30
「使いっ走りなら、使いっ走りらしく、途中で仕事を投げ出さずにメイドからやり直しなさい。屋根裏部屋が嫌なら、さっさと実家にお帰りになったらいかがです?私はアウレリア様にお仕えするために、北の塔で長い歳月を過ごしましたが、一度たりとも後悔などしたことはありません。……あなた方とは、心意気が違うのですわ」
三人は真っ青になって固まり、 私は胸をそらして堂々と立つダリアを、思わず微笑ましく眺めてしまった。本当に、ダリアほど忠誠心の厚い侍女はいない。
私はにこやかに微笑んだ。
「ダリアの指示に従いなさい。……あなたたちの行動はすべて、皇帝陛下にも伝わるのよ? あの方から罰を受けたいのですか?」
三人はその場で固まり、やがてガタガタ震えながら頭を下げる。こうして、マーサたちの新しい“メイド 生活”が始まったのだった。
◆◇◆
やがて夕食の時間になり、私とシルヴァン様は大食堂ではなく、小さな食堂で、なぜか横並びで食事をしていた。皇帝はにこにこと上機嫌だ。
「あのぉ、皇帝陛下……」
「ん? 違うな。俺のことは“シルヴァン”と呼び捨てでいい」
「シ、シルヴァン……?」
「そう、それでいい。どうした? アウレリア、何か心配なことでも?」
私は少しだけ声を落として尋ねた。皇帝はずいっと私の耳元まで顔を寄せる。
(きゃぁー、ち、近い……いきなり近すぎるのですけど……)
「えぇっと……どうして私たち、横並びで座っているのでしょうか? それにとても距離が近くて……椅子がぴったりくっついていますわ」
「ん? 簡単な理由だぞ。このように座れば、いつでも手を繋げるし……」
そう言って、自然に私の手を取る。
「それに、前菜やサラダもアウレリアに盛りつけてやりやすい。ほら、口を開けて?」
「へ?……あ、あの……?」
戸惑いながらも、つい言われた通りに口を開けてしまう。次の瞬間、一口大に切られた生ハムとルッコラが、ふわりと舌の上に置かれた。
「どうだ?……美味いか?」
「は、はい……っ。ですが、その……自分で食べられますので……」
(て、展開が早い……。こんなに優しくて、距離も近すぎて……どうしたらいいの……? は、恥ずかしい……)
私の耳まで真っ赤になっているのを、シルヴァン様は嬉しそうに見つめていた。その視線がまた甘くて、胸がきゅうっとなる。私がじっと見つめると、シルヴァン――呼び捨てにしないと本当に拗ねるので、これからは慣れないけれどこう呼ばなくてはならない――も顔を赤くして少し照れたようだ。
「……そんなに可愛い顔で見つめられると、食事の味がわからないぞ……」
(なにか……私の旦那様ってかわいい?私……こんなに大事にされて……本当にいいのかしら?)
側で控えていたダリアが、もう満面の笑みだった。私が大切にされているのを、心から喜んでくれているのだと分かる。
((あ……そうだわ。明日にでもクラリス先生にお手紙を書きましょう。そう、私は今、とっても幸せだと……)
就寝の時間になり、今夜はお互いの部屋で休むことにした。シルヴァンが、私の部屋の扉の前で、足を止めて優しく微笑む。
「アウレリア。焦らなくていいんだ。ゆっくりでいい……少しずつ俺に慣れてくれればそれでいい。夫婦の寝室で一緒に眠るのも、大丈夫そうだと思った時でいいからな」
その言葉は決して急かすものではなく、 ただ、私を尊重してくれる気持ちだけでできている。
(……なんて、優しいの……)
私はそっと息を吸い込んだ。
「ありがとうございます、シルヴァン。……今日はゆっくり休ませていただきます」
「うん。おやすみ、アウレリア。……いい夢を」
そう言って、シルヴァンは私の頬に軽く触れ、 触れた瞬間に優雅な仕草でそっと手を離す。その優しさが、胸の奥で静かにとろけていく。
(こんなふうに気持ちをはっきり伝えてくれるなんて……私、本当に安心できる……)
私は暖かい気持ちのまま、自分の部屋の扉をそっと閉じた。




