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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第七章 対決
27/50

2

 




 手を繋いで課長と一緒に会社に戻ってきた時、私はとりあえず深々と腰を折って、

「すみませんでした」

 と、お詫びの言葉を口にした。

 不可抗力の部分はあったけど、後半の課長の受難は気の毒としか言いようがなかったから。




 えーっと、まず、指輪を課長に渡して嵌めてもらった後、湿原に足を踏み入れて数メートルも行かないうちに、そこかしこで土の中からミミズもどきが飛び出して来て、それに追いかけられた事が気の毒の一つ目。


 最初王子たちが相手をしていたのはせいぜい十匹くらいだったのが、いきなり数十匹に増加したんだよね。

 課長はよっぽど美味しそうに見えたみたいで、囲い込み役の騎士さんたちもいるのに、ほぼ全部が課長の方を追っかけて他に見向きもしなかった。


 あのミミズもどきは目が退化している分、他の感覚器官が鋭くてあまり頭が良くないんだって。痛い思いをしても姿を隠すだけで、なわばりもあるからおそらく問題の個体もさほど遠くへは行っていないとのことで、課長を追いかけてきた中にあっさりとその個体を発見したんだけど、シスルはぎりぎりまで引きつけたかったのか、課長が結構危ない所まで魔法を使わなかった。


 食べられるかもってタイミングでお茶の雨を降らせたんだけど、お茶に含まれているサポニンの量そのものが少ないから、実は自分でも効果があるのかどうか半信半疑だった。

 ペットボトルのお茶を持ち歩いていたせいでうっかり振っちゃって、泡が立ったことってない?表面にちょびっと立つけどすぐ消える、その程度の量しかない。

 そういう意味では、正統派界面活性剤の食器用洗剤は、CMで見たことあるように油汚れを少量で落とせるように改良されているから、よっぽど効果的だと思っていたんだけど、結果はお茶でも効果大で、雨を降らせた後は一方的な展開になった。


 びちびちと呼吸が出来なくなって暴れ狂うミミズもどきに、王子はフォローするとの約束通りに課長に襲いかかろうとしていた一体を切り飛ばした。……生臭い体液を頭からかぶることになった課長、茫然。


 王子は、今度は焦げ目のついた魔物に向かって突進して、あっという間に仕留めてしまった。その頃には魔物たちも呼吸ができなくてのたうちまわる元気もなくなっていたので、ただとどめを刺して廻るだけの作業と化して、およそ数分で全部の始末が終了した。


 で、問題の個体から魔石を取り出す段になって、誰がやるのか?って事になって……ほぼ全員が課長を見たのだ。

 ほら、とどめを刺して廻るだけだったでしょう?王子を含め、他のメンツはほとんど汚れてなかったのね。対する課長は頭から体液かぶっていて、それ以上汚れても大して変わらない。

 そんな眼差しをくらって、やけくそみたく魔物を解体する羽目になった事が気の毒の二つ目。


 刃物を渡されたのは良いけど、魔石が体のどこにあるか分かんないから、やたら細かく切り刻むことになって……なんとか見つかった時には、もう誰も近寄りたがらなかったくらいにどろどろのぐしゃぐしゃで、異臭塗れだった。


 私?王子が騎士さんの一人を護衛で付けてくれたので、最初から最後まで、ありがたくその人を盾にして離れた場所に待機してたよ。だって、私も負けず劣らず美味しそうに見えるって脅されたんだもの。命あっての物種、君子危うきに近寄らず、大人しく守られておりました。

 王子が連れてきた騎士さん達は、この間のスライムの核を取に行った時に同行していた人達なので、得体のしれない小娘を護衛するのもちゃんとやってくれて……というか、むしろきらきらした憧憬と尊敬とが混ざったようなまなざしを向けられて、むず痒かったデス。欠損した腕を治したのってやっぱり凄いことなんだねー。



 無事?魔石を取り戻した後、シスルが課長に向かってこう言った。


「見つけていただいてありがとうございました。ああ、そういえばこれもお返ししないといけないですね」


 腕を縛っていたネクタイを課長に返すけど、当然ながらそれは血と泥で汚れていて、思わず受け取っちゃった課長の手についていた体液が、ネクタイにもべっとり。元々もう使い物にならなくなっていただろうけど、それにさらに拍車がかかった。


「ああ、すみません。その汚れを先に落として差し上げなければいけなかったのに」


 声を上げる間もなく、課長の頭上から水が落ちてきた。テレビのコントでよくあるような、バケツの水をひっくり返したような勢いの水流が、汚れを強制的に洗い流して行く。

 ……まあ、確かに汚れは落ちたけど、臭いは落ちない。そこへ持ってきて、濡れたら乾かして上げますよ的にシスルは魔法で温風を課長にあてたので、水分が蒸発して行くに従って、名状し難い臭気が辺りを立ち込めた。もちろん、一番直撃したのは課長本人だと思うけど、シスル自身は風向きを調整して自分の方に臭いが来ないようにしていたのが、激しく腹黒っぽかった。



 結界を解除した途端、空を横切った黒い影が二本の足に一匹ずつミミズもどきを掴んで飛び去って行くのを見て、あれが『足』として確保しようとしている獅子鷲だから、王子たちはすぐに追いかけるという。

 私達はまだ切れていない召喚魔法を解除してもらうことにした。


 こちらに獲物を横取りするのを見せつけるように魔物をかっさらって行ったのは、獅子の体に鷲の頭、おとぎ話の挿し絵で見た事のあるグリフォンで、追いかけたって簡単に捕まえられるようなものには思えなかったけど、それなら尚更ここから先は役に立たないただの足手まといになるから。



 帰る寸前、シスルが私の方を向いた。

「あづさ殿、次回お呼びした時にでも、セクシャルハラスメントという罪にはどのような罰が下されるのか教えてください。色々参考にさせていただきます」


 色々ってなに?

 参考ってなに?

 そもそも、なんでセクハラなんて言葉を出したの?いや、三人でしゃべってた内容が多分それだったんだろうけど、課長は一体何をやらかしたんだろう?聞かない……いや、聞けないけど。


 シスルの一片の曇りもなく爽やかに笑う顔を見ながら、今後、怒らせないように気をつけようと心の中で呟いた。


 課長は完全に乾かして貰って、冷たかったのは少しの間だけだったろうから風邪も引かないだろうけど、靴とベルトは革製品だったからかちかちになってもう使い物にならないだろうし、口で呼吸しても目から涙が出てくるくらい臭いから、スーツも多分焼却処分行き。これを全部狙ってやったんだろうって分ったので。


 障らぬ神に祟りなし。


 そんな一文が頭をよぎったのだった。






 で、現在進行形で口で呼吸しながら頭を下げた私に、課長は笑ってくれた。

「いや、俺も悪かった」


 顔を上げて、俺もって何がありました?という顔をする私に、課長の笑みが苦笑に変わる。


「広田の件で頭に血が登って、お前の意志を確認しないで手を出そうとした事だ。……ああそんな事もありましたね、みたいな顔をするな。これからはちゃんと口説いてから手を出す。とりあえず押して押しまくって体を使って流そうとはしない。……だから、俺の事を考えてくれるか?」


 ああ、あのセクハラ?は私を体で籠絡しようとしていたのか。未だになんで課長が私にちょっかいを出してきたのか分からないし、好きと言われても信じられなかったので、その執行猶予は今すぐ返答しろと言われるよりもずっと良かった。


 私が了承すると、課長は私にお礼を言ってからやおら顔をしかめた。


「それにしても自分が臭い」

「でしょうね」

 話しているだけで目がしぱしぱするくらいだから、課長は完全に鼻が麻痺してるんでしょうけど、こっちもかなり辛い。


「事情は待っている間に、あの二人から聞いた。……あいつ等は本当に王子とその部下なのか?」

「ええ、王子はあだ名じゃなくて本当に王子で、国一番の剣士なんですって。で、シスルは筆頭魔術師の一番弟子。国の精鋭二人に率いられた超エリート軍団な一行なんですよ」


 そういえば王子が剣をふるっている所と、シスルが魔法を使っている所をまともに見るのは初めてだった。呼ばれたばっかりの時はそれどころじゃなかったから何とも思わなかったけど、二人とも一流と言われるだけの事はあった。

 ただ、王子は真っ先に敵に突っ込んで行く辺り、大軍の将っていうより切り込み隊長みたいな感じだったけどね。


「そうか」

 難しい顔をして考え込んでいた課長だったけど、思い出したように手から指輪を外した。


「これ、返すのを忘れていた」


 石鹸で洗えば臭いも落ちるよね?

 私もすっかりその存在を忘れていた指輪をチャック付きビニール袋に入れ、今日はもう仕事をする体力も気力もないので持って帰って洗った。

 三回目にしてようやく臭わなくなったけど、課長は万が一の時用に置いてあるスーツに着替えて帰ると言っていたけど、例え二重にしたビニール袋に入れても臭かったろうなと思った。






 次の日、私を待ち受けていたのは経理部部長からの呼び出しで、そういえば課長が部長に報告するとか何とか言ってたな?と思いながら部長の部屋に行った。


 中に入ると高山課長と芳賀さんがいて、こちらを無表情に見た。……なんだろう。深刻な顔?


「こちらへ来たまえ」


 促されて私は部長の机の前に立った。


「水野君。呼んだのは他でもない。君の身の潔白に関してのことだ」

「身の……潔白?」

 なんじゃそりゃ、と思いながら首を傾げると、顎の下で両手を組んだ部長が私を見上げて言った。




「君には犯罪の片棒を担いだ嫌疑がかかっている。正確に言うと、背任罪だ」








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