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魅了魔法持ち王女は、女嫌いの皇帝に一途に溺愛される  作者: 青空一夏


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夕陽を背に立つシルヴァンは、光に縁どられた横顔がやけに美しくて、思わず息をのむほどだった。来てくれたことが嬉しくて思わず駆け寄る。

「シルヴァン……どうしたの?この時間は騎士たちを訓練するとおっしゃっていたのでは?」


「あんまり空が綺麗だったからな。今日は少し早めに切り上げた」

軽く笑いながら歩み寄り、私の手を取る。

「今日の授業、頑張っただろう?庭を少し散歩しよう。……アウレリアと一緒に、夕焼けが見たくなった」


胸がきゅうっとなる。ただ一緒にいられるだけで、こんなにも嬉しいなんて。

「……私、幸せですわ」


「俺も最高に幸せだぞ。今日は夕方になっても暖かい。人払いもしてあるから、二人きりでゆっくりできる」

シルヴァンは私の手を引き、廊下を歩き出した。沈みかけた陽が磨きこまれた床に反射し、ふたりの影が長く伸びていく。


「授業はどうだった?」

「とても楽しかったです。難しいところもありましたけれど……もっと学びたいと思いましたわ」

「おお、さすがだな。俺が惚れた女性は、やはりどこまでも努力家だ」

耳元で囁かれ、思わず頬を染めた。


歩きながら庭園の出口に近づくと、茜色の光がいっぱいに広がり、空の端が紫に溶けていく美しい夕焼けが視界に広がった。


「ほら……綺麗だろう?」

シルヴァンが私の肩をそっと抱く。

その温もりに包まれると、思わずホッとして、口角があがった。

「……ええ。本当に、綺麗です」

「アウレリアが隣にいると、夕焼けすら霞むな。俺の皇妃のほうが、何百倍も眩しくて綺麗だ」

「ま、また、そんな……!」

否定しながらも、目元が自然に柔らいでしまう。


大好きな人が自分を綺麗だと思ってくれる――その事実が、何より嬉しくて。


夕暮れの風がやさしく吹き抜けていく。シルヴァンと並んで見上げたその景色は、まるで世界でいちばん特別な時間のように感じられた。


◆◇◆


翌日、シルヴァンが手配してくれた護衛と馬車で、私は帝都の孤児院へ向かった。訪問の連絡は、あえて入れていない。“普段の様子”を見たかったからだ。


「ここが……?」

馬車が止まった先には、想像よりも立派な建物がそびえていた。外壁は白く塗られ、窓枠も綺麗に磨かれている。庭――子供たちの遊び場も、よく手入れされているように見えた。砂場は整えられ、遊具も錆びている様子はない。

(しっかり管理されているのね……)


そう思った、その瞬間。

「……あら?」

庭で遊んでいた子供たちの服に、ふと視線が止まった。


ぱっと見は清潔で整っているように見える。けれど、近づいてよく見ると、違和感が積み重なっていく。スカートの裾がほんの少しほどけている、上着のボタンの色や形が揃っていないものが混ざっている。

 

袖丈も裾丈も、成長に微妙に合っていない。窮屈そうに身体を押し込んでいる子もいれば、 逆に首回りが緩くて肩が落ちかけている子もいた。


靴もそう。

サイズが合わず、歩くたびにかかとが浮いてしまいそうになる子が、ちらほら。

(……どうして?)

裸足の子の足先は少し赤くなっていて痛々しい。


私はしゃがんで目線を合わせ、そっと声をかける。

「どうして靴を履いていないの?怪我をしてしまうわ」

「……靴がね、ギチギチでさ。履くと足が痛くて歩けないんだ。だから裸足なんだよ」

その無邪気な声は、当たり前のことを話すように淡々としていた。けれど、その当たり前は、本来あってはいけないはずのものだった。


中央孤児院には、皇室から毎年かなりの額が寄付されている——それはシルヴァンから聞いていた。さらに講義では、貴族や大商人からの寄付も多いと説明されていたはずなのに、どうして“サイズの合う靴すら支給されない”のだろう?


(……おかしいわね。建物も庭も綺麗なのに、どうしてこんなことになっているの?)


子供たちの表情も、どこか曇っている。遊んでいるのに心から笑っていない。こちらを見ても怯えてはいないが、嬉しそうでもなく、子供らしい感情が抜け落ちているように見えた。もしかしたら、事前にここに来ると知らせていれば、違った光景が広がっていたのかもしれない。


寄付者がここを訪れる時は、事前予約が必要なことを思い出し、私は暗い気持ちになった。落ち着いて子供の様子を見てもらうため——そんな名目で作られた制度が、実は“本当の姿”を見せないための隠れ蓑になっているのだとしたら、早急に改めなくては。


そのとき、建物の入口が勢いよく開いた。どうやら、私が乗ってきた“皇帝専用馬車”が中から見えたらしい。これはドレスや宝石を買いに行くときに使った馬車で、シルヴァンが宣言どおり、私だけの専用馬車にしてくれたものだ。


「あっ……こ、皇妃殿下!? お、お越しいただけるとは伺っておらず……!なぜ事前にご連絡くださらなかったのですか? いきなりでは、こちらもいろいろ……」

 

私がアルシオン帝国に嫁いだことはすでに広まっており、皇帝に溺愛されているという噂も、帝都中に瞬く間に知れ渡っていた。


慌てて飛び出してきたのは、シスター服を着た年配の女性で、迷惑そうな顔を隠そうともしない。自分がシスター長だと自己紹介してくるが、彼女の纏う香りに思わず眉をひそめた。


(この香り……お母様が愛用していたものに似ている。つまり──王族御用達の、とても高価な香水よ?)


清貧を象徴するはずのシスターが、そんな贅沢な香りを纏うなんて、聞いたことがない。

さらに距離が縮まったとき、私はもう一つ衝撃を受けた。

すごい……厚化粧。白粉を何度も重ねたような肌、真紅のルージュが艶めいていた。


(……孤児院の日常業務で、この香りと化粧?どうして?)


続けて、もう数名のシスターたちが駆け寄ってきた。

どの顔にも同じように丁寧な化粧が施され、“清貧のシスター”というイメージとはまったくかけ離れていた。そしてやはり香水がふわりと漂う。

(…………シスターとしては、いささか不自然すぎるわ。深紅とピンクにオレンジのルージュね。まるで貴婦人のお茶会か夜会ね)


「こ、こちらへどうぞ! 応接室にご案内いたします!」

案内される途中、私はふと廊下の壁に目を留めた。壁紙こそ破れていないものの、かなり色あせて見える。床の木材は弱っていて、踏みしめるたびギシと軋んだ。

 

思わず小声でつぶやく。

(……施設や子供たちにはお金が回っていないのに、シスターたちだけが華やかに化粧して高価な香水をふりかけているなんて……妙ね……)



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