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魅了魔法とは、歴史の教科書に刻まれた禁忌の魔法。
魔導士の答えはまさにそのものだった。
魔導士の震える声が、広間に落ちる。
「アウレリア王女殿下……あなた様の魔法属性は“心を惑わせる魔法”。
かつて王国を破滅寸前に追い込んだ“禁忌”の力でございます……!
忌まわしく、最も憎まれるべき魔法なのです!」
その瞬間、空気が凍りついた。
さきほどまで、私を畏敬の眼差しで見ていた貴族たちの視線は
驚愕へと揺らぎ、 やがて恐れと侮蔑へと変わっていった。
鑑定した魔道士は顔を歪め、
静かに、はっきりと距離を取る。
大臣の一人が、堪え切れず呟いた。
「なんと……すべては魅了の力だったのか……!どうも妙だとは思っていた。アウレリア殿下はあまりに完璧すぎた……。
我々はまんまと騙されていたのだ!」
別の大臣が怒鳴る。
「また高位貴族の跡継ぎたちが破滅させられるぞ!だからあれほど美しく、驚くほど優秀だったのだ!
魔法で実力以上に見せていたに違いない!」
(無礼者……なんてひどいことを……!
お父様、お母様……怒ってください。私を守ってください……)
私は藁にもすがる思いで両親を振り返った。
けれど、 二人は大臣達よりも、さらに険しい顔で私を見つめていた。
怒りでも悲しみでもない。
それは長い謎の答えをようやく得たような、どこか安堵した表情だった。
「アウレリア……やはり……そうだったのか。
腑に落ちる点はいくつもあった……」
お父様は低い声でおっしゃった。それは確信に満ちた響き。
お母様も呟く。
「……どうして、アウレリアがそんな邪悪な力を……?
でも、これでようやくわかったわ。
あなたが私たちの子にしてはあまりに美しく、あまりに優秀だった理由。
全部……まやかしだったのね」
苦悩のようでいて、どこかホッとした笑みが浮かんでいる。
まるで喜んでさえいるような……
(どうして……どうしてそんな顔をするの……?
どうして臣下たちに怒ってくれないの……?
守ってくれないの……?)
胸の奥が、きゅっと冷たく縮んだ。
「アウレリアを部屋へ連れて行け! 扉の前には見張りを置け。 ……お前は一歩たりとも外に出るな!」
お父様の怒声が、大広間に鋭く反響した。
近衛騎士たちが私の両側に近づいた。
その顔を見た瞬間、息が止まる。
いつもは敬愛の眼差しで私を守ってくれていた騎士たちが、
今は……明らかに怯えと嫌悪を隠していなかったのだ。
視線を合わせることすら避けたいと言わんばかりに、
目を逸らせ口を一文字に引き締めていた。
(どうして……? いつも優しくしてくれたのに……)
そして、お父様とお母様の後ろにいたミリアと視線が合った。
ミリアは、まるで見知らぬ怪物でも見たかのように、
大きく目を見開いていた。
「……ミリア……?」
呼びかけようとしたけれど、声が喉に貼りついて、
掠れた小さな音しか出なかった。
ついさっきまで「お姉様、お姉様」と笑顔で抱きついてきた妹が、
今は恐怖と困惑に震えるようなまなざしで私を見つめ、一歩、後ずさった。
そして、どこか明るい声音で
はっきりとこう言った。
「……なんだ……、お姉様は偽物だったのですね……。私と全然似ていないと思っていました。魔法で……そう見えていただけなのね?」
お母様と同じ、どこかホッとしたような安堵の表情だった。やはり、少しばかり嬉しそうに目が輝いている。
(ミリアまで……私を……疑うの……? そして、お母様と同じように喜ぶのね?)
胸の奥がツキンと痛んだ。その痛みは、さっき両親に裏切られた瞬間よりも、ずっと鋭かった。




