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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第九章 灰色
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2

短期集中連載終了後、沢山の方にお気に入りユーザー登録をしていただきました。

ありがとうございました。

 



 手伝いの必要を訴えて、ようやく王子やシスルの他の騎士さん達が近寄っても、獅子鷲の人に威嚇されなくなった。少なくともお湯を沸かして貰わないといけないし、自分の分は自分でやってもらわないとね。ドリップ式だけどインスタントみたいな物だし、飲んだ事のない人に濃いブラックコーヒーは難しいかもしれないから、飲めそうもない場合は、かなり暴力的だけど入れた後お湯で薄めるか一人分を数人で分けてもらおう。


 自分の飲む分のマグカップに、他の人にも教えながらコーヒーの入ったフィルターをセット。

 王子はこういう目新しい物が好きみたいで、フィルターを開いて、カップに置くっていうのだけで凄く楽しそうだ。

「名前は違っても、似たようなのはないの?」

「ないな。少なくともこれほど香る物はない。コーヒー豆と言ったか」

「そう。香りは、お湯を注ぐともっとすごいよ」


 ゼルさんと獅子鷲の人は、私たちがあやしい動きをしないかずっと見張っているけど、さすがにじーっと目の前で見られるとちょっと落ち着かない。


「最初に、ちょっとだけお湯を注いで蒸らすこと十数秒。それから円を描くようにゆっくりお湯を注いで……そうそう、上がってくる泡がカップに落ちないように気を付けて」

 解説しつつ、初めに一杯入れてから一応断って一口飲む。……毒見のつもりなんだけどね、シェアするのって同性でも親しい人じゃないとやらないでしょ?

「様子を見ながら少しずつ飲ませてあげてください。苦い場合はこれを入れると甘くなるけど、最初の一口は、入れない方が味が分かるのでお勧めです」

 糖分は疲労回復に効くからと思って、砂糖を用意していたからちょうどよかった。これで胃が荒れているようだったら牛乳を用意するところだったんだけど、カフェオレはおいしいけど完全に別物になっちゃうからね。匂いと味を楽しむなら、ブラックが一番。


 ゼルさんが恭しく捧げ持って、更に一口、口に含んだ。ブラック・アイボリーと同じように、種族にしか効かない何かがあった場合の事を警戒していたんだと思うけど、金色の目が驚いたように見開いた後、うるうるし始めた。


「え、それもダメですか?」

 私が焦って声をかけたんだけど、ゼルさんは首を横に振る。

「いや、美味い。すごく美味かったのだ」

 あ、そうですか。そのうるうるは、おいしさの感動のあまりってこと。

 ……びっくりさせないでよ。これでまた何かあったら、決裂決定だと思ってすごい緊張してたんだからね。


 ゼルさんはダリアさんの所に持って行って、ゆっくりと飲ませている。

 私の後ろでも、その様子を注視している……と思ったら、王子がコーヒーを飲み干して文字通りに苦そうな顔をしていた。……王子はあれだね。安定のKYだ。

「匂いは良いが、苦い」

「はいはい、今度は砂糖入れてね」

 コーヒー好きとして、最初の一口は何も入れないのは譲れないよ。


 王子の向こうに難しい顔をしているシスルにも声をかけて勧めてみたら、本当に険しい顔をしたまま一口飲んで、ちょっと意外そうな顔をした。

「苦いですが、後口にほのかな甘みと酸味があって美味しいです」

 ……どこのグルメ番組のレポーターだろう?


 ダリアさんの意識が少しずつはっきりしてきたところで安心したのか、騎士さんたちもコーヒーを口にし始めた。

「これは……不思議な感じがしますね。苦いせいか、意識がはっきりするというかなんというか……そのくせ落ち着きます」

「苦いですが、慣れてくると美味しいですね」

 そうだろう、そうだろう。うちのコーヒーは薄利多売を地で行っているから、安くても結構いい豆を使っているんだよ。……そこを更にせこく経費を削るとは、どういう了見だって殴ってやりたいよ、広田め!


「あづさ殿」

「ああ、はい、なんでしょう」

 あさっての方向を見て拳を力いっぱい握っていたら、ゼルさんから声を掛けられて慌ててそちらを振り向いた。

「長が目覚めた。話がしたいと言っているが……」

「分かりました」

 良かった。コーヒーは想像した通りの効能を発揮したようだ。ダリアさんの方を振り向くと、首のあたりが赤いグリフォンがけだるそうにこちらを見ていた。種族が違うのに色っぽく感じるのは何でだろう?


 近寄って、伏せの体勢のままのダリアさんの前足付近にしゃがんだ。王子とシスルは離れたままだ。ゼルさんが呼びに来たのは私だけだし、意識を取り戻したばかりの女性に近寄るのは礼儀上、止めておいた方がいいだろう。

「お加減はいかがですか?意図しなかったとはいえ、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「いや、体は自由にならなかったが、気分は悪くなかった。どちらかというと楽しいくらいだったから、気にしなくてもいい」

 ああ、ごろごろ言ってたもんなー。見ている分にはかわいかったけど、後遺症がどう出るか分からないので、オススメはしないよ。本当に麻薬みたいだったら困るし。


「ゼルから聞いたが、あれはもう二度と手に入らない品だと聞いた。それに相違はないか?」

「ええ。製法も特殊なので」

 ブラック・アイボリーに関してはケチがついた企画だから、もう一度動き出すことはまずないだろう。もう一度同じものを手に入れたいとなったら、個人輸入しかない。

「そうか。残念だ」

「残念……?」

「ああ、同じものを手に入れられればと思っていたのだよ」

 効き目が尋常じゃなかったから、取り上げられるのは予想していたけど、同じものがもっと欲しい?……あの酔っぱらった時の酩酊感に嵌っちゃったんだろうか?


「似た様な効果がある物がない訳ではありませんけど、あれと同じだけ効果が出るかは検証してみないと分かりません」

 またたびはライオンにも効果があるって聞いたことがあるけど、これまた全部の個体に効果がある訳じゃないらしい。実際に持って来て体験してもらえば分かるだろうけど、どうなんだろうね。

「そちらはあそこにある物よりは安価で手に入りますから、欲しいと言う事であれば、今度呼び出された時にでも持ってきますよ」

「……そうだな。それが同じ効果が出るかどうかくらい、試すのは只だろうからな……」

 後半は呟くようにダリアさんは言う。何かを考えていて、思わず漏れてしまったように。


 沈黙がしばらく続いた後、金色の獣の目がきょろっとこちらを見た。


「象という生き物の話を聞きたい。そなたの世界には、灰色のような不吉な色合いの生き物が多くいるのか?」

「──は?不吉??……あ、そうですね。結構いますよ。不吉という意味は分かりませんけど、象という生き物の他には、サイという生き物も性質が似ています。草食獣なのに体も大きくて怒らすと怖いところとか。あとは水棲動物のカバとか、イルカとか」

 そう説明するとダリアさんは「世界の差か」と一言呟いた。


「世界の差?」

「灰色というのは、何かを燃やした残りかすの色だ。故に死や破壊を象徴する色で、およそ生き物の色ではないのだ。動物、植物、昆虫や魔物でさえ灰色の体色を持った個体は存在しないはずだ」

 傍に控えていたゼルさんがダリアさんの代わりに説明してくれた。はあ、そういうもんなんだね。灰色の皮膚をしている生き物なんて、いっぱいいるけどな。


「……って、あれ?終極の魔物は灰色をしているって聞いた覚えが……?」

 ふと思い出してそう口に出すと、一気に二人の気配が変わった。

「それは真か?」

 一気に体温が下がったような気がする。向けられる剣呑な気配は、殺気だ。


「えーっと、く、詳しい話は王子に聞いてください。私は、又聞きなので直接聞いた方がいいと思います」

 思わず声が震えるのを抑えられなかったけど、それだけを伝えると、すぐに王子とシスルが近くに呼ばれた。



「──ああ、相違ない。終極の魔物の外見は灰色だと斥候が伝えて来ている」

 王子が以前に報告された内容をダリアさんたちに話した。四足の獣で、外見は無毛の灰色をした巨体だったと。


「背中に翼はなかったのか」

「──翼?」

 え?終極の魔物って、空を飛べないって事なんじゃなかった?それに、今まで深く考えていなかったけど、大きな体だと翼があっても重くて空を飛べないよね。聞いてる限り、それこそ象かサイに近い外見をしているんじゃないかと思っていたけど、あれに翼があってもどうやっても無理だよね?


「いや、翼はない。そう聞いている」

「──そうか……」


 ダリアさんはそう言ったきり、黙り込んでしまった。重苦しい沈黙。なぜそんなことを聞いた、と尋ねたくてもできない空気に、空気を読まない王子も珍しく黙っている。




「……あれは。あれはな」


 長い長い沈黙の後、絞り出すような声でダリアさんは言った。





「終極の魔物は──私の父なのだ」



 


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