第18話(改稿前 前後に矛盾があります)
しばらく部室そばで休んだ後、俺は練習に行った。
体の力が抜けていたからか、あまりうまく走れなかった。
「大丈夫か? 無理しなくていいんだぞ」
颯人が練習中横から心配して声をかけてくれる。颯人も嫌な役を引き受けたのに。ほんと、颯人はいい奴だ。
「ありがと。大丈夫だよ。こんなんで休んだらやったこと無駄になるから」
俺は体中の力を振り絞って走った。
「そうか」
颯人は少しだけ笑って、それ以上は何も言わなかった。何も言わなくても、颯人は分かってくれているはずだ。
途中、花音と近くなることがあった。花音は、練習開始からずっと不安そうな表情をしていた。
それもそうだろう。神城が来るかも、と思ったら気が気じゃないよな。
「慎一、大丈夫? 顔色、悪いよ」
花音は額の汗を右手で拭いながら言った。その仕草、本当にかわいい。
でも、辛そうな花音に心配されちゃダメだよな。
「花音、俺は大丈夫だから。あとさ、神城、来ないよ今日。多分、今後も来ないし、花音にまとわりつくこともないと思う」
花音が目を見開いて、涙が出る寸前の顔になる。
「どう、して? 慎一が、何かしたの? 辛そうなのも、もしかして関係ある?」
どうせ、ごまかせないよな。
「まあ、とりあえず安心してくれよ。部活終わったら、みんなで花中ジャイファルに行こう。そこで、話すから。だから、そんな顔しないでくれよ」
「あり、がとう」
花音は更に泣きそうな顔になる。
「当然だろ? だって俺たち6人、友達だからな。さ、一緒に走って、嫌なこと早く忘れよう」
そう言って、俺は花音を促した。
2人で、並んでダッシュする。
さすがに、男の俺のほうが少しだけ早い。
走っていると、花音が段々笑顔になっていくような気がした。
そう、俺たちは陸上部。心に迷いがあるときは、走ればいいんだ。
その後も、颯人も含めて何度もダッシュを繰り返した。
ダッシュするたびに、思考がクリアになっているのを感じる。
時刻は10時半。休憩になった。俺は木陰で座って休みながら、持ってきたスポーツドリンクを口に運んでいた。
汗が滴って、額から顔に落ちてくるのを感じる。
すると、それまで姿を見せていなかった中谷先生がグラウンドにやってきた。
「高山。ちょっと職員室まで来てくれるか」
花音は再び少し不安そうな顔をして、ちらりとこっちを見た後、中谷先生についていった。
神城は戻ってきていない。ということは、中谷先生は神城と花音に話をさせる気だろうか。不安だけど、中谷先生がいればきっと悪いようにはならないだろう。
練習再開の時間になった。練習に参加しようと体を起こした時、新キャプテンの袴田先輩が声をかけてきた。
「園山。ちょっといいか?」
袴田先輩は投擲の砲丸投げがメイン競技で、競技力もかなり高い。身長が高く、がっちりした体格で、短髪で一見怖く見えるが、部員のことをよく見ている優しい先輩だ。
「あ、はい」
「さっきの、部室でのことだけど、あれ、よくやったな」
「え?」
てっきり注意されると思っていたため、俺は少し驚いた。
「神城先輩が悪い癖を持っていたのは事実だし、高山がその対象になっていたのは知っていた。でも、俺はこれでも神城先輩にはお世話になったんだ。だから、何も言えなかった」
俺は黙って袴田先輩の話を聞いている。袴田先輩なりの思いを感じたからだ。
「だから、お前が勇気を出してはっきり言ってくれたのは良かった。後は、中谷先生が話をしてくれる。中谷先生が部室に来るようにしていたのもお前の考えだろう?」
俺は右手で頭をかいた。そこまでばれてるのか。やはりこの先輩はキャプテンだ。
「はい。友達のためとはいえ、少しやり過ぎたかなと思っています。ですが、後悔はありません」
袴田先輩は俺の肩にポン、と優しく手を置いた。
「いや、ありがとう。俺も神城先輩には憧れの先輩のままでいてほしかったから、今回の件でこれからちゃんとしてくれることを願っている。お前の勇気も、ほんと良かったぞ。みんなには俺からうまく言っておくから、今後も今までどおり頑張ってくれ」
そう言って、袴田先輩は練習に戻っていった。
本当に、優しい先輩だ。そして、あの神城を今でも「憧れの先輩」と言った。だからこそ、今の姿をこれ以上見たくなかったんだろう。
俺はいいことをしたんだろうか。花音のためなら、と思って思い切ったことをした。それは後悔していない。
でも、先輩達に気を遣わせてしまった。
そういう迷いを振り切るために、俺はもう一度走り始めた。
昼近くとなり、部活も終わりに近づいたころ、中谷先生と花音が一緒にグラウンドに戻ってきた。
花音の表情が気になったけど、体育教官室に行く前より明るくなっている。中谷先生が気を遣って話しているのが分かった。
「園山。ちょっといいか」
今度は俺が呼ばれた。やっぱりか、と俺は思う。
体育教官室に入ると、椅子に座るように言われた。いるかもしれないと思った神城の姿はもうない。
「今朝の件についてだけど」
「はい」
「あれは、お前が計画した、でいいんだよな」
先生には怒られるかもしれない。でも、花音を助けるため、という譲れない目的があったから、後悔はしていなかった。
「はい。花音が神城先輩に強引な交際を迫られて困っていたので、何とかしたいと思いまして」
中谷先生は少し目をそらし、ふぅ、とため息をついた。
「俺に部室に来るように言ったのも、そのためだな」
「はい」
俺は正直に答えることにした。先生に叱られても、ここで嘘をつきたくなかった。
「正直に言うが、お前のやり方が良かったとは俺は思っていない。ああいう、脅しのようなやり方はもう少し考えるべきだった。お前なら、分かるよな」
中谷先生は俺に諭すように言う。
「はい。自分でも、やり過ぎなのかなとは思いました。でも、大事な友達を助けるためだったので、後悔はありません」
「そうか。あの録音データはどうしてるんだ?」
「クラウドに保存したというのは嘘です。今回の問題が解決したら消去するつもりでした」
中谷先生は腕を組んだ。
「俺も、もともと神城の交際関係は気にしていた。だけど、男女交際は本人同士の問題だ。俺が言うのも、と思っていた。でも、今回は話が別だ。同じ部員同士だし、このままでは大きなトラブルになると思った。だから、2人を呼んで俺の前で話をさせたんだ」
やっぱりそうか。でも、この先生なら信頼できる。花音の表情を見る限り、大丈夫だったはずだ。
「その前に神城と話したんだが、大体自分のしたことを認めたよ。厳しく話をしておいた。それで、2人で話をさせたんだが、高山から別れたいということと、練習に来てほしくないという話があったんだ。俺も今回の件を重く見て、神城は現役部員が練習の日には練習に来るのを禁止にした。」
神城が練習に来るのを禁止した、と聞いて俺は右手に力を込めた。花音の安心のためには、それがどうしても必要だったからだ。
「ただし、あいつはあれでも有望な陸上選手だ。陸上での大学推薦も決まっている。次何かあったら推薦を取り消すという条件で、部員がいない日のグラウンドの使用は認めた。そして、これ以上の責任は追及しない。あくまで部活動の中で起こったこととして、俺の中で処理する。いいな」
神城の話を生徒指導部などには上げない、ということだろう。俺は頷いた。
「あとな、今朝俺の所に情報提供があったんだ。体育教官室の靴箱に手紙が入っていて、神城がこれまでやったことが書いてあった」
え! という表情をしたはずだ。俺は、そんなことやってない。つまり、やったのは……。
「お前は知らない、って表情だな。でも、神城に聞いたら半分は身に覚えがないと言っていたぞ。具体的には、あいつのせいで退学とか退部は起こっていない」
おい、愛瑠。お前なんでそんな嘘ついたんだ?
「お前も困っているな。俺はこれ以上、この情報の出所とかをお前に聞く気はない。やり方はともかく、お前のしたことで高山という有望な部員の問題が解決した。それで終わりでいいだろう」
それで、話は終わりになった。
中谷先生が話を分かってくれる先生で助かった。問題がこじれれば、俺もただじゃすまなかっただろう。中谷先生が俺を守ってくれているのが分かった。
体育教官室からグラウンドに戻りながら、俺は思った。
俺のやったことは、やり方は正しくはないかもしれないけど、必要だった。花音が重荷から解放された、それだけで十分だ、って。
グラウンドで花音と颯人が手を振っている。俺も早く、その場所に戻りたかった。




