42 俯瞰視点
グラディス王国王城の豪奢なサロン。
香の煙がゆらめき、金刺繍のカーテンが優雅に揺れている。そこへ、追放されたアルシオン帝国のシスターたちを、レオニスが得意げに連れてきた。
「すぐに見つかりましたよ。さあ、ミリア王女殿下、これで少しは褒めていただけますか?」
「あら、早かったのね。もっと時間がかかると思っていましたわ。思ったより有能じゃない」
だいぶ上から目線な物言いに、レオニスは穏やかな笑顔を浮かべつつも、握った拳に不満を滲ませていた。
(ほんとに……お前、何様だよっ!アウレリアはお前なんかよりずっと綺麗で頭も良くて才能もあったのに、そんな不遜な態度など一度だってとらなかったよっ!)
王妃が扇子で口元を隠し、薄く笑みを浮かべながらシスター長に声をかける。
「まあ……あなたたちが、孤児院で贅沢三昧していたというシスターたちなの?こちらの国にまで面白おかしく噂が広まっていますよ。若い男性を連れ込んで音楽を奏でさせたり、歌を歌わせていたとか……。アウレリアはね、清廉潔白で堅苦しい子なのよ。お義母様にそっくりで、融通が利かないと言うべきかしら……」
シスター長は即座に深く頭を下げた。
「は、はい、王妃殿下。あの女はまさにそんな感じでした。聖職者だって少しくらい娯楽が許されてもいいと思うのに、『私が皇妃になった以上、このようなことは絶対に許しません』などと言い、まるで私たちが大罪を犯したかのように皇帝に告げ口したのです!善人ぶって、いい子ちゃんぶって……清すぎる水には魚だって住めないというのに」
王妃の顔が、途端にぱっと明るくなる。
「その通り!まさにそれなのよ!アウレリアは昔から気取っていて、本当に嫌味な性格でしたの!お義母様にそっくりで、何もかも余裕でこなしてしまう。そして自分だけが正しいとでも言うように、絶対的な自信に溢れて……。あの、ゾッとするほどお義母様に瓜二つの容姿も忌々しい!」
ミリアも身を乗り出す。
「皇妃になったからって調子に乗ってるのですわ……。帝国で人気者だなんて聞いて、私は本当に虫唾が走りました。だってお姉様は魅了魔法持ちで、この国では厄介者だったのに。北の塔に閉じ込められていたのですよ」
シスターたちは互いに顔を見合わせ、ニタリと笑うと、調子づいてアウレリアの悪口をどんどん言い始めた。
「なるほど、だからなのですね。皇帝の皇妃への溺愛は尋常ではなく、まさに傾国の美女に操られる愚帝そのもの。何でも言いなりです。皇妃の報告ひとつで裁判も開かれず、私たちは国外追放にされたのです」
実際のところ、アウレリアは帳簿を差し押さえ、不審な点を証拠としてシルヴァンに詳細に説明していた。さらに、四人の男たちも別途皇城に呼び出され、シルヴァンが直々に尋問している。証言によれば、男たちは週に四回ほど長年にわたり孤児院に招かれており、そのたびにワインや贅沢な料理を振る舞われ、シスターたちはきらびやかなドレス姿だったという。高価な贈り物を受け取ることも頻繁で、シスターたちは楽師と吟遊詩人にとって“上客”だったことが明らかになった。そしてシスターたちを解任した後、シルヴァン自身がアウレリアと共に孤児院の部屋を一つひとつ確認し、裁判を開くまでもなく悪行が明白だと判断した——というのが真実である。
だが、シスターたちは「裁判も開かれなかった」と文句を並べ立てていた。
「なんたる横暴! 気の毒なシスターたちよ」
国王が同調するように声をかけると、サロンの空気はたちまち“同じ悪意”で一つにまとまっていく。この場にいる者たちの思いはただ一つ――アウレリア憎し、であった。
王妃が楽しげに扇子をパチンと閉じる。
「気が合いますわね、私たち。アウレリアを嫌っている者同士、手を取り合えるでしょう?」
「もちろんでございます、王妃殿下!」
シスターたちが勢いよく応じると、王妃が軽く顎をしゃくって合図を送った。侍女たちが大きな箱を運び込み、静かに蓋を開ける。その中には、様々な髪色のカツラや商人風の服、眼鏡・スカーフ・帽子に変装用の化粧道具が、ぎっしりと詰め込まれていた。
王妃が誇らしげに言う。
「あなたたち、今から“女優”になりなさい。 髪型も服装も喋り方も、その場の雰囲気に合わせて何度でも変えるのです」
「こ、こんなに……たくさんの変装道具を……!」
「アルシオン 帝国に向かう商人の一行に紛れ込ませてあげますわ。彼らは帝国のあちこちの街に出入りしますの。行く先々で、アウレリアの噂を、おおいに広めてきなさい。“皇妃は魅了魔法を操る悪女で皇帝を虜にしている”とね」
シスターたちは、興奮で頬を紅潮させた。
「や、やります! 必ずや……皇妃の評判を落としてやります!」
「街ごとに服装を変え、別人として振る舞いなさい。髪色も、話し方も、年齢も、全部演じ分けるのですよ。できるわよね?」
王妃がニヤリと笑った。
「帝国の下町なんて、人の出入りが激しくて誰も気にしませんわ。シスターたちの正体がばれることは絶対にありえないでしょう。さあ、お姉様を地獄の底に突き落としてきなさい」
ミリアの声は弾んでいた。
「……あいつは父親である私に、北の塔に住んでいながら何度も毅然と歯向かってきた。きっと私を馬鹿にしているのだ。母上と比べて無能だと、心の中で笑っていたのだろうよ。悪口を帝国全土にぶちまけてこい!」
かなりの被害妄想に囚われている国王は、優秀すぎた王太后への劣等感をこじらせ、アウレリアを宿敵のように憎んでいた。
シスターたちは顔を輝かせ、深く頭を下げる。
「はい……!! 喜んで!!」
こうして、アウレリアへの悪意を共有した者たちの、 “最悪の連携” が成立したのだった。




