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魅了魔法持ち王女は、女嫌いの皇帝に一途に溺愛される  作者: 青空一夏


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孤児院の応接室に入った瞬間、その違和感は確信へと変わった。ここだけ、ガラリと世界が違うのだ。 大きな革張りのソファ。壁にかかった金縁の大きな鏡。磨き上げられた大理石のテーブル。


床はピカピカに磨き上げられて、張り替えたばかりのように見える。さらに、奥の続き間の扉が開け放たれており、院長の執務室の内部までが見渡せた。


(これは……孤児院長の執務室、というレベルではないわね)


目に飛び込んできた光景に、思わず息をのむ。大きな執務机は、まるで上級貴族の当主が使うような重厚な逸品だ。表面には繊細な象嵌細工が施され、金具はすべて純銀。孤児院の一室に置くには、明らかに場違いな代物だった。床には、見るからにふかふかの絨毯が敷き詰められている。一歩踏みしめれば沈み込みそうな厚みで、相当高価なものだろう。


そして何より違和感を覚えたのは、壁に飾られた絵画だった。

(……この光の描き方……どこかで見た気がする。世界的にも名高い宮廷画家の作品に、ひどく似ているわね……まさか、本物が孤児院に?)

応接室のソファに座りながらも、私は静かに胸の奥で疑念を深めていく。


(厚化粧に、香水の匂い……そしてこの部屋の異様な豪華さ。これは、すべての部屋を確かめる必要があるわ。きっと、ここにはもっと大きな“秘密”がある)


出されたお茶には手も触れず、私はすっと立ち上がる。

そして、きっぱりとした声音で命じた。

「全ての部屋の鍵を渡しなさい。そして、あなたたちは、今この瞬間から一歩も動いてはいけません!」


「えっ、皇妃様……! お待ちくださいませ。い、今は少々散らかしておりまして……皇妃様のお目汚しになります。どうしてもご覧になりたいのでしたら、日を改めて――」

「いいえ。今、見せていただきますわ。さあ、早く鍵を渡しなさい!」


その瞬間、同行していたカミラが、一歩前に出て冷然と言い放った。

「皇妃殿下の仰せのままにしなさい。これは“命令”です。皇妃殿下には孤児院の全てを視察し、把握する正当な権限があります。これは法律で定められていること。拒めば、その瞬間に罪となりますよ!」


シスター長は渋々と鍵束を差し出した。それを受け取った私は、カミラとダリアを従え、シルヴァンが私のために配してくれた近衛騎士たちに守られながら、一室ずつ丁寧に見て回った。


本来なら子ども部屋はもっと多いはずなのに、実際に子どもたちが使っている部屋はごく僅かだった。その部屋に足を踏み入れた瞬間、胸がきゅっと痛む。二段ベッドが隙間なく押し込まれ、子どもたちはこんな窮屈な空間で眠っているのかと、思わず息をのむほどだった。


そして、本来なら子ども部屋として使われるはずの空間に、信じられない光景が広がっていた。

なんと、そこは華やかなドレスでいっぱいの、衣装部屋になっていたのだ。大きな宝石箱には高価なネックレスが収められ、高級香水の瓶が所狭しと並ぶ。


(……誰が、何のために?こんなもの、孤児院にあるはずがないでしょう!)


一方で、子どもたちの衣装部屋はたった一部屋きり。タンスが隙間なく並べられていたが、引き出しを開けると、中には新品の服が一つもない。ほつれた服、擦り切れた服。色あせて、生地も薄くなったものばかり。


食堂は薄暗く、古びた木のテーブルは脚が傾いており、椅子もきしみ、ところどころ塗装が剥げ落ちていた。床こそ一応磨かれてはいるものの、廊下と同じく長い年月、まともに修繕されていない痕跡がはっきりと滲み出ていた。


そして、最後の扉を開いた瞬間、思わず目を見開いた。

広い音楽室。

壁に沿って並べられた様々な楽器。

孤児院には不釣り合いなほど整えられた空間。

だが何より異様だったのは、そこに若い男が四人もいたことだ。


一人はバイオリン、一人はチェンバロ、一人はフルートを奏で、もう一人は吟遊詩人なのだろう。

柔らかな声で歌いながら、私に流し目を送ってきた。


「おや……今日はまた、なんと美しいご婦人がいらしたものですね」

男は艶やかな声音で言い、唇に笑みを浮かべた。

「いつもはシスターばかりでしてね。嬉しいですよ。ところで、シスターたちはどこに?そろそろ演奏を始めたいところなんですが……今は音合わせの最中でして」


(見つけたわ。これが、ずっと胸に引っかかっていた違和感の正体ね……シスターたちは厚化粧に香水をまとい、あの高価なドレスに着替えて、これからここで男たちの演奏を楽しむつもりだった……)


部屋の隅には、開けられていないワインと、手つかずのつまみが整然と並べられている。

まるで、上流貴族のご婦人方が集まり、音楽と酒を嗜むためのサロンそのものだった。


「なるほど……あなた方は、毎回この孤児院にいらしているのですね?」

「えぇ、週に四回ほどですかね。もう何年もご贔屓にしていただいてますよ」


その言葉に、さすがの私も顔が引きつった。ダリアは呆れてため息をつき、カミラは青筋を立て怒りながら、手の関節をボキボキと鳴らした。


「申し訳ありませんが――もう、お帰りください。そして今後、ここに呼ばれることは二度とありませんわ」

男たちの表情が呆然と固まるのを背に、私は応接室へ戻った。


そしてシスターたちに鋭く命じた。

「この孤児院の帳簿をすべて、私の前に並べなさい!」


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