良さそうじゃない?特に鎮痛ってところが。石化病って痛いって話だし、少しでも効けばいいんだけど。


「よし、これを買おう」

 幸いにしてネットで取り寄せが出来るようだから、さっそくぽちっとな!


 買っておいても邪魔にならないだろうから、思いついた通りにまたたびは一通り買い集めて小分けしておこう。あと芋切干は、おばあちゃんに泣きつくのは申し訳ないので、味は落ちるだろうけどスーパーで購入、その他にホットケーキミックスと、カップラーメン、缶詰なんかを箱買いしようかな。未だに金貨一枚の売却益は残っているからね。


「コーヒーも持って行った方がいいかな」

 会社で扱っている社員販売用の商品は、賞味期限が短いとか箱がつぶれているとかの難あり商品のものだけど、その分、かなり安く買える。ゼルさんがびっくりするくらい美味しそうに飲んでくれたから、持って行くものリストに付け加えよう。……賄賂とかではないよ、一応。贈り物は、円滑な人間関係を構築するのに基本的なツールだからね。私ばっかりで、王子やシスルが空気にされるのがちょっとかわいそうだから、少しでも助けになれたらいいな、という程度だ。


 それにしても。

「商品購入の手続きが面倒だなー」


 普段だったら何てことのない伝票処理なんだけど、経理課に顔を出さないと自分で処理ができないのだ。この間の難癖付けられた件もあるし、また顔を出して絡まれる可能性が高いことを思うと、すごく億劫だなぁ。かといって、安く手に入る物を高く買うのは馬鹿馬鹿しい。



 私がジレンマに唸っていると、会議室の扉が唐突に開いた。


 顔を出したのは課長と知らない男の人で、会議室の中に私しかいない事を確認すると、

「水野。昼休み中すまない。食事はもう済んだのであったら、経理課に今すぐ顔を出してもらえないか」

 と、固い顔をして言った。


 何かあった、と課長の表情を見て分かった。

 もう一人の男の人は、課長よりも年上の人であからさまに部外者だから、何かの権限を持ってやってきたのだろう。わざわざ私を呼ぶためだけに、課長と二人で連れ立ってくることはないのだから。


 特に名乗る訳でもなく、私の方を一瞥するその人に、一礼してから机の上を片付けた。

「誰もいなくなるから鍵をかけるが、念のため貴重品だけは身につけてくれ。パソコンの電源は落とさなくていい」

「分かりました」


 お財布とスマホを持って立ち上がると、会議室を出る二人の後に続く。課長が鍵を取り出して鍵をかけ、扉が本当に開かないか、もう一人が確認してから経理課の方へと歩き出した。……なんか、厳重。って、当たり前か。事件が起きたばかりで、まだ落ち着いていないから気をつけるべきところは、気をつけるか。


「すまないね、水野君。説明は一度で済ませたいので、経理課についてから話すから」

「はい、構いません」

 名前を名乗らない偉い人?が歩きながらそんなことを言った。


 私は努めて落ち着いたふりをして頷いたけど、内心では嫌な予感がひしひしとしていた。多分、予想以上に面倒な事態になってるのが、その言葉から窺えたからだ。

 説明を一度で済ませたいってわざわざ言うことは、呼ばれた用事というのが簡単に説明できない事、もしくは非常に長い説明をしないといけないって事だ。


 今蔓延している噂は、私が広田と共謀していたのに罪を逃れているというものだけど、誰かが私を陥れようとしているのは分かってる。それも、多分その人こそが広田と共謀していたからこそ、私を身代わりにした訳だ。

 動けない場所に押し込められたせいでその人を探すに探せなかったけど、少なくとも広田の罪を暴く一助になっていると思えば、隔離されている現状も、噂であることないこと言われても我慢が出来た。

 会社側と課長や芳賀さんと言った一部の人が、私は潔白だと信じてくれているからだ。


 でも白ではない、黒にとても近い灰色に見られ続けるのは、短い間ならともかく、長期間になってくると神経をざりざり削られてきて、ちょっとしたことがやたら堪えたりするのだ。

 この間は平気だったけど、また一緒に働いていた経理課の同僚になんか言われたら、立ち直るのに相当苦労するだろうな……。



 そんなことを思っていたら、すぐに経理課についてしまった。


 中に入ると、お昼休みなのになぜかほとんどの人が部屋に残っていたらしく、ざわついていた人達が一斉にこちらを見る。芳賀さんの姿もあったけど、食事をしていたわけではなさそうなので、私ではできない仕事を片付けているうちにお昼休みに入っても帰れなくなった、そんな所みたいだ。


 みんなの視線が私と部外者の人を行ったり来たりしているのに気付いて、

「コンプライアンス課の柏木課長だ。第三者の立ち合いが必要だと、私と上が判断した。発言するときは、先に名前を名乗ってからにしてくれ」

 と高山課長が皆に言った。その途端に、静かなざわめきが広がっていく。

 そのざわめきが収まった辺りで、改めて課長が声を上げた。


「さて、水野の机の中から、切手と印紙が大量に見つかったようだが、見つけたのは誰だ?」

「──は?」

「はい、私です。……あ、すみません、山野です」

 私と山野さんがほぼ同時に声を上げた。


「水野さんの机からほんの少しはみ出ていたのに気付いて、本人がいないけど事が事なので、勝手に机を改めさせてもらいました。そうしたら、切手と収入印紙が入っているのを発見して、回収しました」


 勝ち誇ったように課長と柏木さんに報告する、山野さん。

 私の机の上に八十二円切手と、二百円の印紙、四百円の印紙がそれぞれ一シートずつ並べられている。一シートに百枚付いているので、六万八千二百円分って事だ。……皆の視線が私に突き刺さった。




消費税が上がって、封書の切手代も82円になりましたね。書き始めた時は80円だったのでどうしようかと思ったんですけど、一応現在金額を優先しました。


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