48 俯瞰視点
一方、グラディス王国では、国王は貴族会議の最中であったが、取り立てて重要な議題もなく、宰相も大臣たちもあくびを噛み殺していた。その停滞した空気を破るように、アルシオン帝国からの国書が届けられる。宰相が封蝋を割りその内容を読み上げ始めると、会議室の空気は一瞬で凍りついた。国書に記された内容とは以下の通りである。
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グラディス王国に告ぐ。
まずもって断じて許せぬは、我が皇妃アウレリアに対し、根もなき中傷の噂を帝国領へ流布し、アルシオン帝国の名誉を汚した罪である。皇妃に“魅了魔法の魔力”など一片たりとも存在しないことは、星祭りの日、帝国民の前で明白となった。虚偽をもって皇妃を貶め、帝国を侮辱した罪は甚大である。
さらに、皇妃を十歳の頃より「魅了魔法の使い手」という虚偽の罪で、北の塔へ幽閉し続けた悪行も、看過できぬ。長年にわたり皇妃を虐げたことは許し難き行為である。
これら一連の行為を、アルシオン帝国への“敵対行為”と見なす。
ゆえに宣言する。グラディス王国は、本日よりアルシオン帝国の敵である。
よって、帝国との交易はすべて破棄し、国境を閉じ、通商の道を断つ。
また、周辺諸国へは外交布告を発し、グラディス王国との一切の取引を禁ずるよう求める。
我が国を敵に回すとはどういうことか、その身をもって思い知るがいい。
アルシオン帝国皇帝 シルヴァン・アルシオン
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「こ、これは……どういうことなのでしょうか! アウレリア王女殿下が“魅了魔法持ちではない”とは?あの方が十歳の頃の魔力鑑定では、確かに強力な魅了魔法の反応が出たはず……。あの日、鑑定を担当した宮廷魔導士を呼び出し、事情を問いただしましょう!」
大臣の一人が声を上げると、周囲の大臣たちも真剣な面持ちで頷いた。
「アルシオン帝国の星祭りは有名ですし、帝国中の民が最も楽しみにしている催しだ。その場で公に鑑定された結果であるならば、こちらも改めて検証せねばなりますまい」
もし帝国の言葉が真実であるのなら、自分たちは無実の第一王女を幽閉したことになる。その事実に思い至った大臣たちは、身震いするほどの恐怖を覚えた。
「わ、私は……その必要はないと思いますわ!アルシオン帝国の皇帝が嘘をついているのです。
魅了魔法を使うアウレリアに夢中になり、 あのような国書を送りつけてきたに決まっていますわ!わざわざ当時の宮廷魔導士を呼びつけるなど、時間の無駄ですわ!」
王妃は、発言権が正式に認められていない貴族会議の場で、許される限度を越えて必死に声を張り上げた。
グラディス王国では、そもそも王妃や王女が会議に出席すること自体は可能だが、アルシオン帝国のように法律で保証された発言権はない。王妃の必死の訴えも虚しく、大多数の賛成により、当時鑑定を担当した魔導士が急遽召喚されることになった。
彼は当時、役職も持たないただの宮廷魔導士の一人にすぎなかった。しかし今では、多くの部下を抱える宮廷魔導士長へと出世していた。その彼に向けて、当時の鑑定結果について四方八方から厳しい詰問が浴びせられた。
極めつけは、宰相の横に控えていた補佐役の大臣の恫喝だった。この大臣は良識派として、度々宰相とは衝突してきた経緯がある。
「ここまで事態がこじれた以上、アルシオン帝国の怒りを鎮めるためには、お前を差し出すこともやむを得まい。鑑定したのはお前だ。“力量不足ゆえに鑑定間違いをした”としてアルシオン帝国の皇帝陛下に懺悔し、自らの首を差し出せ!そうでもしなければ、この国が滅ぶのだ!」
魔導士長は顔を青ざめさせ、全身を震わせた。そして、よろよろと国王の隣の玉座へ歩み寄り、そこに座る王妃を指さす。
「王妃殿下のご指示で……鑑定結果を歪めました。私は、ただ言われた通りにしただけなのです。従わなければ宮廷魔導士の地位を失うと脅され……言う通りにすれば出世させてやるとも、おっしゃいました!」
告白を聞いた国王とミリアは、同時に目を剥いた。二人は王妃の悪事を知らなかったのだ。だが、その結果に便乗してアウレリアを散々虐げてきたという事実を、今だけきれいに忘れている。
そして手のひらを返すように、国王は王妃を責め立てた。
「王妃よ! お前は何という卑劣なことを……! なぜそのような真似をしたのだ!」
「つっ……そ、それは……あの子がお義母様にそっくりで……疎ましかったからですわ! やっと王太后殿下が亡くなって、二度と比較されずに済むと思ったのに……もっと輝く存在になりそうなアウレリアが……邪魔で……そう、とても疎ましかったのよ!」
王妃の言葉に大臣たちが呆れているところに、さらに宰相補佐が魔道士長に声をかける。
「他に余罪があれば、今ここで述べよ。洗いざらい話すのだ。今なら情状酌量の余地もあろう。そして新たな罪を告白することにより、場合によっては罪を軽くすることもできよう」
魔道士長は少し迷った挙げ句、思いもかけない重大な犯罪を口にした。
「……じ、実は王太后殿下の馬車に……細工をしたのは……私です。あのときも脅されていました。私は平民出身でなんの後ろ盾もないので……王妃殿下の命令には逆らえませんでした……」
「……なんという罪深き王妃だ」「これは……極刑に値する罪では?」
騒然とする大臣たちに、国王の脳裏には、すでに“王妃を切り捨てる”という選択肢しか残っていなかった。
「ここまできたら庇えまい……これも民のためである。王妃よ。一国の国母らしく、我が国のために潔く責任を取れ。王妃を帝国へ差し出す!すべての悪の元凶は王妃であったと!」
国王の一声に、その場の全員が賛同し、安堵の息を漏らした。
これで帝国の怒りもいくらか鎮まるだろう。そんな甘い期待を、誰もが抱いたのである。




