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「まったく興味はありませんね。当然でしょう?
宰相家の嫡男が、そんな家の利益にもならない趣味など
持つわけがないですよ。
アウレリア様が好みそうな“人畜無害な優しい婚約者”を
演じていただけです。……では、失礼」
軽く肩をすくめたその仕草は皮肉に満ちていて
今までの温厚な印象とはまるで別人のようだった。
背を向ける足取りは迷いがなく、
最初から“言いたいことだけ言って帰るつもりだった”ことが
はっきりと分かった。
扉が閉まる音だけが、やけに大きく響く。
それきり私は動けなかった。
指先まで冷えていくのがわかる。
「ふっ……ダリア……私はすっかり騙されていたみたいね。
そんな人だったと分かっただけ……良かったのかしら?
こんなことがないと、気づけないものね……」
必死に前向きに考えようとしても、込み上げる涙は止められなかった。
裏切られた惨めさと悲しさが胸の奥に沈み込み、その場から動けない。
ソファへ身を沈めると、ダリアが悔しそうに拳を握りしめた。
「あんな男……アウレリア様には相応しくありません!
誠意のひとかけらもない婚約詐欺師じゃありませんか!
私の大事な王女様を騙すなんて……なんて不敬な……!
私が騎士だったら、一発殴っていたところです!」
思わず私は苦笑した。
「ふふっ……婚約詐欺師?ぴったりな名前ね。
でも、レオニス様は宰相の一人息子よ。
もし、騎士が手を出したら重罪になってしまうわ」
「それでも殴りたいくらいですっ!
頬が赤く腫れ上がるほど殴ってやりますわ」
怒りに頬を膨らませるダリアに、少しだけ心が救われた気がした。
ダリアが怒ってくれたから。
私のために涙を流してくれる人がいるから。
胸の痛みは消えはしないけれど、
それでも、少しだけ気持ちが楽になった。
午後になると、重い足音と押し殺した怒声が、
廊下の向こうからどっと押し寄せてきた。
まるで王宮全体がざわついているようだった。
しばらくして、ダリアが怯えた面持ちで飛び込んできた。
「……アウレリア様。
宰相や大臣たちが、“緊急会議”に召集されたようです……」
議題は聞かずとも分かる。
私の処遇を決めるための正式な会議だろう。
「ご安心ください。私が動向をつかんでまいります。
分かったことがあればすぐご報告いたしますね」
そう言い残し、ダリアは音もなく去っていった。
どれほどの時間が経っただろう。
重苦しい沈黙の中、扉が再び静かに叩かれた。
ダリアが戻ってきたのだ。
彼女の顔色は青ざめていた。
しかし、その瞳には強い覚悟が宿っている。
「……会議が終わりました。
私は会議室の隣の空き部屋に潜んで……話を立ち聞きしました。
本来は褒められぬ行いですが……今は必要なことだと思いましたので」
「……どう……なったの?」
ダリアは唇を噛みしめ、静かに告げた。
「アウレリア様を“王宮の北塔に隔離する”と。魅了魔法の被害を防ぐため、外出禁止、面会制限……そのように決まりました」
世界の温度が、一気に凍りついた。
「北の塔……? あそこは、王族が“罪”を犯した時に入れられる塔でしょう!
私が何の罪を犯したというの!」
「大臣たちは“稀代の悪女の再来だ”と叫んでいました。
国王陛下も……アウレリア様を恐れているようでした。
ですが、私はこれまで通りアウレリア様にお仕えします。
どんな処分が下ろうとも、私はアウレリア様の味方です!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で熱いものがこみ上げた。
けれど、同時に怒りと悔しさが、鋭い針のように胸を刺した。
(そのような大罪を犯した少女と、私を同列に扱うなんて……!)
私は何もしていない。
誰も操っていない。
騒動なんて、一度も起こしたことがない。
ただ“魅了属性の魔法が鑑定された”というだけで、
どうして罪人扱いされなければならないのか。
(なぜ誰も、冷静に考えてくれないの……?)
腹の奥が締め付けられるほど悔しかった。
数百年前の事件で混乱が起きたのは、魅了魔法そのものではなく、
その少女の愚かな言動が原因だったはず。
私は愚行のひとつも犯しておらず、その悪女とは違うのに。
(なぜ誰一人、その事実を見ようとしないの……?)




