第17話(改稿前 前後に矛盾があります)
朝、ベッドで目が覚めた。今日は土曜日、いよいよだ。
昨日の夜も、「しんいち会」のメンバーと連絡を取り合った。
夢乃の話だと、帰り道の花音は少しおびえていたらしい。
無理もない、今日神城が来るからな。
心配いらない、と俺は言った。今日で決着を着けるから、と。
昨日と同じく、西園寺駅で夢乃と一緒になった。夢乃は昨日と同じく、俺に手を振ってくる。
昨日と違うのは、夢乃が制服じゃなくて学校指定の灰色のジャージ姿ってことだ。でも、本当に学校のジャージかってぐらい似合っている。
俺も同じジャージを着ているけど、全然違う素材みたいに輝いて見えるんですが。
俺は昨日と同じく、決して勘違いしないように心がける。
夢乃は今日も、花音と一緒に行くつもりらしい。
「いよいよ今日だね。大変だろうけど、頑張ってね」
電車の中で、隣の夢乃が心配そうに見てくる。
「ああ。はっきりしなくちゃな」
ひなた市駅で花音が電車に乗ってきた。
昨日と同じく、3人で楽しく他愛もない話をする。花音に神城のことを意識させないためだ。
できれば、神城が花音に会う前、朝の段階で決着をつけたい。俺はそう考えていた。
自転車置き場に行くと、既に颯人が到着していた。
「おはよ。今日は頼んだぞ」
「ああ、俺に任せとけば絶対に大丈夫だぞ」
軽口を言いつつも、2人の表情には緊張が走る。
「じゃあ、行こうか颯人」
「ああ」
俺たちは部室に向かった。
恐らく、神城も既に来ているはずだ。
部室には、先に颯人に入ってもらった。俺は入り口付近で待機する。
陸上部男子の部室では、男子部員たちが着替えながら話をしている。男子が集まった時の話なんて、大抵女子の話に決まっている。今日も、そういう話が好きな林先輩を中心に、女子の話で盛り上がっていた。
「で、こないだデートに行ったんだけど、相手が途中で帰っちゃってさ」
「それお前がうまくやらないからだろ。どうせ、下心見せすぎたんだろ」
「そういうお前は彼女とどうなんだよ」
「どうって、まあ……。最近、家に来てくれないんだよ」
「それって、お前も下心見え見えだからだろ」
うーん、良くも悪くも、男子の会話だ。もちろん、勉強の話をしている人達もいるけど。
神城は、他とはあまり話さず、1人で準備していた。そこに、颯人が近づく。
「ちわっす! 神城先輩、今日はご指導よろしくお願いします!」
颯人が挨拶したことが嬉しかったらしい、神城は笑いながら颯人を見た。
「速水。お前が俺に挨拶なんでめずらしいじゃねーか。なんかいいことあったのか?」
「いや全くっすよ。彼女に振られたばっかりなんで。先輩は、どうなんすか、彼女とか」
いいぞ颯人。自然な感じだ。
「彼女? ああ、最近できたな」
神城は彼女が誰、とは言わなかった。
「そうなんすね! おめでとうございます。相手、誰なんすか。どこまで行ってるんですか?」
颯人、言いづらい質問をよく言ってくれた! 今度、ジュースおごるからな。
「ん? 高山だよ、短距離の。どこまでって、まだキスしただけだ。今はまだ、な」
分かってはいたけど、神城から「花音とキスをした」という言葉を聞くと、頭に血が上るのが分かった。
まだだ。俺は奥歯を噛み、ぐっとこらえる。
「へえ、高山すか! かわいいですよねあいつ。めっちゃうらやましいですよ、先輩。で、これからどうするつもりなんですか? 俺、色々聞いてますよ、先輩のこと」
颯人は、本当は言いたくもないだろうけど、あえて踏み込む。神城に決定的な言葉を言わせるために。本当にすまない、颯人。
「お前、そういうの興味あるのかよ。ま、いーぜ。お前もイケメンだから、よく覚えとけよ」
その時、颯人がチラリと入り口付近にいる俺に目をやった気がした。「今だ!」と目が訴えている。分かっているよ、颯人。
「俺はな、まだ男を知らなそうな女が大好きなんだよ。俺、イケメンだからな。ちょっと声をかければそういうウブな女は落ちるってわけだ。現に、高山も難なく俺の告白にOK出したからな。今日、部活終わりにあいつを俺の家に連れ込むぜ。で、さっさとやることをやるってわけだ。あー楽しみだぜ。あいつ、LANEをブロックしやがったから、ゆっくり懲らしめてやんねぇとな。まあ、気持ちよすぎて、俺の以外じゃ感じなくなっちまうんじゃないか。ハハハッ」
颯人は顔は笑った風に一生懸命作っているが、首から下は怒りで真っ赤になっていた。
よくやった、颯人。よく、我慢したな。
俺も気がついたら、右手から血が出るくらい拳を握りしめていた。
「先輩、何言ってんすか。それ、レイプと一緒ですよ。先輩、花音にそんな最低なことしようとしたんすか。許せねぇ!」
颯人の突然の豹変に、部室にいた全員が颯人の方を向く。
神城は颯人の変化に驚いていたが、すぐに余裕の表情に変化する。
「おいおい、何人聞き悪いこと言ってんだ、お前。俺がレイプなんかする訳ないだろ。俺と高山は付き合ってるんだ。付き合ってたら、いろいろあるだろ。なあ、お前ら」
神城は、話を聞いていなかった全員を味方に引き込もうとしている。
周りの先輩や同級生達は戸惑った表情だ。どっちの話が本当か分からない、といった顔をしている。
「ほら、こいつらも黙ったろ。速水、お前いい加減なこと言いやがったら、どうなるか分かってんだろうな!」
神城は颯人にすごむ。颯人は、一歩も引く気配はない。
ここだな。
「そこまでにしてください、神城先輩」
俺は部室の中に入っていく。部室内の全員が、そして神城も俺の方を向く。
「園山……。いい加減にしろって、何をだ? 俺は何もやってなんかないぞ」
「そうですか、神城先輩。じゃあ、みんなこれを聞いてくれませんか」
そう言って、俺はスマホの録音機能から最新のデータを再生した。
『俺はな、まだ男を知らなそうな女が大好きなんだよ。俺、イケメンだからな。ちょっと声をかければそういうウブな女は落ちるってわけだ。現に、高山も難なく俺の告白にOK出したからな。今日、部活終わりにあいつを俺の家に連れ込むぜ。で、さっさとやることをやるってわけだ。あーたの……』
「ちょっと待て。何勝手に録音してんだよ! 盗撮だろそれ。犯罪者かお前は! な、なあ、お前達もそう思うだろ?」
神城は焦った表情で、何とか矛先を自分から外そうとしている。
だが、周りの部員の目は明らかに神城を見て引いていた。軽蔑のまなざし、だ。
いくら男女の話が好きな男子部員達でも、神城の話したことは明らかに行き過ぎだったからだ。
しかも、相手は陸上部の新入部員で、特にかわいくていい子な高山花音。誰も、神城の味方をするやつなんていなかった。
「神城先輩、これ、クラウドにアップしてますから、いつでもデータ渡せちゃうんですよね。もしそうなったら、先輩の推薦、なくなっちゃうんじゃないですか?」
神城は、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。しかし、反論はできないようだ。
俺は続けた。
「先輩。俺も先輩を破滅させたいわけじゃないんですよ。先輩なんて正直どうでもいいんで。でも、花音は俺の大事な友達で、花音が傷つくのだけは許せません。花音別れたがってますよね。だから、このまま別れてもらって、これ以上花音につきまとわないでください。ついでに、今後陸上部にも顔を出さないでくださいね。この条件が飲めるなら、俺はこのデータをどこにも出さないと約束します。どうします?」
俺は脅しだと分かっていたけど、リスクを承知で神城に告げた。
神城は、両手をわなわな震わせている。背が高く筋肉質な神城がそれをすると、かなりの怖さがあった。でも、この状況で俺に手は出せないはずだ。
「てめぇ、こんなことしてどうなるか分かってんだろうな!」
颯人が俺の前に出て、俺をかばおうとした。
その時だった。
ガラッ。
「おい、お前達何やってんだ。何なんだこれは? 早く出て練習しろよ」
中谷先生が部室の中に入ってきた。話は聞いていない、はずだ。
中谷先生の一言で固まっていた部員達は外へ出て行った。俺たちと神城は固まったままだったが、やがて神城も外に出ようとした。
「おい神城。話がある。ちょっと職員室に来い」
「えっ、あ、はい」
中谷先生が神城を呼び止めた。神城も中谷先生には逆らえない。そのまま、2人は体育教官室に行った。
その後ろ姿を見送って、俺は部室の壁にへたり込んだ。
そこに、颯人が覆い被さって両肩をつかんでくる。
「やったな、慎一! さすが俺たちのリーダーだ、お前は!」
「重いって颯人。分かったから」
いつもはやらない芝居がかった立ち回りをしたせいか、神城と相対した緊張感からか、それともうまくいった安心感からか。
急速に、体の力が抜けていくのを感じた。
でも、俺はいいんだ。これで、花音に元の笑顔が戻ってくれたら、それより嬉しいことはない、と思った。




