(14)新たな目標
「姉さん」
「今、忙しいの」
「うん、それはわかるけど、いろいろ意味がわからないから。メイドたちを泣かせてまで何をしているの?」
珍しく食い下がる弟に、フィオナはぐっと唇を引き結ぶ。
でも目の前の作業はきっちり終わらせて、それからようやく口を開いた。
「……だって、悔しいんですもの」
「悔しいとは?」
「ちょっと想定外な状況になったけれど、それでも昨夜は私の顔を売る機会にはなると思っていたのに! 私たちの年齢が話題になったくらいで、あとはあの男が全部持っていってしまったわっ!」
「あー……やっぱり、それだよね……」
シリルは苦笑する。
昨夜の夜会は……いろいろ突っ込みどころがあるにせよ、姉フィオナとあの男の独壇場だった。
特にあの男――ローグラン侯爵はすごかった。
何度婚約が解消されようと落ち着いていたフィオナを、凹ませ、悔しがらせている。
「何というか……年の功って感じかな」
「たかだか三十四歳で『年の功』なんて、若すぎるわよ! あの男の弱みはないの? 何か情報はないの!?」
「ああ、うん、ローグラン侯爵の情報はね、僕も探っているんだけどよくわからないんだよ。前歴が騎士で、今も武人で、婚約を繰り返しては解消しているというくらいで」
シリルだって腹は立ったのだ。無策にやられっぱなしでいた訳ではない。
なのに、これというものが何も見つからない。
ふうっとため息をつき、美しい美貌を苦悶に曇らせながら首を振った。
「前歴を探りたくても、爵位を継ぐ前は南部のローグラン領にいたらしいからね。あそこは間諜が入りにくくて……ほぼ全部の領民が同じ民族だから。現侯爵だけはあの容姿だから、親のどちらかかが異国出身なんだと思うけど、そういう情報も公開していないんだよ。年齢だって元婚約者の家くらいしか知らなかったんじゃないかな」
「……醜聞はないの?」
「あ、女性関係はけっこう聞いたよ。でも現状で独身だから、どうしても醜聞ってほどにはならないし、自慢している女性たちもなんかお互いに張り合っている感じがあるんだよ。話をかなり盛っているようだから、そもそも本当に寝たのかどうかも怪しいんじゃないかと……っと、失礼!」
愚痴じみたことをぶつぶつ言いかけて、シリルは潔癖な姉にする話ではないと気付いて慌てた。でも、フィオナはたいして気にしていないようだ。
色恋に縁の薄いフィオナは、寝たと言われても犬が番っているくらいにしか思えないらしい。
それに、今は他の何かを真剣に考えている。
「えっと、姉さん?」
「……あの男、私と婚約していたフォール様の領地の女性関係の話を敏感にかぎつけていたわよね。自分がそうだったとか、そういう可能性はないかしら」
「えー? そういうことって……いや、あるかもしれないね。……あー、でもあそこは入りにくいから、やっぱり難しい!」
「十五回も婚約と解消を繰り返しているから、そこに何がヒントはないの?」
「うーん、繰り返している婚約は完全に利益目的で、期間限定で婚約していたこともあったみたいだけど。容姿は重要視せず、家柄より利益、年齢もバラバラ。最高齢は六十代だったかな。元婚約者だった女性はその後普通に結婚したり、しなかったりはあるけど、婚約解消後に没落した相手はいないのは特徴的、かもしれない。……けど、役には立たないよね」
シリルは頭を抱えてしまった。
でもフィオナは諦めた様子はない。
なおもじっと考えていたが、やがて表情が薄いなりに、にんまりと笑った。
「では、あの男と噂になった女性たちに接触してみようかしら。どういう夜会に行けばいいと思う?」
「えっ? それは……婚活中の姉さんには合わない客層の夜会になっちゃうよ?!」
「そうなの? でも何事も経験でしょう。社会勉強と思って出てみるわ。お父様のところに招待状はあるかしら」
「え、ええー……そういうのも来ているとは思うけど……え、本気っ?」
「本気よ。でも、シリルは行きたくないわよね。とすると、同行者は他の人を探した方がいいかしら」
「いやいや、僕が一緒に行くから! そういう夜会が得意な友人も一応いるから、そいつも誘えば安心でしょ!?」
「あら、いい友人がいるのね。では、シリルは行かなくても……」
「絶対に僕も行くからね! 友人と言っても、姉さんを前にして理性的であり続ける保証はないからっ!」
シリルは悲壮な決意を込めて叫ぶ。
そこまで行きたくないのなら、別に行かなくても……とフィオナはもう一度言おうか迷ったが、結局弟の強い決意を尊重することにした。




