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20/23

後日談4B

     ◇


 教室には、すでに数名の女子が登校しており、中には稜を見ている者もいる。

 なんのアクションもないことに肩を落としているのは、ロッカーに入れた下手人のひとりだろう。

 それに気づいたのであろう稜は、冷たい表情でいなしつつ、すぐに荷物を置いて雄馬のもとへ向かおうとした。


 ただ、それより早く、雄馬の席を訪れた者がいる。

「お、おはよう、お兄ちゃん……」

「雄馬、おはよう!」

 仁科美羽、そして北林綾香――元妹に、元幼なじみだ。


「……ああ、おはよう」

 顔も見ず、そっけなく返した雄馬は二人を無視するように、カバンから教科書等を取りだして、授業に備えようとする。

 とはいえ、この状況で声をかけてくるような二人が、そのくらいの対応でめげるはずもない。


「あの、これ……ほら、今日バレンタインだから」

「私たちで作ったの、受け取ってもらえないかな」

 目の前に差しだされる二つの包みは、見るからにチョコレートだ。

 これが参考書かなにかだったら、逆に感心するレベルでチョコレートだった。


 刹那、空気が尋常でなく冷え込んでいく。

 その冷たい空気のもとへ目を向けると、自分の席からこちらへ向かおうとしていた、稜と目が合った。

(顔が超こえぇっ!)

 悪鬼もかくやという形相の彼女を、あとでどうなだめたものかと苦慮しながら、雄馬は二人に対して首を振る。


「悪いけど、それは受け取れない――もらう理由がないからな」

 稜がもらったチョコレートと同じで、よく渡せたなという気持ちもあるが、それがなくとも受け取るつもりはない。

 稜やレイコさんと約束したこともあるが、雄馬自身が、稜のチョコレートをひとつ目としてもらいたかった。


 そうはっきりと拒絶するが、二人はその言葉をどう受け止めたのか。

「べ、別に他意はないの……ただの義理チョコだよ、ねぇ?」

「そうそう、友チョコってやつだよ。みんなにも渡すやつだからさ」

 彼女たちとしても、相応の覚悟を決めてきたのだろう。

 引く気はないという様子で、差しだしたチョコを引っ込めようとはしない。


「お兄ちゃん、チョコクランチが好きだったでしょ? それに、えっと……」

「おじさんもそうだよね。ほら、おじさんの分もあるから、おうちで渡しておいてもらえたらうれしいんだけど、だめ?」

 本当に――悪意がまったくない様子で、彼女はそう口にした。

 思わず、頭に血が上りそうになる雄馬だったが、昂った感情をなんとか抑え、少しこわばった声で告げる。


「――親父に渡したいなら、わざわざ俺に預ける必要ないだろ。仁科がそう言うなら、渡しに行っても親父は断らないはずだ」

 自分に渡すために、親父をダシにするな――。

 そう言ってやりたい感情は隠せたと思うが、雄馬の反応から、彼女らも悪手だったことに気づいたのだろうか。


「あ――ご、ごめん、なさい……そっちは、その……うん、そうしておくね」

 仁科が申し訳なさそうに言えば、北林も合わせて追従する。

「私は、ほら……い、家に行かないようにって、言われてるから……でも、ごめん――その、そんなつもりじゃ、なかったんだよ」


 これだからやりにくい――雄馬はそんな風に考えていた。

 悪気なく、人の気分を害するようなことを口にしているからこそ、それに気づけばすぐに謝罪をする。

 謝られてしまえば、そのことでいつまでもとやかく言いたくない、という気持ちが雄馬にも芽生えるものだ。


 もちろん、程度にはよるが――少なくともいまの発言自体は、稜をあれだけの状況に追い込んだ、あの事件ほどではない。

 だからこそ、必要以上に二人を責めたりはしないのだが、そうなると話はまた戻ってしまう。


「――それはもういい。けど、それとは関係なく、俺は受け取らないからな」

「っ……ど、どうして?」

 どうしてもなにも、どう説明すればいいのか。

 しばし悩んだ末に、雄馬は言葉を選びながら、真実を告げる。

「――俺に、一番に渡したいと言ってくれた人がいる。その人からは、夕方まで受け取れないから……今日はもう、誰からも受け取るつもりはない」

 もちろん、明日になっても受け取りはしないが――。


 そんなことを思いながら、これであきらめてくれればと願うものの、雄馬のその発言は、二人にとって相当に衝撃的だったようだ。

「な、なんなのそれっ……誰なの、その人って!」

「……もしかして、生徒会長さん?」

 血相を変えて問いただしてくる二人の反応に、雄馬は疲れきった様子で、大きくため息をもらした。


「いや、全然違う……というか、なんで会長が出てくるんだよ」

「だ、だって――お兄ちゃん、昔……会長さんと、その……」

 言いよどむ仁科の言葉を待っていると、不意に教室の扉が開く。

 雄馬の席は、後方の扉付近にあるため、すぐ隣で開いた格好だ。


「――失礼する。羽生雄馬は……いてくれたか」

 その声の主は、いま名前が挙がったばかりの彼女だった。


     …


 東条響の登場に、めんどうなことになったと雄馬は嘆息する。

 稜のほうはいくらか落ち着いたのか、逆に一周して冷たい怒りになったのか、少し離れた位置で微笑みながら、こちらを見ていた。

 逆にこわい。


「雄馬、おはよう」

「……おはようございます、生徒会長」

「さすがに、もう引継ぎは済ませた引退の身だよ」

「……そうですか。お疲れさまです、東条先輩」


 ここで元会長などと呼ぶのは、さすがに性格が悪すぎるだろう。

 彼女を喜ばせてしまうとは知りつつも、名を呼ぶしかない。

 案の定、名字とはいえ名前を呼ばれた彼女の頬は、うれしそうにほころぶ。


「ああ、ありがとう。それで――今日は、バレンタインだろう?」

 彼女の手には上品そうな紙袋があり、中は容易に想像できた。

 だが、それを差しだそうとする前に、先客二人が声を上げる。


「ま、待ってください、東条先輩!」

「先輩は、放課後に渡すんじゃなかったんですか?」

 問いただすような二人の言葉に、東条はきょとんとして首をかしげる。


「なんの話だ? 私は特に、なんの約束もしていなかったが――」

 そう口にした東条だが、すぐに察したらしく目を見開き、その顔は自然と、すぐ近くでたたずんでいる稜のほうへ向かった。

 目を向けられた稜のほうは、相変わらずポーカーフェイスのまま、うっすらと微笑んでいる。

 やはり怖い。


「……不健全なまねはよしたほうがいい、そう忠告したはずだが」

「――なんのことでしょう、先輩?」

 つかつかと彼女のもとへ向かい、ねめつけながら告げた東条の言葉を、稜は意味がわからないという様子で受け流す。


「とぼけたところで、きみ以外に誰がいる?」

「そっちの二人が先輩を牽制するための、ブラフかもしれないですよ?」

 クスクスと笑いながら、稜は軽く髪をかき上げた。

「まぁ――たしかに、約束した現場には居合わせましたけどね」


(言うのか……いや、隠す理由も必要もないけどさ)

 しかも、言い方がまた曖昧だ。

 誰かと約束をした、それを見ていたようにも受け取れる。

 受け取らない約束はレイコさんとしたもので、そちらは間違いではない。

 放課後にもらう約束のほうは、もちろん稜本人で合っているのだが。


「え――稜くんと、お兄ちゃんが?」

「それって、どういう……あ、あんなの、ただの噂だよね?」

 自分と稜、二人を見くらべて仁科たちは戸惑い、東条は歯噛みをする。

 例の、自分たちがカップルだという噂に翻弄されているようだ。


(まぁ――噂じゃなくて事実だけど)

 ノーコメントを貫くように黙りこくっていると、三人の少女に勝ち誇った笑みを向けながら、稜がこちらに向かってくる。

「――雄馬、ちょっと出ようか。なんだか騒がしくなってきたし、あまり教室にいないほうがいいみたいだ」

「……そうだな、そうするか」


 教室の女子たちがこちらを見ているのは、先ほどから感じていた。

 雄馬は稜の意見に同意し、そのまま教室を出ようとする。

「あ――ま、待って、お兄ちゃんっ」

「まだ話は終わってないし、チョコだって――」


 二人は慌てて、そして東条は無言のまま、それぞれが包みを手にしたまま、そんな雄馬たちを追いかけた――。


     …


 さて、どうしたものか――。

 いつもの空き教室は、二人の憩いの場所だ。

 そちらへ向かうことはためらわれ、適当に屋上でも行こうかと歩きながら、雄馬は稜に目を向ける。


「なに?」

「いや……その、すまん」

「……んーん、別に怒ってないよ。ちゃんと断ってくれたし」

 気にしないで、というように身体を揺らし、トンと肩でタッチしてくる。


「それはそうだけど……あの調子だと、無理やり押しつけられそうでな」

「捨てればいいんじゃない?」

「無慈悲っ!」

 せめて稜と同じように、落とし物へ届けるに留めておいてほしい。

 食べ物を捨てるのは、流儀に反するというものだ。


「まぁ、それは冗談として――」

「そう願うよ……けど、ほんとどうしたもんか――レイコさんに頼んで、電話で牽制してもらうか」

 ふと思いつき、そう口にしてみるが、すぐに稜の顔が渋面になる。

「……悪い、さすがにいやだよな」

「ごめん、わがまま……でもさぁ――」


 稜の言わんとすることは、わからないでもない――というかわかる。

 ほら言ったじゃないですかお嬢さま、と勝ち誇るレイコさんの顔が、容易に想像できた。

 それで稜が悔しがるのもそうだが、彼女の前で女性問題を解決するため、他の女性の力を借りるのもしのびない。

 それに相手が明確になったところで、そうなれば今度は、レイコさんから受け取ったあとに渡そうと画策されるだけだ。


「雄馬は、受け取る気がないってことだよね?」

「ああ。あいつらとは色々あったし、いま受け取るのは間違いだ……だから、絶対に受け取りたくない」

 つまり、受け取らないで済む、合理的な理由が必要なわけだ。


「知らないやつが相手だったら、甘い物は苦手って言えば済むんだけどな」

「……好みまで知られてるもんね」

「こ、子供のときの話だ……いまは別に、そこまで好きってわけじゃない」

 どこか棘のある指摘に、雄馬は慌てて弁解する。


 たしかにチョコクランチは好きだが、特別というわけではない。

 稜に聞かれたとき、特に種類を指定しなかったのは、そういう意味だったのだが――もっと真剣に考え、しいて言うならという返し方をすべきだった。

 そんな反省をしつつ、話をそらす意味も込めて、別の手を考える。


「虫歯があるから……っていうのも、難しいか」

「受け取る約束があるんだから、受け取らない理由にはならないね。食べなくていいから、なんて言われたらどうしようもないし」

「なら、最近ちょっと太り気味だから、ってのも無理か……」

 受け取るだけでいいから、と言われた場合を考えなくてはいけない。


「……捨てることになるから、ってはっきり言うか」

「雄馬がそういうことしないってことは、どうせ向こうもわかってるよ」

「う……」

「あ――ごめん、いまのは嫌味じゃないからね」

 いまの『は』ということは、やはりさっきの好みの話は――。


「金欠で、お返しが用意できないとか……ほら、義理でも気にするほうだし」

 こわい想像を振り払い、そう別案を口にする。

「悪くはないけど……お返しはいいからって、押しきられそうじゃない?」

 たしかに――実際には金欠ではないし、仮に金欠だったとしても、なんだかんだでお返しをする雄馬にとっては、やはり受け取らない理由にはならない。


 迷惑だからと言っても、それなら向こうは、お返しはいらないとはっきり言ってしまえばいい話である。

 なにせ向こうにとっては、雄馬が食べること、雄馬からお返しをもらうことは二の次で、まずは受け取ってもらうことが最重要なのだ。


(……いや、待てよ?)

 と――そこまでを考え、雄馬はふと首をかしげる。

(逆に考えれば、俺が受け取らない理由じゃなくて、あいつらに渡す気をなくさせる理由があればいいのか――)

 受け取る以前に、渡されなければいい。

 それはつまり、彼女たちがなぜ、ここまで渡す気になっているのか――その理由を見つけ、壊してやればいい。


「……雄馬?」

 稜の言葉に反応することなく、雄馬は立ち止まり、三人を振り返った。


 本日の、そのときです

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公、これ優しさとかじゃなく優柔不断にしか見えねえよ そもそもあんな事があったのに会話に応じてやるのも俺には理解不能だけど
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