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「母上に似て素晴らしい才能に恵まれていると思っていたが……
とんだ偽物だったのだな。
魅了の魔法がなければ実際は地味で、何の才もない娘だったのかもしれん。
よくも今まで、完璧に騙してくれたものだ」
「全くですわ! 何という王族の面汚しでしょう……!
『次代の光』などと讃えられていた王女が“魅了の魔法持ち”だなんて……
忌まわしいこと!」
私の背に、お父様とお母様の冷えきった声が突き刺さった。
そして、私は理解する。
今までは特別に敬われる存在だったけれど、
この瞬間に“蔑むべきべき存在”になったのだと。
部屋に戻ると、ダリアが驚いた顔で駆け寄ってきた。
私の姿を見るや、ただならぬ気配に気づいたのだろう。
震える声で経緯を話すと、 ダリアはすぐに私の手を強く握った。
「私は、アウレリア様を信じております。 魅了の力なんて借りなくても、
アウレリア様は何でもできて……
皆から尊敬される、立派な王女様です。
どうして誰も、それをわかろうとしないのでしょう……!
あの“歴史上の稀代の悪女”とは全く違うというのに……!」
「歴史上の稀代の悪女」と呼ばれる存在。
それは数百年前、この国に現れた 魅了魔法を操った平民の少女のことだ。
その少女は、宮廷史に今も残るほどの騒乱を引き起こした。
王太子をたぶらかし、高位貴族が居並ぶ夜会の場で婚約破棄を宣言させ、
その後、自らが王太子の婚約者に収まった。
そして、その騒動はそれだけでは終わらなかった。
少女は有力貴族の子息たちを次々と虜にし、
破談・婚約破棄が連鎖のように続き、問題行動も後を絶たなかった。
結果として王太子と有力貴族の子息たちは廃嫡され、
長年積み上げられてきた貴族派閥の均衡は崩壊した。
“大貴族たちの勢力図が塗り替わるほどの混乱”と記されるほど、
その影響は甚大だった。
この前代未聞の騒動は後に“魅了の災厄”と呼ばれるようになり、
今でも教科書に刻まれる大事件である。
ダリアは私を抱きしめて、私のために泣いてくれた。
私はたった今自分に起きたことがまだ現実のような気がしなくて、
泣くこともできないのだった。
魔力鑑定の翌朝。
部屋の扉を静かに叩く音がした。
「アウレリア殿下……レオニス様がお見えです」
監視の近衛騎士が告げる声はぎこちなかった。
私はダリアに身支度を整えてもらったばかり。
レオニス様がこんな時間に訪れるのは、
先日のことを気遣ってくれているのだと思った。
きっと、いつものように穏やかな言葉で
私を安心させてくれる――そう思っていた。
けれど、扉を開けて入ってきたレオニス様は、
部屋の入口で立ち止まったまま、私を見ようともしなかった。
まるで足がすくんだように、扉の前に縫い付けられている。
「……レオニス様? どうぞ奥へ……」
声をかけると彼は肩をびくりと震わせ、半歩、無意識に後ずさる。
扉に背中をぶつけるほどに。
(……昨日のお父様たちと同じ反応だわ……)
心が冷たく沈んだ。
レオニス様は目を合わせぬまま、硬い声で告げた。
「アウレリア殿下。婚約を破棄させていただきます。
魅了魔法は精神に干渉する恐ろしい魔法です。
僕は……自分の感情を操られるのが怖いです」
「私はそんなこと……誰かを操るつもりなんて……」
「そのつもりがなくても、惹きつけてしまうのが魅了でしょう?」
レオニス様はようやく目を上げ、冷えた眼差しで私を射抜いた。
「国中の者があなたを褒め称え、崇めていた。
あれは魔法の影響だったのですね。
まったく、危うく騙されるところでしたよ。
騙すのは私の得意分野なのにね」
胸が刺されるように痛んだ。
「レオニス様は……民の健康を気にかける優しい方でしょう? どうしてそんなことをおっしゃるのですか?」
私が言うと、レオニス様は突然、声をあげて笑った。
「あぁ、あれですか? 民の健康なんて心配していませんよ。
アウレリア様のような王女殿下に好かれるために、
好感度があがりそうな話題を研究し、覚えただけです。
薔薇やくだらない薬草の名前を覚えるのに、どれだけ苦労したか……」
顔から一切の仮面が落ちていた。
「……嘘だったのですか?
薔薇が好きだとか、薬師になりたかったというのは……」
レオニス様は小さく笑った。
「まったく興味はありませんね。当然でしょう? ……




