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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第八章 畢竟
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 ブラック・アイボリーって知ってる?


 答えは、世界一高いコーヒーの名前。世界一美味しいかどうかは微妙。いや美味しいことは美味しいらしいけど、どれが一番なのかというのは、本人の主観によるものが大きい訳でしょ?

 値段に見合う味なのか?といえば、それよりも安くて美味しい物があるだろうし。


 このコーヒーが高いのは、製法が特殊だから。

 象に豆を食べさせて、消化されずに出てきたブツを乾燥させたもので、そのまま消化されちゃうのが多いから、食べさせたコーヒー豆の一割以下しか回収できないからというのが高価な理由だ。

 何で食べさせるのか?って言うと、なんでも象の消化酵素の働きによって、排出されるまでに良い感じに発酵するからなんだって。

 似たようなので、ジャコウネコに食べさせたコピ・ルアクというコーヒーもある。そちらはブラック・アイボリーの半額以下くらいなのでまだ安いけど、そもそもブラック・アイボリーは価格がキロあたり千百ドルだというから、価格が高すぎて興味があったとしてもなかなか手が出る物じゃない。


 話のタネになるかもしれないけど、コーヒー単品として売りに出すのは金額的に難しいし、生産量が少ないから安定供給という意味でも製品化は無理だから、これをフレーバーにして限定商品として何か作れないか?というのが、林さんの新規の仕事だった。

 話題先行でいくつかの限定品を売り出してメーカーに興味を持って貰う、主力製品の販売促進を兼ねた営業のようだ。

 珍しい高級品でも製法がアレなだけに、嫌悪感を持つ人は多いだろう。だから女性メインになる物は無理。興味持って買ってくれそうなのは男性だから、成分を抽出してフレーバーとして使えそうなカクテルなどを売り出す予定だったんだけど……。


 広田の件が明るみに出たあたりでは、ちょっと様子を見ましょうか、ってことだったらしい。前向きな停滞だったのが、実名報道されたあたりでメーカーが渋り出した。

 分からなくはないよ。イメージ戦略しようとしたところに悪くなるような報道されたら、製品の、ひいてはメーカー側の瑕疵になるかもしれないっていうのは。でもね。契約を交わしてある程度動いたところまで行っていると、それなりにお金もかけている部分もあるわけですよ。


 製品開発には豆その物がないと無理だから、いくらか輸入していたのだけど、最終的にその仕事は無期延期になった。多分ほとぼりが冷めたらゴーってことにもならない、後ろ向きな停滞。


 で、私の目の前には(くだん)のブラック・アイボリーがある。


 賞味期限切れで飲めなくなるまで置いておくには高価すぎる製品で、もったいなさすぎる。私は関係ないけど、なんとなく申し訳ないような感じもしたし、忙しくて換金しに行ってないけど臨時収入(きんか)もあるから高くても買い取らせてもらった。

 もう一人自腹を切った人は、林さんなんだと聞いた。道義的責任を感じているのもそうだけど、滅多に手に入らない製品なので、例のコーヒー専門店のオーナーにお土産として持って行くらしい。


 社員割引をして貰っているけど今は円が安いから、コーヒー三杯分くらいの三十五グラムで一万円也。自宅にはコーヒーミルがないし──あったとしても、このコーヒーの製法を考えると自分の道具を使いたくない──営業部には試飲用に一通り道具が完備されているので、お願いして挽いてもらってきた。




「あーあーあー、もう怒りの持って行きどころが分からない!」



 今日は日曜日。事件発覚より連日残業の休日出勤までして仕事をしてきたんだけど、体力的にも限界が近かったし、調査の方もようやく落ち着いてきたので、久しぶりに貰えたまともなお休みだった。

 それまでは帰って寝るだけだったので、洗濯して掃除して買い物してまともな住居環境に戻さないと、と思ったけど、私は寝たいだけ寝倒してひたすらごろごろしていた。睡眠不足は解消できたけど、精神的疲労はむしろ蓄積されている。なぜかと言えば、昨日の出来事に起因していた。



 私が会社の中で居心地の悪い思いをしているのは確実に広田のせいなんだけど、ブラック・アイボリーの他にも用事があって、久し振りにオフィスの方に顔を出したら、これ見よがしに言われたのだ。


「お金持っている人は違うわねー。会社のお金をいくら持って行ったのかしら~?」


 そんなことを言ったのは山野さんだった。あからさまな嫌味の挑発で、静まり返ったオフィスの中、視線が私の方に集中する。

 正面から来やがれと思っていた私にとって、実はこの態度は渡りに船だった。頭の中で、こう言われたらこう切り返すというシュミレーションを繰り返しやっていたので、広田に襲われかかった時とは違って、間髪入れずに言いたいことが口から出てきたのだ。


「私が正当に会社から貰ったお金で、何を買おうと他人には関係ありません。私が事件とは無関係なことは会社側に認められています。だから調査を任されているんですから」

「無関係って、あの詐欺師と付き合っていたんでしょう。それで無関係なんて台詞、良く言えたものね」

「付き合っていません。ストーカーの様に付きまとわれていただけです。とても迷惑していました。で、山野さんは何を根拠に私がさも犯罪にかかわっているような事を言うんでしょうか」

 私が顔色も変えずに淡々と返事をするのに、山野さんは腹立たしく思ったらしい。


「根拠って、皆が言っているもの。あんたが、広田と共犯だって」

「皆って具体的に誰ですか?何て言っていました?事実無根で犯罪の立証もされていない私を犯罪者扱いにしたんですから、名誉棄損で訴える準備をしている所なんですよ。是非とも教えて下さい。その内容を、詳しく」

 そう言うと、あからさまに狼狽えだした。


「名誉棄損って、そんなこと……!犯罪者の癖に、訴えるっていうの」

「犯罪者なら警察から事情を聞かれるくらいのことはあって良さそうですけど、そんな事一回もありませんし、部長に事情を訊かれたくらいで、その場で関与してないことも納得してもらえました。だから、付き合っている、共謀しているって話がどこから漏れたのか、不思議で仕方がないんですよね。どうも私を陥れたい人がいるみたいなので、噂の出所を知りたいんです」

 芳賀さんとの約束があるから言わないけど、広田と実際に付き合ったことがあるあなたが私を陥れようとした張本人じゃないかって疑っているんですけどね。よりを戻した可能性だってないわけじゃないでしょうし。


 そう思いながら目は冷たく山野さんを見詰めたまま、口元だけで笑ってやったら、

「あんたが大きな顔をしていられるのは、証拠が出ないからだけでしょ」

 とか、まるっきり小悪党の捨て台詞みたいなことを口にして、オフィスを出ていった。


 逃げたなと思いながらオフィスに残る同僚の顔を見回したら、巻き込まれたくないと思っているのか、視線が合わないように顔を逸らす人が続出した。


 証拠がないから何もできないのは私も同様なので、それ以上は何もしないで用事だけ済ませてきたけど……私を別室で仕事させているのって、部長の指示なのか課長の抜擢なのか知らないけど、こういう目に遭わないようにあえて離してくれているのかな?と、改めてありがたく思った。





 いい加減お腹が空いて来たので、まずコーヒーでも飲んでから朝食兼昼食を作ろうかと起きてブラック・アイボリーを出してはみたものの、いまいち飲む気が湧かない。おいしいと思えないだろうという予感がある。

 だってこの豆、水で洗ったら風味が落ちるからか、形の完全に残っている物をブツの中から拾い上げてあるだけみたいなんだもの。


 結局、高いお金を払った割には興味本位で飲むのは一口で限界だろうと放置決定。ごくごく普通のコーヒー豆を取り出して机に置いた。


 珍しいものが好きそうなイメージの、王子にでも飲ませてやろうかな?


 そんなことを思っていたのがいけなかった。

 起き抜けでまだパジャマだったのに、いつものめまいがして、着替える余裕もなく引っ張られる感触に身を任せる羽目になったのだった。





 




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