後日談4C
◇
「あ、雄馬――」
振り返ったことで、三人の顔がやわらかくほころぶ。
なぜ、そんなおだやかな顔ができるのだろう。
(こっちは、こんなに苦しんでるってのにな――)
だが、それこそが肝だ。
雄馬はどこか落ち着いた心境で三人を見据え、はっきりと口にする。
「……それは受け取らない、絶対に」
いつもと空気が違うと感じたのか、三人も息を呑んだのがわかった。
「ど、どうして?」
「……お前らから、チョコをもらいたくないからだ」
先輩も含め、お前呼ばわりしたことは少しだけ気になるが、ここは意思を伝えることを優先させてもらう。
「……そんなに、重く考えないでもらいたいんだ、雄馬」
「せ、先輩の言うとおりだよ。ほら、友人として――」
東条、北林もそう続けるが、雄馬は大きく息を吸い、もう一度告げる。
「いらない――そもそも俺は、お前らを友人だとは思っていない」
さすがに、この言葉にはショックを受けた様子で、三人の顔がこわばった。
しかし雄馬は、言葉を緩めない。
彼女たちが、そんなショックを受けることすら許したくない――そんな気持ちとともに、声を吐きだす。
「俺が――あのとき、どれだけショックを受けたと思ってるんだ? お前らがいま感じているのと同じだと、その程度に思ってるのか?」
それを聞いた瞬間、彼女らの顔は蒼白に染まった。
やはり――そう実感しながら、雄馬は続ける。
「まぁ、そうだよな……俺もそんな態度は見せてなかったし、あのとき声をかけられても、ちょっと意地張ってるくらいにしか見えなかっただろうしな」
稜の事件があり、一年半ぶりくらいに声をかけてきた彼女たちに、雄馬は拒絶でなく会話で応じた。
その時点で彼女たちは、雄馬の心の傷になど気づかなかっただろう。
それは、雄馬がそれまで、巧みに隠していたということでもある。
だが――だからといって、雄馬が傷つかなかったという証左ではない。
家族として大事にしていた妹に、理解者である幼なじみに――。
ほのかな恋心さえ抱いていた、尊敬する先輩に――。
無慈悲に拒絶され、捨てられ、わずかにも揺るがないなどありえない。
「――ショックだったよ。そのときは、稜のことだって逆恨みしたさ。本当に、死にたくなる気分っていうんだろうな」
世界に対する孤独感、周りに味方が誰もいないような心境。
そう考えるには、雄馬の世界はあまりに狭すぎ、のちに真の意味で孤独と絶望を感じた稜のことを思えば、過剰な反応だったかもしれない。
けれど当時の雄馬にとっては、足元から世界が崩れていくような、最悪の心境だったのは事実だ。
だが――雄馬にだって、男の矜持がある。
そのくらいでショックを受けるか、情けないところを見せられるか――。
そんな見栄から、以降も普段と変わらないようにと、意識してきた。
高校という新しい環境で、四人の関係を知っている人間が少なかったことも幸いし、雄馬の変化は誰にも気づかれない。
気づけたであろう人間は、稜という王子さまに夢中になり、雄馬のことなど目もくれていなかった。
こうして――雄馬のショックと絶望は、誰に気づかれることなく彼のうちに取り込まれ、心の一部となった。
深い悲しみと、怒りの感情。
話しかけられたとき、それをみっともなくぶつけることができていれば、どれほど爽快だったか知れない。
雄馬は人格者ではあるが、聖人などではない。
彼女らに感情をぶつけ、強く拒絶してもよかったのだ。
だが、見栄と矜持がそれをさせず、心の内を気づかせなかった。
だからこそ彼女たちは――。
「……それを理解した上で、そんな無神経なものを押しつけるつもりか?」
おそらく、想像すらしていなかったのだろう。
雄馬の抱く、大きな負の感情をぶつけられ、完全に色を失っていた。
さすがに、この状況からチョコレートなど、差しだせるはずもない。
「――今後は、俺から声をかけないかぎり、近づかないでくれよ。よほどの用事でもなければ、声をかけられたくもない」
自分の想像以上に冷たい、硬い声が出たことに驚きつつ、雄馬は背を向ける。
「……稜、行こう」
「――――あっ、う、うん」
声をかけられても、しばし呆然としていた様子の稜だったが、すぐに我に返り、慌てて雄馬のあとを追った。
◇
向かった先は、いつもの憩いの部屋だ。
やりきったという達成感はあるが、必ずしも満足ばかりではない。
彼女の前で、あんな姿を見せるつもりはなかった――。
ほんの少しの後悔と羞恥から、雄馬はぐったりと机に突っ伏している。
「……ごめん、あんなことまで言わせちゃって」
そんな雄馬の背を撫で、稜が声を震わせた。
「いや――稜が謝る必要はないって」
いつもの調子でそう返し、顔を上げ――今度は雄馬が、凍りつく番だった。
「僕の、せいだよっ……ごめん、雄馬っ……」
落ち着いて家で渡して、一緒に食べようなんて考えるんじゃなかった。
そうするにしても今朝のうちに渡して、その上で家に預かっておいて、放課後に食べようと約束しておけばよかった。
いっそのこと、レイコさんに先に渡してもらえばよかった。
それだけじゃない――挑発に乗ったのもあるけど、順番になんてこだわらなければよかった。
レイコさんでも、ほかの誰かが最初のひとりでも、気にする必要はなかった。
ただ付き合いがあるから、あったから――。
そんな理由でチョコを贈るなんて、そこら中にある出来事だ。
そのひとつを受け取ったからといって、ことさらに騒ぐことなんてない。
本当に軽い気持ちで、もらったことさえ次の瞬間には忘れてしまうくらい、気軽に受け取れるようにしておけばよかった。
「雄馬にっ……あんな、ことっ……あんなこと、言わせて――」
自分がまだ、彼を認識すらしていない当時のことだ。
人知れず、自分と同じようなダメージを受けていたことを、知りもしなかったのは自分も同じだ。
しかも――いまは、そのことを彼から聞いている。
にもかかわらず自分は、そのショックを理解してあげられなかった。
それを思いださせ、雄馬自身の口で吐露させてしまった。
「僕は、最低だっ……あの子たちを、非難する資格なんてないっ……」
ボロボロと熱い感情がこぼれ、頬を濡らして流れ落ちていく。
こんな風に泣く資格さえないのに、涙が止まらなかった。
また雄馬に迷惑をかけて、困らせてしまう――。
それがわかっていても、稜はもはや、激しく嗚咽をもらすしかない。
「ごめんっ……ごめんね、雄馬っ……」
「稜っ――」
そうやって、名前を呼んでもらう資格だって――。
そんなことを思いながらも、自分に触れ、抱きしめてくれる腕の感触が、心地よくてたまらなかった。
自分自身の浅ましさに嫌気が差しながらも、稜は彼の胸に甘えてしまう。
…
泣きじゃくり、震える稜を腕の中に迎え、なだめるように背をさすりながら、雄馬はなんと言えばいいものかと苦悩していた。
だが、黙って泣かせておくなんてことはありえない。
落ち着かせるよう、何度も背を撫で、ゆっくりと言い聞かせる。
「そりゃ――悲しかったのも、ムカついたのも、ショックだったのも……全部、本当のことだ。いまさら、否定なんてしない」
けれど、それを先ほど口にしたことで、雄馬が本当に感じていたのは――。
「……けど、それでもう一回ショックを受けたんだとしたら、それは……俺がずっと、あいつらになにも言ってなかったからだ」
本当なら、もっと早くに言っておくべきだった。
あのとき――稜の事件が起こり、彼女たちに声をかけられた時点で、当時の感情をすべてぶつけて拒絶すればよかった。
なのに、自分はそうしなかった。
「俺は、気にしてないふりなんかして……自分でも、気にしてないって思い込んでたくせに、ずっと気にしてた。ショックを引きずってたんだよ」
おそらく、心のどこかで気分よく感じていたのだろう。
自分への態度やおこないを後悔し、なんとか振り向いてもらおうと必死に言い寄ってくる姿を、無意識下のうちに、いい気味だと思っていたのだ。
それをおくびにもださず、気にしていないそぶりだったからこそ、彼女たちは雄馬の傷心に気づかず、相応の接し方だったにすぎない。
本当なら――もっと早く踏ん切りをつけ、決着をつけなければならなかった。
無自覚の優越に酔い、それを先送りしてきたのは、ほかでもない雄馬自身だ。
なら――その先送りした感情を、この場に引きずりだしてくれたのは誰だ。
「――稜のおかげで、ようやく振り返ることができたんだ。俺がやらなきゃいけないことを、稜が気づかせてくれたんだろ」
「っ……そんなこと、ないっ……僕は、なにも――」
胸に顔をこすりつけるように、彼女が首を振る。
だが、どれだけ否定しようと、雄馬の気持ちは変わらない。
「……あいつらと決別できたのは、稜のおかげだ。稜には、感謝しかない……稜と恋人になれて、俺は本当に幸せだぞ」
だから、泣かないでくれ――。
そんな気持ちを込め、より力強く抱きしめると、彼女は胸の中で、さらに嗚咽を溢れさせた。
◇
「っ……そんなこと言われたらっ、否定できないだろぉっ……」
「否定されたって、事実は揺るがないだろ」
すがりついた稜の手が、制服の胸元を強く握り、皺を広げる。
「僕っ……もうっ、わかんないっ……どうすれば、いいんだよぉっ……」
「……いや、どうもしなくていいぞ?」
困惑した雄馬はそう返すが、稜としてはそうもいかない。
自分が傷ついたときも、彼自身を傷つけてしまったときも。
こんな風にかばってしまうなど、どれだけ自分に尽くしてくれるのか――。
(こんな、素敵な彼氏にっ……どうやって、報いればいいのさっ……)
自分の身ひとつで、もはやまかないきれるものではない。
だけれど、捧げられるものはそれだけだ。
「っ……ねぇっ、雄馬ぁっ……」
グズグズと泣きじゃくりながら、顔を起こそうとする稜の頭を、雄馬の大きな手がやさしく撫でた。
本当に、残酷すぎるくらいやさしい彼氏だ――。
でも、だからこそ、稜は自信をもってこれだけは言える。
「僕――雄馬のことは、ずっと好きでいられるよ。なにがあっても、雄馬の傍にいるっ……ずっと、雄馬のことを支えるからっ……」
「……ああ、ありがとうな」
頬を撫で、涙の跡を拭おうとする雄馬の手を取り、指に唇を添える。
「二度と、雄馬に同じ気持ちを味わわせたりしない……約束するよ」
いや――約束なんて言葉では、足りなすぎる。
「……誓うよ。僕の全部を、雄馬に捧げるって」
あげられるものは、全部差しだす。
してほしいことがあるなら、なんだってしてみせる。
欲しいものがあるなら、どんなことをしてでも彼に届ける――。
忠誠にも近い、愛情と献身を捧げる誓いの言葉だ。
ただ――そのつもりだったのだが、なぜだろう。
そんな稜の言葉を聞いた雄馬は、なぜかギシリと硬直している。
「……あれ、雄馬?」
予想しなかった彼の反応に、おやと首をかしげた稜は、いったいどうしたのかとわずかに思案し――。
「――――――あっ」
自分の発した言葉の意味――いや、現実には意識していなかったが、意味していてもおかしくない内容に気づき、その頬を真っ赤に紅潮させた。
「ちっっ……ちがっっ――わ、なく、はぁ……その、な、ないんだけどぉ……で、でもっっ! そういう意味じゃなくてっ! そのつもりはあるんだけどっっ!」
「いや、大丈夫っ、わかってるからっ! そうじゃないんだよなっ!」
「違うよっ! いやっ、違わないんじゃなくてっ! そうなんだけどっ、そんなつもりじゃなかったけど、そのつもりはあるっていうかっっ!」
「わかってるからっ、落ち着けって!」
「ほんとにわかってんのっ!? そういうことだけどっ、違うんだからねっ!?」
もはや二人して、なにを言っているのかわからなくなっている――。
そんな状況を打破するように、マナーモードにしていたはずのスマホがなぜか、大音量で誰かからの着信を告げた。
『おわあああぁぁぁっっ!?』
二人して跳び上がらんばかりに動揺しながら、稜は慌ててスマホを取りだす。
とっさに出てしまい、誰が相手かは見逃してしまったが――。
「はいっ、もしもしっ?」
とにかく状況をリセットしようと耳に当てると、その向こうから、淡々とした声が誇らしげに告げる。
『ご安心ください、お嬢さま。お二人がお戻りになりましたら、私は二時間ほど、席をはずさせていただきますので――』
「いや必要ないよっ! あとなんで会話筒抜けっ!? どこで聞いてんのさっ!」
そんな、怒涛のツッコミを響かせながら――。
常軌を逸した自身の姉の存在に、稜はただただ戦慄するばかりだった。
ということで、決別編でした
ホワイトデー編と合わせた、まったりストーリーにしたかったのですが、プロットを作ると勝手に修羅場を作り、勝手に大きく動いてしまう彼ら彼女ら……なんなの、この人……(デデンッ
なおホワイトデー編はありません(考えてない)
ひと区切りとはなりましたが、卒業式編、成人式編とか、見たい人もいますよね
私も見たいです、誰か書いて……あ、自分で……あ、はい
ということで、まぁまたそのうちで
それと、長編のほうも投稿しましたので、お時間あればチラ見してみてください
ざまぁ要素などない異世界転生百合ということで、こちらとは方向性が異なりますが……
また、以前にも軽く触れました、勇者暗部の書籍化について
改稿や加筆なども済ませ、キャラデ等のイラストもいただいたりと、着々と進行中です
発売日含め、情報公開可能になりましたら、また活動報告等でお知らせしますので、動きがありましたら、よろしくお願いします
それでは、またお会いしましょう




