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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第六章 嚆矢
25/50

4

遅くなりました。すみません。


 

 向こうに付くと、なんかビミョーな空気が漂ってた。……王子、またなんか空気読めない発言でもしたの?

 三人の顔を見るも、なんとなく視線を逸らされたので、訊くなって事だと思う。はいはい、分かりましたよ。


 その空気を払拭すべく、私が持って来た物を見せると、どういう品か知っている課長が怪訝そうな顔をした。


「それで何とかなるのか?」

「何でか分からないんですけど、向こうから持って来た物って効果が数倍っていうか、物凄くなるので、やらないよりはやった方がいいだろうと思います。少なくとも、弱らせるくらいは出来るんじゃないかなーと」


 ミミズって基本的に益虫なんだけと──おばあちゃん曰わく、植えた物によっては土が柔らかくなり過ぎて根付きが悪くなる場合があるので、全ての農家にとっての益虫ではないらしい──庭一面を芝生にした母にとっては害虫だった。せっかく綺麗に(なら)した庭が、穴だらけになるんだって。


 子供もいるし、あまり農薬を使いたくない。新婚旅行でヨーロッパに行った時に見た、ウサギを網目の荒い鉄かごに入れて、動力いらず餌いらずの天然の芝刈り機にするのもやりたくて、なるべく安全なエサになるように、最終的に選んだのは椿油粕。肥料にもなるし、ミミズの他にもナメクジやコガネムシの幼虫も駆除できる。

 有効成分はサポニンという水溶性の界面活性剤、つまり、石鹸の元。


 で、このサポニン、お茶にも少量だけど含まれているので、環境に配慮して一応両方持って来てみたんだよ。一応、人体や動物には無害ってことになっているけど、こっちだとどうなのかよく分からないから。


「環境に優しいけど効果がイマイチなのと、環境への影響が大きいけど強力なのと、どっちにする?両方少しずつ使ってみるって言うのもありだけど」

「あなたが持って来た上に『強力』ですか……」

「被害が甚大になる予想しか立たないな」

 シスルと王子が渋い顔をするけど、課長は首を傾げている。


「そもそも、どうなるんだ?」

「界面活性剤が、ミミズの体に付いているぬるぬるを落とすんですよ。そうすると……」

「ああ、窒息死するか、生理障害で体の機能が働かなくなるのか。皮膚呼吸をしているからな、あれらは」

 その通り。椿油粕の場合は庭にばら撒いて上から水をかけると、成分がにじみ出て土の中のミミズが苦しくて這い出て来るんだけど、洗剤にしてもお茶にしても、そもそも液体で水のある場所に撒くから、そこまでの効果を期待するのは難しいだろう。


「……と言う事は、魚なんかが棲んでいたら巻き添えで被害に遭うんじゃないか?」

「そうですね。昔はそうやって魚を捕っていたってネットに書いてありました」

 実際椿油粕にも、庭に池があり、魚を飼っているようだったら、周辺では使用しない事と但し書きがしてあったし、ここに魚がいるかどうかは知らないけど、蛭とかナメクジとか、影響の受けそうな生き物がいっぱいいそうだ。


 今いる場所は湿原の入り口で、辺りには高木はなし、足元は苔っぽいものとか羊歯っぽいものが生えているけど、なんか踏んだ感触が高級絨毯を水浸しにしたみたいな感じで、ふかふかと心許ない。うっかりすると踏み抜きそうな感触だ。

 それもそのはず、一見ただの水溜まりが所々深い穴になっているのは、さっきのミミズもどきが身を潜めるために開けたからで、穴に水が流れ込み水面を藻が覆うので一見ちゃんと歩けるように見える。今回不意打ちを食らった理由も、索敵魔法が穴の奥深くにいた魔物まで届かなかったからなんだって。

 それじゃあできるだけ安全を確保したいだろうから、多少の被害は仕方がないと割り切るのかな?


「どちらにしても、濃度が薄まると効果が弱いから、出来れば一カ所に集めてばらまいた方がいいとは思うんだけど」

 

 ただ撒いただけだと効果は一元的だと思われる。水と混ざるといいと言うことを話したら、シスルが少し考えた後言った。


「効果を確かめる為にも、結界である程度の範囲を覆い、その薬の雨でも降らせたら上手く行きそうですね」

「魔力が持つのか?」

 素人の私にもかなり大掛かりな魔法なんじゃない?って感じたくらいだもの、王子の指摘でやっぱりそうなんだと思ったけど、シスルは何か思うところがあるようだ。


「いろいろ確認したい事ができたので……」

 言葉を濁したあと、とりあえず弱い方を使って様子を見ようと言うことで、意見の一致をみた。


 お茶を入れる用のお湯を騎士たち沸かして貰っている間に、シスルが私の方に手を差し出した。


「あづさ殿、指輪を見せていただいてもいいですか?嵌めたままで結構です」

 良く分からないながらも左手を差し出すと、手を取られてしげしげと観察された。何かあった?もう使えないんでしょ、それ。

 指輪をしていることが必要であって魔道具が欲しいわけじゃなかったから別にどうなったって私は気にしないけどさ。ああ、でも石の色が変わっていることに気付かれたらまずいか、なんて思いながらしげしげと観察しているシスルの端正な顔を観察していると、ふっと視線を上げた本人とばっちり目が合った。


「憶測ではありましたが、外れではなかったようです」

 解放してもらった後、私も指輪を見てみたけど別に変った点はなさそうだけど……?


「分かりませんか?石の色ですよ。あなたが自分の世界に戻ったのはおそらくごく短い時間だったのでしょうが、完全に喪失していた石の魔力が戻って来ています」

 真っ白だった石の色が、確かに少し和らいでいた。半透明の白、乳白に近い色に見える。……そう、最初に貰った時と同じ、ムーンストーンの様な色合いだった。


「以前から考えていたのですが、おそらくあづさ殿の住む世界は、こちらでいう魔力にとてもあふれているのでしょう。そのくせ、その力はただ辺りを漂い、物にも人にも宿るが、誰も……何も利用されていない力ではないのでしょうか」

 だから、向こうから持ってくる品は、やたら魔力にあふれて恐ろしいほどの威力がある。


 指輪は防御と回復の魔法具だけど、効果は本来指輪を嵌めた本人のみなんだって。おまけに、あのミミズもどきの攻撃を防ぐ程の強度はないそうで、かなり危ない橋を渡っていたと改めて指摘された。


「渡した時はかなり力を使っていたのに、道具を作った時よりも性能が上がっている。あの石の元は、羽蜥蜴の瞳です。その瞳孔までも復元し、刻まれた魔法以上の性能を発揮するほどに魔力を蓄積させるのは、そちらの世界に渡ったことくらいしか原因が考えられませんから」


「確かに魔法なんてものはないけど……」

 その分、化学と科学が進んだ文明だ。魔法は便利だと思うし使ってみたいと思うけれど、才能が必要、鍛錬が必要、誰もが使えるものではないとなれば、誰でも使える道具や技術の方がいいと思うので、あふれるくらいにあると言われ、それが無駄に放置されていると言われても

「ふーん、そうなんだ」

 くらいの感慨しか湧かない。


「魔法がないというのはあづさ殿から聞いて知っておりましたが、指輪の魔法はあちらでは発動しなかったようですから」

 指輪が魔法具だと知って驚いていたから、と付け加えられた。


 確かに課長に顔を捕まれて首がぐきっとなった時、回復の魔法も発動しなかったよね。なるほど、あっちは魔法を使おうと思っても発動できないからだったのか。で、こっちへ持ってくると魔法が存在するから、使うとやたら高い効果があるってことね。


「それでも少し説明のつかないことがありますが、まあそれは追々にします。とりあえず知りたいことの一つは分かりました。……準備ができたようですね」

 魔導師イコール研究者だそうな。課長よりもよほど眼鏡が似合いそうだよね、シスルって。



 大人しかった王子が思案顔で、水汲み用のバケツや調理用の鍋などなどにたっぷりと入れられた緑茶を見やった。


「どうせやるのなら、少しでも多くの獲物を集めたいな」

「そうですね。それなら……」

 シスルが課長の方を見た。


「あなたはあづさ殿には劣りますが、かなりの魔力を垂れ流していますから、囮としては十分です。なに、心配ならあづさ殿から指輪を借りればいい」

 さっきの私に対するくらい無茶振りをされて、課長が狼狽した。

「なっ!指輪の魔法は完全じゃないと今言ったばかりだろうが!」

「もちろん勝算はあります。魔道具はあくまで保険です。それに……女性に働かせて自分は高みの見物とは、私だったら心苦しいですが。あなたが気にしないのなら全く構わないのですよ」


 そう言われては、課長も引くに引けなくなったみたいだった。


「……わかった。ちゃんとフォローはしてくれよ」

「ふぉろー?」

「あー、援護してってこと」

 首を傾げる王子に私が代わりに答えると、きらっと白い歯を見せて王子が笑った。

「ああ、まかせろ」


 頼もしくもちょっとうざい笑みだった。








師走に入り、仕事もだんだん忙しくなってきました。一日おきに投稿してきましたが、遅れる場合が多々あると思います。すみません、ご了承ください。

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