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「な、なにを……なさるおつもりで……?」
「もちろん、“お金の流れ”を見るのですわ」
私は一歩踏み出し、冷ややかに続けた。
「子どもたちのために使われるべき資金が適正に運用されていない証拠が、この建物のあちらこちらに溢れています。楽師や吟遊詩人を頻繁に呼ぶために皇室は寄付をしていませんし、貴族たちも、同じ意見でしょうね」
シスター長の口元が、ひくりと震えた。
「わ、私たちだって楽しみたいのです……聖職者にも娯楽は必要なのです!純粋に音楽を楽しんでいただけです。あの方々の腕は一流で、本当に素晴らしい才能をお持ちなんですよ。それに、吟遊詩人の歌や紡がれる物語は……まあ、本当にロマンチックで……」
シスター長が早口にまくし立てると、別のシスターも慌てて続いた。
「シスター長のおっしゃる通りです!聖職者にだって息抜きは必要です。音楽は芸術でしょう?心を豊かに保つため、高尚な趣味を持つべきだと思うのです……この絵画だって、世界的に知られた巨匠の作品なんですよ?私たちが心に余裕を持つからこそ、子どもたちに良い教育ができて、優しくお世話ができるのです!」
あまりの言い分に、ついに私の怒りが噴き上がった。
「お黙りなさい!本来は子どもたちのために使われるべきお金です。 あなた方は、恥ずべき愚かしい人間ですわ。少しは自覚なさいませ!私がアルシオン帝国に嫁いできた以上、今後、このような行いは一切許しません!」
鋭い声が応接室に響く。
シスターたちが怯えたように肩を震わせる中、私は数年分の帳簿をざっと確認していった。そこには、目を覆いたくなるような不正の痕跡が散乱していた。収支はまるで合わず、名目不明の支出が次々と出てくる。むしろ、隠す気すらないようだった。
シルヴァンがここへ足を運ぶことはない。帳簿が調べられることも決してない。そう思い込んでいたからこそ、好き放題に使っていたのだろう。
私は静かに帳簿を閉じる。
「当然のことながら、あなた方には厳しい沙汰が下ることでしょう。この一件は、聖職者の大罪として帝国中に知れ渡りますわ。歴史書にも、汚点として永く刻まれますわよ!」
シスター長は顔色を失い、必死に言い逃れようとした。
「こ、皇妃殿下……どうかお考え直しくださいませ。あの楽師たちは、会話もとても楽しいのですよ。皇妃殿下も一度お話しになれば……そして演奏をお聞きになれば、きっと夢中になりますわ。
ああ、そうだわ……ドレスの部屋もご覧になったのでしょう?あの中で気に入ったものがあれば、どうぞお持ち帰りくださいませ……」
その瞬間、私は彼女を真っ直ぐに見据え、凍りつくような視線を投げつけた。
「夢中になる、ですって?誰に向かってそのようなことを言っているのですか!私の夫は、シルヴァン・アルシオン皇帝。この方以外に、私が夢中になる男性などいるはずがありませんわ!それに……私は、旦那様が贈ってくださったドレスしか身につけません」
腹の底から怒りが込み上げる。 私の愛する旦那様は、誰よりも優しく、誰よりも素敵なのだから。
後日、シルヴァンの裁可により、あのシスターたちは役職を失い、神殿から追放され帝都からの退去を命じられた。
私は、信頼できる後任が見つかるまでの間、自ら中央孤児院の暫定院長を務めることにした。時間の許す限り足を運び、荒れ果てていた環境を一つずつ整えていった。
院長室の壁に掛けられていた高価な油絵の代わりに飾ったのは、子どもたちが描いた花や小さな動物たちの絵。床はすべて張り替え、食堂のテーブルや椅子も新しく作り直させた。
日々通ううちに、子どもたちは私にすっかり懐き、笑い声が孤児院の隅々まで響くようになっていった。
そんな折、アルシオン帝国全土に、ひどい噂が流れ始めた。
“皇妃アウレリアは、強力な魅了魔法で皇帝を操る悪女だ” と。




